地面にへばりつくように倒れている一人の兵士。その黒い顔は苦痛に歪み、泥と雪が体中にこびりついていた。
建物や木々の陰から自分を見ている仲間達。
「じっとしていろ!」
「動くな! ガービー!」
動こうとする度に仲間達が制止し、その後に何処からともなく飛んできた弾が近くの地面を抉る。
中国軍の狙撃手は負傷兵を餌にし、敵の仲間が彼を助けに来る瞬間を待っているのだ。
餌になってたまるか。兵士は仲間が制止する中、彼らの元へ行こうと地面で藻掻いた。だが、脚の銃創とそれによる痛みが彼をその場に引き留める。
「クソコミュニストめ!」
射線に曝されながら、必死に藻掻いている部下を前に何もできない。分隊長は悪態をつくことしかできなかった。
仲間達が苛立つ中、ネイトは静かに写真を見つめ、息を整えた。
自分に微笑んでいる若い女性。
──英雄になろうとしないで。
生きて帰ってくるように。それが出征前に彼女と交わした約束だった。だが、このままでは戦友が死ぬ。
ネイトは写真をポケットに戻すと、前へ出た。
瓦礫の陰から戦友を見つめる。彼との距離は僅かだ。走って行けば直ぐにたどり着ける。
「おい、何してんだ?」
ネイトは仲間の言葉を無視し、コンバットアーマーを取り外した。「頼んだぞ」ずり下がったバラクラバを鼻の位置まで戻すと、彼は一目散に瓦礫の陰から飛び出した。
通りに飛び出すと共に響く銃声。
一発は後ろを掠め、二発目は顔のすぐ横を通り過ぎた。
仕留めたと思ったのか、二発目の後、ネイトが負傷兵の側で身を伏せると銃撃が止んだ。
しかし、ネイトがレーザーライフルを構えると、再び狙撃が始まった。
どうやら狙撃手は突然の出来事と自分のミスに焦っているらしい。三発目はあらぬ方向に飛んでいき、四発目はネイトのヘルメットの上を掠めていった。
工場跡の屋根から光る発砲炎。四発目の狙撃があった時、ネイトは火点を確認した。直ぐ様狙いを定め、ライフルのトリガーを引く。
真っ直ぐ光る赤い光弾。
どうやらネイトの放った光弾はステルスアーマーを正確に貫いたようだ。光とともに姿を現した中国軍の狙撃手は、そのまま地面へと落ちていき、動かなくなった。
「あのバカ……やりやがった!」
「なんてやつだ」
ネイトの仲間達は狙撃手の死体を確認すると驚きの声や歓声を挙げた。
「衛生兵!」ネイトは声と手で衛生兵を呼ぶと、戦友の顔を見た。「もう大丈夫だ、相棒。助けに来たぞ」
ガービーは「大バカ野郎が」と弱々しく笑った。
◇
米陸軍第108歩兵連隊の兵士達は雪原に築かれた塹壕でクリスマスを迎えた。チェイス将軍の「クリスマスまでにはアンカレッジからアカ共を蹴り出している」という宣言は今年も儚く破られたのである。
クリスマスの朝、ネイトは掩蔽壕の中で妻からの手紙を見ていた。
綺麗な字、まとまった文章、そして手紙の端に描かれた可愛らしい絵。妻からの手紙は読んでいて飽きない。手紙によると、彼女は最近家族と共にvaultの見学ツアーに出かけたらしく、その感想が綴られていた。その文と目がバツ印の女性の絵からして、彼女はあまりvaultが気に入らなかったみたいだ。地下生活がどうこうより、ガイドが胡散臭かったらしい。
ネイトが返事を書いていると、掩蔽壕にガービーが入ってきた。
「ネイト! メリークリスマス!」ネイトの顔を見るなり、彼は笑顔でそう言った。
「メリークリスマス」
「来いよ、“クリスマスプレゼント”が届いている」
「プレゼント?」ネイトは眉をひそめた。「誰からだ?」
「軍のお偉方からだよ!」興奮冷めやらぬといった様子で彼はネイトの手を引っ張った。「早く来いって!」
ネイトは手を引かれながら掩蔽壕から抜け出した。
レーザーライフルを敵陣に構える見張り。
温かいスープで悴んだ手を暖める兵士。
雪を溶かした水を使ってシェービングを泡立て、髭を剃る古参。
二人は仲間達の横を通り越していく。
塹壕を抜け出すと、一台のジープの周りに数名の士官達が集まっているのが見えた。
「彼です」
士官の一人がネイトに気がつき、指を差した。
トレンチコートにヘルメット。老練な将校は士官が指差す方向に目を向け、歩き出す。彼は連隊長だ。
「ネイト・スミス伍長かね?」
「はっ、そうであります」
将校はネイトの敬礼に返礼したあと、口角を上げた。
「おめでとう、伍長。君はたった今から軍曹で英雄だ」と、連隊長はジープを手で示す。「私と本部まで来てくれたまえ。勲章と記者たちが君を待っている」
一体全体どういうわけだ? ネイトは戦友や直属の上官を見たが、彼等は皆笑顔で、ネイトの無言の問いには応えようとしなかった。
ネイトは促されるままジープに乗り込んだ。
昇進を阻むかのように鳴り響く砲音。地面が揺れ、士官や戦友は身を屈めた。
「早く出せ。生まれたての英雄を失いたくない」
連隊長は砲撃に臆することなく、運転手に命じた。
「君の経歴は聞かせてもらっている」ジープがガタガタと動き出すと、連隊長はネイトに顔を向けた。「仲間のために手榴弾に覆いかぶさり、孤立無援の状態で数時間敵と戦闘。最近では狙撃手から仲間を救ったそうじゃないか」
「……ええ」
「正に英雄だ。勲章を受け取るのに相応しい。なぜ今まで功績が認められなかったか理解できんな」
ネイトは気まずそうな笑みを浮かべた。
手榴弾は不発、中国軍は数で勝っていたのにトドメの突撃をかけず、狙撃手は焦って狙いを外した。
ネイトは自分の実力というよりかは運が強いだけだと感じていたので、連隊長の称賛に上手く返すことができなかった。
ジープが停止すると同時に、白い雪原に黒い影が群がった。記者たちだ。軍の広報班に雇われた民間の撮影班と、政府系新聞の従軍記者。そのどれもが冷え切った指先でカメラを構え、ネイトが降りてくる瞬間を待っていた。
ネイトは雪を踏みしめながら前へ出た。膝上まで届く気温の低さがズボンの生地越しに刺さる。
勲章を胸につける上官。その瞬間フラッシュが花火のようにはじけ、白銀の世界が照らされる。
「こっちを向いてください! もう一枚行きますよ! 3、2、1……」
◇
無数のフラッシュが炊かれた。
ネイトは眩しさに瞬きをし、反射的に背筋を伸ばした。
隣には妻ノーラ。彼女は落ち着いた黒のドレスを纏い、彼の腕に白い手を添えている。
「――我らが英雄ネイト・スミス! 本日の国債キャンペーンの特別ゲストです!」
歓声と拍手。
カメラのフラッシュは雪よりも鋭く、何度もネイトの目を刺した。
ネイトは浅く息を吸い、笑みを作る。
司会者が観客へ向けて手を広げる。
「それでは、ネイトさん! ここにお集まりの愛国者たちへ一言いただけますか?」
「愛国者の皆さん! 国債を買って祖国を護ろう!」
湧き上がる観衆、鳴り響く愛国歌。
何て茶番だ。歓声と拍手に包まれる中、ネイトは心の中でため息をついた。こんな事を一体あといくつこなせばいいのだろう。中国軍との戦いから解放された彼は本国の地で別の戦いに挑んでいた。全ては国民の戦意高揚と国債のためだ。
ホテル前。ネイトとノーラは記者たちに囲まれた。
フラッシュが何度も光り、カメラのシャッター音が鳴り響く。
笑顔を作り、手を振る夫。夫の隣で記者達を見つめていたノーラは突然口元を手で押さえる。
「ノーラ?」ネイトは慌てて彼女の腕を取り、支えた。「大丈夫か?」
ノーラは小さく首を縦に振り、短く息をつく。
「さぁ! さぁ! 二人ともこっちを向いて!」
不安げな表情のネイト。弱々しく微笑むノーラ。
二人の顔がこちらを向くと、記者はカメラを構えた。
「そのまま! そのまま! 3、2、1……」