1688年、ルイ14世は神聖ローマ帝国に宣戦布告、ラインラント地方へ侵攻を開始した。
1685年、プファルツ選帝侯カール2世が死去すると、ルイ14世は弟の妃に継承権があることを主張した。これは、神聖ローマ帝国がオスマン帝国と激闘を繰り広げている間に、ドイツでの影響力を拡大するための口実であった。この東方への侵攻は、フランス周辺諸国だけでなく、スウェーデンと、アルムフェルトにも重大な衝撃を与えたのである。
「中隊長、それではフランス軍は、計画的にプファルツを略奪したというのですか!?」
「どうやら、そうらしいな。ライン川の守備を保証するための措置とは言うが、むしろこれでは、敵を増やすだけだ。」
「……スウェーデンもアウクスブルク同盟の側で参戦すると思いますか?」
「かもしれん。少なくとも、ドイツ諸侯は反仏に傾くだろうよ」
彼らの懸念は当たっていた。プファルツ略奪の報を受けた神聖ローマ帝国の領邦たちは、一斉に皇帝に味方し、アルムフェルトの祖国スウェーデンも、参戦はしなかったものの同盟国側を支援した。
ここに、九年にもわたるプファルツ継承戦争が幕を開けたのである。
◆ ◆ ◆
戦端が開かれると、フランス軍は連合軍を圧倒してみせた。ネーデルラント、ドイツ、イタリアとほぼ全ての戦線で優位に立ち、海上でもビーチー・ヘッドの海戦でイングランド・ネーデルラント連合艦隊を破るなど、まさに欧州最強の立場にあった。
しかし、戦場での多数の勝利にも関わらず、フランスはアウクスブルク同盟を未だ崩壊には追い込めていなかった。その為1691年、フランスは敵の増援が戦場に来る前に、新たなる攻勢を開始したのである。
「諸君、ついに我々も戦場に出る時がやってきた」
「皇帝陛下はこの攻勢を持ってネーデルラントを屈服させ、敵の同盟を打破することを望んでいる」
「さぁ、吉報を持ち帰り、ヴェルサイユにて凱旋しようではないか!」
この攻勢では多数のフランス王族が参戦し、シャルトル公フィリップもその例に漏れなかった。これに伴い、遂にアルムフェルトの部隊も、実戦に投入されることになったのである。
◆ ◆ ◆
アルムフェルトは、フランスとスウェーデンの関係が悪化しても、帰国しようとはしなかった。
(ここで帰れば、自分は戦場にも立たずにスウェーデンにノコノコ帰ることになる)
(そうなったら、ウェリング伯爵に推薦してもらった身なのに、戦場から逃げたと思われてしまう)
(どのみち、ただ戻っても出世の芽がないなら、キャリアを積んでからスウェーデンに戻るんだ)
庶民の生まれながら、彼は将軍になる目標を諦めてはいなかった。だからこそ、未だにシャルトル公の麾下に残っていた。彼はそんな強い意志を抱え、ネーデルラントの戦場へと向かっていくのだった。