フランスのネーデルラント侵攻は、想定以上に順調に進んでいた。
ルーヴォワ陸軍相はワロン地方のモンス包囲を企図、戦闘に適していない時期にも関わらず進軍してきたフランス軍の前に、街は瞬く間に陥落したのである。
この戦いにはリュクサンブール公麾下のシャルトル公フィリップも援軍として参戦し、アルムフェルトもまた戦場に立っていたが、攻囲戦ではほとんど何の役割もなく、その後連合軍の本隊と相対するも、大した戦闘もないまま1691年は冬営に入っていた。
そして1692年、フランス軍と連合軍は共に大規模な作戦行動に移ろうとしていた。
「まさか、包囲軍がこんなに早くナミュールを陥落させるとは思っても見ませんでした」
「あぁ、やはりヴォーバン閣下の攻城の見識は桁違いのようだな」
8月3日の早朝、リュクサンブール公の部隊はブリュッセル近郊のスティーンケルクに陣を敷き、フランスの手に落ちたナミュールへと救援に向かう同盟軍と対峙し、アルムフェルトもまたそこに居た。
「向こうの軍が活躍したんなら、今度はこっちの番だ。ここで同盟軍を手酷く叩きのめして、ブリュッセルで祝杯を挙げようじゃねぇか」
「しかし中隊長、そんなに上手くいくのでしょうか? 彼らもこちらと互角の軍勢を揃えて、ハレの街に対陣していると聞きますが」
「島国と干拓地の陸軍如きに、俺たちフランス軍が遅れを取ると思ってんのか? これまでも散々に打ち負かしてきた相手だ。次も鎧袖一触だろうよ」
「だと良いのですが……」
実際にこちらは柵や濠が張り巡らされ、同盟軍の攻撃を撃退できるだけの堅固な陣地となっていた。しかし一方で、この地域一帯の鬱蒼とした森は接近する敵を覆い隠しかねず、そこに一抹の不安を覚えざるを得なかったのである。
だがその直後、フィリップの伝令兵から部隊へと連絡が入る。
「ハレに忍び込んだスパイから通達! 同盟軍は一度ブリュッセルへ退き体制を立て直すとの事!」
その言葉に兵士たちは安堵の息を吐く。どうやら、これから戦端が開かれるという訳ではなくなったようであった。
アルムフェルトもまた、懸念が杞憂に終わったことに胸を撫で下ろしていた。
「全隊は戦闘隊形を解除! 炊事班は朝食の用意を開始しろ!」
誰もが緊張から解かれ、広がる間のことだった。
突如、轟音と土煙が吹き上がった。
「何だ!? 何事だ!」
「……っ!? 砲撃! 砲撃を受けています!」
兵士の弛緩が極点に達した、まさにその一瞬をついての奇襲に、フランス軍は激しい混乱に陥ったのである。
◆ ◆ ◆
「借りを返させてもらうぞ、フレンチ」
敵の陣地を見据えた同盟軍の司令官、ウィリアム3世は呟く。
フランス軍のスパイは捕らえられた後に買収され、偽情報を流すよう仕向けられていた。狙った通り相手は油断しきっており、工兵が森を啓開したことで、同盟軍の本隊はフランスの予想よりも遥かに接近していたのである。
後方に振り返ったウィリアムは、眼下の兵士を前に力強く命令を下す。
「歩兵隊、前進せよ!」
ここに、スティーンケルクの戦いが幕を開けたのである。