かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。 作:ホイップる
「これだけやっても、雷門には届かないのか……」
喉の奥から漏れた声は、勝敗の重さに比べてあまりにも軽かった。軽いというより、空っぽだった。
月伊霧 芽育はよろめき立ちながら、無理矢理に脚へ命令を下す。膝が震え、足裏が芝を捉えきれない。汗の冷たさが背中に貼りつき、呼吸のたびに胸の奥がざらついた。
スタジアムの喧噪はまだ熱を残している。歓声と拍手が空気の層を作り、負けた側の息遣いを押しつぶすように上から降りてくる。夕方の光は斜めに差し、ピッチの影を長く伸ばしていた。自分の影だけが、妙に頼りなく揺れて見える。
行かなきゃいけない。
理由は説明できない。説明しようとすると、胸の奥で何かが崩れる。
月伊霧はピッチを離れようとした。
「芽育君っっ!今は無理しちゃダメ!!」
背後から鋭い声が飛んだ。
騎士部の声だ。いつもは柔らかく、丁寧に言葉を整える彼女が珍しく語尾を荒げている。息が切れているのか、怒りなのか、声が震えていた。
止まらない月伊霧の肩を乱暴に掴むと、月伊霧は振り払うように腕を振った。
「離せ――っあ、騎士部」
その動作が自分の意思ではなく、反射に近いものだと気付いたときには遅かった。
「いっっっ!……芽育君」
この場だけに響く鈍い音。
月伊霧の前腕が騎士部の頬をかすめ、ほんの一瞬彼女の身体が揺れた。彼女の白い肌が淡い赤に染まる。
時間が止まったように感じた。
観客席の歓声が遠のく。
風の音だけが耳元で鳴り、芝の匂いが一段濃くなる。
月伊霧は我に返る。
しかし、そこで「ごめん」と言えるほど、疲れ切った月伊霧まともではなかった。焦燥か、気まずさか、それとも自分の中で積み重なっていた別の何かか。言葉を探すより先に、足が前へ出てしまう。
「待って!!」
騎士部の声が追いすがる。
月伊霧は振り返らないまま、肺の奥の空気を搾るように言った。
「――悪い。俺、どうしても行くところがあるんだ」
それだけを告げると、月伊霧はピッチを後にした。
背中に刺さる視線が痛い。痛いのに、立ち止まれなかった。
頭の中で、まだ試合が続いている。
あの一瞬、円堂ハルが見せた表情。
ゴールが揺れたときの、あまりにも静かな眼。
勝利のはずなのに、そこに熱がないことが、どうしても許せなかった。
コート裏の通路は、スタジアムの喧噪が嘘のように薄い。
コンクリートに反響するスパイク音と、遠くで続く拍手だけが、現実の輪郭を保っていた。
雷門イレブンは控室へ向かって歩き始める。
雷門イレブンにとって、この一戦の勝利は大きかった。一歩誤れば北陽学園のパーフェクトサッカーに呑まれ、不敗神話を終わらせてしまう可能性すらある。そのくらい北陽学園は雷門中の脅威となり得る存在であった。
月影 蓮は勝利の重みを噛みしめるように肩の力をゆっくり抜きながら、立役者である円堂ハルへ問いかけた。
「どうだった?初の公式大会は」
円堂は一拍置いて、首を傾げる。
「んー……普通?」
その返答は、驚くほど温度がない。
勝った直後の選手が見せる高揚も、達成感も、そこには見当たらなかった。むしろ、試合を終えたという事実が、彼にとっては「日課の一つが終わった」程度の意味しか持たないようだった。
月影は返す言葉を探す。
勝ったのに、勝った顔をしないエース。それが頼もしいのか、危ういのか、サッカーモンスターの片鱗を目の当たりにした月影では判断がつかない。
「ねぇ蓮さんサッカーってさ、つまんなくない?」
円堂の声は、問いかけというより確認に近かった。
まっすぐで、幼い。だからこそ、残酷だ。
月影の喉が一度鳴る。
否定するのは簡単だ。だが、その否定が届かない相手だと直感してしまった。
「そんなわけないだろ」
しかし、円堂の質問に答えたのは月影でも、雷門イレブンでもなく、雷門控室の前に立ちはだかっていた月伊霧であった。
「はぁ……はぁ……ここにいた。円堂ハル」
息が荒い。顔色も悪い。ユニフォームは汗で張りつき、手の甲に乾きかけた泥がこびりついている。今にも膝から崩れ落ちそうなのに、その目だけが異様に燃えていた。
「君は北陽の7番?」
「ーー!月伊霧 芽育?!」
月影と星村が驚いて声を上げる。
だが、月伊霧は二人を見ない。視線は円堂ハルをはっきり捉え、ずかずかとその僅かな距離を詰めた。
その足取りはふらつきながらも迷いがない。理性では止められない種類の衝動だ。
「お前なんつった?サッカーがつまんないだって?」
月伊霧は円堂の胸ぐらを掴む。
布がきしみ、円堂の身体がわずかに揺れる。
「わっっ!」
「君、落ち着けって!!」
月影が慌てて割って入り、月伊霧の腕を振りほどく。
その拍子に月伊霧の身体が一歩よろめいた。足に力が入らないのが目に見える。それでも、顔は笑っていない。笑える状態ではない。
「おいちょっと、あんた止まらんかい!」
「こいつ、、どこにこんな力あったんだよ!」
間もなく暖冬屋と嵐が月伊霧を取り押さえた。
嵐の腕は太い。暖冬屋の手は堅い。二人がかりで押さえつけられても、月伊霧の身体は小刻みに暴れる。あの壮絶な試合の中で退場したとは思えないほどの力であった。 月伊霧は取り押さえられたまま、円堂を睨み据える。
星村は突然の出来事に目を白黒させながら、円堂を気遣い声をかける。
「ちょっ、ハル君大丈夫?!!」
「う、うん。大丈夫だけど」
円堂の答えは、相変わらず淡々としていた。
その淡々とした態度が、月伊霧の怒りに油を注ぐ。
「つまらないのはお前が下手くそなだけだろバーカ!ふさげんな!!俺くらい上手くなると毎日が楽しくなるわボケぇ!練習しろ!あと、その才能寄越せぇ!」
――言ってることが無茶苦茶過ぎる!それにこいつ、アドレナリンでハイになってやがる?!!
「よく聞け――お前以外には完膚なきまでに全部勝ってたからな!!!王者雷門の牙城も残りはお前だけだ円堂ハル!フットボールフロンティアでお前に勝つ!絶対に逃げるなよ!!」
月伊霧の声は、通路の壁に叩きつけられ、跳ね返り、雷門控室前の空間を満たした。
まるで宣戦布告の鐘の音だった。
通路の空気が、張りつめる。
誰かが息を吸うのを忘れたように、静寂が一拍遅れて落ちてくる。雷門の選手たちは言葉を失い、視線だけで互いの存在を確かめ合った。北陽の選手が放つには、あまりにも大きく、あまりにも重い宣言だった。
だが――言い切った月伊霧の目に濁りはなかった。
その言葉は、最大限の負け惜しみであり、同時に最大限の敬意でもあった。
勝者に対して、敗者ができる最も不器用で、最もまっすぐな挑戦状を叩きつけた。
月伊霧はそれ以上何も言わず、踵を返す。
嵐と暖冬屋の手を振りほどくでもなく、抵抗をやめた身体をそのまま預けるようにして、通路の奥へと歩き去っていく。
足取りは決して速くない。むしろ重く、引きずるようですらあった。
それでも、その背中は不思議と折れてはいなかった。その背中には奇妙なほどの芯が残っていた。敗北を背負いながらも折れきってはいない。
その事実が雷門イレブンの胸に静かな余韻を残す。
「あ、ちょっと!ーーって行っちゃったなぁ」
張りつめていた空気を星村のどこか間の抜けた声がようやく緩めた。
雷門イレブンもまた、試合中の緊張とは質の異なる疲労から解放されたように、肩の力を抜く。勝利の余韻と、あまりに濃密だった時間の残り香。その両方が混じり合い、控室前の通路には奇妙な静けさが漂っていた。
「嵐のように去っていきましたね……それより星村さんはいいんですか?」
「えっっ?」
「あの人の写真で自作スタンプとか作ってましたよね? 推し……って言うんですか? 好きなら話したいとかないのかなって」
そう、このうら若き乙女、星村ナオは所謂“サッカーオタク”であった。
雷門中の面々も独自のファンクラブが存在するほどに少年サッカー界では珍しいものではなく、周知の事実である。
その中でも彼女は上澄みの中の上澄みに位置する。特に最近は月伊霧 芽育の試合映像を見漁り、現地では写真を撮っては自作スタンプを作成するほどの熱量を注いでいた。
円堂は雷門中のグループ内で散々月伊霧のスタンプが使われていたことを知っている。そのため、本人を前にして理路整然としている彼女に疑問を覚えずにはいられなかった。
「……っっ!そ、そそそれは推しって言うのは話したいとかお近づきになりたいとか、そういうのじゃなくて!!確かにできるなら連絡先とか交換したいけれども――」
語尾が迷走し、言葉が渋滞する。星村の頬は見る間に赤く染まり、手振りだけがやたらと忙しい。
先ほどまでピッチを制圧していた必殺技の応酬が、まるで別世界の出来事だったかのように感じられる瞬間だった。
ーー質問間違えたかな……?
円堂は内心でそう呟きながら、ほんの少しだけ首を傾げる。
「それにしても、つまらないのは下手くそなだけ……ね」
円堂はぽつりと言葉を落とす。
その視線は、すでに去っていった背中の残像を追っている。勝ったはずの胸の奥で、微かな違和感が静かに揺れる。
円堂ハルにとって、月伊霧という男の生態は到底理解できるものではなかった。感情の起伏を当然のように抱え、敗北や憧れをそのまま言葉にする。そんな月伊霧の在り方が、まだよく分からない。
「蓮さん、ひとつだけ修正します」
円堂は、顔を上げて月影を見た。
その表情はいつも通り淡々としているが、先ほどまでの無関心とは微妙に違う。何かを確かめるような、わずかな熱がそこにはあった。
――北陽学園が相手のサッカーは少しだけ、楽しみです。
その言葉に、月影は一瞬だけ目を見開き、すぐに口角を緩めた。
敗者が残した挑戦状は、確かに届いている。
通路の奥で消えた背中と、ここに立つ円堂ハル。その二つの線は、すでに次の舞台で交わる運命にあった。
この衝撃的な試合は元々メディア各所で大々的に宣伝されていたこともあり、多方面で注目されていた。
――スタジアム 記者団席――――
報道席の空気は、歓声とは別の圧力で満ちていた。
キーボードを叩く乾いた音、モニターの青白い光、無線の短いノイズ。勝敗が決した後の数分は、記者にとって最も忙しい。その中で、サッカー雑誌『イレブン』の記者――枝元と伊村は、PCを操作していた手を止め、その激闘に圧倒されていた。
伊村は忘れていたかのように、大きく息を吐いて呼吸を再開させる。緊張する展開の数々にもはや呼吸することを忘れていたのである。肺の奥に溜め込んでいた空気が抜けると同時に、遅れて指先が震える。
記者は冷静であるべきだと教えられる。しかし冷静とは、感情がないことではなく、熱を制御できるという意味に近い。今日の試合は、自身の記者としての矜持を試しにくる。
その様子を横目で確かめながら、先輩である枝元は結果を咀嚼し、すでに今大会の輪郭を描き始めていた。
視線はピッチから離れているのに、頭の中ではまだ試合が動いている。勝者の歩幅、敗者の呼吸、交錯したタクティクスの残像。それらを記事という形に変換するには、まず言葉の“型”が必要になる。
「決まったな。いい所までもつれ込んだが、結局王者雷門の勝ちか。今年のスプリング杯優勝も決まったかもしれないな」
「えぇ、今年は北陽学園よりも雷門中を脅かす学校はないと思います。雷門の圧倒的な力に対して、連携と戦術で対抗したパーフェクトサッカー。このスタイルウォーズが事実上の決勝戦になりましたね」
枝元の指先が、無意識にシャーペンを回す。その脳裏には既に数パターン記事の見出しが頭の中で組み立てられていく。
雷門の「結果」と、北陽の「過程」。
どちらも読者の欲望を刺激する。だが紙面は有限だ。有限の枠にどれだけこの会場の熱を収めるかが、記者の腕になる。熱を全部載せれば読者は溺れる。削りすぎれば、ただの数字になる。塩梅を誤れば、試合そのものに失礼になる。
「あぁ、記事の一面は悩ましいが、やはり円堂ハルのハットトリックが1番インパクトもあるか」
「はい。先制点が画角的にも映えてると思います。早速取材のアポ取りもしましょう。って、その目はなんですか?」
「いや、言っといてなんだが意外だなと思ってな。去年はあんなに月伊霧 芽育の特集にこだわってたのに」
枝元は昨年のスプリング杯をまじまじと思い出しながら、伊村に問いかける。伊村は昨年もスプリング杯の記事を担当したが、試合の感想も記事の初稿も、月伊霧に寄った内容があまりにも多かった。
彼女の視線は、ひとりの選手を追うときだけ妙に鋭くなる。情熱というより執着に近い熱量を、枝元は何度も目にしてきた。
その当時、同じ者の話題をそう何度も出すことは出来ないという思いから、枝元は何度も注意しては別の記事を差し替えるよう指示していた。
誌面は舞台であり、同じ役者だけを立たせ続ければ観客は飽きる。ましてや、読者が欲しいのは「推しの物語」だけではない。あくまで需要と共有のバランスを見定める必要がある。
何度、上司に怒られ、期待の後輩に頭を抱えたか、数えるのも野暮であった。
「そりゃあ書けるならいくらでも原稿に起こしますが……私だって鬼じゃありません。流石にボロボロになって心身限界な選手に取材できませんよ」
伊村は言いながら、視線をピッチの出口へ流した。
ベンチで横になる天才と、王者の帰路が交差していく。勝者は肩を叩き合い、敗者は担架の白さに呑まれていく。そこにあるのは、勝敗よりも残酷な対比だった。
書く者にとって最も甘美なのは、傷ついた天才の素顔だ。
常に倫理観と戦うのが記者であるが、伊村はそれを追うことが正しいとは思っていない。取材は刃物だ。切れ味の良い質問は、相手の皮膚だけでなく心まで裂く。今の彼にそれを向けるのは、さすがに違う。
「それに、彼にはもっと相応しい舞台で取材できる日が必ず来ます。雷雷軒のラーメン1杯かけてもいいです」
伊村は自信満々に答えた。
あの諦めの悪い男がたった一回の敗北で終わるはずがない、少なくとも1年間追い続けた記者としての勘がそう告げていた。
枝元は「ラーメン一杯」という軽い単位に、かえって重い未来を感じ取り、短く鼻で笑ってから、静かに頷いた。
―――スタジアム 観客席―――
目つきの鋭い男が、ピッチを見下ろしながら言葉を落とす。声は低い。感想というより、試合の総括に近い響きだった。
「結局下がったか……いや雷門からすれば”ようやく下がってくれた”か。」
男の言葉に、隣で座る天然パーマの男も頷く。その様子を一瞥しつつ、目つきの悪い男は言葉を続けた。
「あいつのサッカーIQはやはり目を見張るものがある。変則的なスタジアムや必殺タクティクスばかりのホーリーロードでもお目にかからなかったぞ」
「うん、リアルタイムで必殺タクティクスの調整が出来るなんて、一学生の芸当じゃないよ。早くもU-15代表候補に残れるレベルじゃない?」
「それにしては、月伊霧ももう少しシュートやドリブルスキル――何より必殺技を覚えて欲しいが……パスと戦術だけで勝ち上がれるほど世界は甘くないさ」
――その背後から、銀髪の男が、静かに断じる。
男の名は神童 拓人。かつて雷門中全盛期の一時代を支えたキャプテンの一人である。その言葉は短いが、切れ味だけは鈍らない。
「ふっ、教え子なだけに厳しいですね。神童さん」
「剣城……別に俺は教え子と言うほど、特別なことはしてない。戦術だけで言えばたった一言アドバイスしただけで、月伊霧が勝手に成長したんだ。あいつは俺なんかよりずっと凄いやつさ」
「『長崎少年サッカー教室』も懐かしいですね。月伊霧くんに、空宮くん、そして笹波くん。みんな才能のある子ばかりでした……それに、今の芽育君の姿を見ていると雷門にいた頃を思い出します。ピンポイントでパスが通るあの感覚、神童さんの『神のタクト』みたいでした」
松風 天馬は、腕を大きく振って当時を振り返るように話した。
その様子に神童は小さく笑う。否定も肯定もせず、ただ懐かしさの輪郭をなぞるように。
「天馬まで……」
「んーー!代表も引退したばっかりですけど、またサッカーしたくなってきました!!今から河川敷でサッカーしませんか?」
「お前は相変わらずだな……」
軽口で場が緩む。だが、神童の視線だけはピッチの一点から離れない。
担架で運ばれた少年。叫び、支配し、打ち砕かれた司令塔。その背中に向けて、言葉にならない言葉が喉元まで上がっていた。
「――この敗北を乗り越えろよ、月伊霧 芽育」
声は空に吸われる。届かないと分かっていても、言わずにはいられなかった。
それは指導者の助言の類ではなく、かつて同じ場所で幾度とない死闘を繰り広げ、勝利と敗北の両方を経験した者からこそ溢れ出る言葉であった。
――――円堂宅――――
画面の中では、炎がゴールネットを焦がし、歓声が巻き上がる。
風変わりなサングラスをかける男ーー鬼道 有人は試合ダイジェスト映像を見ながら、隣にいる旧友の円堂守に声をかける。
「あれがお前の息子か。デビュー戦にしては随分大暴れだったじゃないか」
「なぁに、才能は俺よりも全然あるがまだまだだよ」
「なんだ、認めてるんじゃないか。本人にも一言くらい言ってやれよ。夫婦が忙しすぎてハルとコミュニケーション取れてないんじゃないかって春奈も心配してたぞ」
「コミュニケーションって……お前らなぁ」
円堂守は笑う。だが、その笑いには父親特有の「簡単に褒められない癖」が混じっていた。
「ふっ、まぁ半分冗談だ。とは言え、変に放任しすぎてもサッカーのことになると周りが変にプレッシャーを与えてくるから気をつけろよ。円堂守の息子の荷はそのくらい重い。」
「あぁ、そこは昔と時代がなにもかも違うからなぁ……熱意を向けるきっかけが掴めればいいんだが」
父親は、息子の熱を心配する。熱が強すぎても危ういが、熱がないのも危うい。
その不安定感を、円堂守は今日のダイジェストの中に見ていた。ゴールを決めたあとでさえ、温度の薄い顔をする少年を。
そこへ、円堂の妻・夏美が柔らかく割って入る。肩に手を添える動作は、支えるというより、歯止めに近かった。
「そこは私も上手くフォローするわ……そういえば、北陽学園の交代した子『鬼道 有人の再来』って言われているらしいじゃない。元天才ゲームメーカーとしてどう見るかしら?」
鬼道は、サングラス越しに目を細める。北陽の七番。盤面を読む目。一本のパスで空間を切り裂く感覚。
懐かしいという感情より先に、分析が走る。
「月伊霧 芽育か……神童や改が目をかけるだけのことはある。現時点でチーム戦術を組ませたら右に出るものは居ないだろう。だが、今のままでは世界は厳しいだろうな」
「試合中なんどもシュート外してたものね……」
「あぁ、スキル面や必殺技もあるが、何より」
鬼道は鋭い眼を浮かべる。数々の恩師から受け継ぎ、新しい世代へ伝えてきた慧眼は、必殺タクティクスを高らかに叫ぶ男を見据える。
「「あいつには芯がない」」
円堂守と言葉が重なる。同じ世界を経験した2人にとって、技術でも頭脳でもないそれは致命的な弱点であった。そして、それは守の息子、円堂ハルにも当てはまる言葉であった。
25年前より、日本の少年サッカー界は着実に進化を遂げ、技術も戦略も多様化している。
その中で新しい時代を築くであろう二人の少年。研ぎ澄まされたセンスはある。しかし、センスだけでは世界に遠く及ばない。
世界は常に中心を問う。
何のために走るのか、何のために勝つのか。そこが定まらない力は、どこまでも鋭く伸びるが、どこかで必ず折れる。
「それはそうと、ハルもこの後帰ってくるが――飯食っていくか?」
「……いや、今日は遠慮する」
にやりと神妙な笑みを浮かべる円堂守に、鬼道は物ありげに断りを入れた。
【設定ガバめな小ネタ集ガ】
「いっっっ!……芽育君」
ドブカス許せん。慈悲はない。(後日しっかり仲直りします。)
「あの人の写真で自作スタンプとか作ってましたよね? 推し……って言うんですか? 好きなら話したいとかないのかなって」
オタクが推しから直に言われているセリフとしては結構ノンデすぎるし、指摘されると色々しんどいシーン。それでも星村ナオはオタクの中のオタクなので屈しない。オタ活をどんどんしてほしい。
「――北陽学園が相手のサッカーは少しだけ、楽しみです。」
サッカーモンスターがちょっとだけ、興味を持った瞬間。
『長崎少年サッカー教室』
地域振興イベントの一環として小中学生の優秀なプレイヤーを集め、プロサッカー選手と触れ合える機会。当時は日本代表や海外で活躍していた、神童、松風、剣城等が集まっている。
その際に神童とドブカスは出会い、司令塔の片鱗を見せるきっかけとなった。
「「あいつには芯がない」」
大会全体を見る記者、技術を見る晩年の現役選手、世界を見るレジェンド。それぞれ別視点から語りかけている。
「それはそうと、ハルもこの後帰ってくるが――飯食っていくか?」
サッカーやろうぜ、に代わる魔法の言葉。
当時の仲間が円堂宅に遊びに行くごとに誘っているものの、家庭の様々な事情(諸説あり)によって中々乗ってくれる者はいない。