かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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投稿遅くなりました。
いよいよ南雲原戦です。


FF地区予選 南雲原戦①

――FF地区予選 2回戦『北陽学園 vs 南雲原中』――

 

 雨上がりの昼。

 スタジアムの上には薄雲が広がり、日差しは角を失って均等に降り注いでいた。芝の緑は濃く、白線はくっきりと浮かび上がる。踏み固められた箇所だけがわずかに色を変え、これまでの試合の痕跡を残していた。

 

 サークル中央で、白とオレンジのユニフォームが向かい合う。

 

 選手たちは試合開始までの僅かな時間すら惜しむ様子で準備を進めていく。スパイクが芝を噛む音が短く響き、手袋越しにボールを回す感触が確認される。誰かが深く息を吸い、誰かが肩を回す。その所作一つひとつを各チームで丁寧に確認していく。

 

「さあ本日はフットボールフロンティア九州地区予選 第2回戦。南雲原中 対 北陽学園の試合となっております。九州ではトップクラスの北陽学園に南雲原はどう食い下がるのか。」

 

 実況の声が場内に響くと、観客の意識が一斉にピッチへ収束する。視線は自然と北陽学園側へ向かい、その中心に立つ一人の選手を捉えていた。

 

「角馬さん、今日の試合はどのように見ていますか?」

「前回、レベルの高い戦術の組み立てによって、逆転勝利をおさめた南雲原ですから、今日もいい試合が期待できるかもしれません。相手はなんと言っても、”少年サッカー界の新脳”月伊霧 芽育がおりますからねぇ!」

 

 田部と角馬は地区予選一回戦の様子を想起する。

 

 片や雷門と戦術で上回り、互角に渡り合った強豪。

 片や月影・円堂を加えた西ノ宮に逆転勝ちした新鋭。

 

 下馬評では実績の多い北陽学園であったが、南雲原中も油断できる相手ではない。油断すれば喰われる相手であることは間違いなかった。

 

 解説席でも名前が上がった月伊霧はピッチ中央付近で首を軽く回し、周囲を見渡している。表情は穏やかで、感情の起伏は見えない。ただ視界に入る配置と距離、立ち位置の癖だけを拾い上げる。

 

 しかし緊張の走るピッチ内で、不意に場違いな声が鳴り響く。

 

「ぶぇぇぇぇぇん!!!」

 

 空宮は笹波の姿を見るなり、大粒の涙を浮かべる。

 

 彼の脳裏に蘇るのは、かつて同じボールを追い、同じピッチを駆けた日々。ジュニア時代のライバルが病を理由に競技の中心から離れていった記憶は、今も胸の奥に残っている。 再会は劇的ではない。劇的でない分だけ、胸の奥に刺さったものが露呈した。空宮の涙は懐かしさと悔しさと、少しの安堵が混ざった代物だった。

 

 突然泣き出した空宮を見て、月伊霧は慰めることもなく、ただガチ引きしていた。

 

「こ、こいつ遂に試合前に泣きやがった……」

「だって!雲明が!!!」

「ミーティングでも話しただろ。居なかったらむしろ困るわ」

 

 2人は試合そっちのけで騒ぎ始める。北陽イレブンはその様子を「見慣れたもの」と割り切り、無視を決め込んで自身の準備に専念していた。

 

 品乃もまた2人のやり取りを横目に、南雲原中のベンチへ視線を向ける。

 選手の立ち姿、配置、視線の向き。どれもが以前より統率が取れている。出場する当人らには意識がないだろうが、前回対戦時にあった粗さは影を潜め、細かい狙いが読み取れる。

 

 この背後で操っているのは間違いなく笹波 雲明という男。さんざん話では聞いていたが、素人ばかりの南雲原を勝たせるだけの力量は間違いなかった。

 

 品乃は警戒を露にしながら、再度月伊霧へ問いかけた。

 

「前回戦った限りはまだ未完成のチーム。月伊霧が視察に行った時も認識は変わってなかったようだな」

「そうですね、連携も乏しいですし、まだまだ課題も多かったかと」

「でも、彼らは笹波雲明が作ったチーム。やられると分かる勝負はしません。きっと前よりもレベルアップしているはず」

 

 空宮は涙を拭いながら、南雲原のベンチを見つめる。

 笹波雲明は座ったままピッチを見渡していた。表情は穏やかだが、その視線の動きは鋭い。選手一人ひとりの位置関係を、寸分違わず把握している。

 

 月伊霧もまた、その視線を感じ取っていた。

 同じ種類の思考を持つ者たちは目を合わせることはない。しかし、言葉を交わさずとも、その存在を認識している。互いが拮抗するべき好敵手だと認め合っていたのだ。

 

「負けてられないな。じゃあ、俺たちもさっさとポジションにつきますか――空宮は早くベンチ行ってくれね?もう用事ないだろ?」

「くそ、まじで後半覚えてろよ」

 

 そう吐き捨てると、空宮はそそくさとベンチへ向かって去っていく。空宮の背中がコートから離れていくにつれ、会場の声は完成からざわめきへと変化する。

 

「さて、各チームのスタメンがピッチに散らばります――っと、北陽学園はキャプテンの空宮 征をベンチに下げているぞ?!」

「これは……スターティングメンバーにも空宮の名前はありませんね。本来の空宮のポジションには弥叉が入ります」

 

 実況席の声にも隠しきれない高揚が混ざる。角馬が落ち着いて状況判断に入れたのは、ベテラン故に解説者としての矜持が保たれたからであろう。

 

 対峙する南雲原イレブンも、北陽学園の采配に動揺を隠せない。

 

「空宮がベンチだと?!」

 

 柳生はいち早く気が付き声を上げる。その声でほかの面々も気が付いたのか、南雲原イレブンの声は伝播するように膨らんでいった。

 

 桜咲は即座に月伊霧へ詰め寄る。

 

「月伊霧どういうつもりだ。空宮はどうして試合に出ない」

「自惚れるなよ、お前らがそう簡単にうちのエースと戦わせて貰えると思うなよ?お望みなら実力で引きずり出してみせな」

「おーーい!月伊霧!!早く俺を試合に出せ!」

 

 挑発的に言ってのけた月伊霧であったが、その後ろでは不平不満を訴えかける空宮がいた。いい所なんだからやめてくれよ、と月伊霧は冷や汗をかく。

 

 さすがの桜咲もその光景を無視するわけにはいかなかった。

 

「……だそうだが」

「き、聴こえないなぁ」

 

 試合前とは思えないほど、気まずい空間が広がる。閉まらない状況ではあるが主審の指示により、各選手も自身のポジションへ戻っていった。

 

 センターサークルにボールが置かれ、主審の視線が両チームを見渡す。

 

 試合は南雲原ボールから。FWの忍原と桜咲は試合開始の合図を待ち構えていた。

 

 

「さぁ!いよいよキックオフです!」

 

 

 ピィィィィ!!

 

 

 笛の音が鋭く響き、試合は動き出した。

 

 

 審判の笛と同時に南雲原イレブンは北陽学園コートへ攻め上がる。

 

 月伊霧も守備に着こうとするが南雲原の選手にピッタリマークがつかれている。今は南雲原の攻撃であるが、そっちのけで亀雄と柳生は月伊霧の前に立つ。

 

 一歩横にずれると、2人も動く。試しに首だけ動かしてみると恰幅の良い肩が意図的に「見せない」角度で置かれる。ボールだけではなく、視野も塞ごうとしているのは明らかであった。

 

 まるで二枚の板で塞がれる感覚に陥り、月伊霧は早々に苛立ってしまう。味方の位置も、相手の走り出しも、最初の一歩の予兆も、完全に遮断されるわけではないがノイズ程度には影響を受けていた。

 

「そこのでかい人達、邪魔だからあんまり俺の前に立たないでくれない?ってか、今そっちボールじゃん。攻めろよ」

「こっちは、マークついてるだけだ」

「ぼ、ボールは渡さないからね!」

「もしかして俺、今日ずっとマンツーマンされるの?マークついでにフィールドも見させないようにしようってか……対策が小癪すぎるだろ」

 

 南雲原イレブンはそんな中盤の駆け引きをよそに攻め上がる。テンポよくパスが繋がり、ボールは忍原の元へ。

 

 忍原はベンチを一瞬横目に見る。笹波からの合図はない。

 

 そこから忍原の足取りは独特だった。

 膝が内側へ切れ、腰が沈み込む。ダンサーが全身でリズムを取るときの動きに類似している。忍原は個人で全国レベルまで到達したそのボディバランスを利用して、逆立ちで全身を回転させた。

 

「はぁぁぁ!ぐるぐるシュート!!」

 

 ダンスで培った捻りをシュートに乗せ、ボールは北陽ゴールへ向かってうねりを上げながら進んでいく。

 

 そのシュートを見るなり、キーパーの陣内は腕に力を込める。

 

「無駄だ!グラビティデザートォォ!」

 

 陣内が呼び寄せた砂塵はボールの勢いを回転を完全に殺す。やはり、単体のシュートでは南雲原からゴールを奪うことはできない。陣内の一切焦りのない表情が物語っていた。

 

「……っく!やっぱりこれじゃダメね」

「雲明はなんで『春雷』を許可してくれない!」

 

 忍原も桜咲も納得いってない様子でいた。せっかく完成させた秘策があれば、今のチャンスで先制点がもぎ取れたかもしれない。北陽学園のパーフェクトサッカーのもとでチャンスは早々に訪れない。

 FWとして点を取る責務があるからこそ、いくら笹波の判断とはいえ焦りを覚えずにはいられなかった。

 

「ふんっ、この程度か――矢倉!」

「カウンター来るよ!」

 

 ボールは陣内から矢倉に渡る。木曽路がカバーに入り、矢倉にプレスをかけるもワンタッチで屯田に繋ぎ、中盤で品乃へボールが繋がる。南雲原と違って、笹波の視線・指示がなくとも華麗なパスラインが紡がれていく。

 

 南雲原の守備陣も続いて詰め寄ろうとするが、品乃はボールを受け取るとすぐに蹴り上げる。その位置からでは本来ありえないシュートモーションであった。

 

「いくぞ!パトリオットシュート!!」

 

 品乃がそう叫ぶと、打ち上げられたボールは火を噴いて南雲原ゴールへ差し掛かる。北陽コート中盤からの超ロングシュートであった。四川堂は驚きつつも、シュートに備えて構えた。

 

「ここは僕が!うわぁぁぁ!」

 

 月伊霧のマークを一時的に外れ、亀雄がシュートコースに立ちはだかる。しかし、品乃のパトリオットシュートの勢いに吹き飛ばされてしまった。シュートの勢いは弱まったものの、依然としてゴールに向かって突き進んでいく。

 

 四川堂は膝を柔らかく使い、重心を落とす。球が落ちてくる場所に合わせて、百人一首で札をとるような型を作った。

 

「氷結の舞――っっ!これほどの距離からなんて威力だ……」

 

 四川堂が新必殺技『氷結の舞』でボールの勢いを止め何とか防ぐ。

 予想外であったのか、はたまた手応えを感じたのか、品乃は唇の端を僅かに上げた。

 

「なるほど、この前の時とは違うというわけか」

「そうらしいですね。それと僕なんかマーク厳しいので、一時期に品乃先輩に指揮任せます。前半途中までで十分です」

 

 亀雄と柳生に挟まれて動けないーーというより不貞腐れて動きたがらないーー月伊霧は立ち並ぶ壁の隙間から声を上げる。この手のストレスを最も嫌う月伊霧であったが、一応ピッチ全体は何とか見まわそうとしてくれている。

 

 当初のプランは問題なく遂行できると踏んで、品乃は月伊霧に返事をした。

 

「あぁ、任せろ。シナノフォームの恐ろしさを見せてやる」

 

「来るぞ!守りを固めろ!!」

 

 

「北陽学園の品乃を中心とした猛攻が南雲原中を襲います!」

「南雲原は月伊霧 芽育を徹底マークしつつ、前半は守りに徹しているようですね。しかし、3年生の品乃 雅士も昨年はキャプテンとしてチームを指揮していました。そう簡単に守り通せるものではないですよぉ!」

 

「必殺タクティクスーー『シナノフォーム』!!」

 

 品乃を中心として、北陽イレブンの攻撃は猛威を振るう。大人数を割いて前衛に攻め込み、攻撃ラインを絞らせない形で攻め上がる。

 南雲原の守備陣はただひたすらに耐える。横のパスは通させても、縦には行かせないようにし、ゴールへ近寄らせまいとギリギリのところで立ち回っていた。

 

 笹波雲明がノートの端を押さえたまま、視線を少しだけ動かす。千乃妃花はその視線の先を見て無言で頷いた。南雲原ベンチで何かを狙っている様子と選手の動きを見て、月伊霧は感づいた。

 

「なるほどね。狙いはシナノフォームからのカウンターか」

 

「「ーーっっ?!」」

 

 亀雄と柳生の反応にニヤリと口角を上げる。

 

「お、当たった?そういうのは表情に出すとよくないよ。そこら辺分かるだけで俺も対策できちゃうんだから、ねっ!!」

 

 それだけ告げると、2人の合図を縫って、シナノフォームの攻撃ラインのさらに外側へを走り抜ける。予備動作がまったくない、静から動への素早い切り替えに亀雄と柳生は一瞬反応が遅れてしまう。

 

 品乃は月伊霧の合図に合わせてパスを上げる。

 パスの軌道は高くない。高くないから速い。速いから届く。届くから決まる。――はずだった。

 

「笹波の指示が出た!いくぞ!!必殺タクティクスーー『ブロック・ザ・キーマン』」

 

 月伊霧の進行方向には忍原が立ちふさがる。品乃のパスの木曽路がジャンプしてパスカットする。南雲原は最初から月伊霧へのパスルートを無くす戦略でだったのだ。

 

 桜咲から告げられた必殺タクティクスにより、月伊霧への完全なパスコースを塞ぎ、マークは先ほどより一層厳しく、チームから大きく孤立されられる。

 

 単体では指して運動能力が高いわけでもない月伊霧は行動不能となった。

 

「へぇ、前半は徹底して俺にパス出させないってわけか……随分高待遇だね。俺にばっかり構ってて大丈夫なの?」

「抜かせ。これで変な動きできないだろ」

「ははっ!これは驚いたなぁ」

 

 月伊霧は大袈裟に笑う。

 

「何がおかしいのよ。まさか、もう試合放棄?」

「まさか。君たちの判断に驚いたまでだよ――まさかこんなに馬鹿だったとは」

「なんだと?!」

 

 忍原の眉が跳ね、柳生の頬が引きつる。

 

「君たちはさ、司令塔の仕事ってなんだと思う?」

「司令塔の仕事?」

 

 月伊霧の場違いな問いかけに思わず亀雄は聞き返した。

 ここで会話をしている時点で、すでに彼は釣られている。亀雄はそれに気づかない。柳生と忍原は気づきかけているが止め方が分からない。

 

「パス出すのが仕事か?突破するのが仕事か?攻守の切り替えを指示するのが仕事か?いやどれも違うね――いるだけでチームを勝たせるのが司令塔だ」

 

 ドリブルで攻めあがる木曽路の前に騎士部が立ちはだかる。

 

「ここは行かせません!ザ・マトリックス!!」

「うわっ!しまった!!」

 

 騎士部は手のひらを合わせて、目をつぶる。

 すると、木曽路は数多の数式に囲まれる。進路を塞がれて惑わされている間に、騎士部はボールを奪取した。

 

 月伊霧は騎士部に一瞬アイコンタクトを交わす。騎士部はほんの少し頷いて、他の選手に腕をかき上げるような仕草で合図を出した。FF公式戦では初めてのお披露目となるが、何度も練習した動きなだけに特段言葉はいらなかった。

 

 騎士部の合図で北陽の数名が同時に走り出す。

 右へ散る者。中央で沈む者。最前線で一瞬だけ止まり、次に抜ける者。動きが重ならず、数多もの選択が生まれる。

 

 月伊霧は腕を高らかに掲げ、会場中に見せつけるかの如く叫んだ。

 

「必殺タクティクス――神ノ指揮権(かみのタクト)

 

 月伊霧の恩師、神童拓人の代名詞である必殺タクティクスが南雲原イレブンへ襲いかかろうとしている。

 

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