かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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仕事を納めたよ。


FF地区予選 南雲原戦②

 

 光のラインが、コート上を横断するように走る。

 南雲原イレブンの切れ間から差し込んだ陽光が芝を撫で、北陽イレブンに新しい攻め手へ導いていく。

 

 南雲原の必殺タクティクス『ブロック・ザ・キーマン』。

 月伊霧芽育は、その中心で動きを封じられていた。二枚、三枚と重ねられた視線と身体が、彼の周囲に壁を築く。ボールは来ない。来させない。それでも、月伊霧の視線だけは止まらなかった。

 

 その手捌きはまるで、嘗て最強世代とも呼ばれた雷門中を想起させる。その光景に、実況席の田部が息を呑んだ。

 

「こ、これはー!雷門中の神童拓人の代名詞とも言える神のタクトだぁぁ!!会場も騒然としております!」

 

 解説席の角馬は、モニター越しに細部を追いながら静かに続ける。

 

「公式戦の記録によると月伊霧 芽育もジュニア時代に1度だけ使ったとされています。当時はSNSでも話題なっていましたが、月伊霧 芽育の神のタクトは、パスコースではなく選手のオフ・ザ・ボールの動きを誘導させることが特徴です」

「なるほど、分析や戦術に特化した彼だからこそ、実現できるタクティクスですね!」

 

 観客席では、ざわめきが波紋のように広がっていく。

 だがピッチ上の北陽イレブンは、その反応に一切頓着しない。

 

(こいつら、着実にこちらのポジショニングの間を縫って攻めてきやがる!)

 

 桜咲は、歯を噛み締めながら視線を走らせた。

 月伊霧本人は封じている。にもかかわらず、北陽の攻撃は停滞しない。むしろ、歯車が噛み合うほどに精度を増していた。

 

 北陽イレブンは、互いに目を合わせることすらしない。それでも動きは息をそろえて連動し、南雲原イレブンの陣形を崩しにかかる。

 

 右が沈めば、左が開く。

 一人が止まれば、別の一人が加速する。

 

 まるで南雲原一人ひとりの動きが読まれているように錯覚する。

 

 月伊霧の神ノ指揮権は、選手を操る力ではない。相手の癖、配置、反応速度――それらを読み切ったうえで、「次に起こり得る状況」を提示するだけの戦術だ。

 

 パス・ドリブル・シュートの選択肢は選手に委ねられており、直接的に得点へ結び付けられるかは個々の判断に左右されてしまう。だが、北陽学園は全員が下鶴改の教育プログラムによって、その委ねられた選択に応えられるだけの下地を持っていた。

 

 月伊霧の分析能力と北陽イレブンの判断能力。この組み合わせが戦術レベルを極限まで高めていた。

 

 ボールは弥叉から友部へ渡り、巧みなシザースで亀雄を交わす。亀雄も何とか反応しようとするが、友部のキレと加速力についていけない。

 

 GK四川堂と友部の一対一。

 四川堂は腰を落とし、シュートを打たれるタイミングを図るためにボールを注視する。浮足立っていた四川堂の様子をみて、友部はにやりと笑った。

 

「シャインドライブ!!!」

「うわっっ?!」

 

 友部がボールを蹴った瞬間、目の前は光を放つ。反射的に腕で目を覆うとボールはすでにゴールネットを揺らしていた。

 息つく暇もなく、何ともあっけない失点であった。

 

「ゴォォォル!先制点は北陽学園!!マークの厳しかった月伊霧の指揮により、流れるようなパス回しから、最後は3年生の友部が決めました!」

 

 歓声は一拍遅れて、堰を切ったように押し寄せた。

 手を叩く音、椅子が鳴る音、名前を叫ぶ声。雨上がりの芝はまだ湿り気を残し、踏みしめられるたびに黒い土が顔を覗かせる。その上で、北陽の選手たちは喜びを爆発させるというより、手早く呼吸を整え、次の局面へ視線を移していた。

 

 ゴールを決めた友部は軽く拳を握っただけで、すぐに味方の肩を叩く。

 大きくはしゃがない。むしろ、淡々とした手つきで勝ち筋の続きを確かめているようだった。

 

 南雲原側の最前線にいた桜咲は、唇の端を噛んだまま目を細める。

 点を取られた悔しさだけではない。自分たちが「動かしたはずの盤面」が、逆に利用されている感覚があった。身体の芯が静かに熱を帯びる。

 

 南雲原イレブンはこの得点にボールを持たずとも絡んで見せた男、月伊霧 芽育を睨みつける。その視線に気が付いた月伊霧は、強者の貫禄をもって南雲原イレブンを見下ろす。

 

「さて、答え合わせと行こうか。お前らのタクティクスは俺ではなく品乃先輩や友部に使うべきだ。大方、神ノ盤上此一手を中心としたタクティクスを制限する対策だろうが、結局のところ俺はボールを持とうが持つまいが大して変わらん。なんならボールを持たないことは、仲間からは喜ばしいとさえ思われてる」

 

 言葉の密度が、挑発を超えて分析に寄っている。月伊霧の口調は軽いのに、投げている内容は妙に刺さる。

 南雲原の選手たちの表情が、わずかに歪む。自分たちの意図が言語化された瞬間、誤魔化しが利かなくなるからだ。

 

 月伊霧は話を続ける。

 

「改めてもう一度問おうか、南雲原諸君。このタクティクス”本来の”対象だった空宮がベンチにいる今、俺にばっかり構っててもいいのか?品乃先輩をマークしようが、俺をマークしようがコート内に俺がいる限りタクティクスは制限も誘導もできないぞ?」

 

 言い切った直後、月伊霧はほんの僅かに肩を揺らす。笑っているようにも、呼吸を整えているようにも見える。

 

 その余裕が、南雲原の心をさらに荒らした。

 

「……?!こいつ、こっちの目的を初めから分かった上で!」

「バレバレだっつーの。察するに、笹波の指示は空宮をマークすること、及びそれに準ずる選手をマークすることだけだろう。その意図を読み取らんから後者だけになった時、大事な2択を外す。これは現場の判断ミスだぞ?」

 

 亀雄の喉が鳴った。

 柳生が反射的に一歩前に出かけて、しかし踏みとどまる。

 怒りはある。だが、ここで突っかかった瞬間に「相手の望む乱れ」を与える気がしてならない。それがさらに腹立たしい。

 

 月伊霧の言葉は、相手を煽りながらも、南雲原の内部へ楔を打ち込んでいく。

 誰のミスだったのか。誰が選択を誤ったのか。答えを探した瞬間、視線は味方へ向かい、足元の判断が遅れる。

 

「月伊霧、あんまベラベラ喋るとださいよ?」

「うるせぇ、弥叉!今いいとこなんだよ!大人しくシュート打ってろ!!」

 

 背後から飛んできた声で、月伊霧の顔が一瞬だけ崩れる。分析家の仮面に、年相応の苛立ちが混じった。それが妙に人間臭く、北陽の選手たちにはいつもの光景であった。

 

 点が入った直後のはずなのに、ピッチの会話は漫才じみている。だが、その軽さが逆に不気味でもあった。崩れていない。むしろ余裕がある。

 

「へいへい、今日は人一倍うるさいけど、前線まで来なくて助かるわ。無駄なシュートがない」

「ほれみろ、言わんこっちゃない!俺にマーク付かずにシュート打たせろ!というか、周りも俺にボール寄越せよ!!」

「それだけパスコース塞がれたら無理ですよ。芽育君もマーク外す努力してください」

「無理!!こいつらでかいもん!!」

 

 月伊霧は両腕を広げ、目の前の亀雄と柳生を誇張して見せる。自分より一回り大きい影が二つ。視線を切れば肩が塞ぎ、間を抜ければ腕が絡む。

 

 南雲原の面々は歯噛みした。点を取られた直後のはずなのに、北陽は熱くなりすぎず、冷えすぎもしない。

 

 そんなやりとりも束の間、南雲原イレブンはリスタートをするため、各々のポジションに戻る。

 

 南雲原のセンターサークルへ向かう足取りが、ほんの少し重い。背中が丸くなる者がいる。視線が地面へ落ちる者がいる。ボールを置く手つきさえ、先ほどまでの勢いを欠いていた。一方で北陽は、ラインを整えるのが早い。品乃が一度だけ指を立て位置を示す。陣内の指示で守備のラインも改めて整える。

 

 この差は、技術だけでは埋まらない。

 

 試合再開後も、南雲原の戦略は攻め手も失い、自然と弱気のプレーが目立ち始めていた。

 

 その様子をベンチから見ていた笹波はポツリと口からこぼす。

 

「なるほど、これはまずいですね」

 

 声は小さい。しかし、隣にいた千乃妃花はその一言を聞き逃さない。

 

「これは……笹波君、何がどうなってるの?空宮 征が出ていないにも関わらず、随分劣勢よね?」

「相手は空宮 征をベンチに据えることで、こちらプランを分岐させたんです」

「分岐、ですか……?」

 

 顧問の香澄崎は思わず問い返す。

 サッカー経験のない彼女には、目の前で繰り広げられる駆け引きが理解しきれていないようであった。今も視線はボールに吸い寄せられ、肝心の陣形の変形を追い切れずにいる。

 

 笹波は頷き、言葉を選び直した。ここにいるのは選手だけではない。理解の速度が異なる人間を同じ机に着かせるには、説明の粒度を揃える必要がある。

 

「えぇ、本来こっちのプランは空宮征にマークを付け、得点源と戦略の幅を狭めるつもりだった。そこで、空宮が出場しないという策を取ることで、サブプランに限定させてきたんです。細かくマークの対象をどうするか、サブプランはその場の判断になるのですが、裏目に出ましたね」

「結果論はそうだけど、単に空宮 征を下げただけでは、効果としてはさほど変わらないんじゃないかしら?」

 

 千乃の声には濁りがない。疑問というより、検証だ。正しいかどうかを確かめるための問い。

 

 千乃の口から告げられる鋭い指摘に笹波は内心驚く。どこぞの戦略家と一緒にいるとこうなるのか、と笹波は腹落ちさせながら、より詳細に説明を加えていく。

 

「そうとも言えませんね。エースが居ないことによって、逆に北陽学園のマークが分散されている。言ってしまえば、こちらは相手の戦術を読みずらくなってます」

 

 笹波は指先でピッチをなぞる。

 エースであり、キャプテンの空宮がいれば南雲原の目線はそこへ集まり、北陽の選択肢も空宮が軸のものへと偏る。だが空宮がいない今、北陽の攻撃の中心はひとつに定まらない。

 

 品乃が出てくる。友部が抜ける。騎士部がフォローに入る。狙いが拡散しているのに、決して散漫ではない。どの方向からでも隙さえあれば攻めてくる。そんな意図が透けて見えた。

 

「こちらはブロック・ザ・キーマンで相手のタクティクスを制限していますが、北陽はこちらの選択肢自体を分岐させてくる……これがパーフェクトサッカーの北陽学園」

 

 笹波の言葉にマネージャーの百道は固唾を飲む。

 視線がピッチから笹波へ戻る。自分たちの戦術が効いていないわけではない。むしろ月伊霧への圧力は成功している。だが、それが勝利に繋がらない現実をうまく受け入れられない。

 

 笹波はピッチを覗きながら、さらに考えを巡らせる。ここからはあくまで推測の域を出なかったため、あえて言葉にはしなかった。

 

(ただ、恐らくそれだけじゃない。例え空宮征が出ていて『ブロック・ザ・キーマン』を使っていたとしても、月伊霧 芽育がいる時点で同じ展開になるはずだ。わざわざ前半戦空宮を控えにさせる理由はない。空宮を出場させなかった明確な理由は何だ?)

 

「そうしたら、月伊霧君のマークは外した方がいいんじゃないかしら?」

 

 それは一見、もっともらしい。厄介なマークに人を割いているなら、そのコストを別の場所へ回すべきだ。人事も見ている生徒会長だからこその意見。ただ、笹波の答えは速かった。

 

「いえ、序盤はこのまま攻め続けます。雷門戦で見せていた『神ノ盤上此一手』をこの時点で使われてしまっては、南雲原に勝ち目がありません」

 

 言い切った直後、ピッチ上で北陽がもう一度ラインを押し上げる。南雲原の選手がつられて下がる。その一歩が遅れる。その状況は見るからに芳しくない。

 

 笹波は目を細めた。

 失点は痛い。だが、もっと痛いのは「相手が何を隠しているか分からない」ことだ。守って後半に賭けるプランは、相手の奥を見切れていることが前提だった。今、その前提が揺れている。

 

 前半ももうすぐで終わる。北陽学園の勢いをそのまま後半へ繋げるわけにはいかない。笹波は南雲原の勝利に向けて、これまでの戦略プランを組み立てなおす。

 

「でもこのままじゃあ、点差は広がるばかりよ」

「えぇ、本当は前半戦は守りに徹して、後半戦から勝負する予定でしたが、仕方ありません。想定外ではありますがメインプランを成功させるためにも、ここで春雷を解禁しましょう――」

 

 南雲原のピッチ外の司令塔、笹波 雲明もまた新たな一手を打つ。

 前半の残りわずか。だが、まだまだ試合は終わらない。

 

 




【設定ガバめな小ネタ集】
「神ノ指揮権(神のタクト)」
神童拓人から直接教わった神のタクトを独自に改良したもの。ジュニア時代に公式戦で一度だけ披露し、SNSで話題になった。公式戦で使う機会はあまりなかったものの、練習試合では結構使っていたため、北陽イレブンもある程度慣れている。

「シャインドライブ!!!」
決まり方は初代雷門の千羽山戦と同じ。この決まり方が結構オシャレで好き。

「こちらはブロック・ザ・キーマンで相手のタクティクスを制限していますが、北陽はこちらの選択肢自体を分岐させてくる」
中心人物を抑えようとする南雲原と、経験の浅い選手へプレッシャーをかけていく北陽学園の大元の戦略プランの違いが現れたところ。それぞれの判断は吉と出るか凶とでるか、、、
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