かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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FF地区予選 南雲原戦④

 

 ピッチの中央で友部と空宮が並ぶ。

 その様子を桜咲と忍原は鋭い眼で見つめていた。

 

「出やがったな空宮 征」

「ここからが本番って感じ?」

「だろうな、あいつら何をしてくるかわからねぇ。頭から警戒するぞ」

 

 桜咲は吐き捨てるように告げる。

 

 前半戦は新必殺技『春雷』の解禁によって拮抗した勝負を見せ、流れは南雲原中にある。しかしそれはキャプテンの空宮がいなかったときの話だ。空宮が戻ってきた今、その得点力は段違いに上がる。

 

 注意喚起は南雲原全体へと広がる。

 審判が笛を構えると同時に守備ラインが半歩下がった。

 

「いよいよ後半戦がスタートします!ボールは北陽学園から、弥叉に代わって交代した空宮がキックオフをします」

 

 審判が笛を鳴らすと同時に、スタンドの視線が一点に集まる。

 空宮は深呼吸ひとつ分の間を置き、友部へボールを預けた。蹴った瞬間、彼の身体は止まらない。

 同時に、まるで互いの思考をなぞるように視界の端で月伊霧が動いた。

 

 友部は月伊霧へスルーパスを流す。空宮もタイミングを合わせて駆け出した。

 

「行くぞ!空宮!!」

「あぁ!必殺タクティクス!!」

 

 その返答に迷いはない。空宮の目には確かな闘志が宿っていた。

 

「屯田、騎士部、新狩!いくぞ」

「アチョー!」「はい!」「よっしゃ!」

 

 品乃は北陽イレブンに呼びかけると、寸分の遅れもなく動き出す。

 

「いきなり必殺タクティクスだと?!来るぞ!!」

 

 柳生の叫びがピッチに響く。

 南雲原イレブンは一斉に間合いを詰めようとするが、足が止まる。どこへ寄せればいいのか、判断が追いつかない。

 

 北陽学園のメンバーがポジションについたとき、空宮と月伊霧は声を合わせる。

 

「「デュアルタイフーン!!!」」

 

 空宮と月伊霧の周囲に三人ずつ渦を描くように選手が配置される。中心の二人はゴールへ向かって直線を描き、外周の六人は風向きを制御するように連動して走り始めた。斜めに走る者が角度を作り、縦に走る者が深さを作り、横に流れる者が幅を作る。配置が変わるたびに南雲原の視線も変えざるを得ない。

 

 南雲原イレブンは二つの巨大な台風を前にたじろぐ。司令塔にもボールにも近づくことができない陣形に苦戦を強いられていたのだ。

 

 その必殺タクティクスに見覚えのあった田部と角馬は声を上げた。

 

「おっと、これは初代イナズマジャパンの必殺タクティクス『デュアルタイフーン』だ!!!」

「日本代表でも司令塔が2人揃っていないと難しいタクティクスです!月伊霧、空宮共にチーム内で常に中軸を担ってますからねぇ!彼らの頭脳と判断力があるからできるものでしょう!!」

 

 実況の言葉を裏付けるように、指示が飛ぶ。

 

「騎士部2歩先!背後の10番にも注意して!」

「品乃先輩は3歩右!屯田は新狩にダイレクトパス!!」

 

 月伊霧が空宮にパスを出すタイミングに合わせて、二人の司令塔から微細な修正が重なっていく。

 一拍のズレも許されない中で、その声は正確に届いていた。

 

「くそっ!近づけない……!」

 

 柳生は前進する北陽イレブンを見ながら歯噛みする。

 南雲原イレブンはボールをカットしようとするが、北陽の素早い位置取りに間に合わない。

 

 渦の中心で、空宮が一瞬だけ視線を上げた。南雲原の守備の配置と、前半の動きから見えた一瞬の隙の糸。月伊霧が見逃すはずもないそれを信じて、空宮は台風を抜けるように走り始めた。前線へ向かう一歩が、意志の宣言になる。今からの数秒で試合の温度が変わると、彼は確信している。

 

 月伊霧はノールックでスピンを聞かせた山なりのパスを流す。

 高い弧は、守備の視線を一度上に引き剥がし、次の瞬間には落下点へ縫い付ける。追う者の首が揃って動く。その僅かな遅れが、走る者に時間を与える。

 

「ほれ、キャプテン。お望みのチャンスだよ!」

「今度は裏ーー不味い!空宮だ!!」

 

 ワンバウンドしたボールは芝生を嚙んで勢いが殺される。ゆっくり弾むボールは綺麗に空宮の足元へ収まった。減速は偶然ではない。追走者の一歩を鈍らせ、守備の間合いの計算を狂わせる。落ち着いたボールほど、攻撃側は選択肢を持つ。

 

 最終ラインで待ち構えていた古道飼は空宮の前へ立ちふさがる。腕を広げ、身体を大きく見せる。コースを切る角度は正しい。ここで慌てて足を出せば、簡単にかわされる。だから耐える。耐えて、相手に判断を迫る。

 

「行かせない!」

「どけ!『オーバーグロウ』!!」

 

 空宮のドリブル技『オーバーグロウ』の光に包まれ、その隙に突破される。古道飼の重心が僅かに浮いた瞬間を、空宮は見逃さない。足首の返しだけで方向を変え、肩で押し切るように前へ出る。

 残るは四川堂との一対一。距離が詰まるほど、時間はゆっくりと進んでいくように感じた。

 

 空宮はヒールリフトから、上空へボールを大きく蹴り上げる。

 

 気迫あふれる空宮のオーラに負けじと、四川堂も構えた。膝を曲げ、肩を開き、視線をボールから外さない。前半、北陽のシュートを幾度も止めた守護神の意地が、指先まで張り詰めている。

 

「絶対に決める!サンシャインブレードォォ!!」

「氷結の舞――がっっ!!」

 

 一瞬、ボールの勢いを殺して凍らせるも、粉々に砕かれてゴールへ突き刺さる。砕けた氷片のような光が散り、ネットが大きく跳ねた。

 

「ゴォォォル!開始早々、鮮やかな連携プレーによって、北陽学園の追加点!!これで2-1になります!」

 

 歓声が遅れて押し寄せる。スタンドは沸騰点を越え、波がうねるように上下した。北陽の選手たちは短く拳を握っただけで、すぐに陣形へ戻る。その喜びを引きずらない姿勢は強者の風格すらあった。

 

「さぁ、南雲原学園からのリスタートです!ここからどのように展開されていくのでしょうか?!」

 

 センターサークルへ戻る途中、忍原は唇を噛んだ。前半の終盤に『春雷』を当てた手応えが、まだその足に残っている。

 

 リスタートの合図に合わせてボールを転がす。忍原と桜咲は目を合わせた。横目で笹波に視線を送ると、何かを察したように頷いている。いやでもわかる。『春雷』で追いつく必要がある。

 

 忍原はドリブルで前方へ駆けあがった。特訓で培った突破力とボディバランスで、友部を抜くと、月伊霧が立ちはだかる。狙いすましていたような笑みを浮かべている。

 

 忍原は一歩下がるが、月伊霧は合わせて詰め寄る。

 忍原の背後に影が伸びる。追い立てるような足音が、忍原の呼吸に小さな乱れを作った。寄せてくるのに、奪いに来ない。切りに来るのに、踏み込まない。

 

 抜けるイメージが湧かない絶妙な間合いを維持していた。

 

「シュート、打ちたいのか?」

 

 月伊霧の声は淡々とフィールドに落ちる。挑発ではない。確認に聞こえるのが、余計に腹立たしい。

 

「っっ?!」

「そうだよな。直列に発動する『春雷』の起点は君からだ。あの技は初動で大きな隙ができる。そうなると常に気になるのは前方の敵との間合い。意識も視線もそこに行く」

 

 忍原は息を呑んだ。

 

 言われた瞬間、視線が勝手に前へ走ったことに気づく。否定したいのに、本能がそれを良しとしない。自身の経験の浅さを見透かされたような気持ちになった。

 

 『春雷』は前方の距離、桜咲の走り出し、自身の踏み込み位置――全部が整った瞬間にだけ成立する。だからこそ、見えているものが狭くなる。

 

 忍原が上体で揺さぶりをかけると、月伊霧の足が半歩だけ外へずれる。忍原の利き足側。道が空いたように錯覚する角度。

 

(前方が空いた!これなら!!)

 

 忍原は迷いを断ち切るように身体を振った。

 ボールを置く位置、踏み込みの深さ、振り抜きのライン。桜咲が背後から追い越すのが、視界の端で見えた――行ける。

 

 次の瞬間、笛が鳴った。

 

「おっとここでホイッスルです!これは桜咲のオフサイドだぁ!!」

 

 時間が急に現実の速度へ戻る。走り出していた桜咲が、悔しそうに地面を蹴った。忍原の胸に残ったのは、シュートの手応えではなく、針で刺されたような空虚さだった。

 

「これは上手い!完璧なオフサイドトラップです!」

「つまり、今のは北陽学園が狙っていたということですか?」

「恐らくそうでしょう。北陽学園のディフェンス陣が南雲原中、忍原のシュートを打つ瞬間にラインを上げていました。月伊霧 芽育はディフェンスラインに合わせつつ、忍原から距離を取ることでシュートを誘ってますね。例え失敗したとしても下がった月伊霧がそのままフォローへ向かうーー見事な立ち回りです」

 

 桜咲は両手を広げて審判へ訴えかけようとして、やめた。

 無駄だ。自分でも分かっている。ラインが上がった瞬間に、足が一歩だけ前に出た。その一歩が全てだった。

 

 忍原はルールを逆手に取った手段に動揺が隠せない。ダンスでは技術や見栄え等を競うものであり、こうした状況には慣れていなかった。

 

「そんなのあり?!」

「サッカー始めたばかりで、試合とかあまり見たことないでしょ。A代表とかだと結構やってるよ。君たちがサッカーを知らなすぎるだけ」

 

 月伊霧はさらりと言う。責める口調でも嘲る口調でもない。事実の列挙。だから余計に刺さる。忍原は反論を探したが、喉に引っかかったのは呻きだけだった。

 

 北陽の選手たちは、すでに次の配置に移っている。オフサイドという中断でさえ、彼らは“間”として使う。相手が感情の整理に時間を使うのを知っていて、その隙に盤面を整える。

 

「思いの外、上手く決まったな」

 

 矢倉は短く言う。作戦に多少のリスクも伴っていたため、ほっとした様子であった。

 

「シュートの性質上あれだけ前に出なきゃいけないんじゃあ、そりゃ決まるでしょ。とりあえず、相手の武器は一個削いだわけだ。どんどん突き放していこうか」

「あぁ、お前もマーク付かれてるんだから油断するなよ」

「そうだな。空宮が出ても俺にマークとは、何が狙いなんだか」

 

 月伊霧は顎に指を当てるような仕草をして、視線を南雲原の陣形へ投げた。南雲原の守備は相変わらず、月伊霧の周囲で微細に形を変え続けている。空宮が点を取った直後でさえ、その視線が月伊霧から外れない。合理的ではない。

 

 北陽イレブンがそれを“気味悪い”と感じたのと同じ瞬間、南雲原ベンチもまた、冷静に状況を見ていた。

 

「空宮 征が出てきたことで、得点力も連携も大きく強化されているわね。ここからどう展開してくのかしら?」

 

 千乃はピッチの端で、腕を組んだまま微動だにしない。視線だけがボールと選手を追い、眉間に寄せた皺が思考の速さを示している。

 

 笹波は冷静に答える。

 

「今このまま、月伊霧へのマークを続けながら攻めていきましょう」

「え、でもそれじゃあ、前半と同じことにならない?」

 

 顧問の香澄崎が思わず言う。前半の“失敗”を繰り返すように見えるため、妙な核心をついているものであった。

 

「スプリング杯の映像で北陽学園は土壇場で使われる一点突破のタクティクスにとても長けているチームだと分かりました。裏を返せば、対策を誘導させやすいと言えます。それに、もうそろそろ効果が出てくるはずです」

「はい。計算上はとっくに出てきてもおかしくないんですがね」

「百道さんまで……一体何を狙っているのかしら?」

 

 千乃は笹波と千乃の言葉に疑問を覚えるが、笹波はピッチを見つめたまま答えない。答えはフィールドで間もなく現れると告げているようであった。こういう場面で笹波はあえて答えない方が多い。

 その視線の先は月伊霧を捉えている。月伊霧は目を細めたり、首を振っており、ポジショニングも細かく変えている。

 

 千乃は肩透かしを食らったような気分になりながらフィールドを見つめた。後半戦の動きはめまぐるしい。逆転までの2点、どのように取り返していくのか、自身がマネージャーとしてできることは何か、思考を巡らせていた。

 

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