かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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あけおめです!
今日の朝・夕に投稿して、南雲原戦は終わりにします。



FF地区予選 南雲原戦⑤

 

 後半の残り時間が削られていくにつれ、日差しは角度を変え、芝の色を濃くした。ピッチに落ちる影は長くなり、走者の足元を追いかけるように伸びては、次の瞬間に置き去りにされる。

 

 月伊霧芽育の周囲には、僅かな隙を狙うために徹底したマークが貼りついていた。視界の端に揺れる、南雲原の選手の肩。距離を詰めるでもなく、離れるでもない。月伊霧の視界に制限を設けている。

 

 芽育は眉を上げ、わざとらしく息を吐いた。

 

「あくまで俺へのマークは継続か。いい加減やめてほしいんだけど。盤面見づらくて困っちゃうわ」

 

 口調は軽いが、目は笑っていない。月伊霧の視線は相手の重心、首の角度、足の踏み換えを拾い上げていた。南雲原の狙いがマークではなく、ノイズを与えることだと、薄々理解している。理解してなお、苛立ちは残る。

 

 空宮征はその様子を見ながら肩で笑い飛ばす。月伊霧のマークに人数が割かれている分、空宮の、ないしは北陽イレブンの人数比は有利な状態を保っていた。

 

「別に月伊霧がいなくても十分だけどね!必殺タクティクス『トライダイブ』!!」

 

 号令は刃のように短い。同時に北陽イレブンは連動して攻撃ラインを切り替える。

 

「ここで北陽学園は空宮を中心として縦横無尽に攻め上がります!」

「月伊霧をマークしても今の北陽学園には空宮と品乃がいます。どの必殺タクティクスでも攻める術を持っているのが強みですねぇ!」

 

 実況が言葉を足すたび、ピッチの上は言葉を削っていく。声は必要最小限になる。誰かが叫べば、その一瞬だけ呼吸が乱れ、乱れは判断の遅れになるからだ。

 

 空宮のパスは一度、品乃へ渡る。品乃はボールを戻すふりをして斜めを選び、新狩へつなぐ。新狩はワンタッチで正面を向き、ドリブルで前線へ運ぼうとする。

 

 しかし、その前に、古道飼が滑り込むように現れた。

 

「ここは行かせない!『ダンシングタートル』!!」

「なっ?!」

 

 古道飼の身体は、瞬間的に小さくなる。肩を内側へ絞って重心を落とし、まるで硬い殻に閉じこもるような姿勢から回転で奪い取った。

 

 そのこぼれ球を友部が拾う。友部は軸足を踏み込み、ダイレクトでシュートフォームに入った。

 

「まだだ!!『シャインドライブ』!!」

「今度こそーー『氷結の舞』」

 

 友部の蹴り足が描いた光は一直線に伸びるが、キーパーの四川堂は『氷結の舞』で難なくキャッチする。一度見た必殺技であり、もう前半のような目くらましは通用しない。

 

 本来の威力であれば問題なく捉えることができた。四川堂はそれを、誇示するでもなく、ただ当然のように胸の中へ収めた。

 

「攻めるぞ!」

 

 四川堂の声が味方を起こす。木曽路がボールを受け取ると同時に、チームの返事が重なる。南雲原イレブンの足が一斉に前へ向いた。

 

 時計の針が進むほど選手の呼吸は短くなるのを感じた。胸が膨らむ前に次の息を求めてしまう。微かな喉の渇きすらも、選手たちの判断を鈍くさせる。

 

「後半も残りわずか。南雲原中も総出で攻め上がります!!」

 

 実況が煽るまでもなく、南雲原は腹を括っていた。守りの人数を削り、前へ送る。奪われれば危険が増える。だが、危険を引き受けなければ点は取れない。勝負の終盤はいつだって、損益計算を剥がして「意思」だけが残る。

 

 北陽の守備陣もそれを察し、月伊霧は短く刺すように声を飛ばした。

 

「ここ踏ん張りどころだぞ!特に10番と11番警戒!」

 

 月伊霧の声が北陽イレブンの視界をクリアにする。全員の視線は南雲原の10番と11番ーー忍原と桜咲への注がれた。あの連携必殺技を起点から断ち切る。簡潔な命題ほど、終盤には効く。

 

 南雲原の中盤、木曽路は顔を上げた。左右に逃げる先を探す。だが前線の忍原と桜咲は北陽学園のマークが厳しく、パスコースを塞がれている。

 

「くっっ、忍原先輩と桜咲先輩には出せないか」

「木曽路!こっちだ!!」

「柳生先輩!お願いします!!」

 

 柳生は一歩だけ下がって受ける。

 木曽路からボールを受け取りながら、柳生の胸の奥で何かが燃える。様々なスポーツ経験で培った勝負勘が「ここが分岐点である」と告げている。勝つためには、その感覚を踏み潰して前へ進まなければならない。

 

 前線の2人を一瞬視界に収めてからボールを蹴り上げ、大きく飛び上がった。

 

「くらえ!『天空サンダー』!!!」

 

 オーバーヘッドキックで繰り出されたシュートは電光を纏い、北陽学園ゴールに迫る。威力はそこそこあるが、中盤からのシュートであり、ゴールまで距離もある。

 

 北陽ゴール前、陣内は構えながらも眉をひそめた。経験が語る。これはデータにない。

 

「データにはない必殺技?!だがこの程度の威力ならグラビティデザートで」

 

 陣内の足元に、砂のような重みが集まる。身体が沈み、腕が広がり、受け止める準備が整う。『グラビティデザート』で止められる。そう判断したはずだった。

 

――だが、その瞬間、月伊霧が叫ぶ。

 

「いや、あいつらの狙いは――シュートチェインだ!」

 

 決して遅い判断ではなかった。

 

 しかし、月伊霧が叫ぶころには、既に桜咲は空中へ飛び上がっている。柳生の『天空サンダー』が落ちてくる場所、落ちる角度、落ちる速度。それらを受けて、次の威力へ束ねるための位置でバイシクルシュートを放った。

 

 柳生の雷光に、紅光の一閃が絡み合う。

 

「『剛の一閃』!いけぇぇぇ!」

「うおおおお!グラビティデザートォォ!!」

 

 陣内が吠える。重力の砂がボールを覆うが、2色の稲光に四散した。ボールは勢いそのままにゴールネットを揺らす。

 

「ゴォォォル!!この土壇場で南雲原、同点に追いつきました!柳生、桜咲のシュートチェインによってグラビティデザートが破られました!!」

「今のシュートは北陽学園も完全に不意を突かれてますよ!!この試合まだ分からなくなってきました!」

 

 南雲原の選手たちは互いを叩き合い、肩をぶつけ合う。呼吸は荒い。だが、その荒さが今は心地いい。桜咲は忍原とハイタッチを交わす。

 

「桜咲、ナイスシュート!!」

「ああ!ここから巻き返すぞ!!」

 

 その輪の外側で、月伊霧は苦虫を嚙み潰したような表情で呟いた。

 

「やっぱり、そう一筋縄には行かないか。あの土壇場でシュートチェインなんてーー」

 

 言い終える前に、月伊霧はふと足を止める。止めたのは疲労ではない。思考が引っかかったのだ。さきほどの一連を脳内で巻き戻す。柳生が受けて、蹴り上げて、桜咲が跳んで――そこまでは読める。読めるはずだった。

 

 気になったのはその先。自身の予測よりも物事が早く進んでいる。

 

(いや、シュートチェイン自体は別に予期できたはずだ。なぜ、“俺が気が付く前に”盤面が展開されている?)

 

 胸の奥に、冷たい確信が沈む。これは偶然ではない。誰かが、月伊霧の視界の外側から、同じ盤を指している。詰将棋のように指し手は自分だけだと思っていた盤面には、知らず知らずのうちに相手がおり、対局していたのだ。

 

 南雲原でそんなやつがいるとすれば間違いなくーーそう脳裏をよぎった瞬間、リスタートを始めようとする空宮から声がかかる。

 

「芽育!もう一度デュアルタイフーンだ!」

「ああ!!」

 

 空宮の言葉に即答し、自身のポジションに走って戻る。残り時間もほどんどなく、試合はADVANCE WINによって決まるだろう。次の一点で試合が決する。本来であれば、呼吸を整えるところであった。

 しかし、試合は間もなく始まる。僅かに北陽イレブンの焦りが映っていた。

 

 中央付近、再開のボールが動く。空宮が角度を変えて走り、品乃が外側へ流れ、騎士部が一拍だけ遅れて間を埋める。北陽はいつもの連動をなぞり、南雲原はいつもの距離で貼りつく。変化がないように見えるのに、月伊霧の視界だけが妙に歪んでいた。

 

 味方の足音が複数重なる。自分の吐息がやけに大きい。スタンドのざわめきが、近いのか遠いのか判別しづらい。何が見えていないのかを把握できない。

 

 月伊霧は空宮へ、いつものタイミングでパスを出した。選手の間を抜ける絶妙なスルーパスを出したはずだった。

 

「しまっっ」

 

 月伊霧が選んだパスコースは、いつもなら「そこにしか通らない」という精度で味方の足元へ収まる。芝目の癖も、相手の寄せる角度も、風の押し返しも織り込んだうえで、最後は狙い澄ましたパスラインで転がる――はずだった。

 

 そのボールは予想を大きくずれ、忍原がボールをカットする。普段では有り得ないミスに北陽イレブンは戦慄した。

 

「な、なんとあの月伊霧 芽育がパスミスです!!」

「ここは騎士部がカバーに入り、何とかクリアをしていきます」

 

 実況の声からも驚きの声を上げる。

 

 少年サッカーでパスミスなどよくあることだ。しかし、月伊霧は天才ゲームメーカーとも揶揄され、パスセンスに長けている選手である。そんな選手が簡単なミスをするとは思えなかったのだ。

 

 その中でも騎士部は忍原へ詰め寄る。

 月伊霧の背後で起きたズレを、いち早く察していた。細い身体が忍原の前へ滑り、足の甲で押し出すようにボールを弾く。クリアの軌道は高く、光を反射して一瞬だけ白く見えた。

 

 騎士部はボールが白線を割ったことを確認すると、急いで月伊霧のもとへ走った。僅かな綻びにも見えるが、今日のコンディションを考えてもあり得ない出来事と踏んだ。何が起こったのか確認する必要がある、と考えたのだ。

 

「芽育君、大丈夫ですか?!」

「……あの野郎。これを狙ってたのか」

「えっ?」

 

 騎士部は思わず問い返す。返した声は自分でも驚くほど近かった。喉を震わせたその一音は、ピッチに響く歓声や足音とは異質で、月伊霧の耳にだけ届いたような錯覚を残す。

 

 月伊霧は答えない。ただ、ほんの僅かに顎を引き、視線だけを滑らせた。

 騎士部がその先を追うと、そこにはベンチ脇に立つ南雲原のキャプテン――笹波雲明の姿があった。

 

 この試合中、初めて月伊霧と笹波の視線が交差する。

 

 距離は遠い。声も届かない。

 それでも、互いに理解した。

 

――今、同じ盤面を見ている。

 

 月伊霧の背筋に冷たいものが走る。それは恐怖ではなく、闘争心を煽るものであった。

 

自分の思考の“外側”に、もう一人の指揮官がいる。しかも、その男は自分の癖も、強みも、弱点も把握したうえで、この局面を用意している。

 自身の対策をするものは何人もいた。だが、これほどまでに差し迫った相手は初めてであったのだ。月伊霧は南雲原ベンチにいる盤上の敵に対して、狂気の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 視線の先――南雲原ベンチで千乃は腕を組んだまま、僅かに眉を寄せる。

 

「ここでパスミス?突然どうして……」

「視野が狭まってるんです」

「笹波君、どういうこと?」

 

 笹波は一拍置き、言葉を選ぶように視線をピッチへ向けた。

 あくまで冷静に、あくまで構造的に、笹波は月伊霧という存在を“解説”する。

 

「月伊霧 芽育の天才的な戦術やタクティクスの切り替えは、ピッチ全体をリアルタイムで見渡し、選手一人ひとりの状況を把握しているからできるものです。ただ、その精神的負荷はとても大きい。特に把握できない場面が多ければ多いほど、視点は狭まり、思考が鈍っていく。言わば諸刃の剣なんです」

 

 千乃は黙って聞いている。その説明は、どこか冷徹に感じた。称賛と同時に致命的な弱点も示しているようであった。

 

 笹波の言葉を追ううちに、千乃の中で点と点が繋がっていく。

 

 月伊霧が“少年サッカー界の新脳”と呼ばれる理由。そして、南雲原がこの試合で選んだ手段の本質。

 

「まさか、常に月伊霧君に2人以上マークしていたのは」

「ええ、視界を遮り続け、試合の状況を見にくくすることで視野を狭くするためです。その上、新必殺技でインパクトを与え、思考誘導まで行う。言うなれば、月伊霧対策タクティクス『指揮官の狭窄』です」

 

 笹波は続ける。

 

「ただ、百道さんの計算結果では前半戦で効果が出るはずでした。後半ギリギリまでかかるのは正直誤算です」

「でも、その分効果は絶大みたいですね」

 

 淡々と交わされる会話とは裏腹に、千乃の視線は重くピッチへと引き戻されていく。

 

 そこでは“少年サッカー界の新脳”と呼ばれる月伊霧 芽育が、コートの中央で立ち止まっていた。

 一度だけ、目を閉じる。

 深呼吸の一拍分にも満たない、ほとんど無意識に近い所作だった。

 

 普段なら、仕事の現場であれば数手先を読み切り、軽口を叩きながらも、論理と効率で物事を解決する男だ。そんな男が、笹波雲明というモンスターに追い詰められながらも、なおこの競技の中に踏みとどまり、狂気じみた集中力でプレーを続けている。

 

 千乃の胸に、一瞬だけ正体の知れない感覚が芽生えた。

 畏怖に近いもの。

 そして同時に、理屈では説明できない魅力。

 

 敵であるはずなのに、視線が離れない。

 勝敗の行方とは別のところで、彼がこの状況でどのように立ち回り、盤面を支配していくのか、理事長として、マネージャーとして、そして一人の観測者として――彼女はただ目の前の出来事を見届けていた。

 

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