かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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南雲原戦最後です。


FF地区予選 南雲原戦⑥

 

「ようやく、その澄ました顔も剝がれてきたな」

「ぬかせ。視野を狭めたくらいで、この俺を出し抜いたと思うなよ」

 

 桜咲の挑発に月伊霧は短く切り捨てる。

 その表情は険しく、額に汗を滲ませている。呼吸を荒く取っているものの、集中力は依然として落ちていない。狭まる視界の中でも一点を取るために思考を巡らせる。

 

 月伊霧は視線を切り、声を張り上げた。

 

「騎士部!俺に出せ!」

「でもっ!」

 

 一瞬の逡巡。

 騎士部の返答は迷いを含んでいた。誰の目にも、月伊霧が限界に近いことは明らかである。脚運びは重く、判断の間にもわずかな遅れが見えている。

 

 そんな中、この最終局面で任せるのはセオリーにない。

 

「信じろ!“俺ら”で勝つために!!」

 

 だが、その一言に込められた切迫感と覚悟を前に、騎士部の足は自然と動いていた。

 

 戦術通りではない。事前に共有された連動でもない。

 それでも、これまで幾度となく同じピッチを走り、同じ敗北と成功を分け合ってきた時間が、騎士部の判断を押し出した。

 

 足の甲に伝わる感触は短い。ボールは一直線に、月伊霧の進路へ送り出される。

 

「芽育君!!」

 

「行かせねーぞ、月伊霧 芽育!!」

「今度こそ!」

 

 月伊霧がボールを抑えると、直ぐに柳生と忍原が立ちはだかる。

 左右も、前も塞がれる、隙のない位置取りであった。今の月伊霧はここを突破するのは容易ではない。

 

 だが、月伊霧は止まらなかった。

 

 大きく右へ切り返す。その先はサイドラインの白線であり、勝負できる空間はない。月伊霧の動きに合わせて、柳生も忍原も重心がわずかに動いている。今、2人は自身に注目している。

 

 その一瞬を逃さず、月伊霧は判断した。

 

 柳生と忍原の視線は自然と月伊霧の足元へ落ちる。

 

 

――そこに、ボールはない。

 

 

 次の瞬間、ボールは踵が描いた円弧の先へ。ボールはピッチ中央の遥か前方で弾み、誰もいないはずの空間へ転がっていた。

 

「なっ!!ノールックパス?!」

「そこには誰もーー」

 

 2人の困惑の声が重なった瞬間、月伊霧の身体はバランスを失った。芝に叩きつけられ、泥が跳ねる。

 それでも、彼は顔を上げ、パスの先へ向かって叫ぶ。

 

「いるだろ!空宮!!」

「当たり前だッッ!」

 

 応える声と同時に、空宮が視界へ飛び込んでくる。全力疾走。腕を振り、地面を蹴り、呼吸を削りながら中央を貫く。味方ですらも置き去りするようなスピードによって、空宮は間一髪のところでボールの落下地点へ追いついた。

 

 月伊霧は泥にまみれたまま、叫ぶ。

 

「行け!キャプテン!!」

 

 現在、月伊霧の視界は狭く、盤面を俯瞰する余裕もない。

 それでも、右へ切り返すと同時に踵で転がしたそのパスは、計算ではなく信頼によって成立していた。

 

 空宮が、そこにいる。

 ただそれだけを前提にした一手。

 

 故に、南雲原イレブンは完全に虚を突かれる。

 

「おっとここでヒールパス!ボールは空宮の元へッ!!」

「ここでノールックパスを出せるセンス!!そして走り込んでいた空宮も素晴らしいです!」

 

 空宮の足元に収まったボールは、なぜかいつもより軽く感じられた。

 助走は短い。迷いもない。

 空宮は踏み込み、全身の力を一点に集める。

 

「終わりだ!!『サンシャインブレード』ォォ!」

「まだだっ!『氷結の舞』!!」

 

 四川堂が前へ出る。

 一瞬の静止。必殺技が発動し、軌道を凍りつかせようとする。

 

 だが、完全には止まらない。

 

 砕け散る氷の欠片が舞う中、四川堂は両腕を大きく広げ、身体ごとボールを抱え込もうとする。

 

「絶対に止めるーーがッッ!!」

「四川堂先輩!!」

 

 衝撃に耐えきれず、ボールは腕をすり抜けて背後へ零れる。

 だが、その先にいた古道飼が、咄嗟に身体を投げ出し、ギリギリのところで蹴り上げた。

 

「四川堂がシュートを逸らすが、背後に流れたボールを古道飼がクリア!その先には柳生がーー」

 

 実況の声が追いつかないほど試合は加速する。

 古道飼の蹴り上げたボールは高く弧を描き、南雲原の前線へと落ちていった。

 

 その先では柳生が待ち構える。

 胸で受けるのではない。足元で止めるのでもない。身体を半身にして、受けた勢いのまま前へ運ぶ。次の瞬間、彼の視線はすでに前線を貫いていた。

 

 咄嗟の判断で放たれたロングパスの先には、忍原と桜咲の姿。

 

「桜咲、忍原!決めてこい!!!」

 

 張り上げた声には、一切の躊躇がない。FWの二人へ通れば終わる――そう信じていた。

 否、この速度で進む終盤の展開においては、もはや信じる以外に選択肢がなかったのだ。

 

「カウンターくるぞ!!」

「戻れ!戻れ!」

 

 北陽イレブンが一斉に身体の向きを変える。前へ出ていた重心を無理やり引き戻し、守備への切り替えに入る。脚は鉛のように重く、肺は焼けつくように空気を求めている。それでも、戻らなければ試合は終わる。

 極限の状況下でも声が途切れず、ラインが崩れないのは、数多の修羅場をくぐってきた強豪校としての矜持であった。

 

「桜咲、いくよ!!」

 

 忍原が柳生からのパスを受け取ると、ペナルティエリアへ駆け込む。その背後から桜咲が並走し、わずかに前へ出た。

 

 忍原が軸足を踏み込み、シュートを放つと同時に桜咲は高く飛び上がる。

 

「おう!これでトドメだ!『春ーー」

「させるか!」

「ーーっっ!!こいつ、いつの間に!」

 

 桜咲が『春雷』を打とうとした瞬間、月伊霧が二人の前に立ちはだかった。

 

 狙い澄ましたシュートポイント。その一歩先に、月伊霧は脚を滑り込ませる。蹴り上げられたボールと同時に、二人の脚が激突した。鈍い衝撃が骨を通じて伝わり、互いの意地が音を立てて擦れ合う。力は拮抗している。どちらが押し切ってもおかしくない、紙一重の均衡だった。

 

 月伊霧の思考は既に限界域にあった。視界は狭まり、脳内の盤面は霧がかかったように曖昧である。それでも、数多の経験から得点の匂いをかぎ取り、寸前ところで間に合わせたのである。

 

「俺は雷門に、あいつに一泡吹かせるまで、勝ち続けるんだ!こんな地区予選で負けてられるかぁぁ!!!」

 

 その叫びは、自分自身を叩き起こすためのものだった。

 目の前の相手だけを見ていると、視界はさらに狭まる。それでも構わない。いまは広い盤面を支配する必要はない。ただ、ここで止めればいい。たった一度、相手の流れを寸断できれば仲間が決めてくれる。

 

 視覚も思考も削られた状態で、なお立ち上がっていられるのは、技術でも戦術でもない。この先にいる怪物に対しての執念に近い何かであった。そして、その執念は桜咲にも伝わる。ボール越しに伝わる重さが、相手の覚悟を示している。

 

 桜咲の足首が悲鳴を上げる。腿が痙攣する。だが退けない。その思いだけは目の前の男と何一つ変わらない。

 

 

「決めろ!桜咲!!」

「桜咲先輩!」

「桜咲先輩!!行け!」

 

 柳生が、木曽路が、笹波が、声を上げる。

 

 今は試合も終了間際であり、ADVANCE WINーー決めれば南雲原中の勝ちだ。

 

 勝ちたい。

 その思いが一層、桜咲という男を奮い立てた。

 

「うおぉぉぉぉ!『春雷ーーーー改』!!」

「ぐわぁ!!」

 

 桜咲の咆哮とともに、稲光が迸った。

 衝撃は正面からではなく、斜めに、抉るように月伊霧の身体を捉える。月伊霧の身体は桜咲のシュートに弾かれ、視界が揺れた。

 

 進化した必殺技は砂埃をまき散ら、紫光を上げてゴールへ差し迫る。その威力は先程のそれより明らかに強い。力だけではない。速度も、初動も、迷いも削ぎ落とされている。完成度が一段階上がった技だった。

 

 だが、月伊霧の抵抗により時間は稼がれた。

 

 先ほどのように必殺技を出す暇もなく決められるようなことはない。倒れながらも、彼は理解する。ここで自分が潰れても意味はあった。たった一拍、相手のタイミングをずらした。その一拍が、守護神の準備を整える。

 

「月伊霧が稼いだこの時間、無駄にはしない!『グラビティデザート』!!」

 

 ゴール前で陣内が吠える。

 足元に重さが集まり、視界が低くなる。身体が沈み、世界が引き寄せられる感覚の中で、最後の壁が築かれていく。グラビティデザートの砂塵は日光に照らされ、金色を帯びていた。

 

「いっけぇぇぇ!!」

「ぐおぉぉぉぉ!!止めるっっ!」

 

 激突。

 

 重力がボールを抱え込もうとする。しかし、紫光がそれを引き裂く。見えない糸が引き千切れる音が、耳の奥で鳴った気がした。

 

 砂埃がゴールを囲う。試合の結果はまだ誰にもわからない。陣内でさえ、触る感触だけでは判断が付かなかった。

 

「砂煙が宙を舞って、ゴールが見えておりません!その勝負の結果はーー」

 

 会場全体が北陽ゴールを覗き込む。

 実況席の田部や角馬ですら、モニターから映し出されるゴールラインを、前のめりになりながら見つめていた。

 

 砂埃が徐々に晴れる。

 ボールは、確かに陣内の手元に収まっている。

 

 誰もが、そう思った。

 

 

――が、僅かにゴールラインを割っていた。

 

 

 白線の向こう側に、ほんの指一本分。

 それだけの差が、試合のすべてを決めてしまう。

 

 

「入ったぁぁ!ギリギリ、僅かな差ですがゴールラインを割っております!」

 

 歓声が爆発する。

 南雲原イレブンは跳ね上がりながら、桜咲を揉みくちゃにする。肩を叩き、背中を叩き、互いの存在を確かめるように抱き合う。呼吸は荒い。だが、その荒さが今は誇らしい。

 

 同時に、試合終了のホイッスルが会場へ響いた。

 

「これで2-3!試合終了のホイッスルも同時に鳴ります!フットボールフロンティア地区予選、2回戦を勝ち抜いたのは南雲原中学です!!」

「これは大波乱ですよ!!」

 

 笛の音は、余韻もなく現実を確定させる。

 ピッチの上で止まった時間が、ゆっくりと流れ始めた。

 

「ま、負けた……?戦術で出し抜かれた上で、完敗した」

 

 月伊霧は膝に手をつき、荒い息のまま呟いた。視界の端で、勝者が跳ねている。敗者が立ち尽くしている。その光景がやけに遠い。

 

 勝てると思っていた。いや、勝つべき試合だった。

 そのためにありとあらゆる準備をし、戦略プランを自身の手で一から作った。机上で何度も盤を並べ替え、夜を越え、答えを削り出してきた。

 

 だが、最後に残ったのは「あと一歩足りなかった」という冷たい結論のみだった。自分の決断がこの試合を終わらせてしまった。

 

「月伊霧、整列だ」

 

 品乃の声が届く。その呼びかけに、月伊霧はすぐには応えられず、ふと周囲を見回した。ピッチのあちこちで、北陽イレブンが立ち止まっている。

 

 陣内は両膝に手をつき、深く息を整えていた。

 矢倉は空を仰ぎ、屯田は拳を強く握りしめている。

 友部は地面に膝をつき、放心状態で芝を見つめていた。

 そして、空宮でさえもーー悔しさを噛み殺したような顔で、月伊霧をまっすぐ見ていた。

 

 誰一人として涙を流す者はいない。

 

 彼らの視線と声は、決して責めるためのものではなかった。

 愚か、北陽イレブンの中で彼を攻める者など一人もいない。誰よりも勝利に貪欲であり続けたこと。誰よりも考え、誰よりも背負ってきたこと。そのすべてを、彼らは理解している。

 

 騎士部は月伊霧に肩を貸し、整列のためにセンターラインまで連れて行こうとする。 

 触れた瞬間に分かる。月伊霧の身体は、風が吹けば飛んでいってしまうのではないかと錯覚するほど軽く、足取りもおぼつかない。それでも、月伊霧は拒まなかった。拒む力すら、今は残っていなかった。

 

「俺、北陽で雷門にリベンジするために、ここまでやってきたのに」

 

 吐き出すような独白。

 夢を語るには遅すぎ、言い訳にするにはあまりに正直だった。

 

「……芽育君」

 

 騎士部はそれ以上を言わず、月伊霧の肩を軽く叩き、そっと寄り添う。

 言葉は要らない。今は、倒れないために支えるだけでいい。隣に立ち、同じ方向を見るだけでいい。

 

「みんな……ごめん…ごめんなさい……」

 

 堪えきれず、声が零れ落ちる。

 

 “少年サッカー界の新脳”と謳われるその男は、大粒の涙を浮かべながら、チームメイトへ謝罪し続けた。その声は震え、何度も途切れ、それでも止まらない。理性で組み上げてきた言葉はすべて崩れ、残ったのは感情だけだった。

 

 月伊霧のその言葉は、宿敵へたどり着くことなく散っていった。

 届く前に、勝者の歓声の残響に溶け、夕暮れの風にほどけ、踏み固められた芝の匂いの中へと消えていく——。

 

 

 

『泣き虫ライバルー“サッカー界の新脳”襲来ー 【完】』

 




【おまけ】

ーーー雷門中 第一グラウンドーーー

 夕方の第一グラウンドには、日中の熱を名残惜しそうに残した芝の匂いが漂っていた。西日に照らされたゴールポストが長い影を引き、練習を終えたばかりの選手たちの呼吸だけが、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。

 ボールを片付ける音の合間、ふとハルの手が止まった。視線はスマートフォンの画面に落ちたまま、しばらく動かない。

「ハル、どうしたんだ?」

 月影の何気ない問いかけに対して、ハルはワンテンポ遅れて答えた。

「北陽学園、地区予選敗退だって」

 ハルの一言で、雷門イレブンは耳を疑った。
 月影は眉をひそめ、思わず問い返した。

「……なんだって?」
「えっっ?!芽育君たち負けちゃったの?!」

 星村の声には、驚きと戸惑いがそのまま滲んでいた。九州地区は北陽学園が勝ち上がると踏んでいただけに、その事実をまだ咀嚼しきれていない。

 月影は一歩踏み出し、さらに踏み込む。

「いったい、どこに負けたんだ?」
「南雲原です。蓮さんと俺が前に西ノ宮として対戦したところですね」
「あそこか……」

 校名を聞いた瞬間、月影の脳裏には、長崎へ派遣されたときの光景がよぎった。まだ無名に近い存在でありながら、異様なほど整理された配置と、冷静な試合運び。南雲原中は、勢いだけで走るチームではなかった。

 それでも——。

 星村は、ネットニュースや断片的な話としてしか知らなかったその学校について、改めて確かめるように口にする。

「あぁ、後半に4点取られて逆転されたところ?そんなに強い学校なの?」
「いや、戦術は確かに目を見張るものがあるが、実力的で言えば北陽学園が上だろう。にわかには信じがたいが」

 月影の言葉は慎重だった。分析すればするほど、結果だけが説明からこぼれ落ちる。理屈で納得できない敗北ほど、選手の胸に重く残るものはない。

 ハルは視線を落としたまま、短く息を吐いた。

「あいつ、勝ち上がれなかったか」

 ハルの脳裏に浮かぶのは、月伊霧芽育という男の姿だった。かつて真正面から噛みついてきた相手。雷門を倒し、フットボールフロンティア全国大会で雪辱を果たすと、迷いなく言い切っていた男。その執念が、ここで途切れたという事実が、じわりと胸に染み込んでくる。

「俺たちも次の試合、油断するわけにはいかないぞ。地区予選決勝の相手はあの海王学園だ」
「そうだね!ハル君も頑張ろっ!」
「えぇ」

 月影の号令を基に、雷門イレブンは気を引き締め直す。そんな中、円堂ハルの表情はどこか落胆しているようであった。




ーーー次回予告ーーー

「あの月伊霧 芽育がスランプぅ?!」

「これまでの北陽学園は良くも悪くも、月伊霧 芽育がいることで完成されすぎていた」

「俺は認めませんから。下鶴監督が辞めるなら、俺もサッカー部辞めます」

「取材に来ちゃいました……なんちゃって」

「じゃあレギュラー枠も争わなきゃいけなくなるってことだな」

「しっかりしなさい。私にできるのはこれくらいだから」

「私は絶対にレギュラーを勝ち取ります。例えそれが、仲間を、芽育君を蹴落すことになるとしても……」

「FF初登場ながら九州最強と名高い東風異国館 九州予選での最難関だ」

「ほぼ全員が外国人だと?とんでもねぇ相手だな。どこからどう見ても勝てる気がしねぇ」

「分かってないなぁ。お前らに筋肉だるまとの戦い方を教えてやる」

「あれはマネしちゃ駄目です、絶対に」

Next Episode 『南雲原よひとつになれー下鶴 改はかく語りきー』

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