かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。 作:ホイップる
―――数時間後 南雲原中学校入口付近―――
西日に照らされた校門に、3つの影がゆっくりと伸びる。
北陽学園の制服を纏った月伊霧、空宮、そして品乃の三名は、初めて訪れる南雲原中学校を前に足を止めた。吹き抜ける風はどこか懐かしい土と芝の匂いを運び、敷地の奥からはサッカーボールの弾む音がかすかに聞こえる。
「ここが南雲原中かー」
「相変わらずここは広いな……空宮も迷子になって泣くなよ」
「泣かないよ!!全く……新たな環境もしっかりチェックしておかないと、ですね」
初めての学校に軽口を飛ばす二人を、品乃は半眼で見つめた。
だが、今日の目的はあくまで「視察」。形式上のものであるため、学校同士の挨拶程度であるが、旅行気分で済ませるわけにはいかない。いつもの和やかな雰囲気とは違い、どこかその背筋は伸びているようであった。
「あぁ、だがせっかく視察に来たんだ。サッカー部でも覗いていくか」
「いいですね、行きます」
「品乃先輩まで……別にいいですけど、手短に済ませてくださいね。この後、向こうの理事長とも面会があるんだ」
「あぁ、分かってる。ちょっと覗いていくだけさ」
品乃は爽やかに笑って返す。だが、月伊霧は先程まで気怠げにしていた様子とは打って代わり、何かを思いついたように目を輝かせた。
「よーし、そうとなったら空宮!スパイ行為しに行くぞ。南雲原の必殺技全部録画して、下鶴監督と解析しようぜ」
「おー!行こうぜ!」
「お前らなぁ!断じて、そういう目的ではないからな!!」
走り出す2人に慌てて品乃が止めに入る。止める立場が完全に逆転してしまっていた。文字通り、鉄拳制裁が月伊霧と空宮に襲いかかったのは言うまでもない。
――南雲原中学校 サッカーコート前――
「お、やってるやってる」
入口から見えるサッカーコートでは、南雲原中サッカー部の面々が練習の合間に技術の確認をしていた。コーンと使ったドリブル練習に、リフティング、そしてキーパーとの一対一。
練習方法こそ前時代的ではあるが、各々の課題に合わせてメニューが組まれていることは想像に難くない。
一目見たことでその場を後にしようとするが、そのうち数人が北陽の姿に気づき、鋭い目を向けてくる。警戒心を隠さない視線だ。大柄な柳生は先陣を切るように3人の前へ立ち塞がった。
「お前たち北陽学園だな。練習をスパイしようってのか?」
「違いますよ。今日は学校の視察に来てそのついでに……」
「視察?それがスパイ行為だろ」
「……ちがっ?!」
「安心しろ。おふざけでやろうとしたが、さっき品乃先輩に首根っこ掴まれて止められたところだ。」
「……確かに殴られた跡はあるが」
月伊霧は空宮と柳生の間に入る。柳生との足りない身長差をごまかすように仁王立ちで応戦してみせるが、真っ赤に腫れた頬のせいで威厳がまるでない。だが、ある種の説得力はあったようである。
「あと空宮、例の件は他言厳禁だ。向こうの内部事情でまだ南雲原の生徒には伝わってない」
「なるほどな。話が噛み合わないのはそういう訳か」
北陽学園のメンバー同士に納得しているところを不審に思い、柳生は3人へ問いかける。
「なに?どういうことだ」
「申し訳ありません。別件で学校の視察に来て、そのついでにサッカー部を見学させていただきました。決してスパイ行為ではありません。」
「そうかよ。だったら用を済ませてさっさと――」「だったら少し遊んでいきません?」
「「……?!」」
南雲原の忍原が提案を口にした瞬間、両校の空気が張り詰めた。横で柳生は慌てて声をあげた。
「おまっ、一体何を」
「部長が言うように、こちらの技が本当に通用しないのかどうか……」
「まさか、確かめようってのか?」
南雲原の面々もザワついている様子を見て、月伊霧は面白そうなことが起こりそうな予感がしていた。それから彼の行動はとても早かった。
「おいおい、こいつら散々俺らに言ったくせして、一丁前にスパイ行為する気だぜ。どうしますか品乃の親分。グラビティしちゃいます?デザートしちゃいます?」
「誰が親分だ!あとそれ陣内の前で絶対言うなよ」
月伊霧は品乃にツッコまれながらも、どうこの場をかき乱そうが思考を巡らせる。
――やはり、使うならば空宮か
「それで早速喧嘩を売られた訳だがどうするよ、キャプテン。このまま帰ったんじゃ、北陽学園サッカー部の名が廃るぜ」
「いいよ。じゃあ5vs5でバトルする?」
「だってさ、お嬢さんもそれで満足かな?」
「子供扱いしないで!勝負はサッカーバトルでいいわ!!」
南雲原も北陽と同様に闘争心を煽られているようでもあった。早くも、その場にいたメンバーから5人を選ぼうとしている。
北陽メンバーは近くに止めているバスへ向かえば、他の選手も待っているため2~3人ほど連れてくるのも容易である。レギュラーメンバーを連れてくることになるだろう。
北陽も5人選抜させるため、キャプテンの空宮はポジションを確認しようとする。
「品乃先輩は中盤として……月伊霧もいつも通り、ポジション真ん中でいい?ひし形っぽい陣形になりそうだけど」
「芽育ってあいつが月伊霧 芽育?!」
「あいつが噂の天才ゲームメーカー……?」
空宮の発言に南雲原の注目が月伊霧へ集まる。桜咲と柳生は驚くように声を上げる。北陽の中心人物が出るとなればいやでも警戒を強めてしまう。同時に、血の気の強い面々は興奮を隠せなかった。
「ん? 俺はパス。バスに残ってる他のメンバーとやってくれ。中盤は品乃先輩いれば十分だろ」
「えー、不参加なの?釣れないなぁ」
「あら、逃げようって言うのかしら?」
忍原は語気を強めて挑発する。
しかし、月伊霧はあえて肩を竦めて受け流した。その心は面白い状況を作りかっただけであり、特別勝負をしたいわけではない。あとは適当に対戦データが取れればどうでも良いと思っていたのだ。
「生憎、俺は暇じゃないのでな。ってか、それで遅刻でもしようものならお宅の生徒会長がめっちゃ怖いし」
「生徒会長って……千乃会長のこと?」
「そうそう。最近理事長も兼任になったでしょ?それで色々話してるんだけど、反りが合わないのか喧嘩が多くてねぇ。思春期の子を扱うのは難しいよホント」
月伊霧は遠い目をしながら言う。
その表情は苦労してる大人を気取りつつ、「毎回大変だよぉ」と不満が漏らすも、南雲原メンバーはもはや誰も信用していない。それどころか、先程の千乃の様子にも合点がいってしまった。
「いやあんたも中学生でしょ!っていうか、喧嘩の原因はあんたか!!」
「あぁ、会長が外出や電話の度に機嫌悪くなるのはそういう……」
「点が線で繋がったというか...なんというか……」
それどころか、先ほどの千乃のピリついた様子が脳裏にフラッシュバックし、彼らは思わず顔を見合わせる。どう考えても、原因の半分はこの男では? という結論に至りつつある。実際その通りであるし、月伊霧もまあまあ自覚している。
ざわつく部員たち。月伊霧はそんな空気を意にも介さず、口角を釣り上げながらさらりと言い放った。
「それに、俺はキャプテン不在の南雲原に興味はないかな」
場が一瞬凍る。
月伊霧の性格として、かなりノンデリカシーというか、本人が面白いと思えば意図して空気を読まない節がある。また始まってしまった、と品乃と空宮は頭を抱えて立ち尽くした。彼らにとっては部内でよく見る光景であった。
「ほぅ、言ってくれるじゃねーか」
「そんなのやってみないと分からないだろ!」
「上手く伝わってなかったかな……?戦略家の居ないお前らに価値はないって言ってるの」
月伊霧は一歩踏み入り、言葉を重ねる。
まるで「事実を述べただけ」という淡々とした調子だが、南雲原にとっては真っ直ぐな侮辱に聞こえてしまう。
彼はとうに我慢の限界に達していた。目はギラつき、眉は跳ね上がり、今にも噛みつきそうな勢いである。その性格を知ってか、木曽路は慌てた様子で詰め寄る2人の間に割入る。
その瞬間、桜咲の表情が一段階ほど険しくなり、足元がギシッと鳴った。
「んだと!!もう一度言ってみろ!」
「桜咲先輩落ち着いってって!!えーっと月伊霧さん?もなんとか言って!というか謝って!!」
「あちゃー、月伊霧の悪い癖でちゃってるなぁ」
「後で下鶴監督に報告だな。それはそうと、バスにいる他のメンバーも読んできてくれないか。アレはこっちで何とかする。」
品乃は騒ぎを鎮めるというより、むしろ“進行する前提で対応する”という判断だ。この場の雰囲気からして、もう後戻りはできないと悟っている。
「はーい!3人くらいレギュラーメンバー呼んできますね」
空宮は月伊霧の様子に呆れながら、バスの停留場所へ走っていった。品乃はその背中を確認すると、次に月伊霧へ鋭い視線を送る。
月伊霧と桜咲の口論は、もはや小競り合いを超えて“試合前の火花”の域に入り始めていた。その緊張は周りの部員にも伝播し、南雲原の面々も慌てて駆け寄る。
「何度でも言うさ、というか敢えて別の言い方にしようか。人の言うことしか聞けない”良い子ちゃん”達の寄せ集めじゃあ、俺の出る幕はない!」
「喧嘩売ってるのか?!いい度胸じゃねぇか……!」
「上等だコラ!ミニゲームの前に1vs1で勝負しろ!!」
桜咲だけでなく、隣で黙って聞いていた柳生までが月伊霧に詰め寄る。その殺気に、木曽路だけでなく、忍原たちも慌てて制止に回った。
「余計に悪化させた?!マジでお前なんなの?!そのレスバ癖は雲明と同じなの??!」
「亀雄、柳生の方止めるよ!」
「う、うん……!柳生先輩落ち着いてっっ!」
品乃は全体の空気が過熱していくのを感じ取り、月伊霧の背後で声をかけた。
「月伊霧、そのくらいにしておけ。出る気ないなら俺らに任せて、さっさと挨拶行ってこい。俺たちはミニゲーム終わったら行くから」
「品乃先輩……分かりました。ここまで言ったんですから、負けないでくださいね。向こうもキャプテンが居ないとはいえ、それなりにまあまあ全力で来ますよ。」
「あぁ、試合するからには負ける気なんて更々ないさ。ここは任せておけ」
「はい、期待してます。北陽のキャプテンはあいつですし、司令塔は俺ですが、チームの支柱は間違いなく品乃先輩なので」
月伊霧は品乃にだけ静かに本音を漏らすと、舌戦の中心から離脱した。
興味がないと切り捨てた顔の裏で、誰よりも仲間を信頼している――そんな矛盾した性格を知っているのも、品乃と下鶴だけである。
月伊霧は何食わぬ顔でコートを離れ、校舎側へと歩いていく。丁度その背中が夕日に照らされ、長く影が伸びた。
(まったく……あいつは本当に迷惑ばっかりかけやがって)
品乃は小さく苦笑し、視線を前へ戻した。南雲原の選手たちは引き締まった表情で彼を見つめている。
「あのバカが迷惑をかけてすみません。間もなく空宮が他のメンバーを連れてくるので、しばらくお待ちください。月伊霧が居ないとはいえ、ウチはかなり強いですよ」
品乃の落ち着いた声に、南雲原の部員たちは息を飲む。今度は真正面から互いの誇りと意地を懸けた勝負が始まろうとしていた。
【設定ガバめな小ネタ集】
「グラビティしちゃいます?デザートしちゃいます?」
サッカーの試合で大量失点してしまい、某雑誌の一面記事に円堂ハルの背景としてすっぱ抜かれることの意。
語源は月伊霧の親友であるGK陣内が雷門戦で円堂ハルのシュートに「グラビティ……」としか言わせて貰えなかったことにあるが、月伊霧はこれ見よがしに弄っている。陣内はいつもであればキレている(なんなら締め上げている)が、昨年の雑誌記事にこれでもかと言うくらいに月伊霧を弄り倒しているため、言うに言い返せない状況である。
ちなみに2年生同期の間では2年連続スプリング杯で某雑誌の1面記事になっているため、「俺たちはスプリング杯に呪われている」という噂が立っており、来年も同期の誰かが某雑誌の犠牲になると思っている。候補筆頭は空宮と矢倉。大穴で騎士部。
「そのレスバ癖は雲明と同じなの??」
ドブカスに関して言うとサッカーに対してのみ純粋であり、息を吐くように悪口が出てしまう性格なだけである。病気に抗おうとしても上手くいかず、サッカーに向き合えなかった過去故に生まれてしまったレスバモンスターとはあくまで別系統。後者はサッカーに向き合い始めた今改善の一途を辿っている(はず)が、前者はどうにもならない。
メタい話をすると空宮はミニゲーム後に泣いてほしいので、既にこの場におらず、試合後雲明が南雲原中にいることを知る。
「”良い子ちゃん”達の寄せ集め」
月伊霧から見た南雲原中の総評。某監督へ取材した著書「イナズマジャパン優勝の軌跡」にインスパイアされてるとか何とか……