かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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小話
【クリスマス企画】悪魔の2日間ークリぼっちを回避せよ①ー


 今日は12月24日。

 校内の掲示板には色紙のリースが貼られ、チャイムの音もどこか浮ついて聞こえる。

 

 冬の空気は頬に刺さるほど冷たい。グラウンドの芝は乾き切っていて、スパイクが踏み込むたびに微かな音を立てる。吐く息は白く、夕方の影は長い。

 

 品乃が「今日は切り上げる」と言ったわけではないが、自然と練習メニューはいつもより早めに区切られていた。下鶴も別件で今日は不在であるため、より皆の注目は今日という特別な日に注がれていた。

 

 ピッチの端でボールを集める手がいつもより軽い。今日だけはスマホをこまめに確認している者がいても仕方のないことかもしれない。

 

 こと1年生の月伊霧は、その「見えない盛り上がり」に一人取り残されていた。

 

 月伊霧はこれまでのクリスマス・クリスマスイブ共にクリぼっち記録を更新し続けている。家族は共働きであり、そもそも家にいることが少ないし、なんなら訳の分からない予定で両親だけ出かけてしまうことも多い。友達は多いものの、性格上遊ぶ予定は断られてしまう。

 

 練習真っ只中、空宮征は個人練習に勤しんでいた。その目は真剣そのものであったが、邪魔をするように月伊霧はシュートコースへ割り込んで声を掛けた。

 

「なぁ、空宮。今日くらいは練習サボってもいいと思わん?」

「練習の邪魔してする話がそれかよ。いつ何時も思わねーわ。品乃キャプテンだって気を使わせて、練習早上がりにしてくれるんだから我慢しろ」

 

 言い方はぶっきらぼうでも、言っていることは正論だった。

 空宮はこういうとき、真面目を盾にしてふざけを切り捨てる。

 

 だが、今日という日であることから、空宮の反応は別の意味にとらえられ、月伊霧はニヤリと口角を上げた。空宮もまた同類である、と月伊霧は踏んだのだ。

 

「空宮はクリぼっちだからそんな簡単なこと言えるんだよ。可哀想だからいつものうどん屋で励ましの会でも――」

 

 それはもう流暢に話し始めたが、空宮は言葉をさえぎって告げる。

 

「ん?今日は放課後、矢倉達とクリパだけど……」

「……俺なんでそれ誘われてないの?」

「知らねぇよ。日頃の行いじゃね? あぁ、店予約しちゃってるから、今から追加も多分無理だぞ」

「ガチ?お前らがそんな都合よくクリパなんぞやろうと言う気概も計画性もある訳……」

 

 月伊霧の言葉が途切れた瞬間、風が吹いた。芝の匂いが薄く漂い、空気の温度が一段下がったように錯覚する。

 

 1年生同期は基本的に群れることが少ない。

 練習ついでにご飯を食べることはあるものの、大人数で遊ぶことはあまりなく、個別の友人同士でいくことが大半である。月伊霧が定期的に同期会を開催しようとするが、幹事をするほどの統率力や人間性ではないため、なあなあになって終わってしまう。

 

 そんな奴らが自信をなしに計画性をもってクリスマスパーティーを行うなど、とてもではないが月伊霧にとってありえない話であった。

 

 空宮は勝ち誇ったように告げる。

 

「で、そういうお前は予定あるのかよ」

「……なんもねぇよ!悪いか!!」

「はっ!じゃあなクリぼっち」

 

 空宮は言い捨てるように去っていく。去り際の足取りが妙に弾んでいるのが、いっそう腹立たしい。

 

 遠ざかる背中を見ながら、“新脳”とも揶揄される月伊霧は脳内で反撃案を三つほど組み立てた。言い返す言葉はある。からかう材料もある。だが、場が悪い。それを投げたところで勝てない種類の負けだと分かってしまう。今日の空宮は、勝ち負けの盤面が違う。

 

「あいつらさては狙い済ませやがったな……俺を出し抜いて嫌がらせなんていい度胸だ」

 

 月伊霧の謎の仁王立ち。その鼻息は荒い。

 

 だが、その熱は試合前の緊張とは別種だった。戦術でも根性でもない。単純に置いていかれた悔しさだった。

 月伊霧はそういう感情を処理するのが下手だ。だからいつもボールに預ける。

 

「とはいえ、暇だな。マジで今日予定ねぇ……これは自主練でもして気を紛らわすか」

 

 練習も終わり、各々小グループを作っては解散していく。各々でこの後予定があるのだろうか、今日自主練をする者はいなかった。

 

 グラウンドはもう薄暗い。照明の光が芝を白っぽく浮かび上がらせ、影が二重三重に伸びる。

 

 ボールを一つ置く。距離を測る。助走の角度を決める。一息呼吸を整えた。

 

ーーここまで王者雷門中に互角で競い合い、試合は2-2で後半もいよいよ折り返し!ここで決めれば逆転です!!北陽学園のフリーキックは今大会得点王の月伊霧が務めます!!

 

 脳内で繰り広げらえる脚色多めの実況と共に月伊霧は走り始める。

 大きなテイクバックからボールをけり上げるが、シュートはゴールポストを大きくそらす。いつも通りのシュート精度であった。

 

 金属に当たる音はしない。だから余計に虚しい。ボールはネットすら揺らさず、ただ暗い方へ転がっていく。

 月伊霧は舌打ちをしそうになって、やめた。無駄だ。無駄だと分かっているのに、体のほうが先に反応する。今日はそういう日だった。

 

「うーん、全くシュートが入らん。今日は運も無ければ、イマイチ調子も上がらないな……適当に切り上げてうどん屋でも行くか」

 

 部室棟の廊下は、外より暖かいはずなのに空気が冷たい。人の気配が少ないせいだ。

 その静けさの中で1人、騎士部登和だけが落ち着かない動きをしている。ホワイトボードの前で一度立ち止まり、また数歩動き、結局同じ場所に戻ってきている。

 

 まるで試合直前のようだ、と月伊霧は思った。

 いつもとは違う彼女の様子が妙に目を引いた。月伊霧の悔しさとは別の種類の不安が、廊下の空気に混じっている。

 

「よーっす、騎士部。騎士部も自主練上がり?」

「――っ!お疲れ様です、芽育君。私もたった今練習上がったところです」

「そうか、こんな日まで練習なんて流石だな」

 

 月伊霧は軽い調子で言う。だが、騎士部の反応が一拍遅れる。

 

「そういや、騎士部は飯食った?」

「いえ。私はまだですけども」

「そしたら、2人でいつものとこで飯食おうぜ。今日は奢るよ」

「……ふふっ、仕方ないですね。行きましょう」

 

 騎士部は考え込む素振りを見せるが、その言葉尻は少し跳ねていた。彼女が自分で抑えきれなかった“期待”の痕跡であった。

 

 北陽学園1年生は自主練が遅くなると、よくうどん屋でご飯を食べにいく。どういうわけか、ここのうどんを食べると力が湧き、練習効率が上がったように感じることが多いのである。

 

 店の前に着いた瞬間、月伊霧の足が止まる。

 いつもの暖簾がない。代わりに、紙が一枚貼られていた。

 

「『クリスマスイブにつき本日休業――クリぼっちよ跪け――』……何だこのうどん屋ぁ!!」

「完全に当てつけのような書きぶりですね……」

 

 騎士部は言いながらも、口元が少し緩んでいる。

 月伊霧は紙を凝視する。ツッコミたい点が多すぎて、どこから手をつけるべきか迷っている顔だった。

 

 貼り紙の筆跡は、いつもより荒々しい。

 まるで店主が今日の街全体に対して、妙な対抗心を燃やしているように見えなくもない。

 

「にしても困ったな。俺いつもここしか飯行かないし、他に飯なんて――」

 

 練習明けということもあり、2人の空腹が現実感を増す。

 それに加えて、今日という日付がまた顔を出す。

 店の灯りが消えているだけで、街はいつもより賑やかだ。笑い声が多い。歩く速度が速い。ペアが多い。こんな日に行ける店などほとんどなかった。

 

 諦めて解散にするか――と脳裏をよぎったとき、騎士部は声を張り上げた。

 

「芽育君!じ、実は私、今日行きたいお店がありまして」

 

 騎士部の声が、少しだけ上ずる。

 

 彼女は手を胸の前で握り、指先に力を入れる。普段の落ち着きが一瞬だけ揺らぎ、そこに年相応の緊張が覗いた。この大きな一歩が踏み出したのは、今日という日のおかげであろう。

 

「お、マジで?じゃあそこにしようぜ」

 

 月伊霧の答えは即決だった。それは戦術的判断の癖でもある。迷っている時間があるなら、走りながら修正すればいい。ただ、この瞬間だけは、ひどく優しい形で出た。

 

 騎士部は安堵したように息を吐き、視線を逸らしてからゆっくり頷く。

 

 月伊霧は、貼り紙をもう一度見上げる。

 うどん屋の文字は相変わらず雑で、挑発的で、やけに元気だった。

 

 ——まあ、今日はこういう日なのだろう。

 

 騎士部に案内されて辿り着いたのは、通りから少し奥まった場所に建つ一軒家のイタリアンだった。派手さはないが、灯りは柔らかく、窓越しに見える店内は落ち着いている。

 

 扉を開けると、控えめなベルの音が鳴った。

 床はよく磨かれた木材で、足音が柔らかく返ってくる。奥の厨房からは、オリーブオイルと香草が混じった匂いが漂い、外で冷え切った指先がゆっくりと解けていく。

 

 席に着くと、前菜にカプレーゼ、メインにボロネーゼ、料理が運ばれるたび、白い皿の上に色が増え、香草の匂いが静かに立ち上る。窓際の席からは、通りを行き交う人影がぼんやりと映り、時間の進みだけが外とは別の速度で刻まれているようだった。

 

「リーズナブルなのに全部うまっ……それにしてもよくこんな美味しいイタリアン知ってたな。流石は騎士部」

「い、いえ、実は私もここに来るのは初めてで……本当に美味しいです」

「そうなんだ。じゃあ俺が一緒に行った男、第一号だな。みんなに自慢しよ」

 

 月伊霧は思いついたままを口にする。

 騎士部は一瞬、時間が止まったように動きを止めた。次の瞬間、頬から耳まで一気に赤く染まる。

 

「んなっ……!冗談はやめてくださいっっ!」

「あっはっはー、矢倉も空宮も俺抜きでクリパしに行きやがったからな。それくらいのご褒美はあってしかるべき」

「しかるべき、じゃないです!」

 

 声量は抑えられているが、否定の意思は明確だった。

 騎士部は視線を落とし、グラスの縁を指先でなぞる。月伊霧はその仕草を見て、これ以上続ければ本気で怒られると判断し、肩をすくめて話題を切り替えた。

 

 それでも二人のやり取りは、店内の落ち着いた時間を乱すことはない。隣のテーブルではカトラリーが触れ合う音が小さく響き、低い話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 やがて皿は空になり、会計を済ませると、二人は店を後にした。

 

 外に出ると、底冷えする寒さが頬が突き刺す。

 吐いた息は白く、店内に残してきた香草の余韻が、夜の冷たさに押し流される。通りの先では、街路樹や建物を縁取る光が連なり視線を引き寄せていた。

 

 騎士部は立ち止まり、言葉を失ったように光を見上げる。瞬く無数の灯りが、彼女の瞳に映り込み、静かに揺れていた。

 

「……綺麗」

「イルミネーションやってるんだな。まぁ今日クリスマスイブだし、そりゃそうか」

 

 光は一定ではなく、見る角度によって色味を変える。歩く人々の影がその上を横切り、明るさが波のように動いた。

 ふと月伊霧は騎士部を見る。光を映す騎士部の瞳は、昼間よりも少しだけ明るく見えた。

 

「騎士部!せっかくだし見ていこうぜ!なんかクリスマスマーケットとかもありそうだし」

「あ、ちょっと!手――っ!」

 

 返事を待たず、月伊霧は彼女の手を取った。

 

 手袋越しでも、はっきりと分かる温度がある。冬の冷えの中で、その感触だけが妙に意識に残った。自分が思っていたよりも強く握っていることに気づき、月伊霧はわずかに力を緩める。それでも手は離さない。歩く流れに乗るため、という顔を作ったまま。

 

 人の流れに押され歩幅は自然と速くなる。言葉を発しかけた騎士部の声は雑踏に紛れて消えていった。

 

「うおっクリスマスツリー見えるところまで来たけど混みすぎ……うおっ!」

「え――きゃあ!!」

 

 肩がぶつかった衝撃で月伊霧の身体は半歩ずれた。反射で騎士部を引き寄せる。ほんの偶然ではあったが、二人の距離は一気に近くなった。

 

 一瞬、息がかかるほどの近さ。

 石鹸に似た匂いがかすかに届き、騎士部の瞳が揺れた。

 

「あ、たたっ騎士部、大丈夫か?」

「――っっ!はい、大丈夫です」

 

 そう言いながらも、その声は高く、少し震えていた。

 月伊霧は何か言いかけて、結局言葉を飲み込む。

 

 ツリーの根元には屋台が並び、湯気が絶えず立ち上っている。焼き菓子の甘さ、スパイスの刺激、熱い飲み物の蒸気が混じり合い、鼻先をくすぐった。

 その中で騎士部は雑貨屋の前で足を止める。木製の棚に並ぶ小物は、照明を受けて微妙に色合いを変えた。その中でもひときわ目立つ、赤いクリスタルのストラップ。

 

「あっこれ可愛い」

「これ、海坊主ってやつか? ここら辺のヌシ的なやつだよな」

 

 長崎の街角に置かれている石像を思わせる形を、騎士部はいとおしそうに眺めている。練習では見ない表情に、月伊霧は思わず目を奪われた。

 

 そして、月伊霧は赤と緑、二つの色違いを手に取ると店主に声をかける。

 

「おじさん、これの色違い2つ頂戴!」

「おう!隣にいるのは彼女さんかい?こんな可愛い子連れて羨ましいねぇ」

「いいだろぉ!俺はおじさんが生涯手にしなかった幸せを今掴んでるんだぜ」

「やかまし!ちゃんと嫁も子供もいるわ!!……大事にしろよ」

「おう!」

 

 騎士部は視線を落とし、マフラーの端を指で掴んでいる。

 

 2人はこの寒空の下で主人の「大事にしろよ」が、妙に胸に残った。

 月伊霧は小さな包みを受け取り、一つを騎士部の手に乗せる。

 

「はい、これあげる」

「……いいんですか?」

「欲しそうに見てただろ?せっかくだし、お揃いのやつ付けようぜ」

 

「騎士部から見たら安物かもしれないけど、まぁ今日の記念に貰ってくれよ」

 

 騎士部はしばらくそれを見つめ、ゆっくりと指を閉じる。目の前の男と色違いであることを、はっきりと意識しながら。

 

「――ありがとうございます。大切にします」

 

 短い言葉だったが、握る力に迷いはなかった。

 月伊霧は「おう」とだけ返し、前を向く。

 

 並んで歩く二人の足元に、光が長く伸びている。

 人波の中でも歩幅は自然と揃い、言葉が途切れても、その沈黙は落ち着いていた。

 

 この夜の輪郭が、静かに心に刻まれていく。

 クリスマスイブーー2人の思い出は色違いのストラップと一緒に人ごみの中へと消えていった。

 

 

 

「人混みで全然見えねぇ……あいつら上手くやってるか?」

「さぁね、まぁデートさえ誘えれば大丈夫じゃね?月伊霧のことだし」

 

 矢倉は背伸びをしながら視線を巡らせるが、肩越しに見えるのは知らない後頭部ばかりだった。

 矢倉の問いに空宮は缶コーヒーを一口飲みながら、興味なさげに答えた。味はとても苦いが飲まなきゃやってられない。

 

 舌に残る苦味が、夜の冷えと混じって喉を落ちていく。甘ったるい匂いが漂うこの通りでは、その苦さだけが妙に現実的だった。

 空宮は息を吐き、肩をすくめる。

 

「アチョー、にしても自主練からのうどん屋は危なかったな」

「全くだ。デリカシーがないとはよく言ったものの、クリスマスイブの夜にこれほどの節操なしとは……」

 

 屯田と友部は2人の様子をしっかり追っていたのか、お互いに顔を見合わせてはため息をつく。

 吐いた息は白く、すぐに夜に溶けた。その仕草だけで、言葉にしなくても同じ感想を抱いていることが分かる。

 

「ったく、騎士部も騎士部だよ!今週ずっとソワソワしてたくせに、全然月伊霧をデートに誘わねぇんだもん」

「ホントだよ。なんで俺らが当日気を使ってクリぼっちにならにゃ行かんのだ」

「あのバカに惚れたやつの考えることなど分からん」

 

 愚痴は尽きないが、声の調子はどこか柔らいでいる。

 本気で怒っているわけではない。ただ、置いていかれた側特有の、やり場のない不満が言葉になっているだけだった。

 

 近くの屋台から漂う出汁の匂いがふと現実を引き戻す。腹の奥が小さく鳴り、空宮は無言で缶を振った。彼らもまた練習明けから、様子を伺っていたのである。

 

「もーやってらんね、帰りにみんなで雷雷軒でも行こうぜ」

 

「「「あぁ、そうしよそうしよ」」」

 

 同期4人の笑い声が重なり、夜の雑踏に溶けていった。

 

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