かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。 作:ホイップる
みんなメリクリ
年末年始まで時間あるから南雲原戦進めてくよ(白目)
あとエグめの間違えしたから、静かに修正します。
「マジであのクソ野郎ども。わが子を置いて遊びに行きやがった」
吐き捨てるような独り言が閑散としたリビングに落ちる。
今日は12月25日。言わずもがな、クリスマスの日である。
部活動は年末休暇に入り、本来なら家族団欒で食卓を囲んでいてもおかしくない日である。
月伊霧家も例外ではなかったはずだ。
毎年クリぼっち記録を更新中の彼は、それとなく両親が今日有給休暇を使っていたのは把握していた。朝はクリスマスに心躍らせていた様子を見たので間違いない。
昼までは確かに両親の気配があった。久しぶりのオフであることを盾に月伊霧は二階の自室へ引きこもり、テレビゲームで時間を溶かしていた。休日らしい自堕落な過ごし方だったと思う。
区切りのいいところで飲み物でも取ろうと階下へ降りた瞬間に違和感を覚えた。人の気配がない。テレビも消え、キッチンも静まり返っている。
代わりにダイニングテーブルの中央に一通の手紙が置かれていた。
――親愛なる芽ちゃんへ
パパとママは過去の思い出を振り返りにクリスマスデートへ行ってきます。楽しい夜を過ごしてくるので、あんたも彼女でも作って楽しんできなさいね。明日の朝まで帰ってこないので、泊まりもOKです。お小遣いは多めに置いておきます。 ママより
「何か当てつけか」「っていうか先に言えよ」「一日で彼女ができてたまるか」
思いつく限りのツッコミを声に出して吐き捨てる。
だが、どこから手をつけるべきか考えること自体がすでに面倒だった。
それよりも、月伊霧にとって重かったのは――つい先日に引き続き“あの事態”が、今日も起こり得るという事実である。
「辛うじて昨日をぼっち回避したにも関わらず、今日もクリぼっちの危機とは……」
自嘲混じりの独り言が再び宙に消える。
当然ながら返事をする者はいない。
知っている限りの友人たちは皆、今日は家族と過ごす予定だったはずだ。今から連絡を入れるのは気が引けるし、仮に送ったところで都合よく予定が空いているとは思えない。何より、クリスマス当日に突然呼び出されて応じるほど、相手も暇ではないだろう。
ソファに腰を下ろし天井を仰ぐ。時間だけがやけにゆっくりと進んでいく。
「どっか適当に張り込んでナンパでもするか?いや流石にクリスマス出かけるやつは相手いるし、勝算ねぇな」
自分で口にしてからその案を却下する。思考は堂々巡りを続け、結論らしい結論には辿り着かない。
頭を悩ませるばかりであり、身体はソファから離れないまま時間だけが過ぎていく。
このまま家にいてもろくな考えにはならない。そう判断して月伊霧は外套を羽織り、数駅先にある大型ショッピングモールへと向かった。明確な目的があったわけではない。ただ、じっとしていることに耐えられなかっただけだ。
モールに足を踏み入れた瞬間、視界が赤と緑で埋め尽くされる。通路を行き交う人々は自然と足取りが揃い、笑顔の数も普段より多い気がした。
食品売り場に並ぶのは、例外なく“特別な日”を前提にした商品ばかりだ。ローストチキン、パーティーサイズのピザ、何人分か分からないほどのオードブル。どれも魅力的ではあるが、一人で消費することを想定していない量であることだけは明白だった。
「ケーキが2切れからしか買えないのは、クリぼっちに対する冒涜すぎねぇか?いっそ、ホールケーキでも買って一人で食ってやろうか?」
ガラスケースの中で整然と並ぶショートケーキを睨みつけながら、思わず呟く。以前なら気にも留めなかったはずの条件が、今日に限っては妙に刺さる。
結局、ショーケースの前で立ち尽くしたまま、月伊霧はしばらく動けずにいた。周囲では楽しげな会話が飛び交い、レジへ向かう買い物かごはどれも賑やかだ。その中で、自分だけが流れから取り残されているような感覚を否応なく意識させられてしまう。
やっぱり、普通の弁当でも買って帰ろうか。そう結論づけかけた、その瞬間だった。
惣菜コーナーの一角で、やけに浮いたやり取りが耳に入る。紙パック飲料と揚げ物の匂いが混ざる場所で、同年代らしき男女が向かい合っていた。男は妙に距離感が近く、声も軽い。
「ねぇ君、一人?そこでお茶でもしない?」
あまりにも場違いなナンパだった。
照明もBGMも甘い雰囲気を演出する気など毛頭ない場所である。正直、センスがない。月伊霧は内心でそう切り捨てた。あるいは、こんな場所でも声をかけたくなるほどの美人がいたのか――そんな半ば意地の悪い興味で相手の顔を確認した瞬間、思考が止まる。
その少女に見覚えがありすぎた。
「あれは――千乃?」
男の視線の先にいたのは、南雲原中の生徒会長である千乃妃花だった。
整った容姿は相変わらずで、場の浮ついた雰囲気とは真逆の冷ややかな表情を崩していない。その前で、声をかけた男子生徒がなぜか気圧された様子を見せている。
月伊霧は一瞬だけ状況を整理し、それから遠慮なく割って入った。
「よーっす、千乃。新手のナンパ?」
「っち、彼氏持ちかよ」
「そーだよ、彼氏だバカ野郎。大人しくクリぼっち同士で群れて立ち去りな非リアくそぼっち野郎」
月伊霧の一言が決定打になったのだろう。男は居心地の悪そうな顔で視線を泳がせ、逃げるように踵を返した。足早に人波へ紛れていく背中を見送り、惣菜ケースの前には再び落ち着いた間が戻る。
残された二人の間に、ほんの一拍の沈黙が落ちる。
月伊霧は内心で「やっちまったな」と思いつつも、表には出さない。クリスマスの食品売り場で、彼氏役を即興で演じる羽目になるとは思ってもみなかったが、今さら取り消す気もなかった。
千乃は彼を一瞥し、短く息をつく。その視線には、呆れとわずかな安堵が入り混じっていた。
「……悪いわね、感謝するわ」
「相変わらず、愛想ねぇな。なんでこんなやつナンパし――いでっっ!」
「なんか言った?」
「いえ、なにも……千乃お嬢様」
「よろしい」
淡々としたやり取りに、月伊霧は肩をすくめる。以前から分かってはいたが、彼女は礼を言うにも棘が混じるタイプだ。
「で、千乃はこんなところで何してるの?」
「なにって普通に買い物よ」
「買い物って、パーティにしては量少なくね?」
彼女の手元にあるかごには、総菜が二、三点と小さなデザートが一つだけ収まっていた。どれも丁寧に選ばれてはいるが、祝祭の賑わいとは距離のある品揃えだ。友人と集まるにしても、家族で囲むにしても、どうにも人数の影が見えてこない。
月伊霧はその違和感を言葉にするより先に、視線としてぶつけてしまったらしい。
「当たり前じゃない。私そんな食べれない――ってなによ、その目」
千乃は眉をひそめる。
それに対して、月伊霧は言葉を失ったまま、まじまじと彼女を見つめていた。
信じられない、という感情がそのまま瞳に映っている。
「お前まさかクリぼっち?」
自分で言っておきながら、少し間を置いてから「言い方、最悪だったな」と内心で反省する。だが、千乃も特段気にすることなく質問に答えた。
「そうよ」
「そんな堂々と……普通、家族と飯ぐらい行くだろ」
思わず漏れた言葉は、半ば呆れ、半ば本気の疑問だった。
月伊霧にとって「クリスマスに家族と食卓を囲む」という行為は、特別というより前提に近い。だからこそ、その不在が想像しきれない。
千乃はかごの取っ手に指を掛けたまま、肩をすくめる。
「両親とも仕事で忙しくて別日にやるのよ。だから今日はなんともない平日」
「だったら、さっきのナンパ行きゃ良かったのに」
「本当、あなたって人は失礼ね!クリスマスのショッピングモールでご飯に誘うような節操なしとは行かないわよ」
「まぁそりゃ言えてる」
即座に引き下がりながら、月伊霧は苦笑する。
このあたりの距離感は、初めて会った時からなんら変わらない。踏み込みすぎれば即座に切り返されるし、曖昧な同情も受け取られない。
一拍置いて、今度は月伊霧のほうが視線を逸らし、軽く頭を掻いた。
「ちなみにさ、今から俺ん家でクリパしようぜって行ったら節操なし?」
「節操なしどころか最低ね」
千乃の答えは即答だった。
ーーー月伊霧宅ーーー
「ほら、好きに上がって」
「お、お邪魔します」
千乃は靴先を揃え、上体だけを僅かに傾けて一礼する。その佇まいは生徒会長と呼ぶに相応しい。
上がり框をまたぐ瞬間、千乃の視線が室内を一周する。
整いすぎていないが、散らかってもいない。生活感のある匂いはどこか懐かしさすら覚える。月伊霧の普段の行いからは想像できないほどに、丁寧な暮らしであった。
「いやーまさか家に千乃を上げる日が来るとはな」
「男避けになってくれたお礼よ。じゃなきゃ、絶対来ないわ」
釘を刺すような言い方に、月伊霧は肩を竦める。
見慣れない異性の家に落ち着かない中、千乃の視線は壁際に並ぶ表彰盾やメダルへと行きついた。
「トロフィーもメダルもこんなに……家も相変わらずサッカーだらけなのね」
「まぁ昔からやってるからな。千乃はサッカー興味無いんだっけか」
「興味ないし、そもそもうちの学校にはサッカー部が無いわ」
淡々とした口調で返しながらも、千乃はトロフィーから視線を外さない。その言葉には否定よりも事実の報告に近い言い回しであった。
「やば、どんな学校だよそれ。南雲原中って疎ってる?」
「吸収される学校が言える口じゃないし……この間話したでしょう。過去に問題があってサッカー禁止なのよ」
千乃は静かに言い切る。語尾を伸ばさず、感情を挟まない言い方だった。
だが、その短い一文の裏に、どれだけの調整と軋轢が積み重なってきたのかを、月伊霧は知っている。
気が付けば話題は、自然と学校の話へと移っていた。
二人はそれぞれ異なる学校の生徒会長という立場にあり、年齢の割に背負っているものが多い。予算の配分、部活動の扱い、教員との折衝。さらに最近では、両校の合併に向けた協議が進み、顔を合わせる機会も増えていた。
打ち合わせの席では、校風や制度の違いを一つずつ整理する。その中でも北陽学園と南雲原中で大きく異なったのは、サッカーに対する認識の違いであった。
「あぁそうだったな。まぁ合併になった際にはサッカー部復活させてもらうけども。俺サッカーやりたいし」
「また自分勝手な理由……学校名が変わる訳ではないから要相談ね」
「制度を変えようにもOBOGが反対するんだっけか。もう一層、OBOG全員追い出そうぜ」
「相手は出資者よ、無茶言わないで」
あまりにも乱暴な提案に千乃は即座に眉を寄せる。その手厳しい態度に、思わず月伊霧は苦笑した。
勢いで言ったことは自覚しているが、それでも一度は口に出してみたかった。無理だと分かっているからこそ、吐き出さずにはいられない。
仕事の話、制度の話。
クリスマスの夜にしては、あまりにも現実的で、華やかさとは無縁の会話だった。それでも、二人の間に流れる時間は不思議と重くならない。互いに「分かっている」という前提があるからこそ、余計な説明を省ける。
「あー仕事の話もやめやめ、早くケーキ食べようぜ。奮発して七面鳥も買ったんだし」
「今更だけどこんなに大丈夫なの?私お金殆ど出してないわよ」
千乃はテーブルに並び始めた料理を見渡す。七面鳥に、サラダ、簡単なスープ、そして箱から出されたばかりのケーキ。決して豪勢すぎるわけではないが、“一人分”を想定した量ではない。
「いいのいいの、親の金だし。今日は両親でデート行くから誰かと食えって言われててさ」
「両親でデート行って置いてかれるって……月伊霧君のご両親らしいわね」
「それ、言う相手間違えると悪口じゃねぇか?」
「気のせいよ」
テーブルにつくと二人は自然と向かい合う。七面鳥にナイフを入れると、肉汁がじんわりと滲み、ほのかに香草の匂いが立った。月伊霧が切り分けた一切れを差し出すと、千乃は一瞬だけ逡巡してから受け取る。
食事が始まると、言葉は少なくなった。
だが、沈黙が重くなることはない。フォークが皿に触れる音、スープを啜る微かな音、時折聞こえる外の車の走行音。それらが、夜の静けさを程よく満たしていた。
「……美味しいわね」
不意に千乃がそう呟く。大げさではなく率直な感想だった。
「ホントだな。ショッピングモールも案外馬鹿にならない」
相槌を打ちながら、月伊霧も一口頬張る。誰かと一緒に食べるだけで、味が変わる気がするのは不思議なものだと、改めて思う。
ケーキに取りかかる頃には、二人とも肩の力が抜けていた。フォークで切り分けられた白いクリームが少し崩れ、苺の赤が皿に映える。
甘さに一息ついたところで、月伊霧は背もたれに身を預け、リモコンを手に取った。
食事も終え、一息つこうとテレビをつける。どのチャンネルもクリスマス特番を取り上げているが、恋人や家族向けの内容ばかりで今の二人には少し距離があった。
チャンネルをいくつか変えたあと、月伊霧はふと思い出したように立ち上がり、棚から一枚のディスクケースを取り出す。
「これは……イナズマジャパンのDVD?」
「お目が高い。第1回FFIの全試合と密着取材を収録したDVDだよ。今だとプレミアものだぜ」
月伊霧は得意満面で言い、ディスクをプレイヤーに入れる。プラスチックの軽い音がしてトレイが閉まり、室内の照明を反射して円盤が一瞬だけ鈍く光った。
画面が暗転し、数秒の沈黙のあとスタジアム全景が映し出される。観客席を埋め尽くす人の波、ピッチに引かれた白線、アップを始める選手たち。テレビ越しでありながら歓声の余韻が部屋の空気を揺らすようだった。
ソファに並んで腰を下ろすと、二人の距離は自然と縮まっていた。
「せっかくだし、最初っから見ようぜ。結成当初からアジア予選はチグハグ感もあるんだがそれがまたいいんだ。オーストラリア戦のビッグウェイブスは必殺タクティクスの『ボックスロック・ディフェンス』を軸とした――」
「ちょ、ちょっと!」
慣れた操作でテレビを付け、映像を流しながら解説する。
解説に夢中になるあまり、月伊霧は無意識に千乃の肩を抱き寄せ、画面を指さす。距離が縮まったことに千乃は一瞬だけ肩を強張らせた。
千乃はこれほど熱量をもって話す月伊霧を初めて見た。正直驚いている。
それほどまでに熱狂されるサッカーとはどのようなものなのか。熱意に煽られた千乃はすぐに何も言わず、そのまま視線をテレビへ戻した。
しかし、そう何時間も聞いていられるほど集中力は持たず、日頃の疲労も相まって意識が遠のいていく。
「っていうのが、ヒデナカタ率いるオルフェイスの鉄壁守備『カテナチオカウンター』を攻略した方法なんだぜ――って」
「くぅ……くぅ…………」
言葉の勢いとは裏腹に、隣から返ってきたのは反応ではなく、かすかな寝息だった。
「こいつ、人の家で寝やがった」
月伊霧は思わず苦笑する。肩に伝わる重みで、千乃が完全に眠りに落ちたことが分かった。画面の中ではまだ試合が続いているが解説を続ける相手はいない。
なんて図々しいやつ……と心の中で毒づきながらも、視線は自然と千乃の横顔に向いてしまう。時計を見るとすでに22時を少し回っていた。仕事や買い物、慣れない場所での食事に加え、長々とサッカー談義に付き合わされたのだ。眠くならない方が不思議だろう。
月伊霧は音量を落とし、リモコンをテーブルに置く。ソファの背に預けた千乃の頭が、微かに揺れた。
「男の家で無防備すぎだろ……ったく、普段はきっつい目してるくせに、寝顔は可愛いんだな。黙ってりゃモテるだろうに」
言葉とは裏腹に、声は小さく、どこか柔らかい。彼は自分の席に戻らず、床に腰を下ろした。ソファに座れば近すぎるし、かといって別の部屋へ行くのも今は気が引けた。月伊霧は手元にあったタオルケットを取り出して千乃にかける。
選手たちは拮抗した試合で、緊張感のある駆け引きを繰り広げる。その試合内容はとても深く、まだまだ語れることは十分にあった。月伊霧はその映像を横目で見ながら、ふと考える。
――クリスマスの夜に、サッカーのDVDを見ながら、隣で他校の生徒会長が寝ている。
冷静に考えれば、どこもかしこもおかしな状況だ。それでも、不思議と落ち着いている自分がいる。
「……まぁ、たまにはこんな日も悪くないか」
そう呟いて、月伊霧は背中をソファーに預けた。
テレビの光がリビングを淡く照らし、時間は静かに流れていく。やがて彼の意識もまた画面から離れ、ゆっくりと沈んでいった。