かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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※この話は時系列的に「分析完了:新時代は多くのものへ語りかけるーー」の後に読むことをおすすめいたします。


“少年サッカー界の新脳”襲来~雷門編①~

 

 北陽学園との一戦を終えた雷門イレブンは、校舎脇の駐車場にバスを止めると一斉に降りる。エンジン音が切れた瞬間、張り詰めていた集中が解けて車内には重たい沈黙が落ちた。

 

 乙女監督とのミーティングはいつも通り簡単な総括だけで終わった。内容は決して悪くない。だが、誰もがそれ以上の言葉を必要としていないことを理解していた。各々が無言のまま第一体育館へ向かい、部室に荷物を放り込む。あとは解散のみ。それが自然な流れのはずだった。

 

 その足取りは重く、異様に疲れた様子である。

 

 スプリング杯初戦。本来、雷門中にとっては肩慣らしで終わるはずの一戦だ。だが今日に限っては相手が悪かった。勝敗以上に思考を削られ、神経をすり減らされた感覚が残っている。

 

 いつもであれば軽く話し込んだり、一部のメンバーでラーメンでも食べに行くものであるが、今日ばかりは皆黙り込んでしまっている。

 

 早く帰りたい。雷門イレブンがそう思ったちょうどその時、第一体育館の前に一人の男が立っていた。

 

 夕陽の射線を背にしているせいで、最初は輪郭しか見えない。だが、立ち方が妙に堂々としている。肩の力が抜けているのにどこか挑発的でもあった。

 

「よお、皆の衆」

 

 雷門イレブンの前に立ちはだかったのは、北陽学園の月伊霧 芽育ーーついさっきまで、ピッチ上で雷門を翻弄していた張本人であった。

 

「お前は北陽学園の……?!」

「何しに来た――っていうか、どうやってここまで来た?!!」

「どうやってってそりゃあ、あそこから」

 

 月伊霧は、さも当然かのように雷門中サッカー部の送迎バスを指さす。正確には、トランクの部分だ。

 

 理解が追いつくまでほんの数秒の間があった。

 

「トランクの中に隠れてたの?!」

「あいつマジかよ。試合後の時も思ったが頭おかしいだろ!」

「やっぱ、あの時締め上げとかないかんかったんちゃうんか?!」

 

 叫びに近い声が飛び、一同後ろに一歩下がった。

 怒りというより、理解不能なものへの警戒が先に立つ。相手が戦術家だと分かっているからこそ、行動の突飛さに裏があるのではないかと疑ってしまう。

 

 月伊霧はその反応を楽しんでいるのか、困っているのか、判別しづらい笑みを浮かべた。

 

 月影が前に出て、月伊霧に目的を問いかける。逆恨みか、リベンジか、はたまた——先程のスプリング杯後の再会もあり、雷門側は妙に慎重になっていた。過去の因縁は、冗談にできる程度の軽さではない。

 

「で、噂の月伊霧 芽育は何しに来たんだい?」

「そんなの1つしかないだろ」

 

 月伊霧は雷門イレブンの元へ歩みを進める。その場の緊張が微かに増しながら行く末を見届ける。彼の足取りには敵地にも関わらず、非常に軽くて踏み込む迷いがなかった。

 

 そして、月伊霧は立ち止まる。

 

 その先には円堂ハル——ではなく、隣にいた星村ナオであった。

 

 つい先ほどまで、星村は少し離れた位置から月伊霧のやり取りを眺めていた。試合後の一騒動だと思い込み、どこか他人事のように状況を受け流していたのである。だが、視線の流れが不意に自分へ向きを変えた瞬間、背中をなぞるような違和感が走った。

 

 まるで照準を合わせられたような感覚だった。

 

 理解するより先に身体が反応してしまう。喉が引きつり、声は思った以上に高く跳ねた。その一瞬、周囲の雑音が遠のき、時間が止まったかのように感じられる。

 

「――星村ナオさん!会いに来ました!」

「うぇぇ!わ、私?!」

 

 月伊霧は迷いなく距離を詰め、星村の手を取った。その動きには一切の躊躇がなく、むしろ長年の念願が叶ったかのような勢いがあった。目を輝かせ、興奮を隠そうともしない。

 

「いやぁ、自分めっちゃ星村さんのファンなんですよね!握手いいですか?!」

「……っ!」

 

 星村は言葉を探すより先にゆっくりと頷いていた。頭が追いつかないが、手先から幸福に包まれて行くのを感じる。

 

ーー私も月伊霧の大ファンだ。

 

 手が触れ合う。想像よりもずっと現実的な感触だった。指先はすべすべとしていて、驚くほど温かい。ほんの一瞬の接触なのに、心拍だけがやけに大きく響く。

 

「『なんと!』のスタンプいつも使ってます!ほら!これ!」 

「……っ!!」

 

 スマートフォンの画面が目の前に突き出される。自分のスタンプがそこには移っている。その事実だけで胸がいっぱいになり、星村は少し早めに頷いた。

 

ーー私も月伊霧のスタンプを使ってる。同じだ。嬉しい。

 

 共通点を見つけたような錯覚が思考をさらに加速させる。言葉にできない感情が喉元まで込み上げるが、彼の耳に届くことはない。

 

「良かったら写真も取りませんか!」

「……っ!!!」

 

 今度は強く頷いた。勢いに任せるように並び立ち、シャッター音が一度鳴る。月伊霧は縦画面に収まるように、星村の肩を寄せるように腕を抱き込んでいた。

 

 パシャリ、という乾いた音がやけに大きく耳に残る。この時間がずっと続けばいいのに、と星村は思った。

 

「ありがとうございます!いやぁ、最高だなぁ……!そうだ、写真送ります!連絡先貰っても――」

「ちょっと待って、これ以上はナオが持たない。茹でダコになっちゃう」

 

 横から割って入る声と同時に、星村の身体がふわりと持ち上げられる。

 赤袖は半ば強引に星村を抱き寄せ、庇うように前へ出た。すでに星村の顔は耳まで真っ赤だったが、赤袖のジャージに顔をうずめているため、その変化は外からは分かりづらい。

 

 星村自身も、自分がどんな表情をしているのか分からなかった。ただ、表情に力は入らず、頭が熱い。思考も上手くまとまらない。

 

「月伊霧君だっけ……申し訳ないけど、今日のナオのファンサは店じまい。事務所えぬじーだから日を改めるべき」

「あーなるほど。やっぱ、雷門中ともなるとそういうのもあるんですね……残念」

 

 月伊霧は肩をすくめるようにして一歩引き、あっさりと矛先を収めた。拍子抜けするほど素直な反応だった。食い下がるでもなく、文句を言うでもない。

 

 星村は赤袖の腕の中で小さく息をついた。心臓の鼓動はまだ速いが、さきほどの嵐のような時間が嘘だったかのように、世界が元の速度を取り戻していく。

 

 一方で赤袖は完全に話を終わらせる気にはなれなかった。

適当な口実で強引に引き離した自覚はあるが、それはあくまで星村を守るためだ。親友として、彼女の気持ちをないがしろにするつもりはない。何か、せめて形に残るものを——そんな思いで視線を巡らせた、その瞬間だった。

 

 都合よく、円堂と目が合う。

 

 赤袖の中で即座にひとつの案がまとまった。

 

「そうだ……ナオの代わりにハル。彼から連絡先貰っておいて」

「えっ、なんでこんなやつなんかと」

 

 円堂は半ば面倒くさそうに返答した。見るからに真っ当ではない人物と連絡先を交換するなどありえない話であった。

 

 赤袖は円堂の正面に立ち、真正面から訴えかける。その目は言い訳すら許さない。

 

「ナオのため。お願い」

「いや敵チームの連絡先だし」

「お願い」

「……分かりました。おい、さっさとQR寄越してよ」

 

 短い沈黙の末、円堂は根負けした。深いため息とともにスマートフォンを取り出し、月伊霧に向かって顎をしゃくる。その態度には露骨な不満が滲んでいたが、約束を反故にする気はないらしい。

 

 月伊霧はその様子を見て、わざとらしく肩を落とした。

 

「ッチ、男の連絡先かよ。まぁこれも推しとの思い出のためか、仕方ねぇ」

「マジでこいつなんなの?」

 

 円堂は半眼になりながらも連絡先を交換する。

 フレンド登録が完了し画面が切り替わった瞬間、反射的にスタ爆し始めた。嫌がらせのつもりであったが、直ぐに星村の『なんと!』スタンプで反撃された。

 

 円堂は一瞬だけ固まり、そして静かにスマートフォンを伏せた。円堂の背後では赤袖が満足そうに小さく頷いている。

 

 

 

「あなた……北陽学園の月伊霧 芽育君ね」

 

 言い争いの余韻が残る中、背後から凛とした女性の声が差し込む。鋭さを誇示するわけでも、声量で場を制するわけでもない。ただ、それだけで十分だった。

 雷門イレブンは条件反射のように背筋を伸ばし、視線が一斉にその人物へ向かう。先ほどまでの雑多なざわめきが嘘のように収束していった。

 

 しかし当の月伊霧だけはその変化にまるで頓着していなかった。むしろ、後ろから呼ばれたことに対して軽く振り返り、普段通りの調子で口を開く。

 

「そうですけど、おばさん誰?」

 

 その一言で雷門イレブンの顔色が揃って青ざめる。時間が止まったかのような沈黙であった。

 

「私の名前は円堂 夏美。この学校の理事長で、円堂ハルの母親よ」

「ガチ?」

 

 あまりにも素直で、あまりにも無防備な返答だった。

 月伊霧はそう言ってから、ようやく円堂ハルの方へ視線を向ける。

 

 円堂ハルはその視線を受け止めながらも、どこか遠い目をしていた。数多の経験から先に起こる展開を十分すぎるほど理解している顔だった。

 

「そうだよ。俺の母様」

「お前親に様付けなんだな、複雑な家庭すぎん?」

「人の親におばさん呼びするよりはいいでしょ」

「やべっっ、つい」

 

 ようやく月伊霧の中で点と点が線で繋がる。

 理解した瞬間に口元が引きつり、表情が一拍遅れて凍りついた。だが、もう引き返せる段階ではない。

 

 円堂夏美は額に青筋を浮かべながら淡々と話を続ける。

 

「それはそうと、なぜ貴方はここにいるのかしら?少し理事長室でお話しましょうか」

「いや、でも俺部外者だし……」

「オハナシしましょうか」

「……はい」

 

語調は柔らかい。だが、選択肢は最初から存在していなかった。

 月伊霧は観念したように頷く。その姿を見て、雷門イレブンの誰かが小さく手を合わせた。冥福を祈るというより、無事を祈る所作に近い。

 

 円堂夏美に促されるまま歩き出す月伊霧の背中は、彼本来の余りある奔放さをすっかり失っていた。

 

 その背中が見えなくなったところで、ようやく緊張が解ける。

 

 赤袖は抱きしめていた星村へ声を掛けた。

 

「ナオ、大丈夫?」

「茉莉っ、私の推し――凄い、いい匂いだったっっっ!!」

「ダメだ。もう手遅れだった」

 

 星村は赤袖に支えられながら、現実と夢の境目を彷徨うように呟く。言葉の内容は支離滅裂だが本人にとってはすべて真実だった。

 

 推しを近くで話せた――否、話せてはいない。

 

 それでも同じ空間に立ち、同じ時間を共有したという事実だけで胸はいっぱいだった。

 

 その帰り道、星村ナオはしばらく現実に戻ってこなかった。

 




【設定ガバめな小ネタ集】

「どうやってってそりゃあ、あそこから」
荷詰めが終わった後、運転手が占める前の数分間で入り込んでいる。推しを前に踏みとどまっているが、このときめっちゃ車酔いしている。

「月伊霧君だっけ……申し訳ないけど、今日のナオのファンサは店じまい。事務所えぬじーだから日を改めるべき」
もちろん雷門中サッカー部にそんな決まりはない。

「……分かりました。おい、さっさとQR寄越してよ」
この時、円堂ハルと月伊霧は連絡先を交換している。長崎に帰った後も連絡は取り合っているとかなんとか。
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