かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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パーフェクトサッカーの真髄

―――南雲原中学校 生徒会室―――

 

 もう放課後であるが、まだ空は明るく、陽の光が静かな生徒会室の床へ射し込んでいる。机の上には未処理の書類が小さく山を作り、電子端末の待機音が低く鳴っていた。

 

 理事長と生徒会長を兼任する千乃は、今日だけで数本の電話と会議をこなしていた。

連日仕事を抱えていたため、疲労が肩にのしかかり始める。ひとまずの区切りとして資料を閉じて深く息をついた。

 

 どれだけ疲れていようとも、この部屋にいる限り気を緩められない。そんな張りつめた静寂の中、唐突にドアが開いた。

 

「よーっす、北陽学園様が挨拶に来たぞ」

 

 軽く空気を破る声。月伊霧がまるで自分の部屋のように平然と入ってきた。千乃は資料から顔を上げ、半眼になったまま彼を見つめる。

 

「随分ご立派な挨拶ね……って貴方1人だけじゃない。サッカー部のメンバーも来てると聞いたのだけど」

「それが、うちのキャプテンがお宅のサッカー部と喧嘩しちゃってよ。今、コートでサッカーバトルしてるんだわ。全く困った奴らだよ」

 

 肩をすくめながら言う月伊霧は、困っているような口ぶりなのにどこか楽しげである。千乃はその態度に眉をひそめた。

 

「……一応聞くけど、それって貴方が両者を焚き付けたとかじゃないわよね」

「さて、どうでしょう? 戦略無しで伸び伸びとサッカーをするって言うのは、お互いに実力も課題も分かっていい機会だと思うけど」

「貴方ねぇ……」

 

 呆れを通り越して、どこか諦めに近い息が千乃から漏れる。月伊霧は悪びれることなく、生徒会室の奥に進み、窓側へ歩いた。

 

「ほら、窓見てみろ。もう試合始まるみたいだぞ。ちょっと観戦でもしようぜ」

 

 北陽学園サッカー部が来なければ挨拶の意味もなく、かと言って今日は特別進めなければ行けない議題がある訳でもない。月伊霧の言葉に、千乃もやむなく窓越しにたたずむ彼の隣へ並んだ。

 

 千乃は窓枠にそっと手を置き、指先でその冷たさを確かめるように握った。隣の月伊霧は、まるで他人事のように腕を組んで、サッカー部の様子を見ていた。

 

「千乃はどっちが勝つと思う?」

「それは……」

 

 千乃は言葉を探す。

もちろん南雲原中を応援したい。だが北陽学園の実力が高く、対策も戦略も準備が間に合っていない今は厳しい。その葛藤が一言を詰まらせた。

 月伊霧はその反応を楽しむように、いたずらっぽく口角を上げた。

 

「俺は北陽に全ベットだ。負けたらなんでも言うこと聞いてやるよ」

「っっ?! 貴方ね! そういう賭け事は――」

「まぁまぁたまにはいいじゃん。なぁに、大した強制力があるなんて思わなくていいし、お願いも良識の範囲内で済ませればいい。それともさ、自信ないの?」

 

 この男の言うこと成すことは挑発そのもの。

 すぐにその挑発に乗ってしまうのは悔しい。が、ここで引けば、それこそ月伊霧に負けた気がした。

 

「いいわ、癪だけど乗ってあげる。私は南雲原に賭けるわ、負けたら言うことを聞く……これで満足?」

「いいね、そうこなくっちゃ」

 

 月伊霧は新しいゲームを買ったばかりの少年のように朗らかに笑う。視線を下へ移すと、南雲原と北陽のメンバーがそれぞれY字型の布陣を組んでいるのが見えた。

 

 選手たちの視線は鋭く、試合本番さながらに集中していた。

 

 南雲原の布陣は、

 

 FW:桜咲・忍原

 MF:木曽路

 DF:古道飼

 GK:四川堂

 

 そして北陽は、

 

 FW:空宮・友部

 MF:品乃

 DF:城壁道

 GK:陣内

 

 どちらも研ぎ澄まされた動きで、開始の笛を今か今かと待っていた。柳生がボールをセットし、笛を口元へ持ち上げる。

 

 

 ――ピィイイイイッ!

 

 

 その瞬間、試合が始まる。

 開始直後、桜咲はボールを後ろに蹴り飛ばし、両陣営走り始める。南雲原中の連携が、驚くほど鋭く綺麗に流れ出した。

 

 木曽路の右足から放たれたワンタッチパス、桜咲の反転、そして忍原への吸い込まれるようなダイレクトパス。それはまるで、最近経験を積んだばかりとは思えないほどの洗練された連携だった。

 

「……もう素人離れしているじゃないの」

「そうでなきゃ役不足だね」

 

 月伊霧は無関心を装うように、軽く言い捨てる。だが千乃は、彼がわずかに目を細めたのを見逃していない。

 忍原が一気に加速し、ゴール前で急停止すると、独特のステップで身体を捻り――。

 

「ぐるぐるシュート!」

 

 強烈な回転をまとったボールが、うねるように陣内へ迫る。千乃は息を呑んだ。しかし陣内は眉一つ動かさず、ボールが落下する瞬間を見極め、地面へ叩きつけるように両腕で弾き返した。砂煙が大きく舞い上がり、芝が波打つ。

 

「んなっ?!」

「フン、この程度か」

 

 忍原の驚愕と、陣内の冷笑がほぼ同時だった。

 千乃は拳を握り、悔しそうに唇を噛む。月伊霧は肩をすくめるように小さく笑う。

 

「まぁ、陣内はこのレベルじゃ相手にならないよ」

 

 陣内の指先は微塵も揺れず、静かに次のプレーに移ろうとしていた。

 

 続くプレーも混乱なく、むしろアグレッシブに展開していく――

 

 忍原の必殺シュートを弾いた陣内は、すぐさま前方へ視線を送り、仲間と意思を交わした。

 その瞬間、品乃と目が合う。短いアイコンタクトだけで、次の展開が決まる。

 

 陣内は緩さを装ったパスを空宮へ投げた。しかし古道飼はふわりと投げられたボールにチャンスと捉え、ボールを奪う。空宮の前でボールは弾み、古道飼の足元に収まった。南雲原は続けて攻め上がる。

 

「あれは、狙って投げた……?」

「気がついたか……存外、品乃先輩も見かけによらず人が悪いなぁ。俺の期待にそんなに答えてくれるなんて」

 

 ボールはそのまま桜咲へ。桜咲は胸でボールを受け、勢いのまま反転し、重心を低く構える。

 

「剛の一閃――!」

 

 踏み込みと同時に、闘志を乗せた一撃。

 ゴールネットを裂く勢いで放たれた直線軌道は、忍原の柔らかいカーブとは異なる“重み”を帯びていた。

 

陣内の周囲に砂塵が舞い上がる。

 

「グラビティデザートォォ!」

 

 重力が歪むような空気が陣内の周囲に渦を作り、鋼の一撃をねじ伏せた。衝突した瞬間、砂と芝が大きく逆巻き、空気がビリビリと震える。

 

 桜咲の渾身のシュートは、陣内の手の中であっけなく止められていた。

 

「さて、どこまで持つかな。南雲原、お手並み拝見と行こうか」

 

 陣内や城壁道が前線へパスを送る。

南雲原はボールを奪取してはシュートを放つ。しかし一点が遠い。何度も訪れるチャンスを前に南雲原陣営に不穏な空気が流れた。

 

南雲原中は疲れを見せながらも懸命にセカンドボールを拾いに走る。その動きには必死の意地があったが、気持ちの焦りがパス精度の乱れとなって表れ始める。

 

 木曽路がミドルレンジで送ったパスが、ほんの数十センチ浮いた。その僅かなミスを品乃は見逃さない。

 

 品乃が軽やかに身体を捻りパスカットをする。つま先で方向を変えたボールは友部へとつながった。流れるようなカウンター攻撃である。

 

 そこからは北陽学園の本領。

 

 友部 → 空宮 → 品乃 → 城壁道 → 品乃 → 空宮

 

 ほんの数秒で、6本ものパスが一切ブレずにつながる。陣形を揺らし、視界を奪い、気づけば南雲原の守備は大きく乱されていた。

 

「……っ、こんな……!」

 

 千乃は唇を震わせた。その連携は一朝一夕で形作られたものではない。

 

「これこそ北陽学園のパーフェクトサッカーの真髄だな」

 

 月伊霧は退屈そうに言うが、その目は明らかに楽しんでいた。

 

 北陽の連携の中心にいた品乃から、鋭いスルーパスが空宮へ送られた。空宮は地を蹴り、一直線にゴールへ走る。

 

「マズい!四川堂、亀雄止めろ!!」

 

 桜咲が思わず叫ぶ。しかし、亀雄は先程までパスカットで走り回っていたこともあり、持ち味のキレもなく間に合わない。空宮のところまで一歩及ばない。

 

「必殺技ってのはね――こういうものを言うんだよ!」

 

 空宮が跳躍した。上空で陽光を浴びたボールがきらりと輝く。

 

「サンシャインブレード!!」

 

 振り下ろされた足から放たれた光の刃。爆ぜるような軌跡を描き、南雲原ゴールへ迫る。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 四川堂は飛びついて両腕で受け止めるが圧倒的な力に押し負ける。シュートはその腕をすり抜け、ゴールネットを揺らした。

 

 直後、笛の音が響き、試合終了。逆転の隙も作らない1-0の完全なる勝利であった。

 

「まぁ当然の結果だな」

「だからと言って、本戦はまだ分からないわ。南雲原には笹波君の戦略だってある」

 

 淡々と述べる月伊霧の言葉を聞き、千乃は悔しさを押し殺しながらも必死に言葉を返した。だが月伊霧は、そんな言葉を一蹴する。

 

「そう思っているままじゃあ、南雲原は雷門にも北陽にも絶対に勝てない」

「……?! どういうことかしら」

 

 月伊霧は窓から視線を外し、まっすぐ千乃を見た。その表情はいつもの軽薄さが消え、鋭い表情を浮かべていた。

 

「合併するよしみで特別に教えてあげようか。今の南雲原はフィールド戦術において、笹波と同等、もしくは食らいつけるメンバーがいるのか?」

「それは……まだいないけど」

「じゃあ、笹波の意図を正確に読み、指示に再現性を持って動けるメンバーは?」

「……いない、と思うわ」

「だろうな」

 

 一つひとつ答え合わせをしていく。その口調はひどく冷たく、事実を淡々と述べるだけである。

 

「言っておくが、うちは運動神経や技量は置いておいて、殆どのメンバーは所謂サッカーIQが高い。下鶴監督の戦略や指導ももちろんあるが、各々がケースバイケースで考えて、状況判断する。そして、一人ひとりの行動と戦略を照らし合わせて連動できる。北陽学園が「パーフェクトサッカー」と呼ばれる由縁はそれだ。下鶴監督の戦略が凄い訳でも、俺の指示が天才すぎる訳でもない」

 

 月伊霧は静かに言葉を続ける。

 

「全員が当たり前を積み重ねて、初めてミスのないサッカーができるんだよ」

 

 千乃は言葉を失った。

 悔しいほど“正論”だった。

 

 だが――。

 

 千乃は胸ポケットにそっと手を滑り込ませ、細長い電子端末を取り出した。スイッチを押すと、赤いランプが点灯する。

 

『合併するよしみで特別に教えてあげようか。今の南雲原はフィールド戦術において――』

 

 月伊霧は顔を真っ青にしてたじろぐ。その声は室内に響き渡った。

 

「んなっ?! いつのまに録音してたの?!」

「私、打ち合わせの際には必ず録音しているのよ。議事録を作ることも多いから」

 

 千乃は笑顔でそう言うと、再生ボタンを止め、端末をひらりと揺らして見せる。

 

「せっかく意見交換できたもの。これをチャットに起こして、笹波くんたちに共有するわ」

「お前……! サッカー部とは仲悪かったんじゃ……」

「あら、言ってなかったかしら。私、今日から南雲原中サッカー部のマネージャーになったの」

 

 満面の勝ち誇った笑み。月伊霧は沈黙し、乾いた笑いを漏らすしかない。

 

「さて、試合も終わったわ。サッカー部のメンバーももう時期来るでしょうし、準備に取り掛かりましょう。」

 

 千乃は椅子から腰を上げ、机に置いていた資料を軽く整えた。気がつけば外の夕日が沈みかけ、長く伸びた影が生徒会室の床で揺れている。

 

「おい、ちょっと待て」

 

 その背後から、月伊霧の低い声が追いかけてくる。立ち去ろうとする足が、思わず止まった。

 

「……なによ」

 

 振り返ると、月伊霧は肩を背もたれに預け、片眉を上げていた。その仕草は相変わらずの余裕と悪戯心に満ちている。

 

「なにしれっと流してるんだよ。お願い、聞いてくれるんだろうな」

 

 千乃の胸が一瞬ざわついた。

 

「……言っておくけど、録音はもう笹波君へ送ったから今更データは消せないわよ」

「だろうと思ったわ! じゃあ憂さ晴らしに使います!!」

 

 勢いよく言い放つその声に、千乃はビクリと肩を震わせる。思わず手に持っていた資料を落としそうになった。

 

(ちょ、ちょっと……待って。今のタイミングで“憂さ晴らし”って何よ……!)

 

 頭の中に、嫌な想像が次々と湧き上がる。なにか良からぬ指示が出てしまうのではないか。月伊霧はこんなナリでも立派な男性である。”あるかも知れない”可能性に対して、急激に恥ずかしくなった。

 

(いやでも、そんないかがわしい内容だったら断れば言い訳だし、でも、賭けに乗った手前何でもかんでも断るというのも――)

 

「うーん、決めた!」

「ひゃう!」

 

 変な声が出てしまい、千乃は慌てて口を押さえた。

 

「ん? 千乃どうした」

「……なんでも無いわ。言っておくけど、嫌だったら断るわよ」

「あぁ、構わないさ。それでお願いなんだが――」

 

「……」

 

 生徒会室に沈む夕陽が、二人の間に淡い影を落とす。千乃は息を飲み、喉の奥がきゅっと締まるのを感じた。千乃は静かにその次の言葉を待つ。

 

「今日の挨拶はこれで終わり! 日が暮れる前に帰って寝ようぜ!!」

「……どういうこと?」

 

 千乃は力が抜けたように返答する。お願いの内容が想像と大きく異なり拍子抜けしていた。いや、良くは無いか、と月伊霧の返答を待たずに反論する。

 

「建前上のものであっても、視察は視察よ。蔑ろにするなんて」

「いや、ぶっちゃけ建前とか面倒くさいし。俺、結構良い頻度で南雲原中行ったことあるから別にいいかなって! サッカー部にはあらかた挨拶終わったってことにしておくよ。あいつらも入口だけだけど、校舎見たんだからこれ以上やることないだろ」

「いや、わざわざ放課後に来てもらったのにそんな」

「うちは監督の影響もあって合理主義な人多いから気にすんなって。それに千乃クマ凄いぞ」

 

 月伊霧は椅子から立ち上がり、千乃の前に歩み寄った。間合いを詰めたと思った次の瞬間――ふいに千乃の顎に手を添え、ゆっくりと顔を覗き込んできた。

 

「えっ――」

 

 距離が、近い。

 いつも口が悪く、挑発ばかりの少年の顔がまるで別人のように真剣で、整った造形が否応なく意識に飛び込んでくる。蒼い瞳が、夕陽の残光を映して揺れる。近すぎてお互いの息がかかる。

 

(ちょ、ちょっと……近い……!)

 

 千乃の胸が跳ね、耳の奥で心臓の音がやけに大きく響いた。月伊霧が千乃の視界を覆うことにより、段々思考が奪われ始め――

 

「って、距離が近い! あまり女性の顔をまじまじと見つめるものじゃないわよ……!」

「あぁ、そうか悪い悪い。」

 

 月伊霧は本当に悪びれる様子もなく、一歩下がった。千乃は胸に手を当て、余計な乱れを悟られないよう必死に呼吸を整える。

 

(顔が熱い……けど、こちらが気圧されるとまた調子に乗りそうね)

 

「……分かったわよ。そこまで言うなら、今日の視察はこれで以上にするわ。今日はお互い帰りましょう」

「やりぃ、実質放課後練のオフを勝ち取った。報告書も明日にして、早く帰って寝ようぜ。必要な連絡があったらまた電話するわ」

「えぇ、そうして頂戴」

 

 熱冷めぬ2人はそう言葉を交わすと、荷物をまとめ生徒会室をあとにする。

 

 

 




【設定ガバめな小ネタ集】
「俺の期待にそんなに答えてくれるなんて」
品乃の戦術としては、疲れさせるまでシュートを打たせて最後にカウンターしようというもの。月伊霧は圧勝して南雲原凹んでくれたら嬉しいなぁ、と思っていたところ、品乃が思いのほかエグめな戦術を使ってきてニヤニヤが止まらなくなっている。戦術の元ネタはオーガ襲来の王牙学園戦の前半シーン。

「下鶴監督の戦略が凄い訳でも、俺の指示が天才すぎる訳でもない」
 ドブカスが一丁前に語っているが、自分が天才であることは揺るぎないあたりナルシストである。千乃は気づいているが最早触れていない。

「私、打ち合わせの際には、必ずボイスレコーダーで録音しているのよね。」
 千乃完全勝利の瞬間である。間違いなく確定演出BGM(青春おでんとかがいい)が流れている。それはそうと理事長って色々苦労してるんだろうなぁ、というセリフでもある。

「それに千乃クマ凄いぞ」
 ”お願い”の理由は優しいが、言い方がノンデリすぎるあたり、ドブカスである。イケメン友部やナイスガイ品乃ならもっとオシャレな言い回しがあったに違いない。
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