かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。   作:ホイップる

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戦略ミーティング

―――翌日 北陽学園 ミーティングルーム―――

 

 個人練習が終わった後、ミーティングルームに北陽学園サッカー部のメンバーが集まる。壁には戦術ボードと、対戦校のデータを映し出すスクリーン。本棚に大量に並べられているディスクと資料の山を見れば、これまでの努力がヒシヒシと伝わる。建物自体は古い部室棟をリフォームしたものであり、強豪校と比べれば規模も小さい。しかし、北陽学園サッカー部にとって頭脳の中枢であり、コートと同じくらい熱量が渦巻く空間である。

 

 毎日行われる「戦略ミーティング」では、パーフェクトサッカーの名を冠する彼らが、敵チームの分析や戦略共有、弱点改善を徹底的に行う。本来なら活気と実りのあるミーティングが行われるはずだった。だが、今日ばかりは違っていた。

 

「やべ、個人練やりすぎた……絶対俺最後じゃん」

 

 キャプテンの空宮 征はミーティングルームの扉の前まで急いで走る。いくらキリの良いタイミングで合流していいとはいえ、集合時間から15分も遅れてしまっている。監督の下鶴 改は理由があれば基本怒ることがないものの、やはり戦略ミーティングが大事な時間であることは理解しており申し訳なさはある。

 

 空宮は扉を開けるが、ミーティングルームは嫌に静かである。恐る恐る教室を除くと下鶴 改の正面で正座する月伊霧の姿があった。サッカー部にとっては見慣れた光景であるため特別驚きはしないが、戦略ミーティングで説教とは初めての出来事である。

 

「――それで、部員にミニゲームを挑ませ心を折ろうとしたものの、みすみす分析データの概要を教えてしまい、相手の反骨心を煽ってしまったという訳か」

 

 スクリーン前に立つ下鶴監督がいつもより低い声で確認する。無表情だが、その目は笑っていない。ここまで細かい事実確認をしているとなれば、相当理詰めされたあとなのだろう。空宮は音を立てないように部員らの座る席へ移動する。他のメンバ―はよく見る姿のため割とリラックスしており、なんならこの状況を楽しんでいる者さえいた。

 

「はい、そうでございます。下鶴監督」

 

 月伊霧は床に額を擦り付け、なんとも無様な土下座を見せた。その姿は妙に板についている。

 

「言いたいことは色々あるが……あれほど番外戦術は止めろと言ったよな。特に人様に喧嘩を売るなとも。倫理的にも問題あるし、戦略としてもデメリットが大きい」

「はい、常々伺っております。下鶴監督」

 

「常々」という言葉に下鶴は深くため息をつき、こめかみを押さえる。ちなみにこのような説教は1度や2度では無い。

 

 とある日は練習をサボって雷門中へ道場破りに行く。

 

 とある日は練習をサボって銘蘭学院でナンパをする。

 

 とある日は練習をサボってサッカーガーデンで迷子になる。

 

 月伊霧は思いついてしまうと、もうとにかくやりたい放題、思うがままに行動してしまう。下鶴自身もそろそろこの異常事態に慣れてしまいそうで、ある種の恐怖を感じている。このバカをどう更生したものか、そもそもこれは俺の仕事なのか?っと真面目な秀才に余計な悩みの種を与えている。

 

「あの……品乃先輩。俺途中から来たのでイマイチ分かってないんですが、コレどういう状況です?話聞いてる感じ、かなーりマズいと思うんですけども」

「空宮か。なに、先日の南雲原中での出来事を下鶴監督に伝えところ、説教中に別の余罪が出てきただけだ」

「あぁ、そういう……」

 

 陣内が腕を組んで頷く。その目は、遠い目をしているようで、昨日の数々のやりとりを鮮明に思い返しているようでもあった。空宮もつい感情的になってしまっていたが、いざ振り返るのあの時の月伊霧は妙に芝居がかっていた。

 策士策に溺れるというやつである。この状況を見るに、どうせ墓穴を掘ったかなにかだと、空宮は結論付けた。

 

「情報漏洩についてはもはやどうでも良い……いや良くはないんだが。俺としてはあいつに使われたことが癪だな。空宮から呼ばれた時には、薄々そんなことだろうとは思っていたが」

 

 陣内の声には、淡々としていながらもどこか怒りが混じっていた。月伊霧は、あまりの気まずさに、正座のまま部員から視線を逸らす。一丁前に後ろめたい気持ちはあるようだ。さすがにミーティングルームの空気が少しだけ重くなるが、その重さを打ち破るように下鶴監督が話を続ける。声のトーンがいつもの戦略ミーティングに戻ったことを告げる。

 

「さて、それはそうと試合まで時間が無いわけだが、そんな話を聞いてしまえば、西ノ宮戦から別人ように変わっている可能性もあるな」

「ええ、彼らのポテンシャルを考えれば充分に有り得るかと。これまで笹波 雲明の指示が足し算だったとすれば、各々の思考・周囲の連動が加わると掛け算に変わる。そのくらい劇的と考えた方がいいと思います」

 

 ミーティングルーム最前列の照明に映し出された月伊霧の姿はとても冷静で、相手を正確に評価する戦略参謀そのものだった。その誇り高い表情はパーフェクトサッカー北陽の司令塔そのものである。

 しかしながら、あくまで戦略ミーティングの時間であるため何も間違った発言では無いにものよ、流石にサッカー部の面々もツッコミたくなってしまう。

 

「あいつ、あれだけやらかして、よく下鶴監督に進言できるな」

「さすが少年サッカー界の新脳、もとい戦略バカ。言ってることが至極真っ当なのが余計にムカつく」

「いっそ清々しいな。ある意味学ぶべきところではある、ああいう人格にはなりたくないが」

「芽育君らしいと言えばらしいです」

「おい、聞こえてんぞ。円堂4タテ組」

 

 屯田、矢倉、城壁道、騎士部の4人は正座している月伊霧を見て、好き放題に吐き捨てる。月伊霧は反論したいが、監督の前では流石に大声を出せず、悔しさを噛み殺す。下鶴監督は、そのやり取りに特別驚くこともなく、むしろ「いつものこと」と割り切って話を続けた。

 

「なるほどな……そうなれば、これまでの分析も効果は薄いと考えるべきか。いや実際問題、南雲原中の伸び率はどの程度か分かり兼ねる。あくまで弱点は弱点と捉える方が適切か」

「俺も同じ考えです。弱点は裏を返せば個性であり完全に消えるものではありません。こちらの対策A案としては充分使えるでしょう。今必要なのは分岐した後のB案、つまりは南雲原が猛攻を耐えて凌いだ後に『北陽の弱点』を付かれた場合の対処です」

「『北陽の弱点』と言えば、スプリング杯の雷門戦か……」

「はい、前半までは1-1の同点ですが、後半のラスト10分で2失点して3-1で敗北。雷門が北陽の戦略が慣れ、こちらの個々の体力と集中力が落ちたところを狙われています。蓋を開ければ円堂ハルのハットトリックで完敗です」

 

 ミーティングルームの空気が一瞬引き締まった。スプリング杯で敗北を喫した雷門戦。選手たちの頭に、あの日の光景がよぎる。焦り、疲労、崩れたリズム……そして後半の連続失点。点差以上に互角の勝負と揶揄されているものの、選手に取ってみればただの苦い記憶である。

 

「つまり、課題は後半戦ということになるが、対策は個々の基礎能力アップか? あくまで、連携強化と持続性が目的だから、各々の伸び率に合わせて修正も必要だとは思うが」

 

 品乃は月伊霧と下鶴の話を聞きながら意見を述べる。月伊霧は回答を用意していたかの如く即答した。

 

「ほとんどその通りですが、厳密にはちょっと違います。基礎能力アップは試合後から各々薄ら実感して自主メニューにも取り入れているはずですので、継続するだけでも効果はあると思います。今から重点を置くべきは――」

「体力強化ともう1つ――俺たちFW決定力か」

 

 空宮がポツリと呟く。その言葉に月伊霧は同意した。

 

「その通り。言っちゃあ悪いが、空宮と友部先輩のどちらかが、後半で一点取っていれば流れは違っていたと考えている」

 

 月伊霧は淡々と指摘する。人の気持ちをなんとも思っていない態度はいつも通りであるが、友部と空宮のこめかみに青筋が浮かべた。

 

「否定できないけど、お前はなんで気にしていることをそうズカズカ言うかなぁ」

「まぁ、実際そうだよね! あれだけ決定機貰っておいて、決めれない俺らも悪い!!」

「あぁ、言ってしまって悪いな空宮。だからこそ特訓が必要なんだよ」

「別にいいよ、芽育が雷門戦でシュート3本外したこと棚に上げてるなんて気にしてないし!」

 

 部屋の空気が一気に変わった。これまで表情を崩さなかった月伊霧の顔が引きつり始める。

 

「おまバカ、何故それを!俺がこっそり隠してたのに!!」

「FWなんだから得点データくらい見るでしょ……っていうか、みんな試合中から薄々気がついてたよ!何が少年サッカー界の新脳だ! 枠外にばっかシュート打ちやがって! このヘタクソ!!」

「ちょ、やめて! 痺れた足蹴らないで!! これだけ力説した後に無様な姿見せると、部内での俺の評価と確固たる地位が……!」

「そんなものハナからねぇよ!自惚れんな!!」

 

 空宮と月伊霧が言い合う横で、品乃は苦笑し、他のMFたちは互いに顔を見合わせて頷いた。

 

「空宮君、完全に怒ってますね」

「はは、これはFWだけじゃなくて、MFもシュート練習が必要だな。俺も必殺技を鍛えるとするか」

 

 品乃がそう言うと、MFの面々も頷く。北陽のパーフェクトサッカーにもまだまだ課題は多い。怒号の飛び交うミーティングルームがようやく落ち着き、下鶴監督が姿勢を正した。その表情には監督としての厳しさと彼らに対する深い信頼が滲んでいた。

 

「決まりだな。試合までのメニューについては既存の個人練習、全体練習、戦略MTGに加えて、重点強化練習を盛り込む。重点強化練習では、各々の課題に合わせて都度メニューを調整してくれ。必要であれば俺も相談に乗るし、適宜指示を出す。」

 

「「「はい!!!」」」

 

 選手たちの声が部屋に響き渡る。ミーティング後には空気は完全に切り替わり、試合へ向けた確かな目標が定まっていた。

 

「さて、俺も練習に――」

「何を言っている。お前は情報漏洩のペナルティだ」

「えっっ、今から罰走はちょっと……俺走るの嫌いだし」

「いや今必要なのは罰走ではない」

 

 下鶴監督の声が、静かに落ちる。

 

――試合前日までに、南雲原中の対策レポートと当日の戦術プランをまとめてくれ。

 

 ミーティングルームの空気が固まった。それは、これまで監督が誰にも課したことのない。対策レポートも戦術プランも、基本的には下鶴を中心にミーティングの中で決められていく。いくら南雲原中の情報が殆ど出回っていないとは言え、一学生に任せることはない。

 

 つまりは、”新脳”月伊霧にしか任せられない特別任務ということであった。

 

 月伊霧は正座の姿勢のまま、乾いた笑いを漏らした。

 

「……マジかよ」

 

 その呟きは、誰にも拾われることなく、静かなミーティングルームに吸い込まれる。パーフェクトサッカーを掲げる北陽学園サッカー部は、新たな岐路に立たされていた。

 

 




「あれほど番外戦術は止めろと言ったよな。特に人様に喧嘩を売るなとも。倫理的にも問題あるし、戦略としてもデメリットが大きい」
 下鶴監督が学生時代の失敗を後輩に惜しみなく伝えている。河川敷での対決がなければ御影専農は普通に雷門勝ってたやもしれぬ。なお、ドブカスにはそんな気持ちも背景も知っているが届かなかった模様。ただ、このセリフは全イナズマイレブン作品に刺さるセリフであることには違いない。

「とある日は練習をサボって雷門中へ道場破りに行く。」
 スプリング杯の翌日の出来事である。スカイクラフトの帰りの便に居ないかと思いきや、雷門中の理事長から下鶴へ電話がかかり、「サッカー部に乗り込んできた無一文の北陽生を連れて帰って欲しい」と連絡が来た。流石の下鶴も「鉄塔広場のタイヤに括り付けて捨ててください」と言ってしまったそうだ。その日は本当に置いて帰り、翌日ヒッチハイクでしぶとく帰ってきた。もちろん、次の練習では反省文と罰走が課されている。
 ちなみに雷門中へ行った理由は、推しスタンプの星村ナオと写真が撮りたかったからである。

「円堂4タテ組」
 スプリング杯で円堂ハルが鮮烈デビューを果たした際の4人抜きメンバー。擬似ブロック・ザ・チェーンをやろうとして失敗した最たる例である。円堂ハルの小学生時代の試合データを元に下鶴監督とドブカスで考案した一種のタクティクスであったが、円堂ハルが異次元すぎて効果があまりなかった。おそらく北陽では二度と使われないであろう。
 ちなみに4タテ後、ペナルティエリアまで戻ってきた空宮と月伊霧も抜かれているため、正確には6タテである。空宮まで弄ってしまうと自分の存在もバレてしまうため、実況で叫ばれた4タテで留めている。

「芽育がシュート3本外したこと棚に上げてるなんて気にしてないし!」
 ドブカスがドブカスと言われる由縁の1つ。世間では少年サッカー界の新脳ともてはやされているが、所詮は中学生。そのパスワークと戦術眼は誰より持っているものの、技術は意外と拙い。シュートに関しては北陽内で割と論外な方である。このことは北陽メンバーもとっくに気がついているが、弄れるレベルにないので無意識に触れられていない。月伊霧はまだシュートが苦手なことをバレていないと思っている。
 雷門戦では1アシストに加え、決定機に近いパスを5~6回ほど演出する活躍だったが、ポール脇2発、宇宙開発1発の枠外シュートも同時に記録している。

「はは、これはFWだけじゃなくて、MFもシュート練習が必要だな。俺も必殺技を鍛えるとするか」
 北陽学園のウィークポイントを上手く落とし込んだ発言。品乃が言わないと、多分自覚せずになあなあで練習が進んでいたかもしれない。締めるところは締めるのが大黒柱である。
 キャプテンと司令塔はそれどころでは無いため、おそらく聞こえていない。

「えっっ、今から罰走はちょっと……俺走るの嫌いだし」
 おそらく下鶴監督並の合理主義者かつ、ドブカスの理解者でない限り干される発言。北陽学園でもペナルティ=罰走であるが、今回はたまたま免除されている。普段は断っても余裕でコート外を走らされる。

 
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