かくしてパーフェクトサッカーは引き継がれる。 作:ホイップる
―――北陽学園 ミーティングルーム周辺―――
北陽学園サッカー部の練習も終わり、夕陽も沈み始める。
南雲原中学校との公式戦まで残り一週間を切っており、サッカー部の面々は各々体調管理も含めた調整に入っていた。
そんな中、騎士部は自主練を切り上げ、部内のとある噂を確認しにミーティングルームへ向かい始める。その手には購買で買い物をしたであろうビニール袋が握りしめられていた。静まり返った廊下をゆっくりと歩き、扉の目の前で足を止めた。
扉の向こうからは、プロジェクター特有の低い唸りと、一定のリズムで再生と巻き戻しを繰り返す音が漏れている。夜の校舎にしては明らかに強い光が壁に揺れ、微かに機械の熱が漂っていた。
(やっぱり、芽育君ここにいた。)
騎士部は小さく息を整え、そっと扉を開く。
薄闇に包まれた部屋の中央では、月伊霧が椅子に浅く腰掛け、画面へ前のめりになっていた。プロジェクターの光が月伊霧の横顔を照らし、影を鋭く縁取っている。
その表情は冗談を言っているときの彼とは別人のように深刻で、鋭い観察者の目をしていた。
映っているのは南雲原中vs西ノ宮中――雷門中が前半出場したにもかかわらず、南雲原中が逆転勝利を収めた試合――の映像。映像は何度も停止され、巻き戻され、コマ送りで映し出される。月伊霧はわずかに口元を動かしながら、独り言めいた分析を漏らしていた。
「南雲原中――プレイヤーは全員漏れなく頭の使えない下手くそだが、正直運動神経だけで見ると北陽と互角か。サッカースキルと戦略ゲーすぎるな……っていうか、この後半4点取ってるの地味にキモすぎだろ。あとは、例の『笹波 雲明』がうち相手にどう出るか。搦め手もある程度想定しておかないと」
内容は辛辣だが、その言葉には妙な熱がある。純粋な評価と考察の延長にすぎないことを騎士部は知っていた。
机の上にはノートが広げられており、彼はペンを走らせながら西ノ宮戦の映像も並行して確認していた。彼の視線は動いているものを一つも逃すまいと鋭く追っていく。静かな部屋の中で映像とペンの音だけが響いていた。
「芽育君、夜遅くまでお疲れ様です。」
「うわっ!なんだ、騎士部か……」
騎士部が声をかけると、月伊霧は肩を跳ねさせて振り返った。驚きが混ざった声だったが、そこに気が抜けたような笑みはなく、プロジェクターに照らされるその蒼い瞳の淵は充血しており、瞼も晴れているように見える。無理をしているのは明らかであった。
どのように声をかけたものか、と騎士部は月伊霧の様子に考え込むが、欠片も気にかける様子もなく月伊霧は自身のノートへ目を落とした。
「そういうお前は自主練か? 調整期間なんだし、あまり無理するなよ」
「人の事言えた義理ですか……ここ最近練習終わりはミーティングルームに籠っているそうですが、いくらなんでも詰め込みすぎではないでしょうか?」
「……まぁ、次の試合のゲームプラン一任されちまったからな」
その返事に声色がわずかに低くなる。
「にしてもオーバーワークですよ。練習終わってからもずっと映像解析と戦略分析ばかり……部員もみんな心配してます」
「それでも、調べ足りないところはいっぱいあるんだ。南雲原は2日後に銘蘭学院と練習試合をやるらしい。見つかるとは思うが視察に行こうと思う。データが無いよりはマシだろう」
「そしたら私も一緒に行きます。データ収集するならその場で一緒に分析する相手がいた方が合理的でしょう?」
「……悪いな。助かるよ」
「同期のよしみですから」
騎士部は淡く微笑んだ。月伊霧は天上天下唯我独尊を地で行く性格であるが故、視野が狭くなり周りに頼らないことも多い。いつもであれは品乃や友部を中心として、メンバー内で声を掛け合う場面が多かったものの、戦略ミーティング以降で個人スキルの強化に充填を置いている選手も多い。
そんな中、2年生同期の中で「月伊霧が最近帰りが遅い」という話を耳にして様子を見に来た(もとい、一部仕事を奪いに来た)というわけである。
分析も戦略も本来であればチーム全体で取り組むべきもの。頼り切りになってしまうのは良くない、と騎士部は考える。
その笑みには、単なる合理性以上に様々感情や思惑が含まれていたが、試合観戦に必死な月伊霧は気がつかない。
「ふっ、そうか。あとはチーム内の分析と戦略プランの構築だが……」
月伊霧は画面を切り替えた。続いてスクリーンに映し出されたのは、スプリング杯――雷門戦の記録映像だった。
「これはスプリング杯の映像……」
「悔しいが、うちの個々の弱点や全員の限界値を調べあげるにはこれが一番分かりやすいんだ。本当は見たくないんだが、かれこれ十数回は見てしまった」
「――っっ?!そんなに」
騎士部は素直に驚きを漏らした。
分析、戦術を得意とする北陽で試合の映像を振り返る者は多い。
特に雷門戦は戦術よりも個人の課題が顕著に出てしまっていたため、複数枚焼き回し、みんなで未だに貸し借りし合っているほどだ。いつもであれば2~3週見れば全国区レベルでも満足に分析ができるほど特異な男が、群を抜いて映像を見ていたことに衝撃であった。
「なぁ、騎士部。俺らはあの雷門から3点もぎ取れたと思うか?」
「それは……」
問われた瞬間、騎士部の喉が震えた。直接的な答えを口にする勇気がすぐには出ない。あの日の感覚は、まだ心の奥底に棘のように残っている。
同時に、騎士部はあの日の記憶を想起する――――雷門戦の光景が、ピッチに敷き詰められた芝生を踏みしめる感覚が、意識の底から浮かび上がった。
―――U-15スプリング杯 一回戦「雷門中vs北陽学園」―――
満員のスタジアムは騒然とし、歓声と拍手、実況の声が混ざり合って、まるで巨大な生き物の咆哮のような音を立てる。
春とはいえ、グラウンドに吹き込む風はまだ冷たかったが、その冷気すら一掃するほどの熱が観客席から溢れ出していた。場内スクリーンには雷門中と北陽学園の選手たちが映し出される。
実況の田部 達治と解説の角馬 圭太は上がり始めるボルテージに胸を躍らせながら、マイクに向かって声を張り上げる。
「さぁ!U-15スプリング杯1回戦『雷門中 対 北陽学園』です! フットボールフロンティアの前哨戦とも言える本大会ですが、不動の王者雷門中が今年も制するのでしょうか?」
「『北陽学園』も九州の強豪としてメキメキと実力を伸ばしています。早速、選手たちが入場してきましたようです」
会場中が注目するサッカーコーチのセンターラインには、月伊霧、空宮、品乃が集まっていた。
「空宮、雷門はどうだ」
「……っていうか最強の敵って無性にテンション上がりますね」
「話聞けよバカ。雷門のこと聞いてんだよ。今お前の感想を聞いてどうする」
「別にいいじゃん!じゃあ芽育は何も思わない訳?初戦から雷門だよ!?!」
「別に? いつも通りやるだけだよ。全くこれだからガキは困るぜ」
月伊霧は今日の相手が王者だろうが初戦の無名校だろうが関係ない、と言わんばかりの物言いで告げる。雷門コートを鋭く見つめる様子は正に軍曹さながらだ――しかし、空宮は一切信じていない。月伊霧は実直に見つめる視線の先を追いながら、試しに鎌をかけてみた。
「……いつも使ってるスタンプの子は?」
「めっちゃ可愛いすぎて尊い。あとで一緒に写真撮りたいし、なんなら連絡先も交換したい。どうにかしてお近づきになれないかな」
「煩悩だらけかよ?! お前マジで集中しろよ!!」
空宮が叫ぶ横で、月伊霧は本気とも冗談ともつかない表情で真顔を保っている。緊張の糸を切るかのように、北陽側ベンチに小さな笑いが生まれる。
「はいはい、冗談はそれくらいにしろ……月伊霧はこの試合をどう見る」
品乃の問いに月伊霧の瞳が鋭くなる。
「恐らくですが、最初から飛ばしてきますよ。戦術のカケラも無い個のチームは先制点に貪欲です。はっきり言ってクソですね」
「お前の趣味嗜好はさておき、そう来るだろうな。なら前半は守りも意識しないとか」
「えぇ、うちの攻撃は絶対雷門に刺さる。だからこそ一矢報いるカウンターに注意しましょう。一抹の不安はありますが、ミーティングで話した通り円堂ハル対策も下鶴監督と組みました」
月伊霧はぶつぶつと、だが論理的に並び立てる。個で圧倒するサッカーを極端に嫌う習性からその口調は端的で辛辣な物言いとなるが、監督の下鶴も認めるほど正確な分析である。
雷門は誰もが認めるほど名門中の名門、個の力の結晶のようなチームでどっしり構えた横綱相撲を得意とする。特に、相手が浮足立ちやすい序盤の勢いは尋常ではない。そして、そのための対策も部員全員で徹底的に話し合い、戦略に落とし込んで頭に入れてきた。
特に本大会から雷門中には10番『円堂ハル』が出場する。伝説のゴールキーパーの苗字を冠したその男は、センターラインから数歩下がった場所で静かにこちらの様子を観察している。
「空宮、月伊霧……今日ここで時代を変えるぞ」
「「はい!!」」
品乃の意気込みに応じると、各々のポジションへ向かう。僅か1時間後にはこの試合の雌雄が決する。そのためにやることはやってきた。あとは、自身のベストを発揮するだけ。
「あぅぅ……もう泣けてきた」
「そういうのは勝ってから泣け!今日も頼んだぞ」
「おう!安心してパスよこしな。あと、お願いだからボール持って前線には来ないでね」
「ぬかせ。いつでも姿勢は『ガンガン行こうぜ』だ」
飛び交う軽口の裏には緊張と高揚が潜む。コート上で2人が一番肌で感じていた。
「さぁ始まります!無敵の雷門に九州の新鋭北陽学園はどこまで迫れるのか?!」
「北陽は去年1年生ながら存在感を見せつけた月伊霧 芽育・空宮 征を中心にチームが再構成され、相当パワーアップしているそうですよ」
ボールが中央に置かれると同時に、スタジアム全体が息を呑む。
――――ピィィィィ!!!
高鳴る笛と同時に試合が動き出した。空宮の叫ぶ声が、試合開始の合図とともにグラウンドに響き渡る。連動して北陽学園の矢のような動きが、王者・雷門へ向かって走り出した。それは兼ねてより北陽学園が得意とする超攻撃型スタイル。
「タクティクス……トライダイブ!」
【設定ガバめな小ネタ集】
「南雲原中vs西ノ宮中」
月影 蓮と円堂 ハルが出場してるの普通にずるすぎぃ、って思ったけど、今度南雲原中と合併するので、おくびにも出せない月伊霧。多分、対戦校同士の合併→出場が一番炎上するため、生徒会長として後処理にひやひやしている。
この対戦結果を見て月伊霧は円堂とチャット上――数話後に色々あって連絡先を交換している――で壮絶なレスバを繰り広げている。「出来立ての部活に負けたらしいね、下手くそ」と送ったら、月伊霧がFF初戦で魅せた宇宙開発シュートの動画が送られてきた。
「南雲原は2日後に銘蘭学院と練習試合をやるらしい。見つかるとは思うが視察に行こうと思う。」
月伊霧が南雲原中のネトストをしていた際に偶々情報を入手。千乃にもチャットで「試合するんだって?」と確認したが、今のところ既読無視されている。沈黙は肯定と捉え、しっかり遊びに行く予定である。
騎士部は過去の経験から優しさ7割、嫌な予感3割で同行しようと決意した。下鶴 改にもこの件は報告済みである。
「……いつも使ってるスタンプの子は?」
言うまでもなく、例のスタンプである。所謂、推し活のようなものをしている。昨年、FF敗退時にはわざわざ現地で自作団扇とペンライトを持って参加した。ちなみに、スタジアムでマンキンでオタ芸をして応援したら、警備員に追い出されている。雷門中にばれていないが、月伊霧は別の意味でSNS上の時の人となっている。