転生憑依アイル君は南雲原に入学するようです 作:中谷真之
はい、大変お待たせしました。待ってる人いるか知らんけど。
今年の2月後半辺りから、リアルの方がかなりごたついていて、全く投稿が出来ませんでした。正直、今も落ち着いてるとは言えないのですが、今書いてある分だけでも投稿しようと思い、最新話の方、投下させていただきます。
快晴の空の元、季節にそぐわない熱気を放つグラウンドでは、22人の少年少女によってその熱を巻き起こしている。
「マイボマイボ!」
「前上がれ前!」
練習試合にも関わらずここまで熱くなれるのは、やはり対岸に居るハルの存在が大きい。俺とハルがライバルのような関係にあること、それはチームの人間にも前々から周知されていることで、今となっては俺のチームとハルのチーム、互いにチーム単位で対抗意識を燃やすようにすらなっている。
一人でボールを運ぶ俺に対し、プレスを仕掛ける相手の人数が増えてくる頃合い、そうなると当たり前にマークが外れる味方が居るので、俺は声がした方にパスを出すだけ。
しかし、相手はハルを擁する強豪チームだ。無論パスの警戒はされている。
バカ正直に球を蹴った所で、意味分からん反応速度で割り込んで来るハルにパスカットされて終いだろう。
だから、意表を突くようなパスが必要になる。味方の位置を完全に理解したうえで、針の穴に糸を通すような、そんなパス。けど、足元のボールから意識を一瞬でも逸すことは出来ない。じゃあどうするかって?
ふっ、まぁ見とけよ……
「アイルこっちフ──「はいっ」」
声が聞こえた瞬間にノールックでボールをキック!
はい、これです
俺の反応速度と空間把握に全ベット、到底、小学生にできるような芸当ではない。
「っ!まじかよナイスパス!」
まぁ通るんですけど。ビバ最低系チート。
「だー!分かってるのに追いつけない!」
「ハルで無理ならどうしようもねぇや!ゴール守んぞ!」
何故か反応出来てギリギリのところまでボールに迫ってきているハルは置いておいて、これは大きなチャンスだ。
フリーでボールを受け取った味方が、相手のディフェンスを躱し、シュート圏内まで漕ぎ着け、予備動作に入った。
彼はボールを地面に弾くように踏みつけた。その反作用によってボールは宙に打ち上がり、強い逆回転が付与される。
「スパイラルショット!」
打ち上がったボールの最高到達点から放たれる超高回転シュート。一定の高度を保ちながら、ボールは渦巻きを描くように相手ゴールへと襲いかかる。
行っけぇぇぇぇぇ!!!(某少年探偵並感)
「薪割りチョップ!」
両手チョップで弾かれててワロタ。チョップ強すぎだろ。
ただ、相手も弾くことでしか防げなかった。地面に叩きつけられたボールは大きく跳ね上がり、皆の視線を空中に釘付けする。
残り時間も少なくなってきた。このセカンドボール、取れたら大金星だな……!
ボールの落下地点に走り込み、大きく息を吸って、ボールに飛び付くように、ジャンプをした。
「っ!危ない!」
意識が盤上にだけ向けられる集中の極致にて、やけに鮮明に聞こえたのは、誰かがそう叫ぶ声だった。
◆
頭が痛くて、目が覚めた。
俺は気が付くと、病院のベッドの上に居た。
目が覚めた瞬間、右足の感覚がおかしいことに気が付いた。それと同時に、察した。
俺のサッカー人生終わったかも。
足に触れると、鋭い痛みが走った。あ、これはヤバい。洒落にならないやつだ。
現状を理解しているからこそ受け入れ難く、しばらくベッドのうえで茫然としていると、見回りに来た看護師の人が俺に気付き、担当の医師を呼んできた。
急いでやって来た医師は俺の顔を見て、動揺するように表情を微かに歪めた。その時の俺はよっぽど酷い顔をしていたのかもしれない。
医師は口を重たそうに開いて、俺の状態について説明してくれた。
医師の説明を簡単に纏めると、まず俺はハルとの試合中、空中での接触によって脳震盪を起こして気絶していたらしい。
しかもその接触の仕方がそれはもう最悪だったそうで、右足を怪我してしまったとのこと。
医師いわく、俺の脚は元通りにはならないそうだ。
時間経過と共に脚は動くようになり、日常生活に支障をきたすことはないが、激しい運動は一切の禁止。全力でダッシュしようもんなら二度と脚が動かなくなる可能性すら秘めているとのこと。そしてこれは、手術やリハビリによって治せるものではない。
まぁつまり、詰みってやつだ。
正直、嫌な予感はずっとしていた。しかしそんな感覚的な問題、自分ではどうしようもないことだと思って考えないように目を背けていた。実際、今の俺には手の施しようは無かった。
そういう運命だったのかもしれない。そもそも、今までが全部うまく行き過ぎていたんだ。思うままに身体を操れて、大好きなサッカーをもう一度プレーすることが出来て、かけがえのない親友にも恵まれて、全部が自分の都合の良いように動いていた。その皺寄せが来たんだ。
医師は、退院までは数週間掛かること、もう少ししたら親が面会に来ることを言い残して病室を後にした。
一人の時間が訪れる。
「ふー……」
あ、ナオさんには謝んないとな。練習するって言ったのに、約束守れなさそうだ。
ハルにはなんて言えばいいんだろう。せっかくの誕生日を台無しにしてしまったうえに、二度と一緒にサッカーできないなんて、向ける顔がないよ。
とりあえず、退院したら、二人に謝ろう。
大きく息をついて、天井を見上げてみる。見慣れない、けど、見覚えがある白い天井。前世じゃ、時々世話になってた場所だ。
自分でも意外なことに、先程とは打って変わってこの現実をすんなりと受け入れることが出来ている。前世で不幸を被りすぎて慣れてしまったのかもしれない。てか前世では早死にしてるし、今自分が生きているってだけで奇跡みたいなもんだしな。なってしまったものはしょうがない、これからをどう生きるか、それを考えた方がよっぽど有意義だろう。
「まぁやっぱサッカーには携わっていたいよなぁ……」
パッと思いつくのはコーチ職とかか?指導者として選手を支えてみるのは面白そうだ。スポーツ医療の勉強してトレーナーってのもありだな……。審判員は……ちょっと違うな。
考え始めると止まらないもんで、俺は深い思考の海へと沈んで行った。
◆
それから暫くして、俺が妄想から現実に引き戻されたのは、病室のスライド扉が大きな音を鳴らしながら、叩き付けられるように開けられた時だった。
突然の爆音に肩を上げながら、音のした方を見てみると、そこにはぐちゃぐちゃに着崩れた高級スーツを身に纏い、肩で呼吸をする父さんが立っていた。
「父さん……」
今の時間は、まだ仕事中のはずだ。なのに今ここにいるってことは、早退してきたのだろう。それに、相当急いできてくれたっていうのも、父さんの様子を見れば分かる。
愛されてんな、俺。
どこか他人事のように、そう思った。
「ごめん、父さん、俺、もう、サッカーできないって。こんなに色々してもらったのに、ごめんなさい」
父さんは俺の言葉を聞くなり、俺の身体をギュッと抱き締めた。
父さんの顔が耳元に近づく。父さんの吐く息は、細やかに震えていた。
「父さん、俺は平気だよ。サッカーには選手以外の道もあるし、人生まだまだ長いんだ。考える時間は、沢山ある。だから、大丈夫だから、そんな顔しないでよ。父さん」
本当に、酷い顔をしている。俺より悲しそうにしないでよ。こっちも余計悲しくなってきそうだ。父さんは大袈裟だよ、全く。
俺を抱きしめる父さんの力が強まった。怪我人にはちょっと痛いくらいだ。でも、嫌じゃないし、それを振りほどけるほど、今の俺に余力はない。
俺には、父さんの震える身体を、そっと抱き返すことしか出来なかった。
◆
大体3週間後、退院の日がやって来た。いやー長かった。ずっと病院のベッドの上にいるとまぁ如何せん暇を持て余すから、かなり色々考えることが出来た。今後どうするかとか、ハルにはどう伝えるか、とか。サッカーに対しての向き合い方にも、自分なりの答えみたいなものを見つけることが出来た気がする。
「園崎さん、退院おめでとうございます。お大事になさってくださいね」
「はい、ありがとうございました」
俺のことを担当してくれていた看護師さんの祝いを背に、松葉杖で身体のバランスを取りながら病院を出る。
ひゅうと、冷ややかな風が俺の髪を揺らして、過ぎ去っていく。防寒着を着ているので、寒さは感じない。暖房の効いた室内にいたせいで少し火照った頬を、この風がむしろ冷ましてくれる。久しぶりの外の空気だ。気持ちがいい。
前世含めて数えきれないくらい世話になった病院という施設、入院中はずっと忌々しく思っていたが、退院の瞬間、大きなガラス張りの自動ドアから一歩を踏み出すこの瞬間、解放感が一気に押し寄せるこの瞬間だけは少しだけ気に入っている。
「アイルお坊ちゃま、退院おめでとうございます」
「ありがとう、メイさん。あとお坊ちゃまはやめて」
今日も今日とて両親共々、仕事に出向き忙殺されているので、迎えにはメイドのメイさんが来てくれた。いつもありがとうございます。でもお坊ちゃまだけは本当にやめてほしい。
「あ、そうだメイさん。スマホ──「こちらに」手際いいっすね……」
スマホって家にあるんだっけ、そう確認しようとしたところ、どこからともなく、颯爽と俺のスマホを取り出し差し出すメイさん。準備良すぎてこわいよこの人。
メイさんに感謝を伝え、スマホを受け取りイナコードを開く。
「おぉ……」
まず目に入ったのは、とてつもない量のメッセージを送ってきているナオさん。公式の友達並みに通知が溜まっている。かなり心配かけてしまってるみたいだ。いやまぁそりゃそうか。
実は入院中の数週間、一切スマホに触らずに過ごしていた。いわゆるデジタルデトックスってやつだ。ここ最近、というか生まれてこの方ずっと電子機器が傍について回るような生活を送ってきたから、いい機会だと思って試してみたが、目の疲労感がかなり取れて、少し視力がよくなった気すらする。
ナオさんにはとりあえずガチ謝罪するとして……ハルにも連絡しないといけない。ハルからのメッセージは……来てないか……。
ハルとは、あの試合の日以来会っていない。ハルのチームが出場する大会の時期と俺が入院したタイミングが被ったこともあり、スケジュール的にハルは見舞いに来れなかったとのこと。ハル自身は俺に会いたがっているというのは、何故かハルと仲良くなっていたゲンから再三聞いていたので、今日中にでも顔を見せてやりたいと思っている。それに、ハルには渡しておきたいものがあるんだ。
確か今日はハルのチームはオフの日だったはず、今からでも会えるか聞いてみよう。
ハルにメッセージを送ると、5分もしないうちに返信が返ってきた。
『公園で待ってる』
公園っていうと……あそこか。よく俺とハルで一緒にサッカーをしていた場所だ。人がいることはほとんどなくて、いい感じの広場があって、二人でなんかするって時にはもってこいの場所だった。この病院からも遠くなかったはず。
「メイさん、少し寄っていきたい場所があるんだけど……」
「広場のある公園ですね。かしこまりました」
「察しいいっすね……」
◆
「到着いたしました」
「ありがとうメイさん。ちょっとハルと二人で話してくるからさ、終わるまで少し時間つぶしておいてくれる?」
「承知いたしました。私はアイルお坊ちゃまのご所用が済みますまで、ちょっくらパチンコ打ってきますので、お迎えが必要になりましたらご連絡ください」
そういってメイさんは車から俺を下すと、光の速さで向かいの通りにある楽〇の駐車場へと吸い込まれていった。
奉仕活動に勤しみそれを生き甲斐とまで豪語するメイさんだが、そんな彼女にもやはり休息は必要なのだろう。メイド服着たままパチ屋へ入店するのは如何なものかと思うけどね。
さてと、ハルのメッセージ上での口ぶり的に、彼はもうすでに公園に着いて、俺のことを待っているはずだ。急がないと……つってもこの足じゃ急ぎようもないんですけどね。とほほ。
ハルとは広場にあるベンチの前で待ち合わせの予定してるんだけど……お、いたいた。
ハルもこちらに気づいたようで、ベンチから立ち上がってこちらに寄ってくる。
「よっ、久しぶり」
「アイル……」
ハルは俺の顔を見たあと、視線を俺の足元に落として、もう一度俺の顔を見た。
「立ちっぱなしってのもあれだし、座って喋ろう」
ベンチに腰を掛けるのにも、今の脚じゃ手間が掛かる。
「よい……しょ、と。うお、ベンチつめた。いやあ、季節の変わり目って感じするね。あ、ていうか身体冷えてない?結構待たせちゃったよね。あそこの自販機で何かあったかいの買う?」
「……平気」
「そっか」
「うん……」
「そういえば、今季の予選、全試合でハットトリックしたって聞いたよ。やっぱ凄いね、ハルは。流石俺のライバル」
「……アイル」
今日俺がハルを呼び出したのは、こんな他愛もない話をするためじゃない。そんなことは、ハルにも分かってる。
「……ごめん。……んー、まぁ、そうだなぁ。じゃあ、んー……」
言いたいがうまく纏められれないというか、その事実をハルに伝えてしまうのが心底恐ろしくて、言葉を口に出すことを躊躇ってしまう。
「よし、結論から言う。俺、二度とサッカー出来なくなった」
「……」
ハルからの返答はない。ただ、顔はこちらに向いたまま、目線が合っている。揺れ動くハルの瞳は、いったいどのような感情を孕んでいるのか、俺には分からない。
俺はハルの返事を待たずに、矢継ぎ早で言葉を紡ぐ。
「俺、別に落ち込んでないんだぜ。いや嘘、落ち込んではいる。二度とサッカーが出来ないなんて、正直信じたくないよ。でもさ、プレイヤー以外にも、道はある。選手は無理でも、俺は、そっちの道を行くよ」
いまだにアイルは黙ったまま、俺の顔を見ている。
「それでさ、ハルに渡したいものがあって──「……だ」
──え?」
「嫌だ」
「ハル?」
「嫌だよ、俺。アイルと二度とサッカー出来ないなんて」
ようやく、口を開いたかと言えば、そんなことを。
「そんなの、俺も嫌に決まってる」
「じゃあ……!」
「でも!……俺の脚はもう元通りにはならない。満足にサッカーが出来る身体じゃなくなったんだよ、俺は。……だから、無理なんだよ、もう」
頼む。分かってくれ。受け入れてくれ。そんな顔、俺に向けないでくれ。
「……これ、俺が練習する時に使ってた特訓の内容とか効率について、データ纏めてたノート。俺にはもう必要無いからさ、ハルにあげるよ」
手提げからノートを取り出し、半ば押し付けるようにハルへ渡す。俺が今まで培ってきたサッカーの彼是が詳細に書かれているノート。今日の目的はハルにこれを渡すことだった。
「……じゃ」
目的を達成した今、ここに居る理由はもうない。
ハルに背を向けて、歩き出す。
数メートル歩いて、足が止まる。
「サッカー、頑張れよ」
零れ出た小さな呟きは、彼の耳に届いていたのだろうか。
脚を引きずりながら逃げるようにこの場を去る、そんな俺の背中は、彼の目にどう映っていたのだろうか。
◆
「アイルお坊ちゃま、私はお夕飯の買い出しに行ってまいりますので、お留守番の方、よろしくお願いしますね」
「うん、送ってくれてありがとうね、メイさん」
「はい、それでは失礼致します」
そう言って、メイさんは家を後にした。
メイさんが完全に玄関の戸を閉め切ったのを確認してから、自分の部屋に戻る。
「……疲れた」
ずるりと、壁に背をつけたまま滑り落ちるように床に腰を下ろす。
「はぁ〜……あぁぁあぁ!ミスったー!」
何をやってんだ俺。ハルに対して、あんな冷たい態度をとってしまうなんて。ハルはまだ10歳の子供だぞ。これじゃ、俺のほうがよっぽどガキじゃねぇか。
ろくに会話もしようとせずに、酷な事実だけを押し付けて、逃げ帰ってきて……
「くそだっせぇ……」
後悔で顔が歪む。傷つけた、間違いなく傷つけてしまった、親友の心を。ハルが小学生なことに対して、俺は見た目さえ同じだが精神的には十分に成熟している。なのに、俺はそんな幼気すらある少年に、半ば八つ当たりのように声を荒げてしまった。
「自分のことが大嫌いになりそうだ……」
立ち上がって、ベッドに身体を落とす。
「寝よ……」
何も考えたくねぇ。
◆
時計の針がうるさくて、目が覚めた。
あれからどれくらい経っただろう、数分?数十分?数時間?あるいはそれ以上?
まぁそんなことはどうでもよくて、俺はただただ、目を覚ましたく無いんだ。起き上がりたくない。
「あ゛ー……」
けれどもやっぱり、意識があるのに視界は閉じたままっていうのは気持ち悪くて、目を開いた。……薄暗い。そりゃそうだ。俺が寝るときは電気を消すもんだからな。カーテンの隙間から灰色の光が差し込んでいる。光に当てられた埃が、プカプカと浮かんでいるのが見える。数週間も放置していた部屋だ。汚れがたまっているのだろう。
「換気するか……」
掃除するほどの気力は無いが、このままにしておくのも身体に良くない。窓を空けて、換気だけでもしておこう。溜まった埃が、窓を開けた程度でどうにかなるとは思わないが、今の俺じゃこれくらいでも精一杯だ。
「……っ!いって!」
寝ぼけた身体がポカをする。折れてる方の足で床に触れてしまった、それなりに勢いよく。
その時、痛みに怯んだ衝撃によってか、ゴトンと、物音を立てたながら何かが落ちて、床をはねた。
息を呑んだ。
何が落ちたかなんて、見なくても分かった。
「……」
今までの人生、飽きるくらいに聞いてきて、それでも終ぞ聞き飽きることは無かった、ボールの跳ねる音。
……見るな。見ちゃダメだ。
そこに何があるかなんて、分かりきってるだろう。どうでもいいだろう。
それをわざわざ目にしてしまったら、きっと、俺の全部崩れがてしまう。
俺の中にある何かが、決定的に、壊れてしまう。
……あぁクソ、見るなって、言ってんのに。
「……っ」
床に転がっている、一つのサッカーボール。その表面には、油性のペンで書かれた、太くて力強い、大きなサイン。
円堂守。ぐちゃぐちゃに字崩れしていても、そう書いてあることは、明確であった。
ハルの家に初めて行った日、守さんにサインをしてもらった。新品のサッカーボール。棚の上に飾ってあった。もともと、少し不安定な場所に置いてあったから、少しの衝撃で落ちてきてしまっても、それはなにもおかしい事じゃない。
けど、今、今この瞬間、そのボールが落ちてくるということが、冷酷で、淡々とした現実を俺に突きつけきているようで、ひたすら絶望的に思えた。
呼吸が浅くなる。うまく息ができない。喉に何かがつっかえてるみたいで、空気の出し入れが難しい。
額から汗が滲み出できた。
なんだこれ、気持ち悪い。
目が滑る。焦点が定まらない。
どこを見ればいいか分からない。
スパイク、ユニフォームスポーツ雑誌、視界に映るすべてが、俺に現実を突きつける。
とうに理解して、受け入れたつもりだった。
俺には恵まれた環境があって、2度目のチャンスが訪れて、これ以上望むのは贅沢だって。こうなることも、仕方ないんだって。そうやって、全部呑み込んだはずだった。
俺はもう、二度とサッカーが出来ない。
「っ……ぁ……」
目頭が熱い。頬を伝う感覚が冷たい。一度流れ出すと、止めが効かなかった。
胸の内側に鍵を掛けて、溢れないようにしていた、自分勝手な思いの丈。
「なんでっ……なんで、俺なんだよぉ……」
自己憐憫は、虚しいだけだ。分かっているけど、濁流のように溢れ出した感情は止められなかった。
◆
「あー死んだ。ごめんバックサイト1人……ナイス。ラストノーインフォ。CTケアかな。……はいナイスー。GG」
明かりの灯っていない暗い部屋。唯一の光源は、モニターから漏れ出る青白い光のみ。
俺はモニターの前に鎮座し、一人で喋り続ける。もちろん、画面の向こう側には通話相手が居る。
通話アプリを繋ぎながらプレイしているのは、5対5の爆破型のFPSゲーム。ネットで出会った4人の知り合いとボイスチャットをしながら、5人のパーティを組んで遊んでいる。
サッカーを辞めてからはや数年、サッカーしかしていなかった反動か、俺はサッカー以外のサブカルチャーに興味を誘発されまくっていた。
中でも今やってるゲームの戦略性の高さにはどハマりしてしまい、当時やることがあまりにもなかった俺は、やり込むこと数千時間、気付けば最高ランクまで到達していた。
「今日はそろそろ辞めとこうかな。明日から学校だし。……うん、そう。入学式。そんじゃ、落ちますわ。お疲れ様でーす」
通話を切って、大きく伸びをする。明日は中学校の入学式だ。早めに寝ておこう。
「……げ、もう2時か。やっぱゲームばっかやってる時間感覚バグるなぁ〜。一人暮らしだと尚更」
時計の針は午前2時を指していた。こりゃさっさと寝ないと明日に響きそうだ。
パソコンの電源を落とす。騒々しく回転していたファンが止まると、外で鳴いているクビキリギスの声がよく聞こえる。
ベッドに潜り込み、目を瞑る。
明日から始まる中学校のことに思いを馳せると同時に、サッカーを諦めたあの日からの数年間の日々が頭を駆け巡った。
気持ちを切り替えるのにかかる時間は、案外短かった。俺の人生はこの先まだまだ長いし、サッカー以外にも楽しめることだって見つけた。サッカーのことを想う気持ちが、だんだんと小さくなっていってることが、自分でも分かった。
これならきっと前を向いて生きていけると、そんな気がした。
進学先は、サッカー部がない学校にしようと思った。
サッカーに関する職に就きたいと言っていたな、あれは嘘だ。……いや、まぁ嘘ではなかった。当時……足を故障して、入院してた時くらいの俺は、サッカーが出来なくなっても、サッカーに関連する何かになりたいと本気で考えていた。
病院から退院して数日後、俺はチームの練習に顔を出した。今後はサポートに回るつもりで、その場に参加した。
けどやっぱ、サッカーが出来ないってのは辛いことだった。自分では出来ないサッカーを間近で見るのは、俺にとっては苦行そのものだった。
前世ではやり遂げたことだった。サッカーができなくても、マネージャーとしてサッカー部の一員のまま高校生活を終えることができた。だから、今回も出来ると思った。けど、無理だった。なぜかは分からないが、誰かがサッカーをしてるのを見るたび、前回以上にメンタルが強く抉られる感覚があった。
別にサッカーが嫌いになったってわけじゃない、好きだからこそ、辛くて、直視できなくて、遠ざけたくなった。
……なんか今の、恋してる人みたいでキモいな。あっいや恋してる人がキモいって言いたいわけじゃなくてぇ!……俺は誰に言い訳してんだ?
……まぁつまるところ、心が折れたってことだ。
以来、サッカーのことは意識的に避けて生きてきている。
年月が経ってサッカーに対する情が薄れていったとはいえやっぱり、人がサッカーをしているのを見ると、胸が苦しくなる。だから、逃げようと思った、サッカー部のない学校に。
サッカー部がないことを前提条件に進学先をネット上探していたところ、一つだけ、やけに目を引く学校があった。
長崎にある、私立の中学校。文武両道を掲げるその中学校は、九州の中でも屈指の進学校且つ、部活動にもかなり力を入れているようで、様々な部が賞を獲得しているらしい。そして絶対条件であるサッカー部も、なぜか存在していない。
写真を見る限り、部活用の設備がかなり整備されている。校舎も綺麗だ。あと、長崎っていうのも地味にポイントが高い。今となっては気まずくなってしまった友達も少なくない地元に居続けるのは、ちょっとなんか……うん、って感じだし。
とまぁそんな理由で、両親に意気揚々と「ここ行きたい!」と直談判したところ、二つ返事で了承を得ることが出来た。あの親バカ夫婦のことだから、色々と心配されるんじゃないかと思ったけど、案外そんなこともなく。それじゃあ一人暮らしだなー、って感じでトントン拍子で話は進んで行った。正直意外だったが、これは多分、普段から身の回りのことをきちんとこなしていたお陰だろう。一応中身は大人だしな俺。
そんで、あれよあれよという間に引っ越しの手続きまで完了し、俺は単身日本の南の方へと飛んできたわけだ。
これからのことに不安が無いと言えば嘘になるが、自分でした選択だ。楽しみな気持ちの方が大きい。
明日のことを考えると、胸が躍るような気持ちになる。中学に通うのは二回目なんだけどな、全く新しい環境のせいか、明日が待ち遠しくすら感じる。
けど、そろそろ眠りにつかないと明日起きれなくなってしまう。
目をキュッと閉じ直し、布団を顎の下まで持ってくる。
「……楽しみだな」
呟きは、俺の意識と共に、暗い部屋へと溶けて消えた。
(なんかこの主人公立ち直り早くてキメェな……もっと苦しめよ…)と、数ヶ月前に自分で書いた文章に対して、不満を抱く作者なのであった。
次回更新はガチの未定です。リアルの方が落ち着き次第、なるべく早く出します。
この作品にヒロイン居たらどう?
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うれしい
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うれしくない
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いらない