ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~   作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)

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10 ベギラマお嬢 血風録 その三

 

 

拝啓、ネコ師匠さま。

 

現在あたしは大神官ハーゴンの軍勢と大好評絶賛戦闘中です。なのですが、師匠の教えを何一つ守れておりません。

 

『初見の敵は要警戒』

 

『術者の肉弾戦は慎重に』

 

『前衛(物理的攻撃手)への感謝を忘れずに』

 

『短気は死期』

 

『魔力には誰しも必ず底がある。にんげんだもの』

 

……などなど、極めて初期に習った基本中の基本なのでありますけれど、今のあたしは怒りで血が煮えたぎっており、完全に失念している次第なのであります。不出来な弟子で、たいへん申し訳ありません。謹んでお詫び申し上げます。

 

しかしです。あたしはムーンブルクの王女として、怖気づく訳には参りません。絶対に負けられない戦いがここにあります。クソボケの魔物どもを根こそぎ成敗し、ロンダルキアへ乗り込んでハーゴンのハゲ頭をどつき倒す所存であります。併せて諸々お許し下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。

 

かしこ

 

 

 

 

正面からくびかり族の団体が押し寄せてくる。右手側からよろいムカデ、左側からは奇声をあげるマンドリル達と、三方からの波状攻撃。さらに後方からもわしわしと魔物たちが続く。なかなかの窮地ではあるが、その現況がかえってあたしを恍惚とさせていた。感情の回線はすでにあちこち錯綜しているらしい。いいけど。

 

「ギャースカギャースカうるせぇわ、ザコ助どもが!」

 

正面の最前列、十体ほどをベギラマで焼く。あえての手加減焼きで、たちまち戦列が混乱。この牽制で流れを止められるか……という浅い策が通じる訳もなく、列を割って後続の一体が手斧を振りかざし、飛び掛って来た。

 

「ヒャド!」

 

詠唱は省略。が、呪文名は音として発した。使い慣れていない分、許可としての説得力が希薄と感じたからである。やむなし。

 

くびかり族の目の前、ゼロ距離で具現化するつらら。避ける事など叶うはずもなく、左眼に深々と氷結の一撃を喰らってそいつは転倒した。その身体を飛び越えつつ、手斧を拾う。前傾姿勢のまま勢いに乗って下から上へと振り抜く。迫る二体目の下あごを叩き割り、蹴り倒す。振り向きざまに隣の奴の顔面目掛けて手斧を打ち込むも残念、盾で弾かれた。四体目と五体目も急接近。視界の端にはよろいムカデの一団。あともう一歩でそいつらの数匹も射程内で巻き添え可能だ。一瞬だけ動作を緩めると、くびかり族の三体目の奴が甲高い声で叫んだ。

 

いやいや、蛮族の言語とかさっぱりわかりませんので。

 

何かを訴えながら手斧を水平に振る三体目。あたしはそれをヒラリとかわす。が、左肩をかすめた。魔道士のローブは魔法抵抗値の補正が主たる仕様で、物理攻撃への防御性能は気休め程度でしかない。純白のローブは裂け、血の筋が尾を引いた。

 

「痛ってぇな、おい!」

 

半転してそいつをギロリと睨む。

 

「乙女の柔肌を傷つけんなボケ! 嫁入り前だっつーの!」

 

もうここいら辺でいい。ベギラマを過重複に発動。同時にあたしは半歩後退。くびかり族とよろいムカデは揃って轟炎に炙られ、軒並み地面に十体ほどがバタバタと倒れ込んだ。あたしの前髪もチリチリと焦げたが、それどころではない。焼死体を乗り越える勢いで後続が迫る。まるでひるまない魔物ども。いい度胸である。一方であたしの気力も充分、魔力に至ってはあふれるほどの活性化を感じていた。まだまだ余裕で戦える。

 

ぞろり……と、新手のよろいムカデが一匹這い出て来て、あたしの眼の前で半身を起こす。威嚇か、馬鹿。再度ヒャドを試射。

 

「ヒャドヒャドヒャドヒャドヒャドヒャド!」

 

全身につららを槍ぶすまと打ち込まれ、ムカデは青緑色の血だか体液だかを大量に噴き出して息絶えた。

 

単体対象ならヒャドかとも考えたが、さすがに効率が悪い。ヒャダルコを習得していない自分が悪いのだけれど、そもそもヒャド系がやはり合わないようだ。率直に使いづらく感じる。得手不得手の把握はかなり重要ニャ……みたいな、ネコ師匠の有り難いお言葉もあったように思う。

 

やはりイオ系、イオナズンが欲しい。あの広範囲への高攻撃性能はとても魅力的で、ベギラマ・イオナズンの二軸の戦闘スタイルこそ自身にとっての至高、そう確信した。まだまだ遠い道のりではあるが。

 

とにかく、あれこれ含めてすべてムカデが悪い。お詫びに呪文の巻き物でも落とさないかと思ったが、そんな事はもちろんない。どくけし草すら落とさない。甲斐性なしのクソムカデである。

 

それでもその背後からゾロゾロと湧いて出て来る後続のよろいムカデ群。左手方向からはなだれのごとくに押し寄せて来るマンドリルたち。両方の群体をベギラマの射程内に収めるのは不可能である。

 

いや、もう絶体絶命なんですけど?

 

迷いは刹那、よろいムカデたちを視野に対象として固定、剛炎でなぎ倒す。次いで背後に迫るマンドリル群へ想定で範囲を設定、同規模の炎の塊を叩きつけた。背後にて燃え盛る過重ベギラマ。よろいムカデたちが秒で炭化したのを確認してから、あたしは振り返った。

 

炎の渦。もがくようにその中で踊るマンドリルたちの影。

 

よし、上出来……と、思いきや、火炎の幕を裂いて一匹が飛び出して来た。焼き切れていない。強引に分散したため、ベギラマの火力が不足していたようだ。

 

火ダルマと化しながらも、マンドリルは捨て身で右の拳を振るう。無防備なあたしの腹を直撃。身体が『く』の字に曲がったところへ、左腕の追撃。首がねじ切れるほどに、顔面を殴打された。

 

 

………。

 

 

……やっぱり、おなべのフタ借りてれば良かったなぁ……ははは、ごめんね、ウグイスちゃん……てか、か弱い婦女子に痛恨の一打とかマヂでやめてほしいわ……そういうのは筋肉プロテイン王子に振る舞えよと……つーか、いや、待て待て……あれ? 日常茶飯事スクワット王子に会ったのって何年前だ???……ちっちゃい頃、ムーンブルクの城へうどん王子と共に遊びに来たのはうっすらと覚えている。サマルトリアのブスな妹もいたような……でもそれ以来かれこれ十年以上は会ってないような……あの時からムキムキだったっけ?……どうにも記憶が曖昧で……妹がブスだったのは間違いないが…………

 

……と、どこか牧歌的な思考に支配されかかったところで現実に戻る。いかん。今の、走馬灯だ。ブスな妹どころではない。あたしは口から鼻からと派手に出血しながら宙を舞う真っ最中だった。まともな着地なんて余裕はもちろんなく、地面を点々と転がる。頭がぼうっとするが、意識は断ち切られていない。しかし呼吸が出来ない。苦しい。あばらを何本か持っていかれている。純白のローブが真っ赤に染まっていた。笑ってしまうほどに全部自前の血である。

 

力を振り絞って立ち上がりつつ、意識だけでベホイミを実行。

 

……しかし、発動の気配がなかった。申請が通らない。

 

平常心を保てていないから? 恐怖に飲み込まれそうだからか? 迷えば迷うほど動揺だけが上積みされる。

 

原因究明は後まわし、言葉としてのベホイミ詠唱を試みる。

 

「……っ……」

 

舌がまわらない。声が出ない。つむげない。駄目だ。落ち着け。マンドリルが走って来る。七匹か八匹か。もう猶予は無い。あって一秒か。腰のきんちゃく袋を開く。やくそうの個包装が指に触れる。その下に緊急用のキメラのつばさが有ったはず。指を奥へ。カチリ、と爪の先が金属質の何かに当たった。ゆびわ? 『え?』的に思考が足踏み。被せるように獣声。一匹が牙を剥いて突進して来た。いかん、間に合うか? 間に合え……

 

そんな焦燥まみれの願いが脆くも絶たれようとしたその時、周囲の色彩が白く飛んだ。

 

一瞬の無音。そして目の前に展開していたすべてが吹き飛んだ。爆音と共に。

 

範囲は広大で、接近していた百あまりの魔物を巻き込んでの大爆発である。しかし、あたしはそれを回避するギリギリの位置にあり、ほんの鼻先にて被害を免れていた。説明されるまでもない。イオナズンだ。攻撃範囲設定の精緻さなど神がかっている。熟練者の超絶技巧である。

 

「姫さまっ!」

 

あたしは脱力でズルズルと倒れかけたのだが、しっかりと後ろから抱きかかえられた。上からのぞき込んで来たのはムーンブルク大魔道士十傑のひとり、シラサギ先生である。四十代男性。既婚。これでイケメンだったらいけない恋に落ちたかも?……の劇的な登場だったが、外見のみ実に残念な先生で、ドロルみたいなナマズ顔が口を開いた。

 

「ご安心を!」

 

そしてあたしの全身を柔らかい光が優しく包む。先生のベホマ。損傷した筋肉繊維やら折れた骨やらが立ちどころに治癒、増血作用もぬかりなく、出血で失われた分はしっかりと補填された。なおかつ蓄積された全身の疲労が霧散、さすがに魔力は消費したままだが、それ以外は体力も気力も完全に回復した。

 

「あ……先生……」発声も戻った。

 

一瞬だけ安堵の表情を示すシラサギ先生。「あの後ウグイス書記官が血相を変えて走って来られまして、だいたいの事情はお察し致しました。しかし、けれども!」

 

わかってはいたけれど、次に待っていたのは叱責だった。

 

「いくら何でも無茶が過ぎますぞ! 術者が単身で敵陣に飛び込むなど言語道断! 無謀! 愚策! 増長も大概になされいぃ! わが娘なら張り倒しているところだ! ヤタガラス師の教えをお忘れか!」

 

……いや、覚えているケド実践できてないだけデス……とは到底言えなかった。先生にうながされ、自分の脚で立つ。

 

すると左右から人影が伸びて来て、たちまち前面にて整列。ずらりと並ぶ頼もしい騎士の背中。完全装備の五十騎ばかりが、あたしと先生を守るように壁となってくれたのだった。中央のひとりが鉄仮面の面当てを上にずらしながら振り返る。知った顔だった。騎士団セイロン大隊のアッサム小隊長。若手の中でも将来有望株だと小耳には挟んでいる。ただ、残念ながら見た目は有望ではなく、ドロルメイジみたいなナマズ顔が口を開いた。

 

「姫さまは無事ですか、シラサギさん!」

 

「ケガはありません! 大丈夫です!」と答えるシラサギ先生。いや、結構な大ケガだったんスけど……と思わなくもなかったが、あえてつつしんだ。

 

「ここはお任せします。頼みます!」アッサム小隊長に声を掛けながら、先生はあたしの右の手のひらを開かせ、何か冷たいものを置いた。

 

キラキラとした半透明の小さな玉。宝石のような美しさを放ってはいるが、どこか神秘的な印象が強く、思わず見入ってしまった。

 

先生の説明が続く。「いのちの石です。貴重品ゆえ、要人分しか確保出来ておりません。お持ちくだされ」

 

初めて見た。身代わりの石。これを配るという事は……あたしは目線を先生へと移す。さらに険しさを増した先生の顔があった。

 

「想像を絶する高位のザラキ使いが敵の中にいるようです。八千の騎士団からなる防衛線は、その一体によって崩壊させられました」

 

「えっ……」

 

「今やここが最前線、そやつが近くにいてもおかしくはありません。急ぎ城へ」

 

「駄目です! まだ街の中に逃げ遅れた市民がいます。みなを助けなければ……」

 

というあたしの抗議も、頭ごなしに却下された。

 

「聞き分けなされぃ! 押し問答が許される間などありませぬぞ!」

 

先生の言い分もわかる。が、引けない。あたしはムーンブルクの王女だ。エロばばあと鬼畜神父を絶対に救わねば……

 

 

 

…………ピキ…………

 

 

……と、小さな破砕音がしたのは、次の瞬間だった。

 

あたしのてのひらの上。

 

いのちの石に細かいひび割れが走り、それが見る見る全体にパキパキと行き渡る。

 

「あ……」

 

シラサギ先生も気づいたようで、二人同時に小さく叫んだ。

 

が、遅かった。

 

そして砕け散るいのちの石。同時、目の前の騎士たちの壁も崩れた。並べられたドミノの列さながらに、彼らがパタパタと倒れてゆく。

 

「え?……あ!」

 

再び叫ぶあたし。しかし、今度は自分ひとりだけの声だった。

 

片膝をつくシラサギ先生。

 

「姫さ……逃……」

 

そのまま先生は地面に倒れ込んだ。

 

「あぁぁ!」

 

抱き起こそうとするが、信じられないほどに先生の顔から血の気が抜けていて、もはやこと切れているのは明白だった。

 

うかつ。なぜ気付かなかった?

 

周辺への注意と観察、そこから導かれる洞察と、あたしは著しくすべてに欠けていた。油断していた。

 

先生のイオナズンで百あまりの魔物は四散した。しかし、百だけだ。後続はどうした? なぜ追撃が続かない? どうして進撃が止まっている?

 

布石はあったのに……

 

少し離れた位置で、魔物の軍勢は歩みを止めていた。なぜか。敵と味方が入り乱れるのを避けるため。即死の呪を騎士団だけに降りそそぐためだ。

 

あたしは奥歯を噛む。先生の言う通りだったのだ。

 

いる。すぐ側に。

 

そして何百という魔物たちの群を割り、大柄のサルが一匹ゆっくりと歩いて来た。毒々しい紫色の体毛に覆われ、背中には猛禽類のような翼を持っていた。ただのサルではない。当たり前だが。

 

顔付きはコウモリのようでもあり、大振りの耳にこれでもかとスライムピアスを何個もジャラジャラとぶら下げ、さらにインテリメガネをかけていた。ヒトのアクセサリを嫌味のように身に着け、下品な笑顔を振りまきつつ近づいて来る。左手にやかん、右手に湯のみを持ち、白濁した液体を手酌で注いで、サルはそれを一息に飲み干した。

 

「うまー! やっぱりマッコリはニンゲンがこさえた奴に限るわー。ワシらが仕込むとどうしても味に奥行きが出らんのよなぁ。なんでなん?」

 

ニヤけた面で、サルは倒れた騎士たちの手前で止まった。

 

人語を解すか。余計に腹が立つ。奴は充分にベギラマの射程内だった。

 

……ただ、迎えた展開は最低最悪と言えた。

 

このふざけたサルがザラキ使いだ。間違いない。そして恐るべき存在である事も疑いようがない。五十人の命を一瞬で摘み取っただけでも絶望ものの技量だが、あたしの五倍は有ったであろうシラサギ先生の魔法抵抗値を上回り、貫通してのけた事実。高レベルなんて生易しいものではない。九死に一生を得たあたしだったがそれも束の間、再び風前のともし火へと状況は堕していた。

 

トクトクと、やかんからもう一杯を注ぎながらサルはあたしをチラリと見た。

 

「そんな怖い目ぇでにらまんでもええがな、おねえちゃん。せっかくの可愛い子ちゃんが台無しやで。いやいやいや、お仲間の騎士さんたちなら蘇生したらええがな。ほら、すぐそこに教会ありますやん……ってボーボー燃えとるがな! ありゃりゃー! うちの手下、仕事はっや!」

 

ヘラヘラ笑ってから、湯のみへ口をつけるサル。喉仏を鳴らし、上唇をペロリとなめた。

 

「……で、おねえちゃんがムーンブルクの戦闘皇女、トンヌラーヌ姫さんでっしゃろ? 隠しても無駄やで。しっかしまぁ、あんたも大概やな、ベギラマの多重掛けとか、ビーストモードやん、アレ」

 

……びいすとも……? え? なに?……と、言葉にこそしなかったが、腑に落ちないという表情になってしまったのだろう、サルにはしっかりと見透かされてしまった。

 

「いや、知らんでやっとったんかい! ロトの血筋、こっわっ!」と、おびえたふりをして見せてから、サルは結局やかんをラッパ飲みし、そのままポイッと後方へ放り投げた。

 

「……ほんま、オモロイなぁ、お姫ちゃん。バッチグー(※死語)やで。アト坊とベリアルにいさんにも会わせたいくらいや。よっしゃ、気に入ったで。どや? ワシのナオン(※死語)にならへんか? ナウい(※死語)まほうのビキニ着せたるさかいに」

 

……アトボーとベリアルニーサン……ニーサンは、にいさん……格上って事か……

 

どうやらウスラハゲのハーゴン以下、このサル以外にも幹部連中が何匹かいるようだ。

 

「……しゃらくせぇわ……」

 

思わず小声でつぶやく。と、サルが「ん? なんや?」的に興味津々とこちらをうかがって来たので、あたしは堂々と腕組みをして見せた。

 

シラサギ先生とアッサム小隊長、大勢の騎士たち。命を投げ出してあたしを救おうとしてくれた彼らの覚悟と犠牲。それに背く選択なのかもしれない。

 

しかしだ。

 

ここまで見下されて侮辱されてコケにされて仲間を殺されてあざ笑われて、黙っていられるものか。今日一番の大声で、あたしは叫んだ。

 

「お断りだ、サル。掛かってこいよ、サル。遊んでやる。あたしのベギラマでお前のケツをさらに真っ赤にしてやる!」

 

「ほぅ……」と、どこか感心したようにサルはうなづき、インテリメガネのツルをクイッと直した。

 

「威勢がええのは結構な事やけど、言葉づかいには気ぃつけんとな、お姫ちゃん。言うてワシ……」

 

そして、左手の湯のみをサルは地面へと叩きつけた。

 

 

 

「悪霊の神やで」

 

 

 

 

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