ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
ムーンペタの町は、ムーンブルク大陸北部に位置する王国一の都市だ。街並みはその名に恥じぬ賑やかさを見せ、行きかう人々は活気に満ちていた。
ローラの門が近いのに王国の玄関口と称されないのは、世界にその名を轟かす港町ルプガナがあるせいだろう。あれだけ船が行き交う町を差し置いて玄関口と呼べるはずがないわけだ。
町の真ん中を突っ切る通りを歩く。と突然、見知らぬ女性に声をかけられた。
「こんなところで会えるなんて夢のようですわ!」
傍らのハト吉が「モリ夫の女?」と言いたげだったので、無言で手の平を振り全力で否定して見せた。
どちら様ですかと聞こうとしたが、それきり女性は疾風の如くどこかへ行ってしまった。これだけ賑わいを見せる町ならば色々な人がいる。大方、ローレシアの王子としての顔を知っていたのだろうが、そのままどこかへ消えなくてもいいのに。
ゴーストかマネマネに化かされた心地のまま、通りの人の波を横目に路地へ入る。すると程なく目指す宿屋が姿を現した。
まずは休息だ。
武器屋を覗いたり町を散策するのはまた明日にしよう、ハト吉も二つ返事で了承してくれた。
チェックインをしていると旅の行商だろうか、酷く疲れた様子で主人に話しかけていた。
「盗賊団が大人しくなったって言ってもねぇ、お城があれじゃあダメだ。魔物がうじゃうじゃいやがる」
「まさか町にも来やしないだろうね」
「主力の軍勢は一旦引いたらしいが、いつここもやられるかわかったもんじゃないよ」
「ひゃあ……」
ムーンブルクが陥落。そう捉えて相違ない会話が続いていた。王家は一族郎党皆殺しで、城の兵士たちもみんなやられてしまった、城には近付かない方がいい、そんな不穏な言葉ばかりが出てきていた。
「キンダタたちが守ってくれないかね。盗賊とはいえ改心したようで町の掃除を熱心にやってくれて宿の看板まで拭いてくれるんだ」
「腕っぷしは悪くないけどねぇ。だいたいあんなにブイブイ言わせてた連中に何があったんだい?」
「ムーンブルク襲撃の翌日からだね。噂では親分が犬に噛まれたって」
「犬にやられて自信なくしたのか」
「わからんけどなぁ……いずれにしろムーンペタも呑気にしてられないね」
ムーンブルクやばいみたいですね、ハト吉が囁きかけてきたが、俺は頷くだけに留めた。
キンダタとやらも気にはなったが、目下の問題はムーンブルクの城だ。
ただ、今更焦ったところで何も変わらない。ムーンブルクは滅んでしまった、その事実はどうにも覆ることはなさそうなのだから。
それでも唯一の懸念点を上げるならば、城に蔓延る魔物は現地へ行って直接この目で見なければわからないということだ。つまり。
「どんな強敵がいるかわからない」
さすがにハーゴン自身は残っていないだろうが、もしかしたらそれに近い魔物が鎮座していてもおかしくはない。
ならば。
まずはしっかりと睡眠を取ることだ。休息は何事にも優先されるべき準備。体が万全になれば明日は装備を整える。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、ハト吉は「ポーカーしましょう」とトランプを出してきた。こめかみがピキピキと音を立てた気がしたが、彼ともども無視した。おいちょ株でも一休さんでもいいですよ、あートランプが嫌ならUNOもあります! としつこく食い下がってきたので「遊びに来てるんじゃないんだ」と遮って毛布に潜り込んだ。
頭の後ろで、ロレ山つまんねー筋肉モリ夫の陰キャ王子、と軽く罵る声が聞こえたが唇を強く噛みしめて無視。いちいち構っていたら朝まで寝られん。明日起きてから制裁を加えればいいと決め、固く目を閉じた。
夢を見た。
一人の少女がいた。見れば俺自身もまだ少年だった。
幼少期の思い出を遡っているのかもしれないが、誰なのか思い出せない。
父がいる。母がいる。そして場所はローレシア城。
小さい頃に出会った誰かなのかもしれないが、全くわからなかった。
ふと少女の口が動いた。
「……すけて、まち……れにいる、イヌ……」
そこで目が覚めた。
窓から差し込む朝の光が眩しい。目を細めながら外を見れば空は雲一つない青空だった。部屋の反対側で寝ているハト吉は毛布を蹴飛ばした格好で大の字になっていた。寝相が非常に悪い、その一言で状況説明は事足りる。
俺は寝過ごし王子を文字通りに叩き起こし、動き始めたばかりの町へと出た。
「モリ夫ぉ……寝起きにせいけん突きはキツイですよ。なんでそんな起こし方するんでスか」
ハト吉がまだ寝ぼけ顔で情けない声で訴えてきたので、俺は手のひらを胸に当て一言だけ言った。「己に問え」。
納得いかない面持ちだった。
お前の呑気さとやる気の低さにはそれくらいでちょうどいいと思いつつ、あれだけの戦闘スキルがあってもさすがに寝込みを襲われたらかわせないんだと妙に感心した。
武器屋に立ち寄り、てつの槍やはがねのつるぎ等で装備を強化しておく。ただ、これだけの町の割に品揃えはイマイチだった。
「そりゃあ、お城があんな状況になっちゃあね。商人たちもここまで足を運びませんて。ただでさえ砂漠越えしなきゃいけないのにさ」
そう店主は愚痴をこぼした。
強力な武器は海の向こうから入ってくる。だから港町ルプガナから大陸を横断してだだっ広い砂漠を超えてこなくてはいけない。一介の商人には決して楽な旅路ではないということだ。
ムーンブルク大陸のど真ん中にある砂漠地帯は、その昔、水と緑の豊かな大地だったと言われている。
だが、ある日、邪な考えを持った大魔法使いが邪神の力を使い、水を吸い尽くす魔法具を作り上げた。しかしその力の強大さゆえに大地そのものを干からびさせてしまい、気候をも変動させてしまった。結果、肥沃な大地はあっという間に砂漠と化してしまったのだ。
哀れに思った竜神様が元凶である魔法具を持ち去って北へ飛び立ち、更に強力な魔法のつぼに封印し、洞窟奥深くに隠した。
そうして、かわきのつぼが生まれたのだ……とはムーンペタへ来るまでに馬車でお婆さんに聞かされた話だ。真偽のほどは定かではない。
現状できうるだけの最強装備を整え、念のために道具屋でやくそうとどくけし草を調達、万全の態勢を取った。
途中にローレシア大陸にはなかったふくびき所があったが、あいにくふくびき券が一枚もなく、冷たくあしらわれる羽目になった。世間の風は異様なほどに冷ややかだ。
道中でふくびき券を手に入れたら是非とも紋章スロットを回したいし、横で冷めた目をしていたハト吉にも回させてやりたい。
町の北へ。中央通りのような活気は失われ、厳かな雰囲気の中に教会が佇むだけだった。いまムーンブルク城へ赴くのは敵城へ乗り込むのと同義だ。神頼みというわけでもないが、教会へ行ってお祈りをして行くことになった。厳かな雰囲気の中、神父の前で目をつむり神に祈りを捧げる。どうか無事に旅を終えることが出来ますように。そして、ムーンブルクに生き残っている人がいますように。
教会を出る。
日差しが体を突く。
精神が洗われ、心なしか筋肉までもが健やかになった気分だった。
よし行くぞ、と歩を進めた時だった。
「ワンワワン!」
犬がいた。
小柄で毛並みの揃った犬だった。人に慣れている様子からどこかで飼われていた犬が逃げ出したようにも思われた。
尻尾を大げさに振りつつ舌を出し、荒げる呼吸とともに「ハァッハァッ」と声が漏れる様はこの上なく愛らしく、思わず、
「かわいい」
と声に出してしまっていた。
自然と屈んで手が伸びる。じりじりとにじり寄る。
これは抱き上げなくてはいけない。抱き上げるべきだ。抱き上げろ。性急に使命感が沸き上がった。
表情を一変させ、後ずさる犬。
犬というより豚のような短い足で少しずつ下がっていく。その短さがまたたまらず可愛らしさを増長させていく。そして、どうにもその足が臭そうに感じるのは気のせいではないかもしれない。嗅ぎたい、という衝動に駆られているからだ。心の奥底から突き上げてくる感触。これは本能だ。
ハト吉が「どうしたんだ、モリ夫」と聞いてきたので、俺はキッと振り返りこう言った。
「俺は犬が好きだ!」
そうだ。特にこう足が短くて臭そうで、アダ名がぶた子とでも付けられそうな犬が大好きだ。
故に今すぐにでも抱き上げなくてはいけないのだ。それこそマスト!
ついに逃げ出す犬を、俺は脚力で追いすがる。脚の筋肉はこの時のためにあったのだ。
か弱い犬に競走で負けているようではローレシアの王子は務まらん!
右手を伸ばし強引につかむ。
ツカマエタ。
ふっくら毛並みをなでる感触を思い浮かべて笑みが漏れる。早く早く早く抱き寄せたい。
引き寄せ左手を添えようとしたその時だった。突然両手を包むように風が巻き起こり、鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
たまらず手を離したその隙に犬は離脱、呆気にとられている間に猛然とダッシュして逃げ去ってしまった。
ひりひりと痛む手をさすりながら、犬が去っていった教会の角を見つめていた。
嚙まれたのかとハト吉は聞いてきたが、俺はいや違うと返した。
それもそうだ。鋭く切り裂く風。紛れもないアレは。
「あの犬、バギを唱えたぞ。何なんだあいつ」