ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
木陰から、両手を広げ腰を落として犬に対峙する背中を見ている。
なんか足が臭そう最高とかぶつぶつ言って興奮してるし、まず怖いよそのポーズ。
僕はあの犬には関わらないスタンス。いやタスケテみたいな目で見てくるなよ犬のくせに。まあ、可愛いけど。
犬のいない方へモリ夫を誘導してせっかく今まで撒いてきたのに、なんでついてくるかな。
とりあえず今関わっても何もしてあげられないしね。時間の無駄。……次会う時のためにジャーキーくらい買ってあげとこうかな……。
なんて考えてたら、魔力が発動する気配がして、犬と追いかけっこしていたモリ夫が手を抑えて戻ってきた。
「噛まれたんですか?」
いや、とモリ夫が首を振る。
「あの犬、バギを唱えた。一体なんだアイツ」
呪文で攻撃してきたんだ? 面白いな。
思わず緩む口元を右手で隠して、モリ夫を促した。
「犬にかまっている暇はないでしょう。城の様子、見に行こうよ」
とりあえず、それくらいの傷ならホイミはいらないでしょ体力バカなんだから。
ムーンブルクは、静かだった。遠くからでも所々で火種が残っているのが見える。曇り空が晴れないせいもあるかもしれないけど、およそ死のイメージが、空気を暗く陰鬱にしていた。
周囲が毒の沼地に呑まれている。あれ、気持ち悪いんだよね。ドロドロネバネバしてて歩きにくくて、臭いし。体力奪われるってのもあるけど、精神的にもダメージを受けるよね。
僕は自分にだけトラマナを唱える。モリ夫は「うおぉぉぉぉ!!!!」と気合い入れて先に走って行っちゃったし。あの人鈍そうだし、歩きにくいのもトレーニングとか言いそうだし、あんまりダメージ喰らわないかもしれないな。
ただ……静かすぎて気になる。敵の軍勢が一度引いたところなのか。後始末程度の魔物のいる気配はあれど、落とした城をそのまま放置するのかな。
敵方の意図がわからず、城下町に踏み入るのを躊躇する。いや、ここはとりあえず入るべきだろう。自分の目で確かめるのが一番だ。
モリ夫は町の入り口で待っていた。
「大丈夫でしたか、毒の沼地」
「あんなものはトレーニングと思えばなんでもないぞ!」
あ、そうですか、期待通りの反応をどうも。爽やか笑顔をスルーする。まったく暑苦しい。
町に踏み入る。城が落とされて数日が経つ。覚悟していたものの、死臭は、しない。代わりに焦げた……いやに香ばしい匂いが、微かにした。
一面は焼け野原だった。
かつて民家や店があった形跡は瓦礫で推察できる。
けれども木は根元だけかろうじて残り、草は残っていない。所々に燃えかすが残る。人か魔物だか知らないけど、焼かれたものの影だろうか。あちこちに今も、燃料もないのに小さな火が焚っている。
すべてを骨すら残さず呪文で燃やし尽くしたのか。片付ける手間は省けていいよね。
大して心が動かない僕に反して、モリ夫は絶句していた。歩を進めるごとに次第に怒りを顔に滲ませ、音がするくらい歯ぎしりをした。拳は強く握られている。それでも、何も言わない。
僕たちは無言で歩く。やがて近づいた城門を通り過ぎ、開け放たれたままの城の扉をくぐろうとした時だった。
後ろから何者かが猛スピードでくる気配。モリ夫はまだ気がついていないようだ。先に進んで行く。僕は立ち止まり、剣の柄に手を添え、いつでも抜けるようにして背後を窺う。
人影が近づく。あれは。
剣から手を離し、代わりに額を抑えた。
「お兄ィーーー!!」
ときおりジャンプして笑顔で手を振りながら、妹が軽やかに駆け寄ってくる。
「来ちゃった♡」
来ちゃったじゃないよまったく、イレギュラーにも程がある。
「帰ろう、ルーラで送りますから」
「えっやだよせっかく来たのにお兄のいじわる!」
サーシャはひらりと僕の手を躱し、舌を出して見せた。
「危ないから」
行く時ちゃんと釘を刺したのに。巻き込みたくないんだよ。
「ウチここ来るまでにけっこうレベル上がったよ! 大丈夫」
くさりがまを振り回して胸を張るサシ美にため息しか出ない。
「大丈夫じゃなくて……」
押し問答を続けていると、先に進んでいたモリ夫が戻ってきて僕の隣に並ぶ。僕と妹の顔を交互に見てかしこまって言った。
「あっ、ハト吉の奥様……?」
そんなわけあるかい。思わず顔面に裏拳。モリ夫が呻く。手加減はしてあげたんだから、感謝してよね。
「モリ夫、妹ですよ。君も会ったでしょう」
「……妹君はこんなメラッメラギラッギラしてなかった」
モリ夫が鼻を抑えて言う。
あーそうか、外交用のサシ美しか見た事なかったのか。説明すべきかな。思っているとサシ美が叫ぶ。
「ヤッバ、モリモリ! 鼻血! 鼻血出てるから!!」
ハンカチを取り出し、モリ夫の鼻にあてた。おい、近い、離れろ。
サシ美の登場で、怒りのみに凝り固まっていたモリ夫の肩の力が抜けた気はする。
僕たちは城門の横にある大きな木の下に身をひそめ、ひとまず話をすることにした。
「サーシャは帰りなさい」
「やだよ! お兄と一緒にいたいから来たんだよ、ウチも戦える。ね、いいよねモリモリ」
兄妹の意見はいまだ平行線だ。話を振られたモリ夫が口を開く。
「戦力が多いことに問題はないんじゃないか、いざとなったら俺が守るし」
「ウチは別に守られなくても平気だよ?」
だよな、とモリ夫がサシ美の頭を撫でる。致命傷与えて教会の世話にならせてやりたい。
「妹君もロトの子孫だろう」
真顔で見られると、返答に困る。ほんと君のそういうとこ、大っ嫌いだよ。
「サシ美でいいよー。よろしくね、モリモリ」
「ああ、よろしくな、サシ美」
ふたりがガッチリ握手を交わす。
「……足手まといならすぐ城に送り返しますからね」
めんどくさいのがふたりに増えた……ひとまず僕は、諦めた。
魔物が闊歩しているかと警戒もしたけれども、城の中も町とそう変わらなかった。
エントランスに踏み入ると、あちらこちらに明滅する人影が目に入る。
強い意志が遺した無念、それが具現化していた。
話しかけると「猿……」「……サルが」「つよいサル」「サルサルーサ」猿しか言わない。最後に至っては意味もわからない。そんな強い意志を遺して伝えたい言葉がサルかよ。
放っておいて王の間へと向かうと、数匹の魔物が集まってキィキィと鳴いていた。扉の影へと身を隠す。
なんだろう。会話をしているのだろうか。
と、サシ美がふむふむと頷いている。魔物たちはひとしきりキィキィ鳴いたあと、解散した。
「あのね、」
サシ美が話し始める。
「なんかー、ベリアル様? が、キレイだからって城の戦利品とかを持ってっちゃったんだって」
「魔物の言葉がわかるのか」
モリ夫が驚く。そうだった、妹は昔から、動物や魔物の言葉を理解できた。
「うん、サマルトリアは森に囲まれた土地だし、王家の誰かがエルフと縁があったのかもねってママが言ってた」
「なるほどな」
モリ夫が頷く。
僕にはまったくそんな能力ないけどね。それはそれとして。
「そんでー、パズズ様? が城を滅ぼしたのに、ベリアル様? が持ってったから、けんりょくとうそうに巻き込まれたくなくて逃げるんだって。けんりょくとうそうって何だろ?」
「身内での争い……だね」
僕は考える。
「戦利品とはなんでしょうね」
「ペンダントって言ってたよ」
ああ、思い当たる。旅立ちの前、父から託されたペンダント。
「モリ夫も持ってますか?」
首元から持ち上げて見せると、モリ夫も同じように鎖を掲げる。
王家の後継者に受け継がれる、それぞれの王家の紋章が刻まれた涙型のシンプルな首飾り。
ひとまず、ムーンブルク城の静けさの理由はわかった。サシ美がいて、良かったのかもしれない。
「えー! ずるい! ウチもお揃いしたい!!」
そういう問題じゃないんだよ、サシ美。