ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
【おことわり】
この章は既出の章に比べ、それなりに文字量が多めの構成となっております。あらかじめご了承ください。
※
……よいですかな、トンヌラーヌさま……
……魔道とは、術の選択から発動まで、そのすべてが術者の精神状態に左右されるものなのですニャ。同じホイミであっても骨折を治す場合もあれば、かすり傷すら満足に修復できない場合もあります。弱かったり強かったり、実にゆらゆらと揺らぐものなのです。しかしです。唐突に呪文の射程が延びたり範囲が不自然に拡がったりする場合がありますが、それは決して上ブレでも上達したからでもありません。むしろその真逆、情緒が不安定ゆえの悪しき副作用なのですニャ。
『この攻撃魔法があの敵に届いてほしい』、『この回復魔法が味方を救ってほしい、間に合ってほしい』、そのような焦燥や願望が膨張した結果、一時的に実力を越えて拡張しているだけなのです。万が一そのような感覚にとらわれたのなら、冷静さを欠いている何よりの証拠。最悪、正気を失いかけているのですニャ。短気は死期。術者ならば、どのような状況であろうと決して動揺してはなりません。決して取り乱してはなりません。
決して……
怒りに呑まれてはなりません……
……ニャ……
※
各所で白煙が立ち昇っている城下町。炎に炙られ壁や屋根は
率いるサルが故意に落とした湯のみが割れる。はかない音は結構はっきりとあたしの耳に届いた。やや離れた場所に控える何百匹という魔物たちはみな押し黙り、うめき声すら漏らしていない。サルへの絶対の忠誠。徹底された統率。自身を『悪霊の神』だと言うサル。
なるほど。あながちウソではないのかも。
ただ、それでもあたしのやる事に変わりはない。覚悟はとっくに決まっている。それを言葉としあえて伝えた。
「ムーンブルク魔導王国王女、トンヌラーヌ・サマルテ・ムーンブルクです。お前の事はハーゴンのハゲ並みに嫌いだからこのあと秒で殺す。でも名乗りなさい、エテ公。一生覚えておいてやる」
サルは無表情。先刻までの下卑た笑顔をどこかにか忘れてきたような、凛と座った目で見つめ返してきた。
「最初はなぁ、あんたの事ただのアホの子やと思うてたんや。そりゃそやろ。ひとりで魔物ん中突っ込んで来るねえちゃんなんて、なかなかおらんで。でもまさかまさかの獅子奮迅の大暴れ。こりゃひょっとしたらひょっとするでぇ思うて、ワシちょっと期待したんよ。そしたらあのかわいそうなイオナズン使いと騎士たちがゾロゾロ助けに来て、あぁ、棚からぼた餅ボッタボタやと。探しとったアバズレ姫やんけと」
「誰がアバズレだ」
「一生ワシの名をその胸に刻んでくれるんか……名誉な事やで。でもその前に、もちょっとお話しよか」
するか。
返事のかわりに無詠唱のベギラマ。サルの紫色の体毛が全身で燃えるも、炎は力無くハラハラと散って消えた。ま、それはそうだろう。神格をうそぶく奴の魔法抵抗値はケタハズレなはずで、単発のベギラマならば必然こうなる。想定内。
「……なんや、ただのベギラマかいな。おもんな……でも射程はさっきよりも伸びとるな」
サルは思い出したようにニンマリと笑った。「ええ傾向や」
続いて空咳をひとつ。「なぁ、お姫ちゃん、魔導王国王女のあんたに取って魔法って何や? どない思っとるん?」
「……なに言ってんの?」
意図が図れない。何かの陽動か。無意味なはずはない。良からぬ企みが潜んでいるはず。名乗らないのも腹が立つが、それも故意だ。周囲に神経を張る。頭も回す。些細な違和感も見落とせない。全力で焼くか?……いや、まだだ。
サルは動かない。充分にベギラマの射程範囲内。あたしの間合いだ。普段より長く感じるが、構わない。どうやらサルには的確に捉えられているようだが、いい。必ず焼いてやる。
ベギラマの塊を浴びせる好機を逃してはならない。奴の隙を確実に突かねば。まだだ。
サルが続ける。「とても便利で楽チンで、容易に結果を得られる意識と言の葉の計算式。そんなトコかいな。どや?」
知るかと、あたしは無言。
するとサルはスッと右腕を持ち上げた。こちらの足許を指差し、つぶやく。
「セヤロンテ」
「!」
まさかの呪文。しかも、なんだ、その聞いた事のない呪文名は?
あたしはとっさに身構えるも、そのままあっさりと数秒経過。何も起こらない。変な間だけが浮き彫りとなる。
と、『ポワン』的にあたしの足許が薄ぼんやりと光る。視線を下に向ければ、硬貨が一枚落ちていた。一ゴールド。
「え……」
「パルプンテの初心者向け簡易省略低性能版、セヤロンテや。効果は【日常的な微笑ましいキセキ】。なかなかステキやろ?」
あたしは拍子抜けである。「……はぁ?」
「戦闘にはまったく向かん。でも、これぞ魔法、これぞ呪文や。そうは思わんか。効果として誰かをほんのちょっと幸せにする。術者をほんのちょっと満足させる。ワシとしては一番すきな呪文やけどなぁ」
やはり陽動だ。あたしの注意をこちらへ向けている。警戒心を細分化しようとしている。姑息なサルめ。
「消費魔力もかなり押さえられた親切設計の上、安価でコピーも容易。たちまちパチモンの
耳にぶら下がる複数のスライムピアスをジャラジャラと揺らし、うなづくサル。余裕が透けて見える。警戒が薄い……叩くならここか?……いや、誘われている、罠だ。今じゃない……葛藤を余儀なくされている段階で充分にサルの手中なのだと気付くが、それでも動揺は晴れない。
ただ、不可解なのはサルもまた仕掛けてこないのである。無駄話が続く。
「多くのヒトに支持されている魔法がある。みんなが欲しがって、みんなに愛されとる魔法。ルーラは便利やん。みんながつこうとる。魔法の本質、呪文の意義は穏やかな日常にある。そうは思わんか? ホイミ系はわかる。ザオリクは自然死への冒涜的な反対論が一部に根強いけど、仮死に対する蘇生的な意味合いなら全然ありやがな。ニンゲンもそやろ? 問題は各種攻撃系の呪文や。いるか? ほんまに? 相手を傷つける前提の呪文やで? お姫ちゃんのベギラマもや」
ぐっ……と、あたしは奥歯を噛む。問い掛けそのものが卑怯だ。
「どの口が言う。ザラキを無差別に振るうお前が、何を偉そうに」
「呪文のチョイスは得手不得手と趣味嗜好やがな。ワシかてほんまはギガデイン欲しいわ。カミナリどっかーんって最高にイケてるやんけ。でけへんけどな。ま、それは置いといて、ほんまに落雷を操らなアカンかって話や。なんでなん?」
「そっちが攻撃してくるからでしょ!」
「そうやな。つまりお姫ちゃんは最初から平和的な話し合いでの解決は望んでいないっちゅう事や」
論点のすり替えだ。つくづくさかしいサルである。加えて愚弄まで加味して来る。
「詭弁だ! 見下すな、サル!」
「魔物の振り見て我が振り直せや、お姫ちゃん。強がれば強がるほど、あんたの悪意が際立つだけやけどなぁ」と、サルは小首をひねって見せた。
……焼くか? もう焼くか?……すっぽりと奴を飲み込むほどに範囲が拡がっていて、間違いなく焼ける。ベギラマを過重複。練りに練って、さらに重ねて、特大の大渦とした炎を叩きつけてやれば……血と泥で汚れた魔道士のローブの下、あたしはジワリと全身で発汗していた。サルを凝視。目が合う。濁った瞳のその奥に、潜んでいるだろう感情の機微はさっぱりわからない。しょせんは魔物とヒトである。相互理解など夢物語にすぎない。
すると次の瞬間、何とサルが上空へと吸い込まれるように消えたのである。
「え!」と戸惑うも、ルーラだと気付く。いや、何の意味が……的な疑問がにじみかけたところへ、ストンと元の位置に戻った。ルーラでの往来。謎の行動でしかないが、その答えをサルは手にしていた。
「ミンクのコートや。似合うで。血と汗と泥でそのおべべあんまりやん。着替えりぃ。靴下も変えや。女の子が足臭くしたらアカンて。ほんでな、デルコンダルに美味い串かつを食わせる店があってな、今から行かへんか。このいくさは詰んどる。あとは部下どもに任せとってええやろ。お姫ちゃんとわしでちょっと、ムーンブルクの未来について語ろうや」
行動の次は謎の発言。やはり魔物だ。理解がまるで追い付かない。
「……ムーンブルクの……未来?」
「あんたのおとん、現国王には死んでもらうしかないが、お姫ちゃんは生き延びられる。新生ムーンブルクの国家元首としてな。ロンダルキアの属国になり、サマルトリア攻略の要衝として城は駐屯地化するが、国としての体裁は保てる。騎士団も魔導士団も人事刷新後に再編成となるけど、それでかなりの人数が助かる。死なんでもええんや。もちろん一般の国民もやで。今まで通りの生活を約束する。ちょっと街中に魔物がウロウロするけどな、直に慣れるて。ドラキーとか可愛い思うやろ? その延長やがな。な? ハーゴンはんが創ろうとしてるんはそういう日常や。ベギラマもイオナズンも必要ない、ホイミとかセヤロンテのみの、魔物とニンゲンが助け合い共に生きていこうとする新世界。素敵やろ? な?」
……嘘つけ。
今さら共存など出来る訳がない。ハゲ散らかしたハーゴンのハゲが、そんな崇高な理想など抱くものか。心にも無い言葉をいけしゃあしゃあとよく並べられるものだ……いや、魔物にはココロが無いから、だからこそか。
疑心暗鬼しかないあたしの許へ、サルはすたすたと歩いて来た。目の前で止まり、ミンクのコートを差し出す。
それをじっと眺める。
……そうそう……半年くらい前、訪れた旅の行商人が広げた商品の中にもミンクのコートがあって、ヘタレシスターとウグイスちゃんと三人でキャーキャー騒いだっけ……
……懐かしいなぁ……
……もう……あの日常には戻れない……のかな……
…………。
ゆっくりと片腕を伸ばし、コートに触れる。想像通りに滑らかなで心地のよい手触り。疑いようのない上質さ。
それが余計にあたしの感情を逆なでしてくれた。
「……じゃなくてさ!」
奥歯に力が入る。再び口の中に満ちる血の味。そしてベギラマ。
サルが持った状態のままに、ミンクのコートはあっという間に炎に包まれた。チリチリと火の粉が舞う。
さすがにサルが「あちち」と地面へ放った。端から灰になってゆく様を、あたしはただ見つめていた。
「……六万五千ゴールドなんやけどなぁ……串かつ何本食えたやろか……」
やれやれ……と、吐息をひとつこぼすサル。
「交渉決裂ならしゃーない。だったらもう死んでもらうしかないけど、ええか?」
失笑。初めて意見があった。あたしは目線をサルへと戻す。
……言ったよね、秒で殺すって……
もう言葉にはしない。でもそういう意思だけはあっさりと、しっかりと通じる皮肉。サルは小さく「……さよか」とつぶやいた。
※
微かに空気が震えたのはその時だった。
「おっ!」
サルもピクリと反応、斜め上を見上げる。この感覚には覚えがある。
ルーラ。誰かもしくは誰かたちがここに飛んで来る。その空気の流れが肌に触れているのだ。と、あたしとサルの背後、そこそこの近距離に着地する者たちがいた。
高位魔導士が五人。みな指導者クラスの熟練ばかりだ。しかし騎士の護衛は無し。ザラキが待っているとわかった上での強襲に出た決死隊。ルーラの座標指定は『あたし』か。
「駄目ぇぇぇ!」
反射的に叫ぶしかなかった。もちろん耳は貸してもらえない。
サルがあたしの前に出る。大柄の背中が視界をふさぐ。なに? かばわれてる? どういう判断?……的なあたしの迷いを置き去りにして、先生たちが先手を取った。
彼らを囲む空間がグニャリと歪み、落雷のごとき発光に包まれた刹那、なんとその場に紫色のサルが五体、姿を現した。大柄の背格好。背面の翼。スライムピアスにインテリネガネ。見た目のすべてががまったく同じだった。
「な!」
あたしは息を呑む。モシャス。先生たちが自身の体を使ってサルをコピーした。
モシャスは変身の呪文……という認識は誤りだとネコ師匠は教えてくれた。正しくは高密度で実装された物質的な模倣。対象者と術者の体型が極端に異なる場合、その質量的な変異の維持にも魔力を常に消費するという。術者の貧弱な筋肉で対象者の特技を振るう。それを可能にするのがモシャスの醍醐味なのだが、非力な術者がギガスラッシュを放って無事で済む訳がない。継続中に魔力が尽きた場合、解除後に待つのは筋肉の断裂と各種神経の損傷、骨折、最悪の場合、死である。だから習得していても好んで使用する者は少数で、リスク管理の判断から実戦でもなかなかお目にかかれないらしい。魔物も同様らしく、マネマネはあまりにも有名だが、彼ら以外にはさほど顕著ではない。『いずれ廃れて消える呪文ニャ』と、ネコ師匠も絶滅危惧呪に数えていた。それほど使いどころに慎重さを求められる難儀な呪文だという事だ。
そんなリスクを冒し、先生たちはあえての強攻策に出た。
五体のコピーサルは突き出した両の腕と目線を正面からずらす。あたしを巻き込まない配慮か。
背後に控える数百の魔物群。余裕の範囲指定の後、無詠唱ゆえわかりはしないが意趣返しのザラキ一択だ。数千の同胞を
……が、コピー先生たちの動きは固まった。
「!」
五人全員が衝撃に打ちのめされた表情。
「掛かった! メダパニ隊、前へ!」
サルの号令と共に、背後の魔物の軍勢に動く気配。振り返れば、飛び出してくる複数の影。
くすんだピンク色の肌をした二頭身、しかし首が無く腹部に顔面を持つという、なんとも醜悪な外観の連中である。きめんどうじ。それがざっと三十体ほどズラリと整列した。
「仕事や。お姫ちゃんは外せよ!」
サルの指示を受け、きめんどうじ達は手にした杖を振るった。
メダパニの乱れ打ちって事か。しかし、神がかったサルの魔法抵抗値をコピーしている先生たちには、いくら三十連発とはいえぬかに釘なのでは……
が、あたしの願いは紙のように破れる。
轟いたのは爆裂音だった。それが続く。五回。
次々と粉々に砕け散る五体の紫サル。
「あぁ!」
周囲を覆う赤い霧。パラパラと振り落ちる細かな破片。爆散。先生たちは無駄に命を散らせてしまった。
オリジナルのサルが鼻唄まじりでくるりと振り返る。
「ザラキにも三回くらいは耐えたようやな。つまり、いのちの石を最低でも十五個消費や。もっと持たしとったかもしれんしなぁ。勝負かけて来おったわ。大盤振る舞いやん。さてさて、残りは何個やろなぁ〜」
「……どういう……こと……」
恥ずかしくもサルに説明を求めてしまった。震える声で。ただ、あまりにも目の前が惨状すぎる。理解したいという欲求は必然だと感じていた。
「見たまんまやん。メダパニ喰らってメガザルで自爆しましたや」
後頭部をポリポリ掻きながら、サルはそう答えた。
……五人全員が一斉にメダパニにかかり、五人全員が同時にメガザルを選択したと?……どれだけの偶然が重なったらそうなるのだ?……
……『掛かった』って言ったよなぁ、お前……
しかし、ここであたしは光明を得る。
そうだ、メガザルなら!
背後、魔物群側へと振り返る。倒れている五十人の騎士たち……に、まだ動きはなかった。メガザルは自己犠牲の反面、僧侶や賢者など神職に携わっていても、その絶大な効果ゆえ成就率は一割を切るという。完全なる蘇生ザオリク。可能性の蘇生ザオラル。そして奇跡の蘇生ザオ。どれでもいい、何か引っかかれ。間に合え。ひとりでも救って……
……と、倒れていたひとりの騎士が半身を起こした。
「がはッ!」
アッサム小隊長。良かった。先生たちは無駄死にになってない。はからずも救えた命があったのだ。
「よ 」
良かったとつぶやく前に、小隊長は再びバタリとその場に崩れ落ちた。
「しっつけぇわ、ボケ。大人しゅう死んどけ」
背中越しに聞こえるサルの声……ザラキ……ザキか……とにかくどちらかを使用された。そういう事だろう。もう確認する気もおきない。サルの顔も見たくない。
でも、結局は見るしかなかった。言わずにはおれなかった。
「……絶対無理。あんたたちと共存なんて」
※
「ならねぇ!」
背後からの誰かの叫び声。それがあたしを制した。はっと我に返る。無意識でベギラマを手に掛けていた。危うく放つ直前だったのである。
「焼いちゃならねぇ……落ちつきやしょう、姫さーま」
独得の喋り方。聞き覚えのある声。慌ててして振り返るが、しかし誰もいない。でも問い掛けは続く。
「現実だけを見やしょうや、魔物は狡猾。魔物は卑怯。そして冷酷で残酷で非情で汚物でクズでゴミです……おじさん個人の感想ですが」
「なんや、しゃべるんかいな。レムオルの意味無いやん」
特に驚いた風でもなく、答えるサル。レムオル……透明化の呪文。不可視の人物が近くにいるという事。サルは気付いていたという事か……
展開として意外に感じているのはあたしだけという事実。そこに触れてほしいのだけれども、声の主はサルへの返答を優先した。
「透明化が手段として有効なのは戦闘経験の浅い者に対してのみ。姿は消せても気配は断てない。実戦に長けた魔物の眼をあざむけはしないさぁね、おじさんの経験則ですが」
「自分で言うとること矛盾してるって思わんか? ほんならなんでノコノコ歩いて来よるん?」
サルの問い掛けの最中、城側の離れた位置の空間に異変が生じる。垂らした薄墨のように、ぼんやりと人影がにじむ。やがてそれは形を取り戻し、ムーンブルク蒼月騎士団の騎士団長、アールグレイ卿の姿を形成した。
やや離れた位置で立ち止まる。はがねの鎧に抜き身の片手剣、半分に割れたまほうの盾という実戦仕様の装束。
ネコ師匠よりいくらか若いくらいの高齢者だが、騎士でありながらハッスルダンスを得意としているハッスルじいさんである。なぜかいつも兜をかぶらず本人いわくロマンスグレイの長髪(※白髪である)をたなびかせ、『戦場のロマンス特急』との自称をはばからない最強騎士のひとりである。今なお最前線に立ち続ける還暦猛者衆の筆頭でもあった。
……でも……たしか……と、あたしは腑に落ちない。城の大手門を抜ける時、陣形を敷いていた騎士団の中にアールグレイ卿は不在だった気がしたのだが……どうやら見落としていたらしい。
それはともかく、サルの疑問は当然だった。透明化に信用が無いのなら、何の意味が……
あ……と、ようやく気付く。五人の先生たちと連携している訳ではないんだ……
「私は彼らを止めたんでさぁ。事態がここに至っては、もうプランBでいこうやと。Bなら私ひとりで充分ですぜと。しかし、彼らはどうやら私が行動へ移した後、無理に打って出てしまったようです……残念な事です」
最後の方はあたしへ詫びているように聞こえた。
いえ、卿が責任を負う事ではないと、口にしかけた矢先をサルに遮られた。
「言うとること、さっぱりわからんわ」
「それはお互いさまと思うがね、おサルさん?」と、卿。
サルはフンッと鼻で笑った。「なんでや? ワシ隠しとる事なんてあらへんで?」
「それが嘘だというわけでさ。恥ずかしくも軍事作戦の途中経過にあって、秘匿している事実がひとつも無いなどと、よくもまぁそんな見え透いた事を言えるな。接近する私に気付いた貴様がどういう反応をしたか? 部下に迎撃の指示を出したのなら納得至極、でも貴様は違った。ルーラで飛んでミンクのコートを手に戻って来んさった。そして姫さーま相手に猿芝居。なるほど、喰えないサルだぜセニョリータ」
「食用ちゃうからな」
サルのつまらない軽口を無視し、アールグレイ卿はあたしへと視線をくれた。「姫さーまをここに足止めしておけば、救出の策を打たざるを得ない。それをその都度ザラキで一掃、そうやって魔導士といのちの石を削る。それがお猿さんの狙いってことでさぁ」
「ちゃうてちゃうて、そんなえげつない事、思うてまへんがな」
「いや、思っている」と、全否定。卿はゆっくり首を左右に振った。
「姫さーま、どろにんぎょうとパペットマンが城下町を含め、遠巻きにぐるりと城を取り囲んでおります。その数三千から四千。何をしているのか……は、説明するまでもないかと」
言われて少し戸惑う。想像はつくが……ほんとうにそんなことが可能……というか、有効なのだろうか? でも狙いが最初からそれならば、サルのこれまでの言動に色々と合点がいってしまう。
……あの長話もパルプンテもどきもミンクのコートも新世界も串かつも、一切合切全部……
「……時間稼ぎだったって事……ですか? アールグレイさま……」
落とした視線で荒れた石畳を見ながら、あたしは小声でつぶやいた。
ロマンス騎士団長がうなづいてくれる気配。
「……マホトラと異なり、ふしぎなおどりは対象を視認する必要は無いと聞きます。効果としては微々たるものでげしょうが、防衛線崩壊からまもなく二時間。さすがに四千体から吸引されればそれなりの量を搾取されているかと」
侵攻の裏にて、ムーンブルク全体から魔導士たちの魔力を吸い取っていた……という訳か。
「……なんや、バレとったんかいな。もうチョイ引っぱりたかったんやけどな。まあええわ……あのな、お姫ちゃん。この軍事行動は屈指の魔導国家たるムーンブルク攻略戦やで。魔法関係の策を講じてない方がおかしいやろ。ロト御三家やで?……まぁな、おかげさまでいのちの石もかなり消費させたようやし、全体としての魔力もそこそこは吸うたはず。まほうの聖水とかも城内に備蓄があるやろうけど、無限にはないわな。こっからは第二幕、籠城戦や。はじめよか」
……言葉も無い。嫌な奴でただただ憎たらしさが際立ってはいたが、まさかここまで計算高い腐れ外道だったとは。怒りの沸点などとっくに超過していたが、もはや怒髪天を突き破り、逆に感情の高ぶりに冷めたものを感じ始めた。
冷静さを取り戻したのではない。感情が邪魔だと悟った。感情なんてもういらない……なくていい……
機械的にただ障害を灼き尽くせばいい。
あたしの中で、何かが意味を失ってゆく。薄っすらと、弱々しく消え入りそうになるニンゲン的な何か。
それが溶けてなくなる前に、思い出の中の人たちにわびた。死んでいったひとたち。救えなかったひとたち。
……出来ない約束をして……本当にすいませんでした……
街は火の海に呑まれつつある。確認出来ない位置にあるが、酒場も宿屋も延焼している範囲内だ。
……芋焼酎のボトルキープ……新しいの入れたばかりだったけど……はははは……呑んどけば良かったなぁ……エロばばあ……うん、また一緒に呑もうよ……歌って踊れるセクシー占い師だった頃の話、また聞かせてよ……
「……て、そいつァ違いますぜ、姫さーま」
と。
跳ねる銀色の閃光。束ねた筋肉の瞬間的かつ爆発的解放。そこから前面へ、矢のようなアールグレイ卿の跳躍。ほぼ地面すれすれの飛翔。肉眼ではとても追い切れない銀色の一条の光と化したそれは、サルへと突き刺さった。
剣術の特技【疾風突き】。
「ガッ!」
驚愕に顔をゆがめ、そして血を吐くサル。
その胸を深く貫く片手剣。
「シッ!」と、小さく呼気を漏らし、剣をサルから抜く。と同時、ロマンス騎士団長の剣は恐るべく速度でサルの上半身を舐め回した。
【はやぶさ斬り】……いや、【つるぎの舞】。剣術の奥義で振るえるのは一部の達人のみ。それを楽々と放つアールグレイ卿。胸板と首筋から盛大に血しぶきを上げ、サルはそのまま後へとヨタヨタと下がった。
あたしの口から変な声が漏れる。
「あぁ……」
一矢報いた。これで流れが変わる訳じゃないが、あるいは……
「……チッ!」
しかし、騎士団長は小さく舌打ちし、後方へと飛んだ。庇うようにあたしの前へ。
「しくじったわ姫さーま。こりゃたまげた。おじさん一生の不覚なり」
卿の背中越しに、あたしは血だらけのサルを見た。
ゴボゴボと吐血しながら、こちらを向いた姿勢でゆるゆると後退。ただ、その紫色だった体毛がみるみる褪せてゆく。やがて脱色は全身に及び、サルの毛は銀色になってしまった。
「……お前……なんでザラキが……」
フラフラと上半身を揺らしながら、サルはようやく離れた位置で止まった。さらに大量の血を吐く。
アールグレイ卿は片手剣を振って血糊を払い、あらためて構え直した。
「こやつはシルバーデビル。同族種に色違いのモシャスを使わせるとは……確かにこれなら質量差を気に掛ける事なく、長時間の作戦行動も可能だが……しかしまぁ、よくぞこんな事を思いつくわ。おじさん涙目なり」
「……それはつまり……」
ようやくこちらを振り向いて、卿は口元を歪めた。
「替え玉ですな。真のザラキ使いは別です」
狙いすましたようにストンと、ルーラで何者かが落ちて来た。もう二度と見たくない紫色のサル。また見せられた。ああ、卿の言う通り。そうなんだ……と思うしかなかった
新手の紫色のサルは実につまらなそうな顔をしていた。血まみれ銀ザルの隣に立つ。
「ご苦労さん、ケツアッカくん。後は任せりぃ」
銀ザルは深々と頭を下げた。「すんまっせん、油断してもうて……」
「ベホマ隊の方へ。早う行きや。死んだらアカンで」
銀ザルは魔物群の中へと下がっていった。
見送る紫サルへ、先に声をかけたのはアールグレイ卿だった。「なあ、おサルさん」
「ん?」
「色々と御託を並べるつもりならもうしゃべらなくて結構。必要ない」
新手の紫色サルは不思議そうに唇をとがらせた。「……なんで?」
「どうせ嘘しか言わん。おじさん、もうお腹いっぱいなり」
「失礼やな。まだなーんも言うてへんがな」と憤慨する紫サル。どうせ本心からではないのは明白だった。
そんなサルの顔を、アールグレイ卿は剣を持つ右手の人差し指でヒョイッと指差した。
「お前さんが出て来たからだよ。モシャスなのに、銀ザルとスライムピアスの数が違うお前さんがな。銀ザルは右に九つ、左に十。お前は右に十で左に十一だ。なぜ違う?」
「ほぅ」とサル。浮かべたちょっと皮肉まじりの微笑には、先ほどまでのわざとらしさは稀薄だった。「これに気付くかぁ、すごいな、あんた。ニンゲンに指摘されたんは初めてやで」
「本当の事は明かさないんだろうけど、話半分なら聞いてやる。小細工モシャスの背景やいかに?」
「いや、聞くんかい……ええけど。大した事はしてないわ。メガザルのみ習得し、魔法抵抗値を極力抑えたシルバーデビルくんを育成、で、彼の体毛を紫色に染め、そいつを原版としモシャスでコピー、戦線に投入したと、そんだけや。そうそう、ご想像の通り一体やない。これは出血大サービス」
「ピアスの数が多ければ、メガザルだけの捨て駒ではないということか? ルーラ、あるいは低レベルのザラキなら使えるくらいの上位互換、そういうのを適宜に混ぜておいた方がホンモノをより絞りにくくなる……くらいは考えていそうだがな。ま、とにかく、お前さんが最初から居たサルだったかどうかは知らんが、しかし断言する。お前さんも替え玉だ」
すると、サルから先ほどまでのしたり顔が消えた。ややおさえた声で言う。
「……捨て駒言うなや。みんな仲間や」
「だから御託はいらん」
「……ほんならホンモノはどこにおんねん? 言うてみ」
今度はアールグレイ卿が鼻で笑う番だった。「知るかよ。根拠は薄いが強いて言うならやはりモシャスか。この大軍勢を隠れみのに、例えばマンドリル群の中にマンドリルのコピーでまぎれ、前線の展開に合わせ要所々々でモシャスを解除、神格レベルのザラキを実行し、その次はサイクロプス群にまぎれて姿をコピー……以下省略。そんなところか?」
「残念、ハズレ」
「まぁいいさ、別に。さて、オリジナルは最前線に居るには居るのだろうが、どうやらとんだ腰抜けおサルさんのようだ」
紫色サルが何か言い返そうとした時だ。また上空に異変。
ルーラで降り立つ本日三体目の紫サル。この場所に何体いるのだ……の疑問は無意味。そういう戦術に、まんまとはまってしまった自身の脇の甘さを痛感する。
「もうええで、サルサルーサくん。下がりぃ」
「……はい」
一礼しつつ、二体目は真後ろへ控えるように下がった。
「さぁて」と三体目。
「ワシがオリジナルや、お姫ちゃん、マッコリ呑んでセヤロンテが好き言うたんはワシやで。名乗れ言うたよな?」
……もういいよ、お前もコピーなんでしょ? ホンモノがノコノコ出てくるものか……て、いうか、揺れるピアスの数なんてわかっていても数えにくいんですけど……さすがは年の功というか……と、心底うんざりしたところで、あたしは唐突に閃いてしまった。
……あぁ……そういう事なんだ……
ここに来て、ようやくあのミンクのコートを持って来た本当の意味を理解した。あの時、レムオル使いの接近を察知したので、ルーラを挟んで入れ替わった。『アバズレ』と言われたのであたしはベギラマで焼いた。その時は涼しい顔だったのに、ミンクのコートを燃やした時は「アチアチ」的に熱がっていた。前後で魔法抵抗値が異なっている。違う個体だったのだ……どうして気付かなかったのだろう……
……あたし、やっぱりまるでレベルが低いんだ……今日何度目なのか、もはや憶えてはいないけれど、それでも愕然とした。自分でも情けないくらいに、か細い声しか出せない。
「……もうどうでもいいよ、そんなこと……」
だが、やはり魔物である。空気を読んではくれない。
「よくない。パズズや。憶えとってな。騎士のじいちゃんも敵ながらあっぱれ、名のある武人とお見受け致します。敬意を表するわ」
うるせえ、にせもの……と言い返す気力すら、あたしは喪いつつあった。
「さて、もうええやろ。石も魔力も充分に削った思うで……」
自称オリジナル……パズズ(仮)は両腕を高らかと挙げ、率いる軍勢へ背中越しに叫んだ。
「仕上げや! お前ら行くでぇ! サルサルーサくん、本隊をここに!」
サルサルーサと呼ばれた先ほどの紫サルが、何やら独得な奇声を発した。合図なのだろう、それを契機とし、後方から怒涛と動く気配があった。突風ではない。大量の質量が移動し、大気を轟々と押しているのだ。
やがて雨のように振ってくる銀色サルの群れ。大勢による同時ルーラ。彼らは次々と現れ、たちまちその数は百……いや二百を超えた。あたしの視界いっぱいにうごめく銀色のサル。悪夢の様が圧巻と拡がっていた。
「これがワシの切り札、サルサルーサ隊や。壮観やろ」
パズズ(仮)はうなづき、喜色満面で続ける。
「ちなみにモシャス使いの集まりちゃうで。誤解せんとき」
パチンと指を鳴らすパズズ(仮)。
「サルサルーサ隊はなぁ、城郭制圧戦の主軸、ドラゴラム隊や」
二百体の銀サルたちが一斉に音を立てて総毛立った。その体内にて、持てるすべての生命エネルギーを爆発させているかのように。
模写という点において、確かにモシャスとドラゴラムは同系列の呪文なのかもしれない。ただドラゴラムが特殊なのはその対象がドラゴンに限定され、かつ現物視認の条件を必要としない点である。
ただし、いついかなる状況下であってもドラゴンは魔法生物の不動の頂点、覇王そのものである。戦局を一変せしめる超攻撃的な呪文である事は、火を見るより明らかであった。
質量差の問題など最初から些末と、二百体のサルたちは体内から轟音を発しみるみる巨大化してゆく。体積的には五倍六倍を優に超え、強靭さあふれる両翼と四肢、筋肉の束そのものの長い首、そしてしなやかにして凶々しい尻尾を堂々と宙に振り上げ、彼らは圧巻の竜の群れへと化して行った。それは街路いっぱいに拡張、いや、両脇に位置していた連中は図体だけで建屋をメリメリと破壊していた。
二百体がおのおの咆哮を挙げる。それだけで大気が恐ろしいほどにビリビリと震えた。
「ここまで来たら出し惜しみは無しや。好きなだけコピーしたらええ。それが出来る魔導士と魔力が城に残っておるんならな!」
パズズ(仮)は二百体のドラゴン群の中央に立ち、ゆっくりと両の腕を胸の前で組んだ。
「ワシらはこれより正々堂々、正面から城を目指す。止められるもんなら止めてみい! ムーンブルク王女よ! 高名なる騎士よ!」
※
「姫さーま……」
アールグレイ卿が落ち着いた声音であたしの名を呼んだ。ロマンスグレイの髪がフワリとたなびく。
「ここまでです。プランBの着手に掛かります」
何のことやら、さっぱりわからない。
「城内の備蓄品が何者かによって破損させられているのが発見されました。いのりのゆびわ、まほうの聖水、脱出用のキメラのつばさ等々、過半数が使用不可の状態です。おそらくは城内にサルの内通者がいたのであろうと」
「……え……」
魔物にたましいを売ったヒトがいる……にわかには信じられないが、実際にそうなのだろう。サルはつくづく抜かりなく周到だったのだ。
だからではないのだろうが、アールグレイ卿が小さくひとつ、「フッ……」と吐息を漏らした。肩の力が抜けたのか、構えていた片手剣を下げる。
「……だからなのですけどね、たぶんあのおサルさん、ムーンブルクが所持しているいのちの石の数も、かなり正確に把握しているんじゃないかと。そんな気がしてならねぇんですわ……ほんと、やれやれですわ……高位のザラキ使いだけでも厄介でしたが、大量のドラゴラム使いまで揃えられてはさすがにもう、これは勝負あったかと」
「アールグレイさま……そんな……」
声が震えてしまった。プランBとはまさかの降伏なのか……と思ったが、それは否定された。
「だからプランBなのです。Aは籠城戦。現在実行中ですが、そんなに永くは保たないでしょう……それでも精一杯やれる事をやってくれるはずです」
「はず?」
「モシャスが出来る連中には私をコピーさせて来ました。ドラゴラムも唱えられます」
……え? アールグレイ卿、ドラゴラムなんて出来たの?……なんで?……
「……ただし、高位の魔導士はもはや十名足らず。さすがに数的にきびしいかと……でも、彼らもまたトンヌラーヌさまと同じく私の教え子たちです。きっと、最期まで、ムーンブルクのため、トンヌラーヌさまのため、命を賭して戦ってくれますニャ……」
……。
………。
…………ニャ……?……
……ニャって……何よ?……
さらさらと砂の像が形を失うように、アールグレイ卿の身体が崩れていく。
やがてそれはあたしの半身ほどの小ささとなり、ネコ師匠になった。
笑ったネコみたいな、いつもの顔。
だけどそのままに、師匠は大量の血を吐いた。
「師匠!」
がっくりと片膝を突きながらも、それでも師匠はにっこりと笑った。
慌ててベホイミを実行……しようとしたが、ボロボロになった師匠の手があたしの肩に触れ、それを止められた。
「魔力は取っておくニャ……」
「でも!」
一方「なんやぁ!」と、驚嘆の声を挙げたのはパズズ(仮)だった。
「そっちもモシャスやったんか! 術者か! クソがぁ、レムオルは呪文を使えない騎士を装うフリやったんか!」
ぐるりと周囲のドラゴンたちを見渡す。「メガンテ警戒! おかしな動きを見せたらブレスかましたれ! 詠唱でも焼け! 無詠唱でも焼け! お姫ちゃんは避けろよ! ベホマ隊とマホカンタ隊、小隊を前に廻せと伝えぇ!」
数体のドラゴンが一歩前に出る。それだけで地面が振動した。口を開く。びっしりと並んだ鋭利な牙、荒い鼻息、糸を引いて垂れるよだれ。圧倒的に優位な立場にただ笑っているのか。ゴロゴロと喉を鳴らすだけで、身の毛もよだつほどの圧だった。
「トンヌラーヌさま……」
ネコ師匠があたしを呼ぶ。また吐血。それはこぶし大ほどのかたまりで、師匠の足許をさらに真赤に染め上げた。
「ベホマ、ベホマ使って! 死んじゃうよ、師匠!」
サルが檄を飛ばす。「ルーラ警戒! 逃がすなよ、ただの術者やないで! 生け捕りにせぇ!」
ドラゴンたちがさらに一歩近付いて来た。街が揺れる。彼らの発する熱気が感じられた。もはやそんな近距離。
と、ネコ師匠が傷だらけの両手で、あたしの右の手をつつみ込んだ。優しく、そっと。
「術者がひとりで戦っては駄目です。頼もしき前衛を探すのです……そして感謝を忘れずに……ですニャ……」
「師匠ぉお!」
そんな別れの言葉みたいなのヤメてよ!……と、手放しかけたはずの感情が爆発しそうになったその瞬間……
「無詠唱や! 焼けぇえ!」
サルの叫び声……なのだが、あたしは何故かそれを遠くで聞いていた…………
※
突き放されたような衝撃。
同時、あたしは全身で回っていた。否、転がっていた。
周囲のすべてが背の高い草。そんな地面の上をゴロゴロと回っていた。ほどなくして停止。
恐るおそる立ち上がってみれば草原の中だった。少し行ったところに町の灯り。見覚えのあるそれは、ムーンペタだった。
……何が起こったのか……ほんのちょっと前の事なのに、頭の中がグチャグチャで整理が追い付かない。東の夜空に陽光が滲み始めている。朝が近い。ムーンブルクの方を見る。はるか南方。肉眼での状況確認はまるで不可能だった。
ようやく理解できたのは、それから何分か後である。
師匠からのバシルーラ……強制戦線離脱。あたしだけを排除。それがプランBだったのだ。
ぺたり……と、その場に座り込む。全身の力が抜けた。もう脚にも腰にも感覚がない。そして、それよりもボタボタとこぼれ落ちる涙をどうしようもなかった。
「な……なんで……なんでバシルーラなのよ、ルーラでいいじゃん、ルーラで……一緒に逃げれば良かったやん……なんで……なんであたしだけ……なんで……」
涙の粒が次々と頬をすべり落ちる。
と……、何者かが……というか、もうひとりのあたしが肩を叩いた。
『泣いてどうにかなる局面ではないべさ……』
そうだ……あたしがヘタレシスターに言ったんだ……あたしが……自分で……
力をかき集める。振り絞る。ここで立たなくてどうする。涙を拭い、フラつきながらも二本の脚で立った。戻らないと。ムーンブルクへ。師匠も、仲間も、国も、助けないと。
走って戻れる距離ではない。でもルーラは習得していない。腰の小道具入れ、きんちゃく袋を開く。やくそうの個包装が二つ。まほうの聖水の小瓶がひとつ。ただし、これは割れていて使用不可。あとは覚えの無い、いのりのゆびわが一つ。以上。緊急用にキメラのつばさをひとつは入れていたと思ったが無い。無いものはしょうがない。
いのりのゆびわは思い出した。ウグイスちゃんだ。彼女に言い寄ってくる騎士がいて、気を引こうとプレゼントされたらしいが、筋金入りのイケメン好きであるウグイスちゃんは却下、ゴミ箱に捨てようとしたのをあたしが貰ったのだ。由縁はろくでもないが、ぜいたくを言える状況ではない。むしろ助かる。さすがにあたしの魔力も半分を切っていたからである。ありがたく活用させて頂く。指にはめて祈る。
ぽわん……としみる暖かみ。
ホイミ一回分くらいの魔力は回復したようだ。でも、ゆびわは音も無くくずれさった。
「一回で壊れんなし! 出がらしの中古品で女を口説こうとすんなぁ! ド三流騎士がぁ!」
結構な大声が出た。なんか元気も取り戻した気がする。前向きに行こう。ムーンペタまで走り、ルーラを使える術者を探す。もしくは道具屋を叩き起こし、キメラのつばさをわけてもらう。ゴールドなんてまったく持ち合わせていないが、ここでグズグズしている暇はない。
よし、と一歩を踏み出した時だった。
ざざざっと、草むらから立ち上がる影が四つ。
ひとりは明らかな変態だった。緑のマスクとマント、あとはパンツとブーツ以外は裸という、なかなかギリギリの露出狂。筋肉質の身体を自慢したいのかもしれないが、いや、その格好で表を歩くなよと。誰か注意してやれよと。あたしは言葉もなく立ち尽くすしかなかった。
残る三人は小柄で、見るからに子分然としていた。事実そうなのだろう。楽しそうに変態親分が口を開いた。
「こ〜んな時間にお嬢さんがひとり歩きたぁ感心しないねぇ……おっとっと、俺たちはムーンペタで話題騒然、噂のキンダタ盗賊団だぁ! 大人しくしてれば手荒なマネはしないぜぇぇぇ、ささ、金目の物をプリーズ、プリーズ」
……この時、あたしはどんな顔をしていたのだろうか……自分でもちょっと怖くて詳細には思い出したくない。
あたしが黙っていると、子分のAだかBだかCだかが(※見分けはつかない)が、「あれ?」と声を上げた。
「おやぶん、このヒト血まみれッスよ。ケガしてんの?」
「お?」と、変態親分もようやく気付いたようで、「なんか訳ありな感じなんか? おねえちゃん?」と、まるで盗賊らしからぬ配慮を示した。
根っからの悪党ではないのかもしれないが、なにせあたしのムシの居所が悪すぎる。妙な気遣いなどまったくの無用、余計にあたしの怒りをたぎらせるだけだ。
血を吐くかのごとく、絶叫した。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」
「ひっ!」と、ひるむ四人。構わず畳み掛けた。
「キン
背後に過重複ベギラマでの炎の壁。
天を焦がすかのような紅蓮の炎。
変態親分一行は呆然、まばたきすら拘束されたようにしばらく微動だにしなかった。
「あ……」と、子分のひとり。
「このヒト、知ってるッス。ムーンブルクのお姫さまッスよ。えーと確か……ウワバミ姫」
あたしはギロリとそいつを睨んだ。
「誰がウワバミだ」