ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
城内は穏やかだった。
魔物の巣になっていると聞いていたから警戒はしていたが、言われているほど酷くはない。
「てりゃーッ!」
サシ美の姿が宙を舞う。
甲高い叫び声とともに魔物数匹が、鮮やかな回し蹴り一発で見るも無残に吹き飛ばされていた。
穏やか、というのは語弊がありそうだが、そう感じてしまうのは魔物が出てくるそばからサシ美が蹴散らしてしまっているため、巣のど真ん中なのに逆境を突き進む感覚を微塵も感じられないせいだ。
「お兄ぃ、どう? これでもまだ足手まといなんて言う?」
「強くなったのは充分わかりましたから、勝手に突っ走って躊躇なくなぎ倒すのはやめてください」
「勝手になんて行ってないよ。お兄ぃたちが遅いだけじゃん」
スピード、技のキレは申し分ない。
何より行動に迷いがないのはイイ。何も考えてないだけ、と言えばそれまでだが。
おかげでハト吉と俺は体力を一切削ることなく、玉座の間まで辿り着いてしまっていた。
玉座は上半分が消し飛び、焼かれた床は黒く焦げ、壁も天井も崩落し青い空が臨める。豪奢な飾りやレッドカーペットの鮮やかさなど元からなかったのではないかと思わざるを得ない。
これが魔法大国とうたわれたムーンブルクとは。もはや見る影もなかった。
当然ながら人の姿は見当たらない……と思っていたところへ、
「げっ! ヒトダマ!」
と恐れ慄くハト吉の声が聞こえてきた。振り返ればそこには床から空を突き上げようとして失敗したかのように、その場でゆらめく炎の形があった。
「お兄ぃ、『げっ!』なんてヒトダマさんに失礼じゃない?」
魔物と話せるから人ならざる物に耐性があるのか、ヒトダマを道端で尻尾を振る犬と同じ感覚で言う。
失礼も何も、魂になって物も言えなくなってしまっているじゃないか。
目の前でゆらゆらと揺れる炎を見ながらそんな事を思っていると、突然、聞き慣れない声色が耳に届いた。
「まぁまぁお嬢さん、ヒトダマに驚くのは普通普通。よかろうもん」
ゆらめくだけだった火から、確実に声が聞こえた。
「「「げっ! ヒトダマが喋った!」」」
「三人いっぺんはさすがに失礼ちゃう? ロトの末裔たる同志ちゃん」
気の抜けた声が耳に届く。よく言えば大らか。悪く言えば適当そう。それでもどことなく漂う高貴な気品溢れる佇まいに、居住まいを正さずにはいられなかった。いや待て、ヒトダマの佇まいって何だ。
「あなたは誰なの?」
「ほっほっほっ! 私はムーンブルク国王じゃよ……生きてた頃はの。そなたらはローレシアの王子にサマルトリアの王子、それとサマルトリアの王女じゃな」
「国王様っ!?」
「かっかっかっ。左様じゃ。嗚呼嗚呼、くちおしや。くちおしや」
よくよく考えればここは玉座の間なのだから、この場に未練があって魂だけが残っているとすれば、まず国王様の名が上がって当然だ。
ヒトダマの形からは生前の御姿が垣間見えることなどないが、何となく、ふくよかなイメージが漂う。話し方からおおらかな印象が先行したからかもしれない。
なるほど。やはり国王は既に亡くなられていたようだ。
「アールグレイ卿もキサラギもヤタガラスも、我が国が誇った騎士たちも魔導士たちも、みんな死んでしまった。そして王女も……ああ、くちおしや」
「王女も既に敵に……!?」
炎が左右に揺れる。かぶりを振ったように見えた。
「我が娘トンヌラーヌは敵によって犬にされてしまったのじゃ。今も広大なムーンブルク大陸のどこかをさ迷い歩いているかもしれぬ」
「犬……だと!?」
犬。その言葉に何かひらめいた気がする。とてつもなく大事なことを忘れている気がするもののうまく思い出せない。
近々で犬にまつわる出来事が何かあったような。いやいや、あれは何も関係がない。足が短くて足が臭そうで加えて攻撃的な犬など、王女の身分とは随分とかけ離れている。
思考がぐるぐると渦を巻いていたが結局は気のせいだと思って諦めた。隣を見ればハト吉がなぜか残念そうにしていた。
「どうしたハト吉。鳩が水鉄砲食らったような顔をして」
「それは豆鉄砲です。尚且つ誤用です」
豆でっぽうとは何やら旨そうな食い物だ。後でハト吉に紹介してもらおう。
国王のヒトダマを見れば火の勢いは衰え、見るからに意気消沈して気力をなくしているように見えた。
惨状を見れば想像はつく。あまりにも酷い光景を目の当たりにしたのだ。その中で最愛の娘を失えば大国の国王といえども、死してなお後悔の念に苛まれる事は当然だろう。
「あれは人の手では覆せぬ術式じゃ。元に戻せるとすれば我が国の秘宝、真実を映し出す【ラーの鏡】をおいて他にない」
ラーの鏡。
聞いたことがある。いかに高等な術による幻覚ないしは変化が施されようと、鏡に秘められた魔力によって映し出された対象は立ちどころに本当の姿を取り戻すという、魔法大国ムーンブルクに古くから伝わる秘宝だ。その強力さゆえに、魔物たちから狙われることも多かったと言うが。
「王様、その鏡ってどこにあるの?」
「うむ。今はこの城の東にある【ラーのほこら】の奥深くに眠っておる。強力な魔除けの結界が張られているからのう、ハーゴンの手下どもでは入るどころか、ほこらそのものを見つける事すら容易ではなかろうて」
なるほど。それなら奪われずにいる可能性も充分にあるということか。
「ロトの末裔たる我々ならば難なく入ることが出来る。ワシはヒトダマじゃから行けんがの」
サシ美を見れば今すぐにでも鏡を探しに行こうかとそわそわしている風。が、時折不敵な笑みを見せたのは気のせいなのだろうか。
そこからハト吉へと目をやれば、どうにも気乗りしないようで気だるい風。面倒くさいというオーラを感じるのは気のせいなのだろうか。
「とにもかくにも、犬にされてしまったといはいえ、ムーンブルク最後の希望が生き残っているんだ。何とかしない手はない。行こう!」
俺がそう言うとハト吉は項垂れながらも返事をし、サシ美は何やら微妙な表情。
対して国王のヒトダマは活気を取り戻したようで、炎の勢いを倍加させていた。
「頼むぞ、隣国の同志たちよ。敵は強い。特に猿には気をつけよ」
「猿?」
「左様。強力な死の呪文を操る、何より知略に長けた魔物じゃ。名をパズズ。そやつにこの国のほとんどがやられてしまった」
猿の魔物パズズ。ちょっと想像できないが一国を滅ぼす力を持った魔物ならば相当な強敵だ。もしかしたらハーゴンに近い力を持っているかもしれない。
「それと、馬にも気をつけよ」
「馬?」
「あ、いや、牛だったかな? 馬のような牛のような……」
炎があっちこっちへと伸びて絡まりながら複雑な形になっていく。なるほど、王様が困惑するほど複雑で奇怪な出で立ちなのだろう。馬と牛をミックスさせた魔物の顔を思い浮かべるもどうにも恐ろしい顔にならず、俺も一緒に困惑してしまった。
「とにもかくにも、牛頭馬頭みたいな魔物がおってな、名を確か……」
そこで。
激しい衝撃が体を貫いた。
得物に貫かれたわけではなく、得体のしれない気配に身体が圧倒されたと言った方が正しい。
それは鋭い槍のごとく、遠慮の欠片もなしに俺たちを次々に刺し貫く錯覚を憶えさせた。
その気配の方へ向く。
おぞましく沸き立つ圧気の袂に、その骸骨はいた。
「ムーンブルクも今は過去の遺物。夢の跡が燻り続ける嘆きの残像。嘆かわしい。あまりにも嘆かわしい。それでも尚、魂を燃やし続ける国王の姿は、嗚呼、あまりにも嘆かわしい」
肉を持たぬ骸骨の体、六本の腕それぞれに刀剣を持ち、鎧と兜を装備した剣士。
じりじりと歩み寄ってくるその姿に、国王が真っ先に反応した。
「がいこつ剣士じゃ! あんな魔物、野良ではおらぬぞ!」
声がヒトダマから発せられると、骸骨が即座に反応した。
白い口元から嘲笑が漏れる。
「嘆かわしい御身。嘆きが憐れみに落ちる前に、欠片も残さず消え失せるがいい」
跳ねる骸骨。稲妻の如く飛んだヤツは真っ直ぐに国王の元へ。まるで目で追えなかった。気付けば骸骨はヒトダマの後方へ。右腕三本で剣を振るった。
待て、そう声に出すと同時に、俺は剣を抜いた。だが一足遅い。
「ぬわぁぁああーッ!!」
国王のヒトダマは三本の剣で両断され、真っ二つにされた切り口から炎が薄れていき、やがて全て霧散した。
※
「呆気ない。いかに血筋があろうとも魂だけとなれば抗うことも叶わぬか。否、それも運命也」
さて、と骸骨はこちらへ向き直り、俺たち三人を一巡した。
「ロトの末裔たちよ、貴公らの息の根を止める事こそが託された使命。遂行させてもらう」
がいこつ剣士。
見た目通りの強敵ではある。まだ戦ったことのない魔物だが、一対一では到底敵わないだろう事は何となくわかる。幼い頃から稽古であらゆる達人と剣を交えてきたが、六本腕の相手と相まみえたことは当然だが一度もない。加えて、骸骨から発せられる覇気が尋常ではなかった。
けれど、こちらは三人。力強い味方が二人もいる。
自分自身もムーンブルクまでの道程で鍛えてきたつもりだ。レベルは充分に上がっている。
大丈夫。やれるはずだ。俺は唇を強く噛みしめ、眼前の敵を睨んだ。
「ねぇ、お兄。がいこつ剣士ってどのくらい強いの?」
サシ美も骸骨の強さを肌で感じているのだろう。不安な気持ちが声色でわかる。
「そうですね。今のサシ美とモリ夫が二人がかりで死に物狂いに戦って、ギリギリ負けるくらいのレベルです」
「負けたらダメじゃん!」
そんな悲痛な叫びも敵からすればお構いなしだ。
「些末事を気にするな。劣っていれば負ける。弱ければ死す。戦いとはそれだけの事。強さとは心、心が内に留まらず外へ向かうのが戦闘也。すなわち」
骸骨は左手三本の剣を前に出して構えた。
「……臆した者から順に消え去るということだ。行くぞ!!」
あっ、と思った時には既に骸骨は俺の前にいて、剣三本がまとめて振るわれていた。
風を切る音すら届く間もない。考えるより早く体が動く。届く寸前で、はがねの剣を縦にして剣を防いだ。
「速いな、隣国の剛腕王子。流石は武帝の子よ。ソレは単純に身体能力か、否、勘と呼ぶべき物か」
くっ、重い。剣の圧力だけで吹き飛ばされそうだ。
「勘はいい。だが、肝心な事を忘れているようだ。目の前を見すぎるのは如何ともし難い」
言われてハッとする。防いだのは三本の剣だけだ。とすればもう半分の左腕の剣が三本来る……!
咄嗟に身をよじり地面へ倒れ込もうとする。ギリギリで避けられるかどうかの間合いだった。
そこへ突如として浴びせられる呪文の詠唱。
「ベギラマッ!!」
ハト吉の手から放たれた炎の塊が骸骨の左腕を直撃した。焼き尽くさんとばかりに這い回るがそれも一刻と経たずに消失。気の抜けた情けない音と煙が少し出ただけで、骨を焦がす事もなかった。
「まさか! 効いてない!?」
ベギラマといえば卓越した魔法使いが扱う呪文。易々と使いこなすハト吉も相当なものだが、掠り傷すら受けない骸骨はそれを遥かに凌駕している。
今のうちにと、俺は後転して起き上がると、入れ違いにサシ美が飛び掛かった。
「てやぁーッ!」
「ダメです! サシ美、手を出しては!」
俺が倒れ込んだ所へ、兄の制止など完全に無視したサシ美が骸骨へと襲い掛かった。この城で幾度となく魔物たちを葬り去ってきた回し蹴りが、骸骨の頭へクリーンヒット……するかと思われたが、直前で剣の柄で防御。静止画のようにピタリと止められたサシ美の体は、いとも容易く弾き返されてしまった。
しかし、
「まだッ!」
それだけで終わらないのがサシ美だ。
手にしたのはくさり鎌。体が弾かれながらもその先端を骸骨へと飛ばす。
「良い良い。それでこそロトの末裔。それでこそサマルトリア王家の姫君也」
骸骨は素早く右手三本の剣を振るった。
「三刀流・竜巻天国!!」
剣圧は激しい風を生み出し、渦を巻きながらくさり鎌を飲み込んで行く。やがてそれは竜巻と化し、サシ美も巻き込んで上空へと吹き飛ばしてしまった。
落下するサシ美を受け止めに行こうとしたところで、嵐の中を突き抜けてくる影に気付いた。
雷をまとい、文字通りに稲妻と化したハト吉だった。
勇者の呪文・ライデインを槍に施し、突風を意に介さず地面を這うように突進、剣を振るったままの骸骨へと襲い掛かる。
「ライデイン……」
構えたてつの槍は稲光を増し、突き出した瞬間、雷鳴を伴って炸裂した。
「スラァァーッシュ!!」
轟音が響く。爆裂音とともに煙が立ち込める。ゆらゆらと揺れる姿は黒い影でわかるが、どうなったかははっきりと見えない。
当のハト吉は片膝に手を置いて肩で息をしている。それほどマジックパワーを消費する大技だということだろう。
ならば結果は出たも同然。
やがて視界が晴れてくると、その威力の凄さが露になった。
骸骨の右肩から腹にかけて、加えて剣を握っていた腕三本、全ていっぺんに消し飛ばしていたのだ。
「す、すげぇ……」
思わず声が漏れた。一撃だ。たった一撃で体の半分を吹き飛ばす威力。リリザの宿屋でもし使われていたなら建物ごと俺の体が粉々になっていたに違いない。手加減していたのかと思い当たり自然と恐ろしさが込み上げてくる。
けれど。
「ダメです……」
努めて冷静に淡々とした声色でハト吉は言う。
「アレはまだ動ける。アレは貴方たちの手に負える物じゃない……逃げてください。余力があるうちに。サシ美を連れていますぐ」
再び飛び掛かるハト吉。
するとそれに呼応したかのように、骸骨は目を開き、口角を上げて笑って見せた。
「これは効いた。これは効いたぞ! 森の王国の雷帝よ!! 素晴らしい、素晴らしいぞ! 我は今、歓喜に震えているぞ!! 貴公は一体何百年鍛錬を積んだのだ!!」
三本腕となった骸骨はそんな姿になろうとも、むしろ今の方が活力が満ちている様子だった。
「その口、黙らせます!!」
槍と剣が交錯する。あれほどの大技を食らい、尚且つその半身を失いながらも骸骨のスピードと剣技は健在だった。アンデッドだからこそ体のダメージが運動性能に影響しないのだろうが、それでも理解し難い動きだ。
目で追うのがやっとなほどの速度で繰り出されるハト吉の槍撃。それを事も無げに三本の剣で防ぎ、更に反撃も繰り出す。ただ三つの剣を振るうだけでなく、その一つ一つが意思を持って、ハト吉の急所を狙いに行っている。まるで三人の剣士を相手にしているようだ。
ダメだ。これでは割って入ることもできない。
三本の剣が同時に振るわれる。ハト吉は槍で受け止めるが、その圧力によって後ずさりさせられてしまう。
二人の距離が離れた。
「サマルトリアの王子は余程腕が立つ。状況判断は将軍のソレであり、術の正確さは熟練した大魔導士の代物である。良い良い。ロトの血よここにあり。素晴らしきかな」
骸骨の口から白い息が漏れる。
その時だ、失われた体の断面が光り輝いたのは。
なぜ、と思う間に、骨の先が生き物のように蠢き、一瞬膨らんだかと思ったのち、即座に身体を修復していった。
「この光は回復魔法の光……まさか! 自動治癒(リホイミ)!!」
ハト吉の顔から明らかな動揺の色がうかがえた。
リホイミ。
聞いたことがある。回復魔法であるホイミの効果を、戦闘中に周期的に自動で発生させてくれる呪文だ。つまり放っておいても勝手に体力が回復し傷が癒えるという高等呪文である。
しかしおかしい。骸骨が呪文を使った様子は一度もなかった。
とすれば、呪文ではなく、固有能力!?
骸骨の体に目をやると、光は更に伸び、瞬く間に三本の腕も復活。どこから取り出したのか剣もしっかりと握られていた。
さっきやられたダメージはどこへ行ったのか、戦闘開始時に戻された錯覚すら感じた。
今度は六本の腕で剣を振るう。ハト吉は槍で防ぐが単純にさっきの倍の攻撃だ、受けることはできたが、支える足は地面をえぐり、床は威力を受け止めきれずに割れて行ってしまう。
「やっぱりそうです……。こいつ……ッ! がいこつ剣士じゃない……!!」
受け止めた剣圧を打ち返すと、ハト吉はたまらず間を取るため後方へ飛び退いた。
骸骨の目が、機を逃さないと言わんばかりに妖しく光る。
「……退いたな」
構えが変わる。六本の剣を交差させ、骸骨は体勢を低くする。
風が変わった。
発せられる重圧が俺の体を震わせた。
「六刀流奥義・六千世界!!」
駆ける。瞬く間にハト吉との間を詰める。
咄嗟に槍を構えて防御態勢を取ろうとするも、既に骸骨はハト吉の後方へ駆け抜けていた。
身体を反らすハト吉。
噴火してマグマが吹き出しているかのように、胸からは血が噴き出していた。
おびただしく溢れ出す血をそのままに、意思のない人形にでもなったのかと思えるほど、力なく仰向けに倒れてしまった。
「ハト吉ぃぃいいーーッ!!」
四肢を広げたまま物言わぬ姿。
骸骨は振り返ってそれを見下ろす。
「がいこつ剣士か……我をかような下等種族と同列に見るとは、侮辱に値するぞ」
そう言って剣についた血を振り払った。
「我は不死剣士の最上位種デーモンソードのカッカァ也」
交差させた六本の剣から鈍色の瘴気が溢れていく。
「その心の奥深くに我の名をしかと刻み込め……死してなお、忘れぬようにな」