ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~   作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)

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18 ローレシア その六

すごいやつだと思った。

 

剣圧も剣気も、その打ち込むスピードも、あの初見の打ち合いから圧倒された。体の動かし方や相手の動きを読む観察眼と知略、何より剣に迷いや躊躇いが感じられなかった。決して驕り昂るわけではなく、自信の強さを確たる根拠をもって信じている証だ。

更に、剣や槍といった武術だけでなく、魔法にも長けている。

雷の呪文といえば、太古から勇者が扱う呪文として受け継がれてきた高等呪文だ。それをいとも容易く扱ってしまう。

 

正に勇者ロトの血統と呼ぶに相応しい。

 

思えばリリザの宿屋では自分より少し強いと思っていたが、とんだ思い違いだった。

デーモンソードの体をたった一撃で吹き飛ばして見せた、あの破壊力は本物だ。今の俺より遥か上のレベルだということは明白だ。

でもそれでいい。落ち込むところじゃない。いずれ追いつき、追い越す。俺があいつより強くなればいいだけのこと。剣を磨き、己を鍛え、魔法はできないが、その分得意な剣技を極限まで伸ばしてやれば必ず勝てる。

そう、未来の楽しみが膨らんだだけのことだ。

 

けれど問題なのはそこじゃなくて。

 

はがねの剣を構え、デーモンソードのカッカァと対峙する。竜巻を巻き起こし、周囲へバリアの如く配置する様には死角が見当たらなかった。

背後ではハト吉が倒れたまま身動ぎ一つしない。傍らではサシ美が膝をついて泣きながらハト吉の顔を覗き込んでいる。

 

まさか、と思うもその思考を一瞬で振り払う。

 

雷を纏い、突進する姿。

正しく、雷帝。

 

……あんなに強いおまえがやられるわけない。そうだろ?

 

地を蹴って疾走する。纏う呪文などない。打ち込むのは手にした剣一本。己を護るのは、鍛え上げた身体。伝説の勇者を想起させる魔法など欠片も持ち合わせていないし、身に纏うだけの魔力すらない。だがそれでいい。

 

「防御などいらん! 俺は俺らしく戦う!」

 

「なるほど、いい気概だ! 大陸の王子よ! それでこそ勇者の血統也!」

 

カッカァが二本の剣を振り下ろす。左右から放たれるギロチンのような斬撃を、俺は二つまとめて剣で防ぐ。圧されそうになるが歯を食いしばって耐え、弾き返すと更に姿勢を低くしてカッカァの懐へ。

 

竜巻の弱点と言えば一つしかない。

そう、『目』だ。竜巻の真ん中は無風であり、竜巻という暴君の内側で唯一暴風の被害を受けない箇所である。つまり、懐に潜り込んでしまえば竜巻攻撃は受けないはずだ。

 

カッカァの目の前で俺は息を吐く。

次いで両の拳に闘気を溜める。

 

「ば・く・れ・つ・け・ん!!」

 

ほぼゼロ距離からの連打。感触を確かめる間もなく、矢継ぎ早に打撃を繰り出す。飛び散る骨の欠片に目もくれず、拳が割れて血が飛び散るのも見て見ぬフリした。ただひたすらに多方向から拳を繰り出し、カッカァの体を削る事だけに執心する。あらかた打ち終え、最後は左ジャブからの右ストレートで締めた。

 

息が上がる。膝に手をつきそうになるのを寸でのところで止める。

いつもの倍くらいは打ち込んだつもりだ。手応えもあった。

鈍い痛みを感じる拳を意識しながら顔を上げていって……ぞっとした。

 

ダメージがないわけじゃないはずだ。それでも顔色一つ変えないカッカァの姿に俺は戦慄した。

 

「センスは充分にある、そして成長著しい。このまま飽くことなく磨き続ければ歴史に名を残す戦士となるに違いない。だからこそ悔しいのだ。残念で仕方ないのだ。ここでその若葉を摘まねばならぬということが」

 

頭上から剣が振り下ろされる。ダメだ。爆裂拳を放った直後で体の動きが鈍い。回避が間に合わない。それでも気合で体をひねり無理矢理に避けようとしたところで、

 

「モリ夫! 避けて!」

 

避けられないからピンチだと言うのに、意味の分からない事を言うなサシ美は、と思いながら、割って入る彼女を見た。

袋の紐をほどき、そのまま袋ごとカッカァへと投げつけていた。

 

驚くカッカァの前に、袋から出た粉が風に乗って舞う。

 

「なに!? 毒蛾の粉だと!? こんな小細工が通用するわけがなかろう!」

 

剣を三本まとめて振るうと竜巻を起こし、毒蛾の粉を一瞬で巻き上げてしまっていた。

 

「……小細工でも布石として充分なんですよ」

 

湿り気。そして電荷。

感覚と呼ぶにもおこがましいソレを感じ取ったのも束の間、唐突に呪文の名が轟いた。

 

「ギガデイン!!」

 

雷鳴が轟くより先におびただしいまでの雷撃が降り注ぐ。迎え撃つ隙すら与えない。

轟音が響く頃には、カッカァを蹂躙し破壊していった。

 

振り返る。

そこには座ったまま、指二本を真っ直ぐに攻撃対象へと向けたハト吉の姿があった。

 

「まったく。せっかくやられたフリして回復していたというのに、サーシャは大袈裟過ぎて困ります」

 

見れば腹部に自ら手を当てていて、周りが仄かに白く光っている。ベホイミかベホマか、いずれにしろ回復の光なのは間違いない。

震える足を制して立ち上がる。表情に出さないよう努めて平静を装っているが隠しきれていない。呪文の力では疲労までは回復できないとはいえ、それでも完全に癒えたとは言い難い姿だった。

 

「お兄! まだ立ち上がっちゃダメだって!」

 

慌ててサシ美が駆け寄ってくる。

大丈夫ですって、とハト吉は言うが、どう見ても大丈夫そうではなかった。

 

「モリ夫! お兄ね、メガンテ打つ気だったんだよ。こうやって印結んでて。もうびっくりしたんだから! しっかり怒ってあげて!」

 

指をごちゃごちゃ動かして不格好な印を示したが、何となくはわかった。

メガンテと言えば誰もが知る自己犠牲の呪文だ。己の命と引き換えに敵を砕く、僧侶が扱う高等呪文であり、パーティーがピンチに陥った際に用いる最終手段だ。

 

つまり、自分がやられたことで窮地を察したからか。

それだけもう手に負えない敵だと判断したのか。

あるいは。

 

いずれにしろ。負けを認めるなんてこの俺が許さない。

 

「率直に聞く。勝ち筋はもうないのか?」

 

煙幕に巻かれたカッカァを見る。襲い掛かってくる様子こそないものの、殺気が薄れてはいない。

 

問いかけられたハト吉を見れば、目を丸くして意識がどこかへすっ飛んだみたいな、まるで鳩が水鉄砲を食らったような顔で俺を見ていた。さっきもこんな顔をされたような気がする。なんだ、俺の顔に何かついているのかと聞いてみるが返答はなく、代わりに大きな溜め息をついてわざとらしく肩をすぼめて見せた。

 

「あります。ありますよ一応。正確には今できました」

 

そう答えたハト吉は目標の敵を指差す。露になった姿はあちこちを損傷していた。腕が数本吹き飛び、足は太腿がえぐれ、腹部も所々が砕けていた。自動回復によって徐々に元へ戻っているようだったが、受けたダメージに追いついていない様子は見て取れた。

 

「見てください。モリ夫の爆裂拳と僕のギガデインで受けたダメージが完全に回復できていません」

 

サシ美は口に手を当てて嘔吐く。

 

「キショ……あれで生きてるのエグくない?」

 

「まぁ、アンデッドだしな、そんなモンだろ。バリィドドッグは目玉が零れ落ちて骨が剝き出しでも元気に走り回るぞ」

 

サシ美は続けて「ゾンビキショ」と言い捨てた。

 

「なるほど。いかに自動回復の恩恵を受けていようと、回復量を上回るダメージを与え続ければ……」

 

「いいえ、それは無理筋です」

 

ハト吉は即座に言葉を遮って否定する。

 

「なぜかと言えば、僕のマジックパワーがあまり残っていないからです。雷の呪文は打てて一回のみです」

 

「一回って……おまえそれ」

 

黙って頷く。

 

「そうです。回復が挟まれる前に、一回の攻撃で大ダメージを与えてカッカァを倒すのです。敵の体力が満タンの状態であれば難しい話でしたが、ダメージを受けて体力が大幅に削られている今なら可能性はあります」

 

体力が200あるなら300のダメージを一撃で与えれば回復関係なく倒せる、そういう理屈だ。

ただし話はそう簡単じゃない。ハト吉が戻ってきたとはいえ、体を見る限り傷は癒えても満足に体を動かせる状態でないことは明らかだ。

つまり、ハト吉自身が直接攻撃することなく一撃の下に粉砕する、そんな方法があるのか……。いや、それでも勝てるというのなら。

 

「ただし失敗は即全滅という一発勝負です。どうですか? 賭けますか?」

 

「賭けるも何も、勝算はあるんだろ?」

 

「そうですね、1%くらいは」

 

「お兄、それ数字低すぎない!?」

 

「いろいろな要素が未知数ですから、期待値込みの1%です。数字としては大きいくらいですよ。あとは……」

 

そう言って手を空にかざす。

 

「風向きさえ良ければ10%くらいでしょうか」

 

「よしハト吉。理屈はわかった。あとは一撃で倒す方法とやらを教えてくれ。早くしないとあいつが回復してしまう」

 

「モリモリ思い切り良過ぎ!」

 

カッカァは見る見るうちに回復していく。腕はもう生えかけていて、腹部は瘴気を放ちながら泡のように膨らみ骨を少しずつ形成している。

 

だがそこからあえて目を背けた。

俺は逸る心を抑え、ハト吉の話に耳を傾けた。

 

「……ライデインスラッシュです。気合溜めした上で、それをサーシャの応援スキルでバフ掛けします」

 

カッカァの体を一撃で吹き飛ばしたハト吉の必殺技か。今しがた見たばかりの壮絶な破壊力を思い起こす。アレにパワーの倍掛けができればおそらくは全身を粉々にすることも可能だろう。

とはいえ、ハト吉自身は攻撃に参加できないわけだが。

 

「ただし、僕自身はこの通り、まだ万全とは言えませんから、あれだけの大技を放つ気力は残念ながらありません」

 

ならば、と一呼吸置いて口にする。

 

「ライデインスラッシュを撃つのはモリ夫、あなたです」

 

「え? 俺?」

 

「僕がモリ夫にライデインを落としますので、剣でそれを受け止めてください。流れに逆らわず受け入れることができれば魔法剣として帯電させることができます。慣れていなければ体にもダメージはいきますが、すみません、そこは耐えてください」

 

ライデインに耐えられなければ俺の体がやられる、割と滅茶苦茶なことをさらりと言うなと思ったけれど、うむ、やってできないことはないだろう。体へのダメージは、まぁ何とかする。魔法剣の扱いについても文献で目にしたことはあるから理屈はわかるし大丈夫だ。

 

「よし、わかった。ただな、ハト吉。それならばこうしないか……?」

 

ハト吉の案は充分に納得できる。現状考えられる中で一番有効だろうとは思う。しかし、それでは多分足りない。

確実に仕留める。失敗は許されない。ならばこうなるのは必然。

 

「……というわけだ」

 

「はぁっ!? モリモリ頭おかしいんじゃないの!?」

 

「モリ夫、それは承諾できません。下手をすればあなた自身が粉々に砕け散りますよ!」

 

俺は振り返り、反対し続ける二人へ、笑顔と一緒に親指を立てて見せた。

 

「大丈夫だ、我慢する」

 

ハト吉とサシ美が足を滑らせたように見えた。

 

「何言ってんですかぁー!! 我慢とか根性論とか精神論とかそういう次元の話じゃないんですよ!」

 

その時だ。

カッカァが咆哮を上げた。猛獣のそれにも似た、怒りが充満した雄叫びだった。大地が揺れ、俺の体を最大圧力で吹き飛ばそうとする。

足で踏ん張り耐え凌ぐ。損傷が全て癒えたわけではないようだが、動けるまでには回復したと見える。

 

「俺は……」

 

そう言いながらグローブを締め直し、剣の柄を握り締めた。

 

「ハト吉、俺はおまえを信じている。おまえが勝てると言ったこの作戦を心の底から勝てると信じている。だから、おまえも俺を信じろ」

 

「……なっ!」

 

歯を食いしばって押し黙るハト吉。俯き一瞬たって口を開いた。

 

「あなたって人は……何も変わらない。なんでいつもそうやって……何度も何度も何度も……ッ!!」

 

やがて意を決したように顔を上げた。

 

「わかりました。あなたを信じますよ!」

 

俺は再び親指を立てた後、背を向けた。

 

「まじかお兄もモリ夫も! あぁっ! もう知らないからねっ!!」

 

覚悟は決まった。

否、元よりとっくの昔に出来ていた覚悟だ。

 

カッカァを取り巻く竜巻が一度勢いづいて空を突いた後、ゆっくりと落ち着いていく。仕掛けてくる合図なのか、防御を解いた姿が一層不気味に映る。

 

「どうやら策を練ったようだな、ロトの末裔たちよ。良きかな良きかな。かような骨の身となろうとも、この高揚感の下に戦える悦びを感じずにはおれぬ!!」

 

一瞬、風が止む。

その静けさを合図に、サシ美の声が響き渡った。

 

「モリ夫ぉぉおおーッ! がんばぁれぇぇええーッ!!」

 

ありったけの声量が俺の鼓膜を刺激する。それと同時に全身に見えない力が流れていくのを感じた。力が漲り、体が軽く、そして頭が冴える。

気のせいではない。応援という本来であれば精神論の延長線上でしかない代物が、魔力と成り代わって俺の身体能力の底上げに寄与している。

すごい。これは想像以上だ。

 

溢れ出る闘気を元に、俺は腰を落とし、両の拳を胸の横に掲げて気合溜めへ移行した。

 

「はぁぁああぁぁーッ!!」

 

闘気の束が全身を囲みながら流れていく。やがて赤みを帯びて加速度的に渦を巻く。

 

「ほほう。読めたぞ勇者たちよ。三人の力と魔を結集し、一撃必殺を試みるか。よろしい、実によろしい、……だが。大事なことを忘れてはいないだろうか、名家の王子王女たちよ」

 

カッカァは姿勢を低くし、現存する腕四本で剣を強く握った。

 

「我は武人也。だが、その前に魔物であり、ハーゴン様の部下である!! 指を咥えて見ているはずがなかろうぅーッ!!」

 

俺に向かって突進してくる骸骨。動けぬ俺はそれをただ見るだけだ。

時間にして僅かコンマ数秒。目を背ける間すらなく、

 

「腕はいっぱいあっても足は二本っ!!」

 

横をすり抜けていくサシ美を風とともに感じた。と、次の瞬間には地面へ這いつくばり一閃。カッカァの足元を脚で薙ぎ払っていた。

さすがに転びはしないものの、虚を突かれた骸骨はよろめき明らかにバランスを崩していた。

 

「サシ美、グッジョブ!!」

 

「やったぁ!」

 

離脱する彼女の後姿を見届け、後方にいるであろう雷帝に命じた。

 

「ハト吉ぃぃいいーッ! いまだ!! やれ!!」

 

俺は剣を高く掲げた。

呪文の詠唱。最大出力の呪文が来る。

そう、一撃で確実に倒すならば、より強力な呪文をこの身に受けるべきだ。

ライデインではきっと足りない。

ならば。

 

「ギガデイン!!」

 

その名を叫ぶや否や、轟音が耳をつんざき、雷撃が落ちる。剣を伝って来る魔力の塊は、俺の頭で光り、弾けた。

 

同時に言葉では言い表しきれない激痛が全身を駆け抜ける。無味無臭の痛みだけが這いずり回り、体を侵していく。

 

い、た……い、い……た、い。

叫ぶことも叶わず、俺はただ心の中で痛みを訴える。

体に亀裂が入っていく感触。指が千切れ、足が折れ、骨という骨が砕け散っていく幻覚に慄く。切り裂かれる。腸を食らいつくされ、殺される。

 

耐えろ。我慢しろ。ほんの微かに残る意識を頼りに必死に手繰り寄せる。

我慢しろ。我慢しろ。

いた……い、い……た、い。

我慢だ。我慢。

いた……い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

消えゆく意識の中、俺の精神は時間を遡る。

目に浮かぶのは城の広場。そこで相対するは武神と呼ばれた人物。

巨躯は分かれども顔は見えない。それが剣の師匠だということだけははっきりとわかる。

 

「ふははは! 我が国の王子たるもの、それしきで根を上げてはいけません。苦痛など足を踏み留まらせる要因ではありませんよ。万が一、心が折れそうな時は思い出すのです。あなたはローレシアの秘技を既に身に着けているのですから」

 

師は隆々とした筋肉に支えられた剣先を、俺の目の前へと遠慮なしに突き出した。

 

「秘技・ローレシアのやせ我慢を!!」

 

意識が戻っていく。

ああ、そうだった、と思い出す。

俺は眼前を睨みつけ、歯を食いしばった。口から流れる血を意に介さずに叫ぶ

 

「いーーーだーーーーーぐーーーーーッ、…………痛ぐないぃぃいいーーッ!!」

 

声とともに何かが弾ける。

ゆっくりと解きほどかれていく体。

見れば剣は雷撃を帯びて光り輝き、俺の体の周りにも雷が走り、ところどころで跳ねて飛び散っていた。

 

「いけますよ! モリ夫!!」

 

背後からハト吉の声。躊躇うことなく俺の体は跳んだ。

サシ美の足払いでカッカァはよろけたままのはずだ。これを回避する術はない。

 

なのに。

 

「甘いわ、小童め!!」

 

よろけていたはずの骸骨は既に態勢を整え、防御を取るどころか剣を振り下ろさんとする俺に攻撃を仕掛けようとしていた。

 

「構うか! 斬って潰す!」

 

ここまで溜めた力も。サシ美の応援で増幅した力も、ハト吉のギガデインを蓄えたこの剣も、届かなければ何の意味もない。首元を貫かれようが頭を吹き飛ばされようが構うものか。

 

剣を振り下ろす、そこへカッカァの剣が突き出される。

 

剣と剣が交錯しかけた、そのとき。

ふいに舞い散る粉があった。風に乗り、ゆらゆらと舞うそれは幕のように俺たちの間に壁となって立ち塞がった。

 

既視感を感じた粉。

その正体に気付いたカッカァは叫ぶ。

 

「毒蛾の粉だと! まさか! 風で戻って来たのか!!」

 

咄嗟に突き出した剣で粉を振り払うカッカァ。

眼前を覆うは毒蛾の粉とやらの幕。それを瞬時に黙殺。構うことなく俺は突っ込んだ。粉の効果も特性も知らない。たとえそれが死を呼ぶものであったとしても、俺はこの剣を振り下ろすのみ。

 

雷撃ギガデイン。勇者が扱える最高クラスの攻撃呪文。

ありったけの魔力を蓄えた剣を。

その技名とともに。

 

「ギガスラァァアアーーッシュ!!」

 

轟く雷鳴。耳を劈く轟音。

カッカァの頭上へと叩きつけた剣は、まばゆいばかりの光を放ちながら頭部を粉砕。同時に雷が迸り天を突いた。

剣戟の勢いは削がれることなく次いで胴体までを一刀両断。雷電が走り、カッカァの体を巡って爆裂、胴体のほとんどが抉れたように消え失せてしまっていた。

 

中心を失った体はやがて音を立てて崩れていく。まるで堅固な城塞がひび割れて崩れていくような有様だった。

薄皮一枚で繋がっている首が言葉を紡ぐ。

 

「な……何という事だ。勇者たちよ、風さえも味方にしてしまうとは……」

 

足が崩れ、バランスを失い膝を突く。

 

「毒蛾の粉は計算していたのか?」

 

「知らん。たまたまだ。計算はあまり得意じゃない」

 

やがてその膝すらも瓦解していく。

 

「くははは! 風どころか運を味方につけていたか! 古来より王者とは強運を従えし者也! 天晴! 見事だ、ロトの末裔たちよ……勇者の血筋に恥じぬ戦いであった。我が蘇ることがあれば再び相まみえようぞ」

 

崩れ落ちる体を支える物もなく、その言葉を最後に、カッカァの体は粉々になり、塵と化していった。

 

風が吹く。竜巻とはまるで様相の違う穏やかな風が、白い塵を物も言わずに攫っていく。

遥か上空へと静かに舞い上がったそれは、やがて霧散していった。

 

「モリ夫、やりましたね!」

 

「さすがモリモリ!」

 

二人が寄ってくる。気を抜けば噛み殺されるほどの殺気にまみれていた先刻とは打って変わって、縛るものは何もなくなった今、気持ちが解放されて、自然と顔が綻んでいくのがわかる。

 

「ライデインではなくギガデインを撃て、と言った時にはどうしようかと思いましたよ」

 

「本当だよ。本気で頭おかしくなったと思ったんだからね」

 

でも勝てたからいいじゃないか。そう思って両腕を見ると皮膚は爛れて火傷だらけになっていた。

ああ、きっと全身こんな感じだな、と思う。むしろあれだけの思いをしながらこの程度で済んだのは僥倖だろう。

 

空が青い。どこまでも澄んだ空気に俺は勝利の余韻を噛み締める。

 

「王様の魂がやられてしまったのは残念でしたが、きっと天国へいかれているでしょう」

 

「そうだよね、適当そうなところもあったけど、すごくいい人そうだったもん」

 

ムーンブルクの城は滅んでしまったけれど、王女は今もどこかで生きている。

誰かが言っていた。国は人なのだ、と。

人がいる限り。国も生き続けるのは道理だ。俺たちが王女を見つければいい。そうだ、きっといつかまた。

 

そう思って視線を下げた時、

 

「あれっ?」

 

と思った。視界が急に歪み始めたのだ。飴細工を曲げるみたいにハト吉とサシ美がぐにゃりと曲がり、背景の城の残骸までもがぐにゃりと曲がって、そうかと思えば今度は逆に曲がってみたりする。

 

「どうしたの、モリモリ?」

 

心配そうにサシ美が覗き込むが、その姿を見てゾッとした。

 

「どうして魔物が!」

 

なんと、顔がグレムリンになっていたのだ。いや、違う。これはサシ美ではなくグレムリンなのだ!

 

「どうしたんですかモリ夫」

 

声はハト吉のそれなのに、なぜか姿はグレムリンだった。

 

「おのれ魔物め! ハト吉の声を真似るとは不届き者め!」

 

俺は収めていた剣を握ると、グレムリンへ向かって振り下ろした。

 

「うわっ! いきなり何するんですか! 危ない!」

 

この期に及んでハト吉の真似事とは。グレムリン風情がいい度胸をしている。

 

「グレムリンめが! ハト吉とサシ美をどこへやった!」

 

俺は力任せに剣を振り回す。グレムリンはちょこまかと剣をかわしまくっていた。小賢しい魔物め。

 

「お兄、あのさぁ……モリ夫ひょっとして」

 

「サーシャもそう思いますか」

 

「お兄もそう思う?」

 

「せーの、で言ってみましょうか。せーの……」

 

二匹は何やら示し合わせた後、俺を指差してこう言った。

 

「「毒蛾の粉で混乱している」」

 

ナニヲイッテイルノカヨクワカラナイ。

 

その後、俺は二人によってたかってタコ殴りにされ気絶させられたらしい。

何でも、混乱した仲間を正気に戻すには叩くのが一番なのだとか。

話はわかるのだが、もうちょっと優しくできなかったのかと小一時間問い詰めたい気分だったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

~interlude~

 

おぼろげな意識の中でそれを聞いていた。

 

「もう諦めたんですよ僕は。何もかも」

 

視界の端で座っているのはたぶんハト吉だ。

 

「諦めたはずだった……なのに、期待をさせるんですよ。まるで未来があるかのように。思っていた未来と違う未来が訪れるかのように。リリザの宿屋でも、そして今度も」

 

話している相手は俺ではない。

目線の先を辿ると、そこには一つの目があった。おそらくあれはカッカァの残骸だ。

まさか、まだ生き残っている部分があったのか。

 

「モリアーティのあの爆裂拳と愚直なまでの前向きさが僕に期待を持たせた。生きながらにしてあなたに勝てるかもしれないと。でなければ、間違いなく僕はメガンテを撃ってましたよ」

 

そう言ってハト吉は自嘲気味に笑みを見せる

 

「いいんです、死ぬ言い訳が立てばそれで。そもそも未来に期待をするなんておこがましいんです、こんな死にぞこないの身としてはね。そう思いませんか? 本物の死にぞこないたるカッカァさん」 

 

物言わぬ目は代わりに見開いて見せる。それを蔑んだ目で見つめるハト吉。

 

「わかりませんか? 死にぞこないには生きる価値すらないと言っているんです。目だけになろうとも生き続ける。ご自身で哀れだと思いませんか?」

 

言葉の端々から邪悪さを感じる。その邪気を振り払うことなく、ハト吉は手を掲げ、パチンと指を鳴らした。

 

「ギラ」

 

目が燃えていく。体が崩壊して耐性すら失くしてしまったのか、カッカァの目は悲鳴を上げることすら叶わずに爛れて溶けていく。

火に包まれたその姿を見て、ハト吉は口元を歪ませていた。

 

「哀れなのは僕も一緒か……。ならば、またベラヌールまで、ですかね」

 

虚空を見つめ、輪郭のない言葉をつぶやいたハト吉。

あれ、ハト吉ってこんなやつだったか。

そう思いながら、重くなっていくまぶたとともに、俺は再び暗く深い意識の底へと沈み込んでいった。

 

 

 

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