ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
瀕死で、やせがまんまでして、 息も絶え絶えのくせにこちらを気遣うような素振りを見せる。
自分の方がよほど酷い有様なのに、まるで僕の無事を確かめることのほうが重要だと言わんばかり。
「ばかじゃないの……」
紛うことなきばかだと思う。筋肉バカのくせに、期待させないで欲しい。気がつかせないで欲しい。僕が感じる絶望に、そこに派生する感情に。
勇者における最高超絶呪文を剣に宿し、その反動は計り知れないはずだ。
それでもまだレベルの低い彼が、無傷ではないけどこうして生きているということに、深く安堵もしていた。
その事がまた苛立たしい。
僕はモリアーティから目を逸らし、サーシャを見る。
「……ケガはありませんか」
「ちょっとだけすりむいたけど、モリモリのおかげで大丈夫だよ! お兄、すごいね! なんであんな呪文使えんの!?」
頬には土がついている。いつも綺麗にセットされている髪は乱れ、服もところどころ裂けていた。死に至るほどではなくても、かすり傷程度ではない裂傷も見える。
ついさっきまで自分も吹き飛ばされていたくせに、それを隠すように、いつもの調子で笑っている妹を見て笑顔が固まった。
今回の戦いは、あまりにもイレギュラーだった。
予定になかった敵。
予定になかった戦闘。
妹に見せるしかなかった力の発動。
「追い詰められて……ですかね、僕、まだモリ夫の足元にも及びませんよ。とりあえず瀕死の彼をタコ殴りしたんで少しでも回復してあげないと」
僕は曖昧に笑った。
とはいえ、ホイミ一回分程度のMPしか残っていない。それでも、やくそうなどではなく、自分で回復してやりたかった。この執着は何なのだろうと自問する。
自分の手で回復したい気持ちは本心だった。憎むのもバカらしくなるくらいにまっすぐな、第一国王子。
あまりにも愚直で不器用、だからこそ始末が悪い。
「……殺すなら、僕がやりたいからね」
「お兄……」
戸惑いもなく、静かにこちらをみるサーシャにいつもの穏やかな微笑みを向けた。
「だからモリ夫は大丈夫ってことだよ。今はトン子……トンヌラーヌ王女を救うことに専念しないと」
僕は気がついていた。不自然に戻ってきたどくがのこな。バギの気配。
ムーンペタで見た小さな犬が、駆け去っていく姿。
彼女は彼女なりにロトの末裔としての矜恃を持っている。
知らず笑みを浮かべた自分自身を恥じて律するように目を伏せ、モリアーティの割れた拳へ手を伸ばす。
固く握られた指、傷だらけの皮膚、血の滲んだ拳。
「……『ホイミ』」
淡い光が掌から溢れ、傷ついた拳を包み込んだ。
「お兄、モリモリに甘〜。ここでMP無くなったらどうすんの……ま、1回戻ろっか」
サシ美がからかうように言う。
「甘くないです。ここでモリ夫の拳が使えなくなったら困るのは僕ですから」
僕は即答する。
「はいはい」
肩をすくめながら、サシ美がキメラのつばさを放り投げた。
白い翼が空中でひらりと舞い、景色が歪む。
僕は最後にもう一度だけ、モリアーティを見る。
回復した拳が、固くではなく緩やかに握られている。
その姿を確認してほっとしてしまった自分にまた小さく苛立った。
※
ムーンペタの町は宵を待ち静けさに満ちている。
昼間まで人の声と足音に満ちていた通りも、今は静まり返っている。
道具屋も武器屋も灯りを落とし、教会前のたいまつだけがぼんやりと街道を照らし、僕たちの影を長く伸ばしている。
デカイのを引きずっていくのもめんどくさいな、いっそ棺桶に入れてやろうかと思っていると、モリ夫が小さくうめいて目を開いた。
「……起きましたか」
「あっ、モリモリ! 殴ってごめんね! 今町にもどったとこ!」
モリ夫は何か言いたげに僕を見ながら口だけをぱくぱくと動かす。
首を傾げて声をかけようとしたその時、突然モリ夫が傷だらけとは思えない勢いで立ち上がった。
「カッカァは」
第一声がそれかよ。
「君が倒したでしょ、無理して。立って大丈夫ですか。かなりのダメージだったでしょう」
呆れる僕を余所に、サシ美が空気を読まずモリ夫の手を取る。
「あのね、瀕死のモリモリをウチとお兄でボコボコに……」
「サーシャ」
僕は柔らかくサーシャの口を塞いで微笑んだ。何故かサーシャは「ひっ!」と怯えて黙り込む。
「とりあえず、宿で休みましょうか。モリ夫、歩けます?」
「問題ない」
何か言いたげなまま、モリ夫が僕をまっすぐ見て頷いた。拳を握ったり開いたりしている。ホイミ程度でも効いたんだなと安堵してしまう自分に戸惑ったけど、誤魔化すように目を閉じた。
「行きましょうか。宿でブリーフィングをしましょう」
※
ベラヌール。
その名を思い出すだけで胸の奥に冷たいものが沈んでいく。
僕にとっては苦い思い出しかないその街は、世界の中心であり様々な噂や情報が集まる場所だ。
そう、今や断絶された銀世界、ロンダルキアへの手がかりも、足がかりも。
故に旅を続けるなら避けられないポイント。
何度も思い返す。
『何故、呪いを受けるのが僕でなければならなかったのか』
『何故、ベラヌールでなければならなかったのか』
前者はやはり、出自が問題なのだろうか。
後者は単純に力の及ぶ距離の問題か。
旧ロンダルキア城。
今ではハーゴンの神殿となった場所から、もっとも距離的に近く、そしてハーゴンが直接影響を与えられる限界の土地。だからあの街だった、そう考えれば筋は通る。
町に着いて気が緩んだところを狙う。
旅人にとって、町という場所は安全だと思い込んでしまう場所だ。
宿を取り、食事をして、ようやく身体を休められるとそう思った瞬間に呪いをかける。
ほんと、呆れるくらい狡猾で残酷。
思い出しただけで胸が締めつけられる。
終わらない苦しみの中で、ただふたりを待つしかなかった。
待ち焦がれて、期待して、落胆して、それでも眠るしかない。
身体は少しずつ蝕まれていく。
力が抜け、食欲もなくなり、ただ時間だけが過ぎていく。
恨みたくない。
恨んだところで、何も変わらない。
そう思っているのに、恨みだけが少しずつ積もっていくあの冷たい感情。
どうして。
どうして僕を置いて。
―――ふたりで?
その記憶を思い返したとき、僕はひとつ失念していたことを思い出した。
今回になって現れた、イレギュラーな強敵。
あまりにも愚直すぎるモリアーティ。
そう、愚直すぎる。
あの男は、自分が危険だと思ったら、考えるより先に突っ込む。
そして、もうひとり。わざわざ危険を冒してムーンペタを飛び出しささやかな呪文でサポートした彼女。
僕はそこでようやく気づいた。
ふたりは、地図を読めない(読まない)。
思わず、ため息が漏れた。
……そうだった。僕が馬鹿だった。
あのふたりが僕を置いて行くはずがないのに。
※
ラーの鏡を祀る神殿は、静寂を通り越していた。
音がなく、風の音もない。
まるで世界そのものから切り離されたような、無の空気が漂っている。
神殿の入口で、モリ夫とサシ美が床にへばっていた。
ここまでの戦闘に加え、僕がトラマナを唱えるより先に、毒の沼地へ特攻したからかふたりともひどく消耗している。
僕は二人を見下ろした。
「……自業自得ですよ」
呆れを隠さず言う。
「あとで回復してあげます。とりあえず、僕が先に神殿内を偵察してきますから、そこで休んでいてください」
二人が顔を上げた。
またイレギュラーが起こるかもしれない、それだけなら、まだいい。
問題はサーシャだった。
ここへ来るまで、何度もおかしなことを聞かれた。
何かを確かめるような呟き。
意味のわからない質問。
そして、時折見せる、僕を見る目。
前回の記憶を持っているのが、僕だけとは限らない。
サーシャの性格が変わっている理由も。
旅についてきた理由も、どこか僕に過保護な行動も。
サーシャの存在がこの世界の構築そのものに、どんな影響を及ぼしているのかも。
何ひとつわからないからこそ、万が一を想定するなら、斥候をするのは僕自身が最適だった。
「ねえ、お兄」
サーシャが呼び止める。
「なんですか?」
「あのメスブ……」
言いかけて、サーシャは慌てて言い直した。
「……王女さまは、ラーの鏡がないと犬のままなんだよね?……一生犬だったら、どうすんだろね?」
サーシャは笑っていなかった。
「……ウチ」
声が落ちる。
「お兄が死んじゃったら、お兄を殺すからね?」
僕は振り返った。
「もちろん、原因のヤツらも不幸のどん底に突き落とすし」
冗談には聞こえなかった。
しばらくサシ美を見つめる。何を言えばいいのかわからなかった。
僕は何も言わずに神殿の中へ足を踏み入れる。
石造りの床が、靴音を冷たく返した。
神殿内に足を踏み入れる。広い石室の中心に、淡く発光しながら鎮座する古代の鏡。
その周囲だけ、清浄な空気が色濃く漂っていた。
他に気配はない。神聖な場所にはやはり魔物は潜りこめないらしく、変則的な事象は起きなかった。
肩に入っていた力が抜け、ほっと息をつく。
かつて勇者ロトが、王に化けてどこかの城を占領していた魔物を討伐するために使ったという、真実を映す鏡。
手のひらの大きさのそれに、そっと触れる。封印は施されていたけど、僕程度のロトの血脈でも手に取ることができた。指先に冷たい感触。
手のひらに収まる鏡は背面を向いている。
少し迷った。覗き込めばいい。何が映るのか、確かめれば。だって【真実を映す鏡】なのだから。
でも……認めよう、怖い。
僕は鏡を覗き込む勇気がなく、伏せたまま懐に入れた。
※
神殿の入口に戻る。
「カッカァを撃退した勇者さまとは思えない体たらくですね」
サシ美と共に床に伏せるモリ夫を見下すと、モリ夫は「おまえに託しただけだ」としっかり減らず口を叩く。
「……ほんと手の焼ける……ふたり並んでください、回復しますから」
僕は小さく息を吐いた。怒っているのか、呆れているのか、それとも心配しているのか。
自分でももうよくわからない。ただ、悪い気分じゃない。
「……『ベホイミ』」
光が溢れた。
疲弊した身体を包み、傷を癒していく。
ふたりの表情から、少しずつ苦痛が抜けていく。
息をついて、サシ美の額を指先で軽く突いた。
「終わりです。立てますか?」
サシ美は甘えるように僕に縋った。
「お兄、ラーの鏡は?」
「無事手に入れましたよ。僕が持っています」
僕が懐を押さえると、サシ美は不満そうに目を逸らした。
見ないふりをして、モリ夫に視線を送る。
彼は準備万端といったふうに立ち上がってこくりと頷いた。
「帰りは僕がトラマナを唱えてから沼地を渡ってくださいね。……無駄な体力は削がないように」
にっこり微笑んでふたりの肩を叩くと、何故かどちらも怯えたようにこくこくと頭を上下させる。
なにそれ。
ほんとまったく、失礼だよね。解せない。