ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
竜王のひ孫は、勇者を待っていた。
別に戦いたいわけではない。
世界征服を企んでいるわけでもない。
ただ、かつて曾祖父が対峙したロトの勇者。その血を引く者たちが、今まさに世界を救う旅に出ているというのだ。
歴史ある竜王一族の末裔として、一度くらい顔を合わせておきたいではないか。
「……それで、勇者はまだ来ぬのか?」
玉座に腰掛けたひ孫が尋ねると、傍らの老魔族は分厚い報告書を開いた。
「現在、ローレシアの王子モリアーティ殿下を中心とした一行が、各地を巡っておられます」
「ほう。ロトの血を引く若者たちか。さぞ勇猛果敢なのであろうな」
「勇猛果敢という点では、間違いございません」
「なぜ含みのある言い方をする?」
「……少々、個性的な方々ですので」
この時、ひ孫はまだ知らなかった。
個性的という言葉が、報告書を書く者の最後の良心であることを。
*
「まず、ローレシアの王子モリアーティ殿下ですが」
「うむ」
「呪文を一切使えず、肉体のみで魔物と渡り合う豪傑です」
「素晴らしい! まさしく勇者ではないか!」
「ただし、魔物を見つけると進路を変更されます」
「戦うためか?」
「はい」
「勇敢だな」
「目的地とは逆方向でも」
「……うむ?」
「また、道中では一歩進むごとにスクワットジャンプをなさるとか」
ひ孫は地図を広げた。
「……爺。この王子、目的地を理解しているのか?」
「地図をご覧にならないそうです」
「なぜだ!?」
「筋肉が導く方向へ進むと」
「筋肉は方位磁針ではないぞ!?」
老魔族は静かに頷いた。
「私もそう思います」
*
「続いて、サマルトリアの王子ハーツクライ殿下」
「うむ。こちらは魔法を使えるのであろう?」
「はい。非常に優秀な魔法使いです」
「よかった。まともそうだ」
「常に穏やかな笑みを浮かべ、物腰も柔らかく」
「素晴らしい」
「ただし、敵対者が跡形もなく消滅する事例が複数報告されております」
「…………」
「ギガデインによるものかと」
「……それは本当に人間の王子なのか?」
「血統上は間違いございません」
ひ孫は報告書に目を落とした。
そこには、ハーツクライが仲間の前では頼りない王子を演じているらしいことも記されていた。
「……なぜ力を隠す?」
「不明です」
「何を考えている?」
「不明です」
「……一番怖いではないか」
「私もそう思います」
*
「そして、サマルトリアの王女サーシャ殿下」
「ほう。可憐な姫君か」
「拳で戦われます」
「……剣ではなく?」
「拳です」
「魔法は?」
「お嫌いなようです」
ひ孫は額を押さえた。
「サマルトリアは、魔法を得意とする王家ではなかったか?」
「そのはずですが」
「兄は雷で敵を消し飛ばし、妹は拳で殴るのか?」
「左様でございます」
「教育方針はどうなっておる!?」
その問いに答えられる者は、サマルトリア城にも存在しないだろう。
*
「最後に、ムーンブルクの王女トンヌラーヌ殿下です」
「おお! ムーンブルクの姫君ならば、きっと優雅で聡明な――」
「犬です」
「…………」
「現在、犬の姿をしておられます」
長い沈黙が流れた。
「……犬?」
「はい」
「犬というのは、あの、四本足で歩く?」
「その犬です」
「わん、と鳴く?」
「その犬です」
ひ孫は目を閉じた。
そして、ゆっくり開いた。
「……呪いか?」
「そのようです」
「解く方法は?」
「現時点では不明です」
「元に戻れるのか?」
「それも不明です」
竜王のひ孫は、しばらく黙っていた。
「……気の毒にな」
初めて、心から同情した。
魔物に城を滅ぼされ、姿まで変えられた王女。
その境遇を思えば、勇者たちが旅を続ける理由も理解できる。
「せめて、あの姫君には幸せになってほしいものだ」
「若様……」
「うむ。城に来たら、上等な肉を用意してやろう」
「犬扱いしてよろしいのでしょうか」
「……では、上等な肉を皿に盛って」
「変わっておりません」
*
それから一週間。
勇者一行が竜王の城へ近づいているとの報告が届いた。
「ついに来たか!」
ひ孫は勢いよく立ち上がった。
「玉座を磨け! 広間を整えよ! 曾祖父上の肖像画も忘れるな!」
「若様、戦闘の準備は?」
「不要だ! 我らは友好的に迎える!」
「承知いたしました」
「あと犬用の水皿を用意せよ」
「王女殿下用ですね」
「そうだ。王族にふさわしいものを!」
老魔族は、純銀製の水皿を手配した。
そこまで必要かという疑問は、胸にしまっておいた。
*
翌朝。
「若様! 勇者一行が城の近くまで!」
「おお!」
「ただし、進路を変更されました!」
「……なぜ?」
「モリアーティ殿下が、付近の魔物を発見されたようです!」
「……まあ、勇者だからな」
「現在、追跡中です!」
「……うむ」
「サーシャ殿下も加勢!」
「……うむ?」
「ハーツクライ殿下は笑っておられます!」
「……何が起きている?」
その直後、遠くで轟音が響いた。
城の窓が震え、天井から埃が落ちる。
「な、なんだ!?」
「雷撃魔法と思われます!」
「敵は!?」
「すでに消滅しました!」
「早すぎる!!」
さらに伝令が駆け込んできた。
「若様! トンヌラーヌ殿下が!」
「犬の姫君がどうした!?」
「魔物の残骸を前に、激しく吠えておられます!」
「……元気そうで何よりだ」
ひ孫は心から安堵した。
少なくとも、一行の中に一人は常識的な存在がいるらしい。
犬だが。
*
夕刻。
勇者一行は、結局城へ来なかった。
モリアーティが別の魔物を発見し、そちらへ向かったためである。
「……爺」
「はい」
「勇者とは、魔王を倒しに来る者ではなかったか?」
「若様は魔王ではございませんので」
「それはそうだが!」
ひ孫は玉座に沈み込んだ。
そして、ふと思い出した。
「……ところで、犬の姫君は無事か?」
「はい。皆様と行動を共にされているようです」
「そうか」
少しだけ微笑んだ。
あの奇妙な一行にも、守るべきものがあるのだろう。
筋肉も、雷も、拳も、きっとそのために振るわれている。
そう思えば、彼らも立派な勇者なのかもしれない。
「……よし。もう少し待ってみよう」
「承知いたしました」
「来たら、まずは茶でも振る舞おう」
「はい」
「犬の姫君には肉を」
「はい」
「モリアーティには……」
「……」
「筋肉に良さそうなものを」
「ゆで卵などいかがでしょう」
「それだ!」
ようやく準備が整った。
その翌日。
城の門に、一通の手紙が届いた。
『近いうちにお邪魔しますね。モリ夫も楽しみにしています』
差出人は、ハーツクライ。
ひ孫は微笑んだ。
「……礼儀正しい若者ではないか」
しかし、追伸を読んで表情が固まった。
『ところで、竜王の血筋には雷撃への耐性はありますか?』
「…………」
「若様?」
「……爺」
「はい」
「勇者は、まだ来なくてよい」
竜王のひ孫は、静かに手紙を畳んだ。
曾祖父よ。
世界の半分を勇者に与えようとしたあなたは、実に賢明だったのですね。
――竜王の城は、今日も平和である。
勇者が来ない限りは。