ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
見上げれば、ぽっかりとお月さま。
今宵も我がムーンブルクには素敵な夜が訪れていた。よしよし。あたしは近衛の目を盗み、こっそりと城から抜け出す。もはや慣れたものである。
繁華街の裏道を進み、馴染みの酒場の裏口からそっと入店、いつものカウンター隅の席に腰を下ろした。
「あ、王女さま、いらっしゃい」
店主のおっさんもいつもの馴れ馴れしさで迎えてくれた。こう見えてもあたしは一応王族なのだが、面倒くさい一切合切は初来店の時に放棄している。おっさんも的確に汲んでくれていて、そこら辺の心地よさから今ではすっかり常連である。
「とりあえず生でぇー。オススメのあては?」
温かいおしぽりを手渡してくれながら「そうだねぇ……」と、おっさんは小首をひねって見せた。
「バブーンの肝かな。刺し身でいける鮮度だよ」
「ジビエかぁ、いいね。じゃあ、それを三人前ちょうだい」
「まいど」
注文を済ませ、ホッと一息ついているところへ背後から声を掛けられた。
「……王女よ……」
枯れてひび割れ、どこかおどろおどろとした声音である。
あたしはそちらへ振り返る。
「あ、エロばばあ」
ジプシーのばあさんだった。若りし頃は歌って踊れるセクシー占い師だった、とかなんとか吹聴しているが残念ながら見る影も無く、今では身なりの綺麗なくさったしたいのようである。飲み友達のひとりであり、いつもは下ネタ全開で「よいか、ロトのしるしなどゴミじゃ。宿屋のおやじに『昨晩はお楽しみでしたね』と言われて初めて勇者として一人前なのじゃ。ぬしもそうなれぃ。ぬはははは」等などと失礼発言連発が通常営業なのだが、今晩はちょいと表情が固かった。
「……どうしたの? 体調わるい? ベホイミかけてあげよっか?」
気遣うあたしを無視して、エロばばあは眉間のシワをさらに深めるように顔を歪めた。「……月をみたかえ?」
観るには観たけど、たぶん、意味が違う。あたしは無言で顔を左右に振った。
「月の具合が露骨に変じゃ。何ぞおかしい。早々に城へ戻られい。邪悪なる大神官ハーゴンめが、良からぬ事をたくらんでおるに違いないわ。油断するな、勇者の血を継ぎし者よ。仲間がそなたの助けを求め……て……て……も?……ぬ?……」
……と、最後はろれつが回らなくなり、エロばばあはそのまま退治されたうごくせきぞうのごとく後ろ向きにバターンと倒れた。店主も客も店にいた全員が駆けより、やくそうだザオリクだ神父だ棺桶だと一時騒然のるつぼと化したが、結局ただの呑み過ぎと判明、そのまま隣の宿屋へと運び出されて一件落着と相なった。
「……やれやれ……」
安堵のため息をひとつこぼして席に戻れば、ビールの大ジョッキに続いてあての盛られた大皿と、個人的にキープしている芋焼酎の瓶が並べられた。いや、ペース早いて……と思わなくもなかったが、まぁこんなものか。納得して晩酌を始める。
グラスに注いだ芋焼酎をちびちび舐めながら、エロばばあのたわ言を思い出していた。
……勇者の血……とか言われましてもねぇ……
同年代の連中に比べれば少しばかり魔法の習得が早いくらいで、後は特別に何も無い。ほんとに無い。まったく無い。転んだ拍子に快心の一撃など、とても現実的でうらやましい才能である。あたしには無い。
……ま、確かに魔物は今もワチャワチャしてるけど、ムーンブルク界隈は安全だし、ケッコーな事じゃない……ハーゴンの軍勢とかさ、ローレシアの筋肉王子がその内しばき倒すわよ。うん。大丈夫だって……
少し酔いがまわって、あたしは芋焼酎の瓶を眺めた。
ジパング……とかいう国の酒らしいのだが、不思議な事に世界地図のどこを探しても見当たらない。
ははは……と、軽く笑ってみる。
知らない世界の入り口がどこかにあって、そこからこのお酒やら魔物やらが忍び込んで来てるンですよね、そうですよね……でも、いーじゃん、別にそれで。美味しいお酒が飲めて、ムーンブルクが平和で、毎日をおもしろおかしく過ごせるのなら……もうそれでいいじゃない……
そして空になったグラスへ、あたしは芋焼酎を波々と注いだ。