ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
玉座の間とはいわゆる謁見の間である。当ローレシア国王の元へ訪れる客人が玉座に座る王に向かい用件を語る場。とは言うものの、その国の威厳を示すかのごとく豪奢な装飾が施された諸外国のそれとは大きく異なり、ローレシアはこじんまりとしていて狭い。いたずらもぐらの寝床くらい狭い……は言い過ぎかもしれないが、近衛兵三人に王宮魔術師の爺が一人がいて更に王と王子、これだけの人間がいてそこへ客人が加われる広さなのだから、城の謁見の間としては狭いが一軒家と比較すればそれなりには広いレベルと言っていい。
まあ何が言いたいかといえば、階段を上がれば否が応でも王である父と顔を合わせてしまうのが嫌で仕方がないのだ。
「おお、我が息子モリアーティよ。よくぞ参った。旅たちの日に相応しい晴れやかな日ではないか!」
朝に顔を合わせてるのに、よくぞ参ったもないだろ、とは思う。それに旅たちとは名ばかりで、学のない息子を体良く国から追い出すための口実でしかない。腹黒ヒゲ王が、そのトロルみたいな腹をまず何とかしろ。
俺はどうでもいい問答には答えず自分の玉座に座る。椅子自体に文句はないとはいえあの国王の隣、気分がいいはずがない。
「南の空が何やら怪しい色を示しておる。強く邪悪な魔物が次々と現れ、世界を覆い尽くす前兆じゃ」
正直魔物が世界を覆い尽くそうが尽くすまいがどうでもいい。目下俺の目的はただ一つ。目の前の憎き男をこの手にかける、それだけだ。
兵士の一人と目が合う。驚いた表情が見て取れたので慌てて取り繕った。どうやら憎しみが顔から滲み出ていたようだ。殺気を抑えろ。そしてその時を待つのだ。
気分が幾らか治まった頃、ふと階段を上がる人影が見えた。非常にゆっくりしたペースで一段一段確かめながら上るかのようだ。年寄りなのか。
そうして次第にあらわになっていくその姿に、
「……いッ!」
俺は一気に血の気が引いた。
ムーンブルクの兵士だった。俺が暗闇でタコ殴りにして仕留めてしまったあの兵士だ。それが証拠にカブトの下から腫れ上がった顔が遠目にもわかった。
最初こそ「誰だ!」と近衛兵たちにも緊張が走ったが、それがムーンブルクの兵とわかり、全身ボロボロの状態に気付くと警戒を解き、代わりに別の緊張が漂い始めた。
「その傷……! 一体どうなされた!?」
倒れかけたムーンブルク兵に駆け寄り近衛兵の一人が抱き抱える。もう虫の息だった。
「……大神官ハーゴンが我が城を! ムーンブルクは壊滅して……ローレシア王よ、なにとぞなにとぞ……ぐふッ!」
盛大に吐血し喋らなくなってしまった。
大神官ハーゴン。確かムーンブルクの南の険しい山中に居を構えるロンダルキア王城を乗っ取り、拠点としていた魔物の軍団ではなかったか。
「これは酷い」
魔術師の爺が兵の傷を見る。甲冑はあちこちが剥がれ落ち肌が露出している。その肌さえ血や泥で元が肌色なのか疑わしいほどだった。
「こやつ、この体でムーンブルクから歩いて来たのかえ? ふーむ」
爺は脈や呼吸を見ている。どうやら死んだわけではないらしい。
「顔も酷いやられようじゃ。腫れ上がっておる……おや? 傷が新しい。それにこの殴られまくったであろう跡。まるでこれは」
まずい。
道中魔物にやられたことにすればいいのに、下手な勘ぐりをすれば俺に行き着いてしまう。
「これはアレですね。呪文を全く使えない者が力任せに殴り倒したかのような」
「この傷でムーンブルクからの距離を歩いてくるのは不可能だろう。ローレシア国内でやられたか、あるいは城内で……」
おいおいおい、おまえら全員探偵かよ。金田一とコナンとホームズが一緒になってんのか。
まじでやめてくれ。
……仕方ない。かくなる上は。
俺は勢い良く玉座から立ち上がって見せた。
「おのれハーゴンめぇぇーッ!」
歯を食いしばって拳を握りしめる。
「我が友好国ムーンブルクを壊滅させるとは! 許すまじ!」
高らかに叫ぶ俺を近衛兵たちが「王子様突然どったの?」と言わんばかりに見ていたが無視した。
「父上!」
「は、はいっ?」
「わたくしモリアーティはムーンブルクへ向かいます。現状を把握し、真に壊滅とあらばハーゴン討伐へ!」
「あ、あ、そ、そう。いいんでない?」
しどろもどろになる父を他所に、俺は近衛兵たちにムーンブルクの兵を救護室へ運ぶよう指示し、身支度を整える。元より旅立つ予定だったのだ、それが急なものになったに過ぎない。
本来は父親を始末してからと思ったが、それよりここを離れるのが先決だ。
「モリアーティよ。宝箱の中身を持っていくがいい。それで準備を整えよ」
ふむ。そこは父親らしく振る舞うのか。
「それと、隣国のサマルトリアに向かうがいい。同じロトの血を引く者として同行してくれるだろう」
頼りになる仲間はいた方がいい。俺は力強く頷き宝箱を開ける。
中身はどうの剣一本と50ゴールドだった。
おい。50ゴールドって国民の初任給より安いだろ。
「どうしたモリアーティ。馬のふんでも入っていたか」
「い、いえ。まさか」
ローレシアが貧しいのか、あるいは国王がケチなのか、はたまた俺に対する嫌がらせなのか。いずれにしろハーゴンの後にあいつをどうにかせねばなるまい。
皮の鎧をしっかりと装備し、薬草を蓄えると俺はさっさと城を後にした。
今頃ムーンブルク兵を襲った者の調査が行われているかもしれないが知ったこっちゃない。しばらく帰るつもりはなかった。
さらばローレシアよ。
さらば国王よ。
俺は城を振り返り、親指を下へ向け十字を切った。
どうの剣。それは剣とは名ばかりの武器で棍棒の上位互換と言って差し支えない。なぜならば『斬る』武器として扱うのではなく『叩く』攻撃として使う武器だからだ。
力任せにぶん殴る上で効率はいいのだろうが、何というか安っぽい。
とりあえず、道中でスライムとドラキーが数匹ずつ現れたが面倒だったのでまとめて固めて上からどうの剣でぶっ叩いておいた。この剣戟というよりも打撃と呼ぶに相応しい感覚、割と性に合ってるかもしれない。
街道沿いの宿場町リリザで進路を北へ向け、更に数日歩きサマルトリアへ到着した。
サマルトリアは王城を森の中に構えている。森の自然と共に生きる、がサマルトリア王の主張らしいが森林伐採が進んでいるところを見ると、さほど深い意味を持った言葉ではなかったらしい。
城は立派ではあるのだが、何というか大らかというか朗らかというか、呑気? そんな噂はローレシアでも耳に入ってはいた。
とはいえ一国の王子に挨拶に来たのだ。一旦うわさ話の類は忘れて入城したわけだが、いきなり出鼻をくじかれた。
「王子なら一足先に勇者の泉へ旅立ったぞ」
サマルトリア王の前で呆然。
待っていろ、とは言い難い。
どうやらムーンブルクの伝令はサマルトリアにも来ていたらしい。勇者ロトの末裔ならば勇んで旅立つのも仕方ない。きっと俺がそうしたように、同じロトの血を引く者を迎えに行ったのだろう。
ならば仕方ない。追いかけ合流するのが常だが、一つ疑問がある。
「なぜローレシアへ行かず勇者の泉へ?」
その問いには王子の妹が答えてくれた。
「うどん食べるんだって。お兄ちゃんが言ってた」
現れた姫君は豪奢な白いドレスに煌びやかに輝く冠を額に添えていた。
何という王族らしい王族。
それとは対照的に顔はまだ幼さの残るどちらかと言えば可愛らしい顔立ちだ。
けれどダメだ。いかに可愛らしくとも金がかかりそうな女はパスだ。金が無くなればゴールドマンを狩って来いと夜な夜なアゴで使われる。なのにやれミンクのコートを買えとかいかずち杖を売ればすぐ買えるとか悪魔神官なんて雑魚でしょとか無茶振りをする。そんな未来は御免だ。
「……何を考えてるのかわからないけど。お兄ちゃんは呑気だから寄り道をよくするの。多分うどんもそう」
噂に違わぬ呑気っぷりらしい。ハーゴンの脅威が迫り来る時に、まずうどんとは。
わかった、ありがとう。そう言って城を後にしようとした時、ふと妹に呼び止められた。待て待て。いかに俺が頼りがいのありそうな戦士に見えようが金のかかる女はダメだ。
けれど聞こえてきたのは思いも寄らぬ言葉だった。
「お兄ちゃんね、呑気な人で寄り道はするし勝手にあちこち行くし、困った所はあるんだけど……何ていうかここ最近お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃないみたいに思えることが多くて」
「それどういうこと?」
「ワタシもよくわからないの。でもまるで別人と思うことがあって」
ふぅむ。
「王子も成長しているってことでは?」
「ならいいんだけど」
そう言って不安げな表情から一変、笑顔を見せた。
「あともう一つ」
「なんだ?」
「お兄ちゃんの名前。ハーツクライ・サマルトリア。通称ハト吉よ」
冷凍うどんか。
通称が一気にランクダウンしている気もしたが、そんなことより、うどんに執着する理由が何となくわかったような気がした。
とりあえず勇者の泉へ向けて出発するが、その前に一休みだ。
何故かは知らないが城で休んで行かないかと声をかけられることはなかったので、城下町で宿屋へ立ち寄った。隣国の王子なのに金を取ると言われても黙って8ゴールドを差し出し、部屋へ入ろうとしたところで、口元に長い髭をたくわえた商人に話しかけられた。
「旅の者よ。私はローレシアの商人。やまびこの帽子はご存知か?」
聞いた事のない名前だ。
「ひとたび呪文を唱えれば、やまびことなり返ってきてもう一度呪文の効果が現れる魔術装備じゃ。そしてもう一つ、水のはごろも。これも力のない魔法使いたちには重宝される守備力の高い装備で……」
なるほど。それはそれは呪文を扱う者には素晴らしい装備だ。そうそう、呪文が使える者には。
「ほほぅ。それは呪文が一切使えない俺への嫌がらせか? あぁ?」
俺の顔を覗き込んだ商人の顔は見る見る青ざめていく。
「ま、まさかローレシアのモリア王子ぃぃー!?」
「そんなやつはここにはいねぇぇーッ!」
俺は爺にヘッドロックを決めてマットに沈めていた。力こそパワーだ。わかったか。
サマルトリアの夜が更けていく。一晩休んだ俺は早々に城と町を後にした。