ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
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鬼畜神父・ヘタレシスター・聖騎士くずれ用心棒・スマートあそび人などなど、結局いつの間にか酒場の中はお馴染みの顔ぶれだけになっていた。人生の節目々々において、ひねくれた選択をしてしまった人たちである。
「よ、姫さまぁ!」
「ぎゃあぁぁ! 王女さまあぁぁ!」
「待ってました! ベギラマお嬢!」
……等々、彼らのそんな黄色い声援を受けながら、たましいを込めてあたしはこぶしを回す。
「♬ さくら〜ふぶ〜きのぉ〜、ガライぃ〜の、そらぁへえぇ〜……」
とても気持ち良く『ガライ』を熱唱した。何度唄っても心にしみる。吟遊詩人は地球を救うのである。呑み友達連中にもお世辞込みで絶賛され、うぬぼれ半分の余韻にひたっていたら、酒場の店主のおっさんが実に申し訳なさそうな顔で近づいて来た。
「王女さま、あの……そろそろ店を閉めたいのですケド……」
「ん……あらん? もうそんな時間?」
いかん。ハメを外しすぎたか。しこたま酔って満喫させて頂いたので、ぼちぼち城へ戻ろう。おっさんにいつものごとくツケをお願いして(※割り勘である)、あたしたちはふらふらと酒場を出た。そのまま解散。ちなみに支払いは月末にお付きの者がまとめて精算するので、帳簿上は明朗会計の筈である、おそらく。
さて、真っ直ぐ帰路に着く……前に、隣の宿屋へ立ち寄った。事情を説明、快く応じてくれた主は客室の扉をそっと開いてくれた。
頭を突き出し、中をのぞく。暗くなった客室からは、エロばばあの健やかな寝息だけが聞こえていた。大丈夫そうだ。音を立てないよう、慎重に扉を閉めた。
主へ再び頭を下げてから宿屋を後にした。深夜ゆえ人通りの途絶えた城下町を、ひとり影を引きずりながらの千鳥足。でも足取りは軽い。あたしはとても満足していたのである。芋焼酎は変わらずうっとりするほどの豊潤さだったし、今宵はあてが素晴らしかった。ガニラスのカニみそがあんなに美味しいなんて。最高に気分が良かったので、知らずと『アレフガルド恋しぐれ』をくちずさんでいた。
『♬ クエストのためならぁ〜ローラも泣かすぅ、それがどうしたぁ、文句があるかぁぁ〜……』
……いや、それ、おっさんが唄う奴ですよと騎士団や宮廷魔導士団のじいさんたちに呆れられたりするけれど、好きな歌である事実は変えられない。あたしはご機嫌のままにうきうきと夜道を歩いていた。
雲も無く、どこまでもどこまでも澄んでいて、とても清々しい夜だったのである。
この時までは。
※
……姫さま……姫さま……
どこかで呼ばれている。同年代の女性の声だ。わかってはいるが、しかし、眠たい。もう少し寝かせてチョンマゲ……
「姫さま!」
ドンドンと扉を叩く音。あたしはようやくそれを認識した。バネじかけみたいに半身を起こす。ムーンブルク城内の私室、そのベッドの上だった。
「姫さま!」
再びの乱暴なノック。聞き覚えのあるその声は、宮廷魔道士団のウグイス書記官のようだ。慌ててベッドから飛び降りる。ぐらり……的に身体のバランスが乱れるが、何とか耐えた。いかん、まだ酒が残っている。どれくらい寝てたのだろうか……窓辺へ視線をやれば、夜のとばりが降りたままであった。ズキズキとうづくこめかみ辺りをもみながら、とりあえず自分にベホイミ。
体内にどんよりと居座っていた嫌な感じが、ゆるゆると鎮まっていく。全快ではないけれど、それなりに体調は戻ったようだ。酒は抜け切っていないが、これは致し方なしである。腹をくくって扉を開錠した。
小柄なウグイスちゃんの上目づかいの顔が、扉の先にて待っていた。三度の飯よりイケメンが好きで「あの旅の武闘家、ステテコパンツがイヤ~ンセクシーですね。会心必中だわー」とか普段はバカ話しかしないのだが、今はその軽薄さが微塵も無い。眉間を険しく寄せ、尋常ではない雰囲気をまとっている。
「え……なに?」
あたしは面食らう。彼女はいつもの軽装ではなく、皮のよろいを身に着けていたからである。手にはさばきの杖という実戦仕様。こんな真夜中に訓練の模擬戦ではないだろう。只事ではないようだった。
はち切れんほどの緊張感にあふれた表情だったが、しかし、あたしを目前にしての数秒後、もろくもそれは半笑いに崩れた。
「酒くっさ! まーた呑み歩いてたんですか! 私、キアリーは習得してないので解毒は出来ませんよ!」
「……酒は毒じゃねえし」
「そーゆー事ではありませんので」
ただしざれ言はここまで。ウグイスちゃんは再びキリリと顔を引き締め、早口となった。
「実戦の装備をととのえ、大広間へ大至急お越しください。陛下がお呼びです」
※
タンスから魔道士のローブを引っ張り出す。普段まったく袖を通さないので、変に新品然としているのがどこか恥ずかしい。性能は一般流通品と大差ないが、王族仕様として白を基調としアクセントに金の刺しゅうが入った特製品である。こんなの、余計に悪目立ちするだけだと思うのだが仕方ない。あと確かいかづちの杖があった筈なのだが、どこを探しても見当たらない。よくよく考えたら、去年の忘年会の一発芸用に持ち出して、そのまま酒場に忘れっぱなしだった。いかん、宮廷魔道士団長のじじいにバレたらどやされる……しかし、今はそれどころではなさそうなので隠蔽処理は後回しである。腰のベルトに道具入れのきんちゃく袋を結び、机の上に転がっていた聖なるナイフとどく針を懐に忍ばせ、手ぶらで部屋を出た。
大広間へ向かい、二人で通路を進む。見慣れた城内のはずなのに、異様な雰囲気はすでにむせるほどに満ち足りていた。騎士にしろ侍女にしろ、みんな小走りである。小荷物を抱えた人もやたらと目に付く。なんなのだろう?……
鉄仮面を被り、盾と片手斧というフル装備の戦士団とすれ違う。全員、漂う殺気が普段とケタ違いだった。たまらず何事かとウグイスちゃんへ尋ねようとしたら、先に彼女から質問された。
「姫さま、盾は?」
「あ、あたし、使わない派」
「ダメですよ。危ないです。私のおなべのフタ使ってください」
「いや、気持ちだけでよかですばい……てか、何があったの?」
ようやく本題をたずねると、ウグイスちゃんはその場で脚を止めた。真顔であたしの眼を見る。「ムーンブルク蒼月騎士団は現在、城下町の手前でハーゴン軍と交戦中です」
一瞬、あたしの思考がにごる。
ん?……交戦中?……ん?
なんの冗談ですか、それは。思わず声を出して笑ってしまった。
「あっはっはははは! そんな大げさな。どうせタホドラキーとかでしょ? お目々パチクリモンスターちゃんぢゃん!」
しかし、書記官は首を小さく左右に振って見せた。
「規模が違います。現在確認されただけで敵の数はおおよそ一万です」
再び思考が止まる。今度は力技で、無理矢理に首ねっこを押さえ込まれた感じだった。
「いっ!……え?」
「さらに後続が控えているらしいとの報告も挙がっています」
「……マヂ?」
「大神官ハーゴンはどうやらその気になった模様です……おなべのフタ貸しましょうか?」
「いや、気持ちだけで良かでごわす……」
大神官ハーゴン……よだれ掛けポンチョみたいのを愛用しているおちゃらけハゲのイメージしか無かったのだが、どうやら認識を改めねばならないらしい。
ほんと、勘弁してほしい。あたしの平穏な日常をおびやかさないでくれまいか。先行きの不透明さにうんざりである。そういうのは努力・友情・勝利の熱血ド根性主人公であるローレシアのあんちゃんに振ってほしい。花も恥らう乙女のアタクシには重すぎる。やれやれである。
変なため息が出そうになった、その時だった。ウグイスちゃんが不意に声を漏らした。
「あっ……」
ちょうど窓際で、彼女は外へ目線を向けていた。釣られてあたしも見る。
ムーンブルクの城は平城だが、一段小高い丘の上に有るので、城下町の全貌を見下ろすことができる。
表は不自然に明るくなっていた。日の出……ではない。違う。城下町を包んでいる夜の闇がまだらになっていた。
「……あれって……」
ウグイスちゃんが呆然とつぶやく。あたしだって認めたくはない。しかし、そういう事だ。数カ所で火の手が上がっている。
「やだやだ……あれって……」
今にも泣き出しそうな横顔で、否定の声を絞り出す書記官。現実を拒否したいという心情が刺さるほどに伝わる。しかし、それでも事実はくつがえらない。
魔物が街に侵入している。騎士団の防衛線が破られた。そしてあたしは気付いてしまった。轟々と炎と煙が立ち昇っているあの場所は、酒場と宿屋の有る方向ではないか。
「あかんて!」
刹那、走り出していた。来た通路を反対へ。大広間ではなく正門へ、城下町へと向かって。
「姫さま!」
背後でウグイスちゃんが叫んでいる。無理。あたしはさらに加速、矢のように疾走した。
「いけません! ダメです! トンヌラーヌ姫!!」
聞こえてはいるが、彼女の絶叫は捨て置くしかなかった。ごめん。あとでちゃんと謝るからと、心の中で詫びながら。
※
城を飛び出し、前庭へ。
大手門は半分閉じられ、その内側にて完全武装の騎士たちが三百騎か四百騎、迎撃の陣形を敷いていた。その背後に宮廷魔道士団の選抜組が二十名ほど控えている。魔導師級ばかりのとても濃い顔触れである。
そんな集団をあたしは巧みな足さばきで右に左にテキパキと避け、全速力を維持したままにあっさりと突破した。
「あっ!」
「えっ!!」
「姫さま?!」
「ちょちょちょっ!」
……などなど彼等の驚嘆と動揺の声をいくつか聴覚が拾ったけれど、すべて黙殺。あたしは大手門をくぐり抜け、街の中へと突き進む。次に耳朶を打ったのは悲鳴と怒号だった。町が一変している。拡がる視界の隅々にて、人々の動きが見て取れた。城を目指して逃げ惑う市民たち。誘導する騎士。鳴きわめく子供。おぼつかない足取りの老人たち。そんな彼等とすれ違いながら、脳裏にハーゴンのハゲ頭がにじむように浮かんだ。
……あのウスラハゲポンチョの奴……
音を立てて血管が切れそうになる。
しかし我慢である。冷静であらねば。慎重であらねば。その場の感情に流されてはいけない。
……魔道にたずさわるのなら、短気は損気ではありませぬニャ。短気は死期。そう認識してくだされ、トンヌラーヌさま……
あたしの魔道の師匠は父王ではなく、宮廷魔導士団の先代団長であるヤタガラス翁である。背丈はあたしの半分くらいしかなく、いつも笑ったネコみたいな顔をしている穏やかなじいちゃんなのだが、こと魔道に関しては大賢者どころか人外の知識量を誇る雲の上の方で、そんなネコ師匠の指導のひとつが先の言葉だった。
……短気は死期……短気は死期……冷静に、冷静に……落ち着け、あたし、落ち着け……
難しい事ではない。宿屋に行ってエロばばあの安全を確保、そのまま避難する市民たちと共に城へ戻る。たったそれだけである。出来る。必ず出来る。やらねば。あたしなら出来る。宿屋へ向かい、風を切ってあたしは懸命にひた走った。
すると、前方から逃げて来る市民の一団の中に、知り合いの顔を見つけた。あたしは急制動、なんとか彼女の手前で止まった。
「ヘタレシスター!」
「あ、トン子ちゃん!」
駆け寄ると、ヘタレシスターは腰が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫? ケガはない? てか、トン子って呼ぶなし」
「……トン子ちゃん……大丈夫だよね? ムーンブルク、大丈夫だよね?」
ヘタレシスターの両の眼から、大粒の涙が筋を引いてこぼれ落ちたその瞬間である。
頭上に違和感。覚えたと同時に理解した。はばたき音と殺気だ。目線を上に向けつつ、あたしはベギラマの射程を確認する。空中のまぬけたちは充分に範囲内だった。
十体前後のメイジキメラの群れ。相変わらずの醜悪な面構えで、それを歪めて奴等は笑っていた。正しくは燃えさかる炎を眼下へ放射しようとしているのだろうが、あたしには嘲笑にしか見えなかったのである。
もう充分だ。もういい。
短気は死期。そうでしょうよ、ネコ師匠。しかし、もう無理です。
沸き立つ激昂のままに、あたしは叫んでいた。
「死ねえぇぇぇぇぇ!」
詠唱は放棄。呪文名すら告げずに、意識だけでベギラマを発動を許可した。射程の中で効果が結実。感情のままに攻撃呪文など唱えるものではない。ベギラマは三重掛けとなって、夜空に浮かぶメイジキメラたちを紅蓮の炎で覆い尽くした。魔力も三倍消費したが火力の高まりは凄まじく、まばたきの間でキメラの羽と肉が蒸発した。炭と化した骨の燃えカスだけが、雨みたいにバラバラと降ってくる地獄絵図。しかし、気分は良かった。
ざまぁみろ、不細工よだれどりが……と思ったのも束の間、あたしの背後にドスンと何かが落ちて来た。振り返れば、半焼け状態のメイジキメラが一体、バタバタと羽根を動かしもがいていた。魔法抵抗値の個体差と運の良さなのか、かろうじて即死は免れたらしい。ギャアギャアと喚き出す。
恨みごとかよ、見苦しい……とあきれたが、警告に首筋があわ立つ。違う。断末魔じゃない。どこか聞き覚えのある旋律で、これはキメラの言葉による詠唱だと気付く。ベホイミだ。
あたしは電光石火で反応、滑るように繰り出した一歩で間合いを詰め、どく針を奴の喉元に叩き込んだ。
グゥゥ……と喉を鳴らし、吐血するメイジキメラ。詠唱は途絶えたが、くちばしが小刻みに揺れている。あたしは微塵もためらわず、あらゆる角度から奴の喉をこれでもかこれでもかとどく針で突いて突いて突きまくり、とどめとして眉間に突き立てた。ボキリとどく針は折れたが、白眼を剥いてキメラはようやく絶命した。
焼け残ったキメラのつばさがフワフワと舞う中、それを手で払いのけながら、呆然とするヘタレシスターの側へと戻った。
「泣いてどうにかなる局面ではないだべさ。ヘタレシスターにも力を貸してほしい」
「無理だよ、わたし、トン子ちゃんみたいに戦えない。旅人の記録をつける事しか出来ないよ……」と、うなだれる彼女。
その細い肩をあたしは優しくポンポンと叩いた。「ホイミ出来るやん。お城の中でケガ人に寄り添ってあげて。他の呑んべえ連中の事、何か知らない?」
涙をぬぐって、ヘタレシスターはあたしを見た。「……鬼畜神父が魔物ぶっ殺してやるって、教会に有ったはかいのつるぎをもって出ていっちゃったの……わたし、止めたんだけど……」
「……なんでそんな物騒なもんが教会に有んのよ?……てか、鬼畜神父に装備できる訳ないやん。呪われて動けなくなっておしまいやん」
「トン子ちゃん……」
「鬼畜神父のことは頼まれた。だからケガ人のことは頼んだわよ。さ、早くお城へ。走って!」
それだけ言い残し、あたしは再び駆け出した。
「トン子ちゃん!」
背後からヘタレシスターの叫び声。
そう言えば、先程も呼び止めるウグイスちゃんを置き去りにした。
でもわかってほしい。
あたしは必ずあなたたちの許へ戻る。約束する。あなたたちと抱き合って、共に歓喜を口にし、大好きな芋焼酎で祝杯をあげる。約束する。魔物は叩き出す。ムーンブルクを汚す者をあたしは許さない。一万匹だろうが二万匹だろうが関係ない。あたしは容赦しない。魔物どもは焼いて焼いて焼き尽くす。約束する。ムーンブルクに手を出した事を、奴らに死ぬほど後悔させてやる。
ギリギリと音を立てる犬歯。怒りの激情に追い立てられ、あたしは夜の街を全力で駆けた。
宿屋までもう少しだ。大通りの角を曲がる。
すると、道路のあちこちに魔物の姿が溢れていた。百とか二百なんて数ではない。マンドリルやくびかり族にまぎれ、青い肌をした一つ目の巨人なんて見たこともない奴もいる。そいつ等が好き勝手に街を破壊し、火を放っていた。
上等だ、馬鹿が。
一番手前がマンドリルの群れで、接近するあたしに気付いて何やら声を上げる。
発動するベギラマ。もはや何重掛けなのかもわからない。だが、いい。知るか。今ならベギラマ百発はいける。業火は灼熱の大渦を巻き、マンドリルたちを呑み込んだ。たちまち灰に帰す外道ども。それを横目に、あたしは魔物たちの只中へと突き進んでいった。