ユニゾンクエストⅡ(仮)~筋肉とサイコパスと犬と神々~ 作:ケルベロス(通称・ベロちゃん)
勇者の泉で名物のうどんを啜りながら、老人に言われたのが
「サマルトリアの王子? それならさっきまでいたんだがのう」
だった。
熱々の汁にむせ返りながら思う。
もう少し待つということができないのかサマルトリアのご子息様とやらは。
妹君はお兄ちゃんは呑気者と言っていたがこれではただのせっかちだろう。
コメカミの血管に内側からほとばしる圧を感じながら、あっさりとしつつもコクがあってキレのある出汁を喉奥へと流し込んだ。
相反する感情が相殺され、最後に幸福が勝つ。美味い物こそ人生の宝と言わんばかりの勝利だ。
まあいい。旅を続ければいつか会えるはずだ。
流れのままにうどんを3食分完食し、腹八分目になったところで老人から「光あれ!」と祝福を受けた。
そして一路南へ。
一応ローレシアを目指していたつもりだったが、城には顔を出せないことをすっかり忘れていたので、城下町をもスルーして、海岸で西へと進路を変えた。向かう先はリリザである。
ただ、このまま故郷を後にしてしまうのは偲びなかったので、俺は海へ向かってスクワット1000回×10セットを行った。
よし。
体が整ってしまえばリリザはもう目と鼻の先だった。
足早に町へ辿り着いた俺は、既に夜のとばりが降りかけているリリザの町並みを眺めながら宿屋へと滑り込んだ。
もしローレシアにサマルトリアの王子が寄って待っているようなら詰んでいるわけだけど……そんな一抹の不安を抱えながら主人に尋ねてみると、王子の顔すら知らないとの事。
あまり国民の前に顔を出さないのか。それとも特別な事情があるのか。
そんな事を考えながら奥の部屋へと向かう途中、通路を曲がったところで、
法衣に身を包んだ男と出会った。
初見で優男という印象を持つのはきっと正しい。僧侶なのか神官なのかは分からないが呪文を軸に戦うタイプだという印象もおそらくは正しい。
ただ、唯一測り損ねていたのはこの男の単純な強さだった。
動けなかった。
金縛りにあった訳ではない。
一瞬で全ての選択肢が潰されたからだ。
つまり、その男には一切の隙がなかった。
かなりの手練か。いや、それ以上か……。
「おや? これはこれは、ローレシアの王子ではないですか」
先に口を開いたのは男の方だった。
喋り方はどこか間の抜けた感じで覇気の欠片も感じない。いま指先でつつけば吹っ飛んで行きそうな風体だ。
けれども、それすら妄想でしかないと直感が伝えていた。
「いやぁ探しましたよ」
軽いノリで言われるが少しも笑えなかった。
何故なら、言いながらもその目が、俺の全身のあらゆる組織を掴んで離そうとしなかったからだ。まるでギガンテスに頭を鷲掴みにされたみたいだ。
言わずともわかる。
コレは、サマルトリアの王子だ。
なのに何かが違うと、俺の体がザワつく。
目が動く。たまたまだ。たまたま目に注視していたから気づいただけに過ぎない。
目の奥が一瞬光り、そして口元が僅かに動く。
研ぎ澄まされた危険察知が発動。
無意識に俺の口が開いた。
「その腰の武器はやめてくれ。俺は敵じゃない」
サマルトリアの王子は後ろへ回そうとしていた左手を止めていた。
額を汗が垂れる。
口元の動きは呪文詠唱の兆候だ。そして万が一不発になった場合を想定して、腰に仕込んだ武器を用意している二段構えの用意周到っぷり。
もし先に呪文を止めていれば迷わず腰の武器を突き立てていただろう。
挨拶代わりの一撃なんて生易しいものじゃない。もし見誤っていれば確実に殺されていたはずだ。
動きは止めた。だがその代わりに、目の鋭さはその凄みを増していた。
「……へぇ。レベル10程度でしかないのにすごいや。なるほど、やはりローレシアの王子は武人のようだ」
口調が一変した。まるで別人だ。
「おまえはサマルトリアの王子じゃないのか」
「いやだなぁ、サマルトリアの王子、ハーツクライですよ」
「嘘を付くなよ」
「嘘じゃないですって」
セリフは呑気なはずなのに、声が悪魔のそれだ。
初対面で殺す気まんまんとかふざけてやがる。
今もそうだ。相対するこの瞬間でさえ隠す気すらない殺気が俺を飲み込まんとしている。
「あ、でもごめんなさい。ひとつだけ嘘付いてました」
「え」
「探しましたよ、なんて言いましたけど、あれ……嘘です」
「な……」
刹那、動きを見失った。気付いたときにはハーツクライは目の前で半回転し、背中をこちらへ向けていた。更に回転させる体、その向こうに揺らめく切っ先を捉えた。
来る。本能が察した。
手が勝手に背中の剣へと伸び、鞘から抜きつつ振り下ろす。
ハーツクライの繰り出した剣技を力任せに上から叩き落とした。
だが、それで止むなら容易い。
回る体はそのままに、続く左半身は俺へと突き出る。
その左手にはひと振りの短剣が握られていた。
剣先が真っ直ぐ、俺の瞳へ向かってくる。
避けることは叶わない。
防ぐことも間に合わない。
剣を振り下ろしたばかりの体勢だ。次の行動へ移す頃には片目が血まみれになっているだろう。
だからこそ。
俺はハナから剣を振り下ろすだけに留めるつもりはなかったのだ。
叩きつけた剣が地面をえぐる。
衝撃で宿屋の床が揺れた。
ダメージなど最初から望んではいない。ちょっとだけ「ぎょっ」としてくれればそれでいい。
「うわっ、と!」
左手を伸ばしながらバランスを崩したハーツクライ。
短剣の軌道が逸れる。
ここだ。
俺は剣を振り上げ、目の前の王子の喉元へ突き出す。
それとほぼ同時。
ハーツクライの剣も俺の喉元へ突きつけられピタリと止まった。
額を汗が垂れていく。
微動だに出来ないまま睨み合った後、向こうが先に口を開いた。
「これは驚いた。すごいや。やっぱりモリアーティ、あなたは戦闘センスの塊だよ」
「褒められても嬉しくないな」
精一杯の皮肉を込めたつもりだったが内心は虚勢がバレないか不安でいっぱいだ。
ギリギリ紙一重、と言いたいところだが、向こうは汗一つかいていない。
加えて今の攻防では呪文を使っていない。手抜きもいいところだ。
「なんで俺を殺そうとする!? 仲間じゃないのか」
当然の疑問を投げかけると、ハーツクライは剣を引っ込める。
そうして、ひとしきり唸った後こう答えた。
「……父には、……ああ、そうサマルトリア王にはローレシアの王子と冒険を共にしろ、と言われてますから。君がいなくなれば面倒な冒険をしなくて済みそうじゃないですか」
思わぬ回答に目が点になった。
「おい、それは本気で言ってるのか」
「もちろん、大真面目。まぁそれだけじゃないですけど」
先程まで悪魔的な態度や口調や攻撃はまるで幻かと思わせるように、無邪気に笑ってみせる。参った。強さは間違いないんだが、相当ヤバいやつじゃないか。ある意味、魔物よりたちが悪い。
「でも、少し考えが変わりました。ここで冒険をナシにするのは勿体ないかもしれない。今回のあなたなら前回より楽しめそうですから」
「なんのことだ?」
「おいおい話しますけど、ようは期待してますよってことです」
そう言ってはぐらかされた。問答無用で殺しに来る手練れと旅をするのは傍から見れば気が触れたと言われても仕方ない。けれど、この強さは本物だ。ムーンブルクを救い、ハーゴンを打ち倒すならばこれ以上頼りになる仲間はいないだろう。
もしまた襲われるようなことがあったら、またやり返せばいい。やり返せないなら俺がもっと強くなればいいだけの話だ。
俺は右手を差し出した。
「話は聞いているだろう。ムーンブルクを救済し、共にハーゴンを倒そう。……俺はモリアーティ」
「こちらこそ。僕はハーツクライ」
握手を交わす。不思議と邪悪なオーラは感じなくなっていた。
「もう殺そうとするのはやめてくれよ。体がもたない」
返事はない。代わりにあの突き抜けるような満面の笑みが返ってきた。
満面の……笑み……。
見れば彼自身は間の抜けた顔でこちらを見つめていた。
「なぁ、俺たち初対面だよな?」
そう当たり前のことを聞く。
「ええ、もちろん……。初対面……ですよ」
不可思議な感覚に戸惑いながらも床を見る。
そこで俺は重要且つ重大な過失があることに気がつくのである。
「宿屋の床ボロボロだな」
「そうですね。モリ夫さんの仕業ですよ」
「むむむ。俺のせいか……まぁ俺の攻撃だしな……致し方ない。あとモリ夫って呼ぶな」
俺は王家の力を存分に発揮することを決意。
宿屋の主人にはローレシアの家紋を見せ、修理費は王家にツケておいてもらうことにした。