サッカーモンスターの片割れ   作:小松菜せろり

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個人的な解釈が入ります。ご注意下さいませ。


【幕話】ー独白。

 

 寝息を立てて眠り始めた母さんを見て

 ようやく肩の荷がおりた。

 

 荷物を纏めて帰る支度をする。

 

 ……あんまり彼女を待たせる訳にも行かないし。

 

 病室の扉に向かって声をかける。

 

 

「……ナツ もうでてきていいよ」

 

 

 扉からチラチラ見えていた赤い髪がビクリと揺れる。

 

 ナツは恐る恐る僕の前に姿を表した。

 

 いつもの余裕そうな表情は消え

 視線は絶えず宙を泳ぎ

 まるで言い訳を探す子供みたいだった。

 

 数時間前に

 先輩たちに喧嘩をふっかけていた姿とは

 あまりにかけ離れていて

 思わず笑ってしまいそうになるけど

 

 あまりに申し訳なさそうな顔をする彼女の手前

 浮かび上がってくる笑みを押し殺す。

 

 

「悪いとは思ってるわ……。

 

 信じて欲しいのだけれど

 盗み聞きをするつもりは全くなかったの。

 

 ただ……入るタイミングを無くしてしまって……」

 

 

 彼女の声はだんだんと小さくなっていく。

 僕は別にナツの言うことを疑ってない。

 

 彼女が手に持っているものがそれを証明している。

 

 

「それ。わざわざ買ってきてくれたんだ。

 母さんも喜ぶと思う。ありがとう」

 

 

 ナツの手には果物の入っている袋が握りしめられていた。

 まだ出会って一日だけの関係なのに……律儀だと思う。

 

 顔に出ていたのか。ナツが必死に言い繕う。

 

 

「……会ったばかりなのに

 どうしてそこまでって思うかもしれないけれど

 

 ……私にもあんまり分からないの。

 

 でも雲明くんから話を聞いた時

 もし倒れたのが母様だったらって思ったら

 いても経っても居られなくて……!!」

 

 

 ナツの表情には恐怖が混ざり

 声が徐々に大きくなる。

 

 

 

 ゴソッ

 

「「!!!!」」

 

 ……母さんが寝返りをうった。

 

 

 

 幸い、目は覚まして無いらしい。

 

 耳を澄ますと うなされているみたいだ。

 

 

 

 

「雲明……強く産んで……あげられなくて……ごめんね」

 

 

 

 ……あまりいい夢を見れてないらしい。

 

 母さんの目元を拭い、ズレてしまった布団をかけ直す。

 

 立ち尽くしてしまったナツに声をかける。

 

 ここは会話には向かない。

 

 

「……場所を変えようか。果物のお礼もしたいし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲明くんが自販機から戻ってきた。

 二人で病院のロビーのソファに座る。

 

 

「……そのジャージ お母様から貰ったものなのね」

 

 飲み物を飲んでいた雲明くんがむせる。

 その反応がおかしくて笑ってしまう。

 

 雲明くんはジーっとこちらを見つめる。

 

「そこまで聞いてたんだ。ナツさんて結構意地悪だね」

 

 母親に服を買って貰ったのを知られたくないなんて

 案外 子供っぽい面もあるんだなと思ったのは内緒だ。

 

 別に意地悪したかった訳じゃない。

 いいなぁ。……そう思ってしまったのだ。

 

 

「ふふ、……羨ましいと思ったのよ」

 

「羨ましい?」

 

「……ええ。実はね、

 私……父様からプレゼントを貰ったことがないのよ」

 

 

 さっきの雲明くんの様子が

 あまりにおかしかったからだろうか。

 それとも彼の雰囲気がそうさせるんだろうか。

 

 口からポロポロ言葉が漏れ出していく。

 15年間ほとんど誰にも言えなかったような醜い本音が。

 

 

「知っているとは思うけど私の父様はあの円堂守なのよ。

 父様は私たちの父親である前に伝説のサッカープレイヤー。

 

 私と兄様が小さい頃はプロとして世界中を飛び回っててね。

 

 ほとんど会うこともなくて記憶もほぼないの」

 

「それでもテレビ越しに見る父様はかっこよかったし

 周りがあまりに父様を褒めるから。

 そんな父様を誇らしく思ってたわ。

 

 それにある程度大きくなってからは

 休みに帰ってきては疲れているだろうに

 私たちと遊ぶ時間を作ってくれたわ。

 

 ……大抵がサッカーだったけれど」

 

 

 今 思い返せばあまりに不器用な父様の姿に苦笑してしまう。

 

 

「……でもね プレゼントは貰ったことはないのよ。

 

 全国を回ったりする時は

 サッカーが好きな子にボールやスパイクを贈るのにね。

 

 大きな大会や試合に招待をしてくれることはあっても

 

 私たちのプレゼントを選んでくれるのは母様だけ」

 

 

「私ね 母様に酷いことを言ってしまうことがあるの」

 

 

「父様は私たちよりサッカーが大切なの???」

 

 

「私は凄い後悔をしたわ。

 

 脈絡のない私の言葉に困惑したでしょうに。

 母様は見たことないくらい悲しそうな顔をしたあとに

 私たちを強く抱きしめて言ってくれたの。

 

 父様はサッカーよりも私たちを愛してくれてるって。

 ただあの人は不器用だから分かりにくいだけなのよって」

 

 

「じゃあなんで

 

 父様は私たちに何もプレゼントをしてくれないの? 

 サッカーや他の子ばかりを優先するの?? 

 

 当時 父様はプロを早期に引退したばかりだった。

 

 それなのにほとんど家にいることはなく

 サッカーを更に普及させるため全国を飛び回ってたから。

 

 ……でもそんな疑問は必死に呑み込んだわ。

 

 当時母様もお祖父様から雷門中の理事長を継いだばかりで

 忙しそうにしていたのを知っていたもの。

 

 あの時の母様も限界だった。

 

 お祖父様に私たちを預けて必死に仕事をして

 帰ってきて私たちの面倒をみて倒れるように眠る。

 

 そんな生活を繰り返してた。

 

 一回 本当に過労で倒れてしまったこともあってね。

 

 父様も流石に飛んで帰ってきて

 とんでもない騒ぎになったのよ。

 

 今回はそれを思い出してしまってね。

 思わず取り乱しちゃったわ」

 

 

「それからすぐだった。兄様がサッカーを始めたのは。

 

 父様と母様はそれはそれは喜んだわ。

 それに兄様もすぐにサッカーにのめり込んでいった。

 

 私はまったく面白くなかった。

 サッカーに父様だけじゃなく

 兄様までも奪われてしまった気がしたから。

 

 ……だから雲明くんには悪いけれど

 私はサッカーが好きじゃなかった。

 

 でもそんなこと誰にも言えるわけなかった。

 

 それはこの家では絶対に言ってはいけない言葉だったから」

 

 

「それでも父様に私をもっと見て欲しくて。

 そんな醜い理由で 私もサッカーを始めたの。

 

 皮肉なことにサッカーの才能はあったみたいで上達は早かった

 。

 おじ様たちが嬉しがって教えてくれたのもあるけど」

 

 

「でもきっとこれは罰ね。自分の醜い感情を隠した罰。

 

 上達する私を理由に辞めてくチームメイト。

 私を個人としてではなく

 円堂守の娘というフィルターを通してでしか

 見ることの無い周囲の大人たち。

 

 怖かったわ。

 私に向けられる言いがかりに近い憎悪が。

 どんなに頑張っても私自身を見てくれないことが。

 父様が大事に育てた芽を私が刈ってしまうのが。

 

 それ以上に父様が私に失望することが。

 ……だから私はサッカーをやめたの」

 

 

 

 

 駄目だ。これは言っちゃ駄目だ。分かってるのに。

 醜い私を否定して欲しくて。言葉が零れる。

 

 

「……私じゃなくて

 雲明くんがサッカー出来ればよかったのに」

 

 カチャ

 

 

 

 明らかに地雷を踏んだ音がする。

 

 背筋に冷たい感覚がする。返事はない。

 

 顔が上げられない。どんな顔をしてるんだろう。

 

 怒ってるに決まってる。どうして何も言わないんだろう。

 

 

 どのくらい時間が経ったんだろう。

 5分かもしれないし10数分だったのかもしれない。

 

 私は恐る恐る顔を上げる。

 

 雲明くんは真っ直ぐこちらを見ていた。

 

 私が顔を上げるのを待っていたんだ。

 

 その顔は明らかに怒りを含んでいる。

 

 

 

「僕が怒ってる理由がわかる??」

 

 

 

 雲明くんは静かに私に向かって問いかけた。

 

 私は震える声と手を抑えながら慎重に答える。

 

 

「……私が酷いことを言ってしまったからよね。ごめんなさ」

 

 私の謝罪は遮られた。他でもない雲明くんの言葉で。

 

 

 

「違う。……確かにそうでもあるけど、そうじゃない。

 

 僕が腹を立てているのは

 ナツが自分をさっきからずっと蔑ろにしているから。

 

 確かに僕はサッカーができない。

 そのことでたくさん傷ついてきた。それは事実だ。

 

 でも母さんもナツも勘違いしてるようだから言うけど。

 

 これは誰かのせいで出来た傷じゃない。

 

 必死に何度も逃げずに

 サッカーと向き合ったからできたもので!! 

 

 僕の傷と痛みは僕だけのものだ!!!」

 

 

 

 激昂とは違う。気高く潔い感情の吐露。

 

 だんだん大きくなる声に通りかかる看護師は顔を顰める。

 けれども雲明くんは意に介さず私を見つめ続ける。

 

 声は大きさを失う代わりに

 さらに熱を持ちこちらに訴えかける。

 

 

 

「たとえ周りに何を言われたったって

 僕の傷や痛みは僕だけのものだし。

 

 ナツの傷や痛みもそれは君だけのものだ。

 

 誰かに何かを言われたって

 ナツの傷が小さくなったりしない。

 

 だから無理して

 自分に嘘をつかなくていいんだよ。

 

 醜いだなんて自分を無理に傷つけなくても。

 無理に大人ぶって感情に見切りをつけなくてもいいんだ。

 

 嫌いなら嫌いで。悲しいなら悲しいで。

 泣きたいなら泣いたっていいんだ」

 

 

 

 目頭がとても熱くなる。

 それは私がずっと欲しかったものだから。

 

 私に向き合ってくれた彼の言葉は

 熱くて残酷で真摯で本当に優しい。

 

 

「だって君は円堂守の娘である前に円堂ナツなんだから」

 

 

 思わず声を上げて泣いた。

 必死に留めていた感情のダムが決壊した。

 

 

「もっと私を見て欲しかった。

 

 父様と兄様が好きなサッカーを好きになりたかった! 

 

 嫉妬なんてしたくなかった!! ただ私を見て欲しかった!!!」

 

 

 みっともなく子供みたいに泣いた。

 同じ言葉を何度も何度も繰り返した。

 雲明くんはそんな私に肩を貸したまま何も言わなかった。

 

 その優しさが酷く心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして泣き止んだ私は羞恥に悶えた。

 通り過ぎる人たちの生暖かい目がトドメを刺す。

 

 きっと少し腫れてしまった目元を抑えながら

 雲明くんに連れられて病院を出る。

 

 

 病院を出ると苛立った様子の桜咲先輩が立っていた。

 

 ……土地勘のない私を

 外で待ってくれていたのをすっかり忘れていた。

 

 

「おいナツ!! 連絡くらい見ろ!! 

 あまりに遅いから……心配した……んだ……ぞ」

 

 桜咲先輩は目元が赤い私を見て動きが止まる。

 それ以上怒ったり言及せず私の頭に軽く手を置いた。

 

 

「……まあいい。雲明 ナツ 少し話せるか」

 

 

 桜咲先輩は私たちを海沿いのベンチに連れ出した。

 潮風がセンチメンタルな私の気持ちにやけに沁みる。

 

 会話は雲明のお母様の話題から

 雲明くんと北陽学園の空宮征との関係についてに移る。

 

 それは私も気になっていた。

 向こうの反応は明らかに過剰だった。

 

 雲明くんはポツリポツリと語り出した。

 

 小さい頃 空宮征とライバル関係だったこと。

 サッカーができなくなったころのこと。

 それでも今 選手でなくても

 サッカーと向き合う決心をしたこと。

 

 私は恥ずかしかった。

 

 悪戯に雲明くんの痛みに踏み込んでしまったこと。

 そのあまりの純潔な志に。

 

 

 その脆く儚くても強かな光に私は魅入られた。

 

 私は見たくなった。

 

 その今にも消えてしまいそうな光がさらに輝く瞬間を。

 彼がFFで頂点にたどり着く姿を。

 

 たとえその時 そこに私がいなかったとしても。

 

 

 私は決めた。

 

 正直 躊躇っていた。

 私の才能は他人の才能を折る才能。

 父様が大切にしていた芽を刈り取りかねないもの。

 

 それでも私は彼らのためにこれを使う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのためなら私は悪魔にだってなろう。




多分円堂は子供のこと大事にしてるし
大切に思ってるけど
もちろん養うためというのが1番だけど
自分の子供もサッカーが
好きだろうという思い込み(無意識)で
子供の未来のためにもサッカーを優先してしまうし
それで負い目を感じてというか
俺より夏未が選んだ方がいいだろ!!的な感じで
プレゼント類は丸投げしてそう。
夏未も子供が思い詰めてることには気付くけど
プレゼントっていう子供視点には気づいてなさそうだなと。

読んでいただきありがとうございました。
思ってたより間が空いてしまい申し訳ありません。
構想はあったんですが解釈を文にするのがなかなか難しく。
お待ちいただいていた皆様にはご迷惑をおかけしました。
思っていたより多くの方に読んでいただけて
光栄の極みでございます。精進していきます。
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