ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
夜空に浮かぶ月は、都会の喧騒にかき消されて、いつもその存在を主張できなかった。
長谷川義輝。
二十歳。
大学生活の傍ら、一人暮らしのアパートで自炊とアルバイトに明け暮れる、ごく平凡な日本の青年だった。
ただし、一つだけ目を引く特徴を挙げるなら、それは彼自身の容姿だろう。
均整の取れた体格に、涼しげな目元、鼻筋の通った端正な顔立ちは、彼が意図せずとも周りの視線を集める「美形男子」であることを証明していた。
その夜もまた、義輝はアパートの小さなキッチンで、翌日の弁当のおかずを丁寧に作り終えたところだった。
彼の唯一の趣味とも言える「家事スキル各種」が、その動作の一つ一つに現れていた。
「よし、これで完璧っと。あとは寝るだけか」
冷蔵庫に弁当をしまい、軽く伸びをした瞬間、異変は起こった。
足元から、夜の静寂を打ち破るかのような、地を這う低音の振動が響き渡った。
アパートの壁を揺らし、家具がガタガタと音を立てる。地震いや、日本の地震特有の横揺れではなく、下から突き上げるような、不自然で暴力的な振動だ。
義輝は反射的にテーブルの下に潜り込もうとしたが、それよりも早く、部屋全体を白銀の光が覆い尽くした。
「な、なんだこれ……!?」
光はあまりにも強烈で、義輝は思わず両手で目を覆った。肌が粟立つような強烈な浮遊感。
全身の細胞一つ一つが分解され、再構築されているかのような、形容しがたい不快感を伴う感覚が、数秒間、永遠のように続いた。
そして、次の瞬間。
光が収まり、異様な臭気と湿気が鼻腔を突いた。
恐る恐る目を開くと、そこは見慣れたアパートの六畳間ではなかった。
周囲は薄暗い森の中。
足元には、朽ちた木の葉と湿った土。
顔を上げれば、巨木が鬱蒼と茂り、月明かりすら届かないほどだ。
鼻につくのは、土と草と、そして獣臭の混ざった、生々しい自然の匂い。
彼は、自分が異様な場所に転移してしまったことを、本能的に理解した。
「え……嘘だろ?異世界とか、漫画の中だけの話じゃなかったのか?」
義輝は混乱しながらも、美形男子らしい冷静さを保とうと努めた。
とにかく状況を把握しなければならない。
服はいつものスウェット地のまま。
ポケットを探ると、スマホ、財布、家の鍵。全てがある。
義輝は、ひとまず周囲を警戒しながら、スマホを取り出した。しかし、画面には『圏外』の文字。
当然か、とため息をついた瞬間、脳裏に直接、文字情報が流れ込んできた。まるで、ゲームのチュートリアルメッセージのような情報が、義輝の意識を占有した。
しかし、これは現実だ。
しかも、彼は「ギフト」という、この世界において百年に一人という稀少な能力を与えられたらしい。
その名も『全知全能』
「全知全能……って、神様かよ」
呆然と呟いた直後、彼は『全知全能』という言葉の意味を、文字通り「全て」理解した。
それは、この世界の全ての事象に対する理解であり、法則の改変権であり、世界の真理を司る絶対的な力だった。
彼の望むあらゆる情報を瞬時に脳内に展開し、自身の存在を無限に強化し、さらには、世界そのものの法則すら、彼自身の都合の良いように「弄る」ことが可能になる能力。
そして、彼は、自身の現在のステータスを認識した。
脳内に展開される、シンプルだが絶対的な数値の羅列。
長谷川 義輝
職業: 無し
年齢: 20
レベル: 1
体力 (HP): ∞
魔力 (MP): ∞
攻撃力 (STR): ∞
防御力 (VIT): ∞
魔力 (INT): ∞
俊敏性 (AGI): ∞
幸運 (LUK): ∞
ギフト: 全知全能
スキル:剣術、体術、槍術、算術、家事スキル各種、縮地、言語理解
エクストラスキル: 魔術(火、水、土、風)、魔力操作、身体強化、アイテムボックス
ユニークキル: 鑑定、双剣術、忍術、魔術(光、闇、雷、氷)
アルティメットスキル: 魔術創造、召喚魔術、偽装魔術
「……∞(無限)か」
義輝は、そのあまりの非現実に、逆に落ち着きを感じた。
自分が漫画や小説でしか読んだことのない、「最強」という概念の極致に立っていることを理解した。
このステータスは、ギフト『全知全能』によって、彼自身が「弄った」結果だ。
彼は試しに、ステータスの一部を変更してみた。
(体力と魔力を、100億に設定……)
次の瞬間、ステータス表の∞が、自動的に10,000,000,000に書き換わった。
そして、すぐにまた、彼が意識を向けるだけで∞に戻る。
彼は、自分がもはや、この世界のルールを超越した存在であることを確信した。
「全知全能」のギフトは、彼にこの世界の基本的な情報も同時に叩き込んだ。
この世界は「魔法と剣の世界」であること。
人間、亜人種、魔族など多種多様な種族が暮らしていること。
最強種に位置するドラゴン、ワイバーンを始め、ゴブリン、オーク、ゴーレムなどの魔物が蔓延っていること。
職業があり、農業や商業以外に、上級職として聖騎士や賢者、勇者なども存在すること。
現地の人類は基本的に「魔法」しか使えず、属性は一属性が基本で、稀に二属性。
義輝が持っている「魔術」とは異なる体系であること。
魔物やダンジョンからドロップする素材、冒険者の存在、貨幣の単位(銅貨、銀貨、金貨、白金貨)など。
しかし、義輝は「全知全能」のギフトをもってしても、現地人のステータスや、詳細な地理、政治状況までは即座に知ることはできなかった。
これは、彼が「全知全能」を意図的に発動しなければ、その情報は彼の脳内には流れ込まない、という仕様だった。
あくまで、彼が「知りたい」と意識した時に、その情報が世界から吸い上げられるのだ。
(無闇に力を振るうのは危険だ。
特に、いきなり最強のステータスで暴れたら、世界の法則に干渉しすぎて、思わぬ反動があるかもしれない。
それに、せっかくの異世界なんだ。
楽しむ余裕くらいは持ちたい)
義輝は、まずはこの世界に溶け込むことを最優先とした。
彼が地球から来た「転移者」であることは、絶対に秘匿しなければならない。
彼は、エクストラスキル『偽装魔術』を発動させた。
『偽装魔術』:自身のステータス、スキル、魔力などを、他者から見えないように、あるいは偽りの情報として認識させる。
彼は自身のステータスを、現地人から見て「ちょっと強い冒険者」程度に偽装した。
偽装ステータス(外部公開用)
名前: 長谷川 義輝
職業: 魔法剣士(カモフラージュ)
レベル: 15
体力 (HP): 325
魔力 (MP): 410
攻撃力 (STR): 302
防御力 (VIT): 288
魔力 (INT): 380
俊敏性 (AGI): 355
幸運 (LUK): 100
(これなら、冒険者の中でも中級の上、上級には少し届かないくらいか。
ステータス値が3桁で上位勢、4桁が少数という情報があった。このくらいなら目立ちすぎることもないだろう)
次に、彼は『アイテムボックス』を開いた。
異世界転移の際、スマホや財布、スウェット姿の彼を訝しがられないよう、服や装備も用意する必要があった。
彼は「全知全能」の力で、即座に「この世界の一般的な冒険者用の装備」の情報を脳内に展開し、そのまま「創造」した。
黒を基調とした、動きやすいレザーアーマー
鞘には二振りのシンプルな直剣(ユニークスキル『双剣術』を意識して)
目立たないが、高機能なブーツ
そして、現地で通用する貨幣。
『全知全能』により、彼は無限の魔力から、必要な物質を創造することができた。
彼は、白金貨数枚と金貨、銀貨を適量創造し、革袋に入れた。
「よし」
義輝は、スウェット姿から創造した装備に着替え、腰に双剣を差した。
普段の美形ぶりに加え、装備の質と相まって、彼は一見して優秀な冒険者に見えた。
そして、最後に、周囲の魔物探知。
スキル**『鑑定』**を発動するまでもなく、義輝の脳裏には、森の全域の地図が展開された。
(北西に、ゴブリンの群れが五体。東に、巨大なオークが一体。南東に、人の気配。あれが、街か)
義輝は、人の気配がある南東を目指すことにした。
街に入れば、冒険者ギルドで正式に身分を確保し、情報収集ができる。
南東へ歩き始めて数分。
義輝は足を止めた。
木々のざわめきに混じって、獣の唸り声と、金属がぶつかる音が聞こえてくる。
(戦闘か?南東の人間の気配の方角だ。誰か襲われている?)
義輝は、全知全能の力でその光景を脳裏に映し出した。
三人の男女の冒険者が、五体のゴブリンの群れに囲まれていた。
どうやら、彼らはゴブリンの討伐依頼を受けていたようだが、不意を突かれて深手を負っている。
「くそっ、数が多すぎる!エリナ、下がれ!」
「無理よ、回復が間に合わない!」
ゴブリンの一体が、盾役の男性の脇腹に、汚れたシミターを突き立てた。
義輝は、介入を決めた。
彼にとって、ゴブリンなど、道の小石にも等しい存在だ。
彼は、ユニークスキル『忍術』を発動した。
彼の美形な姿が、森の風景に溶け込むように消えた。
『忍術』の隠密行動は、彼に「影」という概念を与え、瞬時にして戦場へと到達させた。
戦闘の最中に、突如としてゴブリンの一体が、何の予兆もなく地面に倒れた。
その喉元には、正確に小石がめり込んでいる。
「な、なんだ!?」
冒険者たちが動揺する中、次の瞬間、まるで風が吹き抜けたかのように、残りのゴブリンの頭が一斉に地面に転がった。血しぶきは、一本の線となって宙を舞い、周囲の木々の葉を濡らした。
義輝は、既に双剣を鞘に戻し、音もなく冒険者たちの背後に立っていた。
彼の姿は、まるでそこに最初から存在していたかのように、自然なものだった。
「終わったぞ」
静かな、しかし確かな声が、三人の冒険者の耳に届いた。
振り向いた三人は、その場に立ち尽くした。
そこに立っていたのは、黒のレザーアーマーに身を包んだ、この世のものとは思えないほどの美形男子だった。
彼の双剣は鞘に収められ、血の一滴すらついていない。
だが、その背後に転がるゴブリンの残骸が彼が一瞬で全てを終わらせたことを物語っていた。
盾役の男性が、驚きと感謝の入り混じった声で尋ねた。
「あ、あなたは……!?」
義輝は、にこやかに微笑んだ。
彼の微笑みは、その場に漂う血の匂いを一瞬忘れさせるほどの魅力を持っていた。
「通りすがりの、ただの旅の者だ。
冒険者ギルドに登録するために、この先の街を目指している」
彼は、自身の偽装職業を口にした。