ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
まばゆい光の奔流がゆっくりと収まり、パレスの広大なリビングに満ちていた激しい魔力の風が静まり返っていった。
幾多の時を超えて果たされた奇跡の再会。
バルト、アレス、バアルの三人は、それぞれ愛しい妻をその腕に強く抱きしめ、喜びの涙を流していた。
やがてひとしきり溢れ出る感情を確かめ合い、少し落ち着きを取り戻したところで、三人の女性――エレナ、シン、リルフィナは、自分たちを抱きしめていた夫たちの腕からそっと離れ、リビングの中央に佇む俺の方へと向き直った。
彼女たちの瞳には、驚きと戸惑い、そして自分たちを死の淵から引き戻した圧倒的な存在に対する深い敬意が満ちていた。
「あなたが……私たちに再び命を与え、夫たちと引き合わせてくださった方なのですね。……感謝の言葉もございません、ヨシテル様」
浅葱文様の美しい装束を纏うエレナが、背筋を正して深く頭を下げた。
続いて、緋衣草文様の装束を纏うシンと、花金鳳花文様の装束を纏うリルフィナも、エレナにならうように優雅に膝を折り、深々と礼を捧げる。
「お聞きしましたわ。ヨシテル様の至高の力によって、私たちはこうして生き返ることができたと……。この御恩、生涯をかけてお返しいたします、ヨシテル様」
「ええ……本当に夢のようです。何とお礼を申し上げればよいか……ヨシテル様」
畏まり、心の底からの感謝を述べる三人。
だが、俺は苦笑いを浮かべながら、軽く手を振って彼女たちを制した。
「あー、待ってくれ。まずその『様』付けはやめてくれ」
「え……? ですが、命の恩人であり、このような偉大な御方に対して呼び捨てなど……」
エレナが驚いたように顔を上げ、眉をひそめる。
シンとリルフィナも困惑した様子で顔を見合わせた。
「俺たちのパーティー名は【ヴィンクルム】。『絆』って意味だ。俺たちは主従関係じゃなく、仲間であり、全員が対等な家族なんだよ。バルトもアレスもバアルも、俺のことを普通にヨシテルって呼んでる。だから三人とも、普通に『ヨシテル』って呼んでくれ」
俺がまっすぐな視線でそう告げると、エレナたちは一瞬ぽかんとした顔を見せた。
隣でバルトが「がはは!」と豪快に笑い声を上げる。
「エレナ、ヨシテルがそう言ってるんだ。甘えさせてもらえ! この男はそういう奴なんだよ!」
「そうだよ、シン。ヨシテルは僕たちの恩人だけど、同時にかけがえのない大切な家族なんだ。遠慮はいらないよ」
アレスも優しく微笑みながらシンの肩を抱く。
バアルも深く頷き、力強い声で言葉を添えた。
「うむ。俺も呼ばれたばかりだが、ヨシテルは形だけの礼節など望まん。リルフィナ、お前も気さくに接するといい」
夫たちの言葉を聞き、エレナたちは顔を見合わせると、やがて心の底から安心したように和やかな笑みを浮かべた。
「ふふ、なるほどね。バルトが信頼する理由が分かったわ。……分かったわ、ヨシテル。これからよろしくね」
「……はい。よろしくお願いします、ヨシテル」
「ふふ、素敵な仲間……いいえ、素敵な家族ですわね、ヨシテル」
三人が柔らかい表情で俺の名を呼んでくれたのを見て、俺も笑みを返した。
「ああ、よろしくな、エレナ、シン、リルフィナ」
そこへ、これまで静かに再会を見守っていた女性陣が足取りも軽やかに歩み寄ってきた。
「私はアルシェラよ。アルシェラって呼んでね。みんなからはアルシェラって呼ばれているけれど、ヨシテルだけは私をアルシェって呼ぶの。よろしくね、エレナ、シン、リルフィナ」
アルシェラが優しい笑みをたたえて挨拶すると、カグヤも九つの尻尾を心地よさそうに揺らしながら並んだ。
「アタシはカグヤばい! 旦那様の側で回復や支援を担当しとるけん、困ったことがあったらいつでも言ってね! よろしくね、エレナ、シン、リルフィナ!」
さらにイシュタルが腰に手を当て、陽気な笑みを浮かべて手を振る。
「ウチはイシュタルや! 賑やかになって最高に嬉しいわ! あんたら三人とも、ウチらのことも『さん』付けなんていらんから、普通にアルシェラ、カグヤ、イシュタルって呼んでな!」
アルシェラたち三人も「『さん』付けはいらないわ、普通に呼んでちょうだい」と口を揃えて微笑む。
エレナは「ありがとう、アルシェラ、カグヤ、イシュタル」
と嬉しそうに頷き、シンとリルフィナも晴れやかな表情で頷き返した。
打ち解け合う女性陣の姿に、俺は満足して頷き、傍らに浮かんでいた水の精霊に視線を向けた。
「アクア、リルフィナについて、色々助けてやってくれ」
水の精霊アクアは、澄み切った水球のような光をふわりと揺らし、真摯に応えた。
「マスターの仰せの通りに。リルフィナ、これからよろしくね」
「まあ、可愛らしい水の精霊……。アクア、よろしくお願いしますね」
リルフィナが優しく微笑みながら手を差し伸べると、アクアはその指先に心地よさそうに触れた。
その様子を見ていた他の精霊たちも、一斉にリビングの宙を舞い、エレナたちの周りに集まってきた。
「のです! リフィの番なのです! マスターに仕える風の精霊女王のリフィなのです! エレナもシンもリルフィナも、よろしくなのです!」
リフィが風を纏って元気いっぱいに名乗りを上げると、続いてライラがパチパチと小さな雷光を散らしながら前に出た。
「私は雷の精霊ライラよ。アルシェラについてるわ。よろしくね」
「おう! 俺は土の精霊グラディだ! バルトについてるぜ! 豪快にいこうぜ!」
グラディが力強く胸を叩くような仕草を見せると、フレイヤが炎を揺らめかせながら笑った。
「ウチは火の精霊フレイヤや! イシュタルと一緒におるで! 仲良うしような!」
「私は光の精霊ルーメンです。カグヤについています。皆様に温かな光がありますように」
ルーメンが柔らかな輝きを放ち、ノックスが静かに姿を現した。
「……闇の精霊ノックスだ。アレスについている。よろしく」
「私は氷の精霊リザーナです。マスターの補佐をしています。よろしくお願いしますね」
リザーナが涼やかな冷気をまとって一礼し、先ほど召喚されたばかりのアビスも続いた。
「オレは闇の精霊アビス! バアルについてるぜ! 新しい家族だ。みんな、よろしくな!」
そして、新しく召喚されたエレナ付きの土の精霊ロカと、シン付きの風の精霊アエラも、それぞれの主の肩のあたりで誇らしげに光を灯した。
「わたしは土の精霊ロカよ! エレナについてるわ! 一緒に大地を揺らそうね!」
「私は風の精霊アエラだよ。シンについてるんだ。静かな風も嵐も任せてね!」
個性豊かな精霊たちが次々と挨拶を交わす光景に、エレナたちは目を丸くしながらも、感銘を受けたように微笑んでいた。
「こんなにたくさんの上位精霊たちと心を通わせているなんて……本当に驚きばかりね」
エレナが感嘆の声を漏らすと、リビングの奥、扉のない広々とした専用スペースから、のっそりと立ち上がった四頭の巨影が近づいてきた。
圧倒的な威厳と神性を放つ、白銀とそれぞれの属性の輝きを帯びた毛並み。
「……ッ、この神聖な気配は……まさか、伝説の神獣……?」
エレナとシン、リルフィナが息を呑んだ。
俺は歩み寄ってきた四頭の頭を優しく撫でながら、三人へ紹介した。
「紹介するよ。俺たちの大切な家族、フェンリル親子だ。カエルム、ルーナ。そしてこのやんちゃな兄妹が、兄のテラと、妹のアウラだ」
カエルムとルーナは、低く威厳に満ちた、しかし親愛の情を込めた声で「グルル……」と喉を鳴らし、新しく加わった三人を歓迎するように静かに視線を向けた。
子フェンリルのテラとアウラは、興味津々といった様子でエレナたちの足元へ駆け寄り、ふんふんと匂いを嗅ぐと、嬉しそうに尻尾を振って体をすり寄せてきた。
「まあ……! なんて立派で、そして可愛らしいのでしょう……!」
リルフィナが感極まったように目を細め、そっとアウラの頭を撫でると、アウラは気持ちよさそうに目を細めて甘えた声を漏らした。
「ふふ、バルト。本当に素晴らしい人たちと巡り合えたのね」
エレナがテラの背中を優しく撫でながら、バルトを見上げて微笑む。
「ああ、そうだぜエレナ! ここが俺たちの新しい家で、最高の家族だ!」
バルトが胸を張り、アレスもシンと手を取り合って幸せそうに頷いた。
「これからはずっと一緒だよ、シン」
「ええ、アレス。もう二度と離れないわ」
十人の仲間、十一柱の精霊、そして四頭の神獣。
パレスの広大なリビングは、幾重にも重なる温かな絆と笑顔で満たされていた。
俺は一同を見渡し、手を叩いて注目を集めた。
「さて! 明日王都に戻ったら、まずはギルド本部に行って三人の冒険者登録を行う予定だ。公爵や王様のお墨付きもあるし、手続き自体はすぐに終わるはずだから安心してくれ」
「冒険者登録ね。私たちも【ヴィンクルム】の一員として、しっかりヨシテル達を支えられるよう頑張るわ」
エレナが力強く応じると、シンも静かに頷いた。
「はい、アレスの隣で恥じないよう、精一杯務めさせていただきます」
「ふふ、バアルと共に歩む新たな道……腕が鳴りますわね」
リルフィナも優雅に微笑む。
「よし! 改めて全員揃ったところで、歓迎会の続きだ! 美味い料理も酒も、まだまだ山ほどあるからな!」
俺はアエテルナ・パントリーから、出来立ての追加料理を次々と取り出していった。
香ばしく焼き上げられた熱々の『焼き鳥の盛り合わせ』、濃厚な出汁が染み込んだ『牛すじの煮込み』、サクサクの『天ぷら盛り合わせ』、そして締め用の特製『海鮮出汁茶漬け』。さらに、キンキンに冷えた極上の地酒やフルーティーな果実酒がテーブルいっぱいに並べられる。
「わあぁ……! 旦那様、これまた凄か匂いがしとるばい!」
カグヤが目を輝かせて歓声を上げ、イシュタルがジョッキを高く掲げた。
カエルムたちが早く肉をくれとせがむように、俺の身体に頭を擦り寄せて甘えてくる。
俺は苦笑いしながら、パントリーから取り出した特大の極上肉の塊をカエルムたちの器に豪快に盛り付けた。
カエルムとルーナ、テラとアウラは嬉しそうに喉を鳴らし、仲良く肉にかぶりつく。
「よっしゃー! 呑むでー! エレナもシンもリルフィナも、遠慮せんとガンガンいきや!」
「がはは! 今夜は朝まで宴会だぜ!」
バルトの豪快な号令とともに、再び乾杯の音がパレス内に響き渡った。
ジュークボックスから流れる穏やかなジャズの旋律、弾けるような笑い声、グラスが触れ合う澄んだ音。
時空の理を超えて結ばれた十人の絆は、夜の帳が下りた森の中で、どこまでも温かく、力強く輝き続けていた。