ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
パレスのリビングに満ちていた宴会の熱気も、夜が更けるにつれて心地よい落ち着きへと変わりつつあった。
テーブルには空になったグラスや皿が並び、ジュークボックスからは穏やかなジャズの旋律が静かに流れ続けている。
カエルムたちフェンリル親子は、専用の広々とした部屋で満腹になり、折り重なるようにして気持ちよさそうに眠息を立てていた。
俺は手元のグラスを置き、新しく家族となったエレナ、シン、リルフィナの3人に視線を向けた。
「さて、宴も一段落したことだし、エレナ、シン、リルフィナ。お前たちに渡した装備と、現在のステータスについて説明しておこう。各自、ステータス画面を開いてみてくれ」
「ステータス……こうかしら?」
エレナが小さく呟き、視界に浮かび上がった半透明のウィンドウを凝視した。
シンとリルフィナも同じように虚空に指先をかざし、自身の能力値を展開する。
その直後、3人の瞳が見開かれ、声にならない息を呑む音が重なった。
「な、何よこれ……!? 私のVIT(防御力)が99000……!? レベルも300を超えている……!?」
エレナが目を見張り、信じられないといった様子で自身の両手を握り締める。
「私のAGI(俊敏性)も85000……MPも55000を超えています……。それに、この暗器や鎌のスキルまで……」
シンも普段の静けさを忘れ、驚愕に唇を震わせた。
「私のINT(魔力)とMPも80000……。それに、この身に纏う装束から伝わる魔力の奔流は一体……?」
リルフィナも優雅な所作を保ちつつ、その瞳の奥には隠しきれない動揺が走っていた。
俺は3人の反応に苦笑しつつ、順を追って説明を始めた。
「3人のステータスは、俺のギフトとスキルで大幅に底上げしてある。そして、身につけている衣服や武器はすべて、この世界の最高位である『ジェネシス級』だ」
「ジェネシス級……! 神話にすら語られない、神の領域の武具……」
バアルが感嘆の声を漏らす中、俺は詳細を続けた。
「エレナの『浅葱文様楯無和装一式』と『アエギス・インウィクタ』は、VITとHPに完全同期して防御力が無限に上昇する。物理や魔法への耐性を無効化し、異常耐性も無効だ。さらに『龍人化』の負荷をゼロにし、発動時はSTRとVITを1.2倍にする。武器はハルバードの『ルナ・ドラコニス』と戦斧の『セク―リス・ドラコニス』だ。そしてエレナには土の精霊ロカがついている」
「わたしがロカよ! エレナ、よろしくね!」
ロカがエレナの肩の上で元気にくるくると回る。
「シンの『緋衣草文様和装一式』はAGIとSTRに完全同期し、不可視の延長や感知スキルの完全無効化、攻撃音の消失が付与されている。『影狼化』の反動もゼロで能力を底上げする。武器は風の鎌『テンペスタス』と、手甲に仕込んだ『棘の糸』だ。シンには風の精霊アエラがついている」
「アエラだよ! シンの風になって支えるからね!」
アエラがシンの頬を優しく撫でるように風を揺らした。
「そしてリルフィナの『花金鳳花文様和装一式』はINTとSTRに完全同期し、体術の強化や魔神化の負荷を無効化する。武器は相手の魔力と体力を奪う籠手『インペラトリクス』と、注ぐ魔力に応じて刃が伸びて水風の光鞭となる『クレプスクトル』だ。そしてリルフィナには、水の精霊アクアがつく」
「アクアです。リルフィナ、全力でサポートします」
アクアが澄んだ水球の輝きを放ちながら一礼した。
「3人とも、装備には自動清潔・自動修復、物理魔法ダメージ半減、そして他者による鑑定を完全に遮断する機能がついている。武器は普段はアイテムボックスにしまっておいて、戦闘時に瞬時に取り出せばいい」
説明を聞き終えた3人は、あまりの破格の恩恵にしばらく呆然としていた。
やがてエレナが、探るような視線を俺たちに向けた。
「……信じられないわ。こんな神々の領域の力を与えられるなんて。でも、そうなると……ヨシテルたち本隊の能力は、一体どれほどのものなのかしら?」
「ええ、気になりますわね。夫たちの力も、以前とは比べ物にならないほど膨れ上がっているようですし……」
リルフィナがバアルを見つめると、シンもアレスの顔をじっと見上げた。
俺は肩をすくめて答えた。
「これから共に戦い、連携していく仲間だからな。知っておいて損はないか。俺はレベル350、STRは95000、AGIは99000ある。刀の二刀流がメインだ。アルシェラはレベル310で雷と槍、バルトはレベル310で土と野太刀に超大盾、カグヤはレベル330で光と魔杖、イシュタルはレベル330で火と双銃、アレスはレベル330で闇と双短剣、バアルはレベル310で闇と体術・双剣だ」
「「「…………」」」
エレナ、シン、リルフィナの3人が完全に言葉を失った。
「全員が……万単位のステータス……? しかも、全員がSSランクの上級職……」
エレナが額に手を当て、深い息を吐き出す。
「まあ、いくら防御力やHPが高くても油断は禁物だぞ。物理魔法ダメージを半減するとはいえ、吹き飛ばされれば衝撃は少なからずあるし、少なからず痛みも感じるからな。気を付けてくれよ」
俺が冗談めかして笑いながら言うと、隣でワイングラスを傾けていたアルシェラが、ふふっと楽しそうに笑い声を漏らした。
「そうね、ヨシテル。痛いのは嫌よね。……でも、あなたがそれを言うと、あの時のことを思い出しちゃうわ」
「あの時……? アルシェ、何のことだ?」
俺が首を傾げると、バルトが「がはは!」と豪快に膝を叩いて身を乗り出してきた。
「おいおいアルシェラ、そいつを話しちまうのか! いやぁ、あれはマジで肝が冷えたぜ!」
「何や何や、エルドラのダンジョンでの話か? 懐かしいなぁ!」
イシュタルも思い出し笑いを浮かべ、カグヤも「あの時の旦那様は、バリ怖かったばい……」と九つの尻尾を少し縮こまらせた。
アレスが穏やかな笑顔のまま、新しく加わった4人に説明を始める。
「以前、エルドラのAランクダンジョン『原初の揺籃』の65階層を攻略していた時のことさ。広大な闘技場のようなエリアで、僕たちは3匹の巨大なスケルトンドラゴンと戦っていたんだ」
「スケルトンドラゴン……それも3体同時に!?」
エレナが驚きを露わにする。
「ええ」
アルシェラが楽しそうに言葉を継いだ。
「ヨシテルはいつも通り、神速の身のこなしでスケルトンドラゴンたちを翻弄していたの。でもね、3体の連携攻撃が重なった瞬間、1匹のドラゴンの巨大な骨の尻尾を回避しきれずに、直撃を受けて壁まで吹き飛ばされちゃったのよ」
「ヨシテルが……吹き飛ばされた!?」
バアルが目を見開いた。万を超える防御力を持つヨシテルが攻撃を受けたという事実に驚いたのだ。
「ええ。もちろん、ジェネシス級の装束のおかげで傷一つなかったわ。でもね……」
アルシェラがそこで悪戯っぽく笑い、俺の顔を指差した。
「壁から砂煙を上げて出てきたヨシテルが、ものすごく低い声で呟いたのよ。――『……あー、痛てぇな。クソトカゲが』ってね」
「ぶっ……!」
イシュタルが吹き出し、バルトが腹を抱えて大笑いする。
「がはは! あの瞬間のヨシテルの顔といったらなかったぜ! 冷静沈着なリーダーが、一瞬でブチ切れて言葉遣いまで荒くなっちまってよ!」
「そうそう!」
イシュタルが身振り手振りを交えて続ける。
「ヨシテル、いきなりバルトとカグヤに向かって『全員を集めて全力の結界を張れ! 一歩も外に出るな!』って怒鳴ったんや。何をする気かと思ったら、ウチだけを自分の結界の中に手招きして呼んでな」
シンが不思議そうに小首をかしげた。
「……イシュタルだけを、ですか?」
「そうよ」
アルシェラが苦笑しながら頷く。
「ヨシテルはね、自分の超極大水魔術『アビス・カタラクト』を闘技場全体に展開したのよ。そしてイシュタルに『最大火力の火魔法を叩き込め』って叫んだのよ」
「ウチもノリノリで『プロメテウス・カタストロフ』っていう超極大の火魔法をぶち込んだわ。そしたら……どうなったと思う?」
イシュタルの問いに、リルフィナが魔族としての知識を巡らせ、ふと顔色を変えた。
「超極大の水と、超極大の火……? 密閉された空間で、それを同時に……? まさか……」
「そう、そのまさかだ」
アレスが肩をすくめて笑う。
「爆発さ。それも、神話級の魔力が衝突した超弩級の爆発だ」
バルトが目を丸くしながら当時の衝撃を語る。
「ドガァァァァァン!! なんて生易しいもんじゃねえ! 天地がひっくり返るような轟音と共に、65階層の頑丈な岩盤が、天井もろとも縦に何層分も一瞬でぶち抜かれたんだ! 俺とカグヤが必死で張った全力の結界の外側は、一面の白光と超高圧の熱風で何も見えなくなってよ!」
「爆発が収まった後、結界の外を見たらね……」
アルシェラが苦笑いを深める。
「スケルトンドラゴンなんて骨の欠片すら残っていなくて、見上げたらダンジョンの天井に遥か地上まで続く巨大な大穴がぽっかり空いて、青空が見えていたのよ」
「……ダンジョンを、縦にぶち抜いたのですか……!?」
エレナが愕然として顎に手を当てた。
「そうばい……」
カグヤがため息交じりに呟く。
「爆発の衝撃が結界越しにも凄すぎて、結界の中にいたアタシたち全員、あまりの威力に尻もちをついて、足腰がガクガク震えて立ち上がれんかったとよ……。当の旦那様だけは、すっきりした顔で『……やりすぎたか?』って涼しい顔しとったけどね」
「あれは本当に恐ろしかったよ。敵に対するヨシテルの容赦のなさを、身をもって知った瞬間だったね」
アレスが笑いながら言うと、新しく加わったエレナ、シン、リルフィナの三人は、揃って引きつった笑顔を浮かべ、俺の顔をまじまじと見つめた。
「……ヨシテル。あなた、怒らせると本当に恐ろしいのね……」
エレナが呟く。
「ふふ、敵には冷酷かつ容赦なし……頼もしい限りですわね、ヨシテル」
リルフィナが感嘆の息を漏らし、シンも「怒らせないように気をつけます……」と小さく頷いた。
俺は咳払いを一つして、照れ隠しにグラスの水を煽った。
「……まあ、あれはちょっと手加減を間違えただけだ。ダンジョンの修復機能で、大穴も自然に塞がるって公爵さんにも説明したしな」
「そういう問題じゃないと思うけどね!」
アルシェラが突っ込みを入れ、リビングは再びドッと温かな笑い声に包まれた。
「さあ、昔話はこのくらいにして、今夜はしっかり休もう。明日はいよいよ王都に戻って、三人の冒険者登録と、Sランクダンジョン『巨軀の獄塔』への準備だ」
「「「「「おお!!!」」」」」
全員が力強く応じたのを見届け、俺はふと思い出したように、人差し指を立てて付け加えた。
「ああ、ついでに言っておくが……俺が使っているのは『魔術』で、お前たちやこの世界の住人が使っているのは『魔法』だ。現象をゼロから構築して世界の法則を書き換える魔術と、世界の魔力法則を借りて発動する魔法とでは根底の理が違う。まあ、細けぇ理屈は頭の片隅に置いておくくらいでいいさ」
「魔術と魔法の違い……なるほど、世界の法則を再定義するからこその威力というわけか」
バアルが興味深そうに腕を組んで頷いた。