ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
図書館での情報収集と、ユニークスキル『ナビゲーター(クオーレ)』の創造を終えたヨシテルは、北地区の図書館から宿へと戻った。
脳内は、古代文明アトランティアの知識と、今後の探索ルートの計画で満たされている。
今日の情報収集は、Dランク昇格に匹敵する大きな成果だった。
(これで、次の目的地は定まった。次は、気分を切り替えて、明日の黒竜の森周辺の依頼に備えるか)
俺は、自分の体の疲労を感じていた。模擬戦闘、情報収集、そして膨大な魔力を使ったスキル創造。
体は疲れていないが、精神的な疲労が溜まっている。
宿の自室に戻ったヨシテルは、まず装備を外し、一日の汚れを落とそうとした。
しかし、ここで異世界生活を始めて以来、俺が常に抱えている最大の不満に直面する。
(はぁ……やっぱり、風呂がないのはキツいな)
宿泊している宿は、Fランクの冒険者が泊まるには十分なレベルだが、日本のような湯船に浸かれる風呂はない。
この世界の文化では、裕福な貴族や富豪が住む上級地区でしか、ゆったりと湯に浸かれる大浴場は存在しないのだ。
俺は、シャワーや簡単な水浴びで済ませる文化に、どうしても馴染めなかった。
特に、Dランク冒険者として激しい戦闘や、埃っぽい場所での探索を終えた後、湯に浸かって体の芯からリラックスしたいという欲求は、日増しに強くなっていた。
俺は、仕方なく、いつものように魔法を使うことにした。
「生活魔法、〈クリーン〉」
俺は、自身の全身に向けて、低級な水属性と風属性を複合させた生活魔法を発動した。
水属性の魔力で体表の汚れを浮かび上がらせ、風属性の魔力でその汚れと水分を一気に吹き飛ばす。
体に付着していた埃や汗は瞬時に取り除かれ、服を清潔にする〈クリーニング〉の効果も付与される。
物理的には、これ以上ないほど清潔になる。
「……くそ、やっぱりこれじゃダメだ」
物理的な清潔さとは裏腹に、ヨシテルの心は満たされない。
(戦闘で張り詰めた神経や、脳を酷使した後の疲労は、物理的な洗浄だけじゃ取れないんだ。あの、湯気の立ち込めた空間、全身が温まる感覚、あれがないと、本当にリラックスできない)
ヨシテルにとって、「風呂」は単なる衛生習慣ではなく、精神的なリセット機能そのものだった。
彼は、金貨をいくらでも持っているため、上級宿に泊まろうと思えば泊まれる。
しかし、Dランク冒険者が、突然高価な宿に泊まり始めるのは、不自然だ。ましてや、『全知全能』を持つ俺が、自分の欲望を満たせないことが、単純に不満だった。
(待てよ。俺には『全知全能』があるじゃないか。この世界のルールに囚われる必要はない。俺が望む最高の入浴環境を創造すればいいんだ)
俺は、その瞬間、閃いた。
俺が望むのは、物理的な風呂ではない。
今はであるが·····。
湯に浸かっているのと同じ効果を得られる、精神的なリラックス空間だ。
彼は、湯船そのものを創造するのではなく、その「効果」を魔法で実現することを考えた。
しかし、単純な回復魔法では、精神的なリラックス効果は得られない。
そこで、ヨシテルは、『全知全能』のギフトを使い、この世界の魔法体系には存在しない、極めて特殊なエクストラスキルを創造することにした。
その魔法は、「空間内の魔力環境を、特定の状況に合わせて完璧に最適化する」というものだ。
そして、この魔法の制御と維持を、彼が創造したナビゲーター(クオーレ)と同じように、彼とは独立した存在に任せる必要がある。
「エクストラスキル、『精霊召喚:環境最適化』を創造する。そして、その制御を、最高効率で行える精霊を創造する」
SSランク級の小さな風の妖精の創造
ヨシテルは、自分の魔力(ステータスMP ∞)を解放し、部屋の空気中に、緻密な魔法陣を瞬時に展開した。
この魔法は、この世界で「精霊召喚」と呼ばれるものだが、ヨシテルが行っているのは、既存の精霊を呼ぶのではなく、ゼロから最高の能力を持つ精霊を創造し、彼の魔法のコアとして組み込むことだ。
彼は、最も制御が容易で、空間操作に長けた風属性の魔力を使うことにした。
「全知全能──風属性、生命創造。召喚魔法:〈エアリアル・ドメイン〉!」
ヨシテルの部屋に、微風が渦巻いた。渦は、凝縮し、やがて彼の目の前に、手のひらサイズの小さな女性の姿を形作った。彼女は、透き通った緑色の髪を持ち、背中には昆虫のような薄い羽が生えている。
彼女の全身からは、ヨシテルが創造した、SSランク級の非常に強力で純粋な風の魔力が放出されている。
しかし、その魔力は、彼女の「小さな体」の中に完全に封じ込められており、外に漏れることはない。
創造結果(SSランク級の風の精霊)
名称: リフィ
種類: 風の妖精(創造精霊)
ランク: SS
能力:環境魔力制御: 指定された空間(この場合はヨシテルの部屋)の温度、湿度、空気の清浄度、そして魔力の流れを、完璧に最適化する。
擬似リラックス空間創造: 特に「日本の風呂」の湯気や温かさ、リラックス効果を、風属性魔力と水属性魔力を用いて、再現する。
情報伝達: ヨシテルとの思考リンクによる情報交換が可能。
備考: ヨシテルのエクストラスキルの核として機能する。魔法(風)で戦闘も出来る。彼女の存在は、外部の鑑定では、「ユニーク(ユニーク)の魔道具が部屋に設置されている」という形で偽装される。
創造された風の妖精は、ヨシテルに向かって、小さな体で優雅に一礼した。
「マスター、お呼びにより参上いたしました。私の名はリフィ。マスターの空間を、最も快適な環境へと導くために存在します」
ヨシテルは、その創造の完璧さに満足した。
SSランク級の精霊を創造しながら、その魔力反応をユニーク級の魔道具に偽装できるのは、『全知全能』のなせる業だ。これで、ギルドマスター・ガゼルやAランク冒険者が部屋を調べても、単なる高性能な魔道具が設置されているとしか認識されない。
(よし、リフィ。まずは、俺の要望を満たしてもらおうか)
精霊リフィによる空間最適化
ヨシテルは、リフィに向かって、思考で命令した。
(リフィ。俺が求めるのは、日本の風呂だ。空間を、温かい湯気で満たし、血行を促進し、体の芯からリラックスできる環境を創造してくれ。ただし、水は使わず、魔力だけで再現してくれるか?)
「承知いたしました、マスター」
リフィは、可愛らしい声で応じると、部屋の中央に浮かんだ。彼女の体から、目に見えない風の魔力が、部屋の四隅に設置された結界魔法のように、展開されていく。
彼女の魔力制御が始まると、部屋の温度と湿度が、一気に上がり始めた。
ヒュオオオ……
しかし、ただ温度が上がるだけではない。
リフィは、空気中のわずかな水属性の魔力を集め、それを超微細な粒子の「湯気」として空間に充満させた。
その粒子は、肌に触れると温かく、まるで全身が湯船に浸かっているかのような錯覚を生み出す。
ヨシテルは、目を閉じて、その温かい魔力の霧を全身で感じた。
(これは……すごい。物理的な湯船はないのに、この温かさ、リラックス効果、完全に風呂だ!)
リフィの魔力は、ヨシテルの疲労した神経と魔力回路を、優しく撫でるように調整した。
模擬戦闘で酷使した筋肉の緊張が解け、図書館で集中した脳の熱が冷めていく。
「マスター。この環境では、体内の魔力循環も促進されます。疲労物質の除去速度は、通常の睡眠の20倍です」と、リフィの声が思考に響いた。
(よし、完璧だ。これで、俺の異世界生活の最大の不満が1つ解消されたがいずれこの世界を冒険する為の拠点も欲しいな。まぁ、どの国になるか分からないがそのうち考えるか。)
(明日からの黒竜の森での探索に、万全の体調で臨める。これこそ、俺の考える『全知全能』の真の使い道だ)
ヨシテルは、リフィに感謝の念を送りながら、その魔力に満たされたリラックス空間で、束の間の休息を得るのだった。