ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
「通りすがりの、ただの旅の者だ。冒険者ギルドに登録するために、この先の街を目指している。魔法剣士の、義輝という」
突然の出来事と義輝の穏やかな声、整った顔立ちに、三人の冒険者はしばし言葉を失った。
ゴブリンの群れを一瞬で仕留めた実力は、偽装ステータス(レベル15、各パラメーター300台)が示す以上の、圧倒的な差があった。
彼らがゴブリン相手に苦戦していたという事実が、さらに義輝の存在を際立たせる。
最初に我に返ったのは、細身のローブを纏った女性、エリナだった。
彼女は水と土の二属性を持つ魔法使いで、現在のパーティーの回復役だ。
しかし、先ほどの戦闘で、仲間をかばうために魔力をほぼ使い果たし、顔色は蒼白だった。
「あ、ありがとうございます……義輝さん。あなたは、わたしたちの命の恩人です」
エリナは掠れた声で礼を言った。次に、盾役で深手を負った剣士の男性が、痛みに顔を歪ませながら口を開いた。
「俺は、リーダーのレイモンドです。こっちは、斥候のサイラス。本当に助かりました。俺たちのパーティー『夜明けの星』は、これで終わりかと思っ思いました」
サイラスと呼ばれた、ナイフを構えていた小柄な青年も、深く頭を下げた。
「あの速さ、本当にすごかったっす。まるで影だったっす」
レイモンドの脇腹からは、まだ血が滲み出ていた。
エリナは彼の傷を見て、焦りながらも魔力回復薬の小瓶を取り出した。
「レイモンド、すぐに回復薬を!私はもう魔力が……」
「いや、待て。こんな深手を、ポーションだけで治すにはいくつ必要になる?」
この世界の回復アイテムは、傷の治癒を早める効果はあるものの、深手を一瞬で完治させるほどの即効性はない。
特にレイモンドの傷は骨に達している可能性もあり、エリナの回復魔法に頼るしかなかった。
義輝は、彼らの様子を見て、口を開いた。
「怪我の具合、見せてくれるか。俺は水属性ではないが、光属性の回復魔法も使える」
義輝がそう告げると、三人は目を見開いた。
「光属性!?あ、あの希少な光属性ですか!?」エリナが驚愕の声を上げた。
この世界において、光属性は回復魔法の最上位に位置し、単なる回復に加えてデバフ(状態異常)の治癒や、防御結界(バリアフィールド)も展開できる、非常に稀少な属性だ。
義輝は、レイモンドに近づき、傷口に手をかざした。
「ああ、ほんの少しな。試してみる」
義輝は、エクストラスキル『偽装魔術』で、自身の無限の魔力から、光属性の魔術を、現地で最高峰とされる光属性の回復魔法のレベルに合わせて調整した。
現地人には、義輝が「魔術」を使っているとは決して悟らせず、「魔法」を使っていると認識させなければならない。
彼は、偽装ステータスに合うよう、あくまでも「レベル15が全力で使う、上級一歩手前の回復魔法」に見えるように出力を調整した。
だが、その本質は「全知全能」が織りなす、完璧な治癒魔術である。
「回復魔法、〈ハイヒーリング〉」
義輝が静かに詠唱した瞬間、彼の掌から、温かい、柔らかな白銀の光が溢れ出した。
光はレイモンドの脇腹の傷を包み込み、血の滲みが瞬時に止まった。
レイモンドは、あまりの心地よさに、思わず呻きを漏らした。
光が消えると、レイモンドの脇腹には、深い切り傷があった痕跡すら残っていなかった。
彼のレザーアーマーの切り裂かれた部分の下には、綺麗に再生した皮膚が見えている。
「あ、治った……!完全に、傷一つなく……。なんだこれ、エリナの〈ハイヒール〉よりも遥かに、深く、早く……」
レイモンドは自分の脇腹を触りながら、信じられないといった表情を浮かべた。
エリナも、自分の水属性回復魔法との回復度合いの差に、言葉を失っていた。
「これが……光属性の力……」
義輝は、魔力枯渇で立っているのもやっとのエリナにも目を向けた。
「君も魔力がほとんど無いようだな。少しだが、魔力回復もできる」
彼は、今度は火属性をメインに、バフと魔力回復を兼ねた光属性の補助魔法を合成させた。
「火属性と光属性の複合魔法、〈フレイム・チャージ〉」
義輝が再度唱えると、彼の掌から、白銀の光と、微かに燃えるような橙色の光が混ざった波動が放たれた。
光はエリナの体を包み込み、彼女の消耗しきった魔力を、穏やかに満たしていく。
「あぁ……!身体が温かい……。魔力が、少しずつ戻ってくる……」
エリナは、その回復量と回復の質の高さに、驚きを隠せなかった。
ただでさえ希少な光属性に加え、火属性との二属性持ち。しかも、戦闘も回復もこなせる、まさに「魔法剣士」という職業にふさわしい存在だと認識した。
レイモンドは改めて義輝に向き直り、深々と頭を下げた。
「義輝さん、本当に感謝します。あなたほどの腕前と、希少な光属性の魔法を扱える者は、この周辺の街では間違いなくトップレベルです」
サイラスが尋ねた。
「義輝さんは、この辺りの街に来たのは初めてなんですよね?どちらの国からすっか?」
義輝は、地球からの転移者であることを秘匿するため、用意した回答を口にした。
「ああ、旅の者だから、特定の大陸や国には属していない。この土地に来たのも初めてだ。街の名前は、この先に『エルドラの街』があるというのは聞いたが、合っているか?」
「そうっす、ここから一時間も歩けば着くっすよ」サイラスが答えた。
「よければ、俺たち『夜明けの星』と一緒に街まで行かないですか?道案内くらいはさせてもらいたいです」
義輝にとっては願ってもない申し出だった。
初めての街で、情報収集の手がかりと、現地での常識を知るための格好の機会だ。
「助かる。君たちのおかげで、街での面倒も減るだろう」
三人は、ゴブリンから素材(耳と牙と魔石)を剥ぎ取り、義輝を伴って、エルドラの街を目指して森の道を歩き始めた。
道中、義輝は細心の注意を払いながら、彼らから情報を引き出した。
「魔法剣士とは言っても、俺は剣術と魔法を両方習っているだけで、この辺りの常識に疎いんだ。冒険者ギルドについて、少し教えてもらえるか?」
エリナが、疲労の色を残しながらも説明してくれた。
「この世界のギルドは、国に属さない中立の機関なんです。ギルドカードは、そのまま身分証明書にもなるんですよ。私たちみたいな駆け出しは、まず冒険者ギルドでカードを作って、Fランクからスタートします」
「FランクからSSランクまであると聞いたが、君たちのランクは?」
「私たちは、Fランクですよ。見ての通り、ゴブリン五体にも苦戦するくらいですから。Eランクに上がるための依頼をコツコツこなしているところです」レイモンドが苦笑いした。
「冒険者でも、ステータス値が3桁有ると上位勢って聞いたけど、それは本当か?」
「あ、間違いないです。俺たちFランクはせいぜい100前後ですけど。義輝さんの300台は、間違いなく中級(C~Bランク)レベルの実力です。上級(Aランク)になると、軽く3桁を超えて、中には4桁以上の人間もいます。そういう人は、(SSランク)に分類されます」レイモンドが説明した。
義輝は、自分が偽装したステータスが、この世界の一般的な認識と合致していることを確認し、安堵した。
さらに、彼らは貨幣の価値についても教えてくれた。
銅貨100枚が銀貨1枚、銀貨100枚が金貨1枚という具合で、白金貨は最高額面の貨幣であること。
義輝は、さりげなく、彼らの回復魔法についても尋ねた。
「エリナの水属性の回復魔法も素晴らしかった。深手の傷も治せると聞いたが?」
エリナは、少し誇らしげに答えた。
「水属性は回復とバフがメインで、攻撃魔法も使えます。私の今のレベルだと、中級魔法の〈ハイヒール〉までが精一杯で、レイモンドのあの傷を完全に治すには、もう魔力が足りませんでした。でも、スキルLvを上げていけば、上級の〈エクストラヒール〉や、その上の〈パーフェクトヒール〉も習得できる様になります」
義輝は、改めて自分の持っている魔術が、この世界の魔法とは、根本的に異なる体系であることを再確認した。
義輝の持つ『火、水、土、風、光、闇、雷、氷』の魔術は、属性ごとに攻撃、防御、回復、補助など、全てを網羅している。
一時間ほど歩くと、視界が開け、城壁に囲まれた巨大な街が見えてきた。それがエルドラの街だった。
レイモンドが義輝に注意を促した。
「義輝さん、ギルドカードを持っていない者は、街の門番に身分確認をしなければならないです。水晶で簡単な確認をするのと、入場料として銅貨10枚が必要です」
「分かった」
門の前には、厳重な警備の兵士が立っていた。
レイモンドたちは、ギルドカードを提示し、何の滞りもなく街に入ることができた。
義輝の番になった。
「そこの旅の者、立ち止まれ。ギルドカードを提示せよ」
義輝は、既に用意していた銅貨10枚を差し出し、ギルドカードがないことを告げた。
「申し訳ない。旅の途中だ。初めてこの街に来たので、ギルドカードはまだ持っていない」
兵士は、義輝の容姿を一瞥し、その端正な顔立ちと、上質な装備にわずかに警戒の色を強めた。
「では、身分確認だ」
兵士が持っていた、手のひらサイズの透明な水晶が、義輝の額に向けられた。
(これが、犯罪者かどうか調べる道具か?)
義輝は、ギフト『全知全能』を発動させることなく、静かに兵士の水晶を見つめた。
水晶は、義輝の体内に流れる魔力を読み取り、彼の名前や属性、職業などを確認する装置だ。
義輝は、エクストラスキル『偽装魔術』を精密に操作した。
(名前は、ヨシテル。職業は魔法剣士。属性は、火属性と光属性。ステータスは、先ほどの偽装数値……)
水晶が微かに光を放った後、兵士の持つ台帳のような装置に情報が映し出された。
「名前、ヨシテル。職業、魔法剣士。犯罪者では無いな。よし、問題ない。入場を許可する」
義輝の偽装は、完璧に成功した。
兵士は、二属性持ちの魔法剣士という希少性に驚きはしたものの、それ以上の追求はなかった。
この世界の人間は、基本的に義輝が持つ「魔術」の概念を知らない。
そのため、義輝の強力な力も、全て「魔法」という枠内で解釈されるのだ。
街の中は、活気に満ち溢れていた。
石畳の道には、多種多様な種族が行き交い、賑やかな声が飛び交っている。獣人の商人、小柄な亜人種の職人、そして多くの冒険者たち。
「すごいな、この街は……」
3人が笑顔で「ようこそエルドラの街へ」
義輝は、純粋に感動を覚えた。
彼の知識にあったゲームや小説の中の世界が、目の前に広がっている。
レイモンドが、義輝を連れて、街のメインストリートを歩いた。
「まずは、義輝さんを冒険者ギルドに案内します。そこでギルドカードを作れば、この街での活動が格段に楽になります」
「助かる。本当に、君たちには借りを作りすぎたな」
「いや、俺たちからも、改めて礼を言わせて下さい」レイモンドはそう言って、エリナとサイラスを見た。
「義輝さんは、俺たちの命の恩人です。もし何か困ったことがあれば、いつでも声をかけてください」
彼らは、Fランクの冒険者だったが、その純粋な感謝の気持ちは義輝に伝わった。
冒険者登録を終えて宿でも探すかなと思っていると
「ところで、ヨシテルさん。ギルド登録も済んだことですし、この後、何か予定は?」エリナが尋ねた。
義輝は、宿を探す予定だったが、情報収集の機会を逃したくなかった。
「特に急ぎの用はない。まずは、この街の地理や、ギルドの依頼の傾向を知りたいところだ」
レイモンドが提案した。「それなら、ギルドの食堂で食事でもどうですか?俺たちが知っていることは、全て教えますよ」
「願ってもない」
義輝は彼らの誘いに乗り、ギルドの活気ある食堂へと向かった。
初めての異世界での食事、そして初めての「仲間」との会話。
義輝の異世界生活が、今、まさに始まろうとしていた。