ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
エルドラ公爵に案内され、俺たち【ヴィンクルム】は城の最奥にある夫人の寝室へと足を踏み入れた。
扉を開けた瞬間、肺が拒絶反応を起こすような、ねっとりと重苦しい「澱み」が部屋中に満ちているのが分かった。
「……ひどいな。病人の部屋というより、死体の安置所だぞ、ここは」
俺が眉をひそめて呟くと、公爵は悲しげに項垂れた。
「あらゆる換気を行い、香を焚かせているのだが、この不気味な重圧だけはどうしても消えんのだ……」
「いや。これは物理的な汚れじゃない。悪意が形を成した精神的な毒だ」
俺は一歩前に出ると、右手を軽く掲げた。
「リフィ、少し風を回そう。『風魔法:アエレム・プーリフィカーレ』」
刹那、俺の手の平から清冽な魔力の波動が広がり、部屋を包んでいた不浄な空気を一瞬で霧散させた。
淀んでいた視界が晴れ、窓から差し込む陽光が本来の輝きを取り戻す。
「おお……! 息が、息がしやすい……!」
驚く公爵を余所に、俺たちはベッドで青白い顔をして横たわる夫人の元へ歩み寄った。
「カグヤ、頼む。……クオーレも並行して解析を開始してくれ」
《了解しました、マスター。対象のバイタルおよび魔力波形をスキャンします……》
カグヤが夫人の手首にそっと触れ、柔らかな光を灯す。
「……旦那様、これはただの病気じゃなかばい。もっと根の深い、たちの悪い仕掛けがしてある」
カグヤの診断と同時に、脳内でクオーレの無機質な声が響く。
《解析完了。夫人の体内には、持続的に生命力を吸収する特殊な魔力結節を確認。これは外部の術者とパスが繋がった『吸命の呪詛(ライフ・ドレイン・カース)』です。さらに、精神を混濁させる幻覚系の毒素も併用されています》
「呪いと毒の二重奏か。……クオーレ、術者の特定は?」
《この部屋に残る残留魔力、および夫人の経絡に残る術式の指紋を照合……。術者の魔力特性は、先ほどから部屋の隅で控えている人物と98.7%一致します》
俺の視線が、部屋の隅で恭しく控えていた年配の執事へと向いた。
彼は公爵の側近として長年仕えているはずの男だ。
「なぁ、執事さん。あんた、さっきから随分と落ち着いていますね?」
「……はて、何のことでしょう。私はただ、奥様のご病状を案じているだけでございますが」
執事は表情一つ変えず、完璧な礼法で応える。
「カグヤ、治せるか?」
「当たり前たい。こんな小賢しい術、アタシの前では無意味たい」
カグヤが凛とした声で呪文を紡ぎ始めた。
カグヤの両手に、太陽そのもののような強烈な黄金の輝きが集束していく。
「暗い闇に隠れてコソコソしとる輩に、お天道様のお仕置きばい! 『光魔法:ソリス・プルガティオ』!」
カグヤの手が夫人の胸元にかざされると、夫人の体からどす黒い霧のようなものが絶叫を上げるように吹き出し、黄金の光に焼かれて消滅していった。
それと同時に、夫人の頬に朱が差し、穏やかな寝息へと変わる。
「……う、ううむ……」
夫人がゆっくりと目を開けるのを見て、公爵が駆け寄る。
「マリア! ああ、マリア!」
だが、カグヤの術はそれだけでは終わらなかった。
「治すだけじゃ済まさんけんね。……旦那様、相手に『お返し』してもよか?」
「ああ。徹底的にやってくれ」
「分かったばい。『秘術:呪詛還流(カース・リフレクション)』!」
その瞬間、夫人の体から取り除かれた「呪いの種」が、カグヤの魔力によって鋭い槍へと変貌し、因果の糸を辿って逆流した。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
突然、部屋の隅にいた執事が胸を押さえて転げ回った。
彼の皮膚がみるみるうちに黒ずみ、夫人が味わっていた以上の苦痛が彼を襲う。
「な、なんだと!? セバス、おまえが……!?」
驚愕する公爵を冷たく見下ろし、俺は執事の首根っこを掴み上げた。
「クオーレの解析じゃあ、この呪いのパスはもう一つ先に繋がっている。こいつはただの『アンテナ』だ。……なあ、執事さん。お前を雇った奴は誰だ? まあ、言わなくても還流した呪いがあっちにも届いてる頃だろうがな」
執事は泡を吹いて気絶した。
還流した呪いは、彼を操っていた背後の貴族——公爵の地位を狙っていた政敵の元へも届き、今頃は豪華な自室で悶絶しているはずだ。
「……ヴィンクルムの諸君、何とお礼を言えばいいか……」
涙を流す公爵に対し、俺は元の冷静な口調に戻って告げた。
「礼ならカグヤに言ってくれ。それと……公爵殿。あんたの城の警備、ザルすぎるぞ。裏切り者が一番近くにいたんだ、少しは身辺を整理しな」
「……肝に銘じよう。この恩は、必ずや最高の形で報いると誓おう」
こうして、公爵夫人の暗殺計画は、俺たちの圧倒的な力によって、犯人たちへの無慈悲な報復と共に幕を閉じた。