ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
ゴブリン討伐から一夜明け、ヨシテルはエルドラの街での活動を本格化させた。
冒険者ギルドでの成功は、彼の「魔法剣士ヨシテル」という偽装されたアイデンティティを確立する上で十分な成果となった。
彼は、今後もこの仮面を完璧に維持し、自分以外に能力を悟られないようにし、徐々に解放していこうと改めて認識していた。
この日は、冒険者ギルドとは異なる、この世界の経済と流通を司る商人ギルドを訪れることにした。
商人ギルドは、冒険者ギルドとは街を挟んで反対側、北西の商業地区に位置していた。
建物は冒険者ギルドほど堅牢ではないが、優雅で洗練された石造りで、門構えは重厚だ。
ギルドの内部は、冒険者ギルドの喧騒とは対照的に、静かで落ち着いた空気が流れていた。
カウンターには、高級そうな服を身に纏った商人たちが、手形や取引書類を広げ、真剣な顔つきで商談を進めている。
ヨシテルは、ギルドの仕組みを理解するため、まずは受付へと向かった。
受付にいたのは、黒縁眼鏡をかけた、細身で神経質そうな男性だった。
「ようこそ、商人ギルドへ。ご用件は?ここは冒険者ギルドではありませんよ」
ヨシテルは、あくまで一般の顧客として接し、丁寧に頭を下げた。
「私は冒険者のヨシテルと言います。先日、討伐した魔物の素材から、いくつか貴重な魔石が手に入りまして。冒険者ギルドよりも、こちらの方がより正確な査定をしていただけると聞き、参りました」
ヨシテルは、アイテムボックスから、昨日手に入れたゴブリン・リーダーの濃緑色の魔石一つだけを取り出し、カウンターに置いた。
他のゴブリンの魔石は、既に冒険者ギルドで換金済みだ。
その魔石を見た受付の男性は、眼鏡の奥の目をわずかに見開いた。
「ほう……確かに、これはゴブリンの魔石にしては上物ですね。少しお待ちください」
男性は、その魔石を奥の鑑定士らしき人物に手渡した。
ヨシテルは、この隙にユニークスキル『鑑定』を発動させた。
鑑定結果(商人ギルド)
情報: この商人ギルドはエルドラの街の経済を担う中核組織。冒険者ギルドの買い取り額よりも平均して20%高値で取引される。
目的: 鑑定士は、この魔石がどこから来たのか、ヨシテルを警戒している。
やはり、冒険者ギルドでの換金は、手数料が多く引かれていたようだ。
しかし、冒険者として活動する上では、ギルドとの連携は不可欠だ。
数分後、受付の男性が戻ってきた。
「鑑定の結果、この魔石は通常のゴブリン魔石の四倍の価値があると査定が出ました。銅貨300枚で買い取らせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
昨日、冒険者ギルドで売却した際のゴブリン・リーダーの魔石は銅貨1800枚と計算できるため、商人ギルドの提示額は、冒険者ギルドの査定額よりも遥かに低い。
ヨシテルは内心で冷静に計算しつつ、『全知全能』の知識で、この魔石の市場価値を正確に把握した。
市場価値は、銅貨800枚程度が妥当だ。
ヨシテルは、穏やかな口調で、しかし断固として言った。
「その査定額では、少し厳しいですね。この濃い緑色。魔力の純度から見ても、銅貨800枚は下らないはず。そちらのギルドが、冒険者ギルドより高額で買い取ってくれると聞いて来たのですが……」
ヨシテルが提示した額が、正確な市場価格とほぼ一致していたため、受付の男性は、驚きと戸惑いの表情を浮かべた。
「なっ……なぜ、その額を?」
「旅の途中で、それなりの知識は身につけています。それに、この街でこれから長く活動していくつもりです。初めての取引で、信頼関係を壊したくはありません」
ヨシテルは、あくまで交渉を試みた。
男性は、しばらく沈黙した後、奥の鑑定士と再度話し合い、渋々といった表情で戻ってきた。
「……分かりました。銅貨750枚で、再度買い取らせていただきましょう。これが限界です」
(市場価値よりは低いが、冒険者ギルドの査定よりは格段に上だ。これ以上、この手の取引で時間をかける必要はない)
ヨシテルは、取引に応じた。
「ありがとうございます。では、それでお願いします」
取引を通じて、ヨシテルは商人ギルドの仕組みと、この世界の商売の駆け引きを理解した。
彼は、今後も高額な素材は商人ギルドで、一般的な素材は冒険者ギルドで売却するという使い分けを確立した。
商人ギルドを出たヨシテルは、そのまま街の中心部へと向かった。
商業地区には、武器屋、防具屋、魔法道具屋など、様々な専門店が並んでいる。
彼は、これらの店の品揃えと価格を、『鑑定』を使いながら詳細にチェックしていった。
(武器の性能、防具の素材、そして魔法道具の仕組み……)
彼の持つスキル『魔術創造』は、この世界の魔法道具を遥かに凌駕するアイテムを創造できるが、その「原形」となる現地技術を知っておくことは重要だ。
正午を過ぎた頃、ヨシテルは、街で一番賑わっている大通りを歩いていた。
その時、彼の『鑑定』が、一際強い反応を示した。
鑑定結果(周辺の人物)
パーティー名: 【雷光の剣】
メンバー:
名前: ベルナール
職業: 聖騎士(上級職)
レベル: 78
ステータス: HP 1120、STR 985、VIT 992、AGI 750、LUK 400
属性: 光属性(希少)
名前: リーヴ
職業: 賢者(上級職)
レベル: 75
ステータス: MP 1210、INT 1350、LUK 500
属性: 雷属性(希少)、風属性
名前: ジン
職業: 拳神(上級職)
レベル: 80
ステータス: STR 1520、VIT 1010、AGI 1450
属性: 無し
名前: フィーア
職業: 斥候
レベル: 65
ステータス: AGI 1020、LUK 650
属性: 土属性
名前: イーリス
職業: 僧侶
レベル: 60
ステータス: MP 850、INT 700
属性: 水属性、光属性(希少)
備考: エルドラの街を拠点とする唯一のAランクパーティー。直近で『黒竜の森』の深部探索を完了し、ギルドへの報告に向かっている。
(Aランクパーティー……!しかも、ステータスが四桁超えが複数いる。特にジンという拳神は攻撃力が1500超え。まさに、この世界の上位勢か)
ヨシテルは、彼らの存在に気づかれぬよう、目立たないように振る舞いながら、彼らが近づいてくるのを待った。
大通りを歩いてきたのは、五人組の屈強な男女だった。
リーダーらしき人物は、全身を光沢のある白銀の鎧で固めた聖騎士、ベルナール。
その隣には、杖を携えた、鋭い眼光を持つ女性の賢者、リーヴ。
そして、その並びには、筋骨隆々で、全身が武器のような男、ジン。
彼らの間を、小柄で敏捷そうな斥候の女性、フィーアが歩き、最後尾には、穏やかな顔つきの僧侶の女性、イーリスがいた。
彼らは、街の通行人から一斉に注目を集めており、誰もがその強大なオーラに道を譲っていた。
ヨシテルは、彼らの存在から、この世界の「強さ」の具体的な基準を深く理解した。
偽装ステータス(300台)は、彼らAランクパーティーの足元にも及ばないが、逆に言えば、彼らがこの世界の「常識的な最強」であり、ヨシテルが目指すべき偽装目標だ。
Aランクパーティー【雷光の剣】がヨシテルのすぐ横を通り過ぎようとした、その瞬間。
賢者であるリーヴが、不意に足を止めた。
彼女の鋭い目が、ヨシテルの姿を捉えた。
「……あなた」
リーヴの声に、パーティーの他の四人も立ち止まり、ヨシテルに視線を向けた。
(まずい。なぜ気づかれた?偽装魔術は完璧なはずだ)
ヨシテルは、内心で一瞬の緊張を覚えたが、すぐに「全知全能」の力で、リーヴの魔力の流れと、彼女の視線の意図を瞬時に解析した。
リーヴは、ヨシテルの美形な容姿と、彼から発せられる光属性の魔力(偽装された光属性魔法)の強さに気づいたようだ。
リーヴは雷属性と風属性を持つ希少な賢者だが、ヨシテルの「光属性」に強く反応したのだ。
聖騎士ベルナールが、前に出てヨシテルに声をかけた。
「どうした、リーヴ?……ああ、すまないな。君は、見かけない顔だが、冒険者か?」
ベルナールは、ヨシテルのFランクとしては上等すぎる装備に、警戒と興味を混ぜた視線を送った。
ヨシテルは、冷静を装い、すぐに答えた。
「はい。つい先日、登録したばかりのFランク冒険者です。ヨシテルと言います」
「Fランクで、この装備と、この雰囲気……。見どころがある」
リーヴが、鋭い視線を向けたまま口を開いた。
「ヨシテルさん。あなたは、光属性を使いますね。しかも、その魔力の質、レベル15のFランクのそれではない」
ヨシテルは、あくまで笑顔を保ち、謙遜した。
「流石はAランクの賢者様。鋭いですね。光属性と火属性の二属性持ちだと、ギルドには登録しました。ただ、師匠の教えが厳しくて……その魔力の質が高いというのは、私の実力ではなく、師匠の教えの賜物でしょう」
彼は、自身の強さの原因を「師匠」という架空の存在に押し付けた。
これなら、自身の特異性が目立っても、転移者であることには結びつかない。
僧侶のイーリスが、優しい声で尋ねた。彼女も光属性の使い手だ。
「光属性の回復魔法を使われるのですか?どのような系統の?」
「水属性の回復魔法とは少し違う系統だと教わりました。回復と防御がメインです。まだ、〈ハイヒーリング〉までしか使えませんが、将来的にはもっと強力な魔法を習得したいと思っています」
イーリスは、その答えに満足したようだ。
「そうでしたか。光属性の使い手がこの街に来てくれるのは心強いです。光属性は本当に希少ですから」
しかし、拳神のジンは、終始無言でヨシテルを値踏みするような視線を送っていた。
その強烈な威圧感に、ヨシテルは内心で冷や汗をかきそうになる。
(このジンという男、戦闘直感に優れている。偽装魔術を、本能的に疑っているかもしれない)
リーダーのベルナールが、パーティーを代表して言った。
「そうか。ヨシテル君。もし、君がこの街で本格的に活動するつもりなら、我々Aランクパーティー【雷光の剣】の名前を覚えておいてくれ。困ったことがあれば、ギルドで声をかけてくれても構わない」
「ありがとうございます、ベルナールさん。」
ヨシテルは、彼らが去っていくのを、見送った。
彼らとの接触は、ヨシテルにとって、大きな情報収集の成果となった。
【雷光の剣】の面々が去った後、ヨシテルはすぐに路地裏に入り、深く息を吐いた。
(危なかった。賢者のリーヴは、魔力の質を見抜く眼力がある。そして、拳神のジンは、私を常に疑いの目で見ていた。偽装魔術の精度を、さらに上げなければならない)
彼は、自身の『偽装魔術』を、Aランクの人間でも見抜けないレベルへと、即座に修正・強化した。
特に、魔力の「流れ」や「質感」を、レベル15の冒険者として、より自然で、限界があるように調整した。
(そして、Aランクのステータス。STR1500……。この世界での最強の基準が分かった。当面、この数値を目標に、偽装ステータスを徐々に上げていく必要がある)
ヨシテルは、今日の商人ギルドでの成功と、Aランクパーティーとの遭遇により、この異世界での立ち回り方を確固たるものにした。
彼は、自分の持つ無限の力、ギフト『全知全能』を隠し、この世界で「優秀な冒険者ヨシテル」として生きていく決意を新たにした。彼の異世界生活は、まだ始まったばかりだ。