ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
エルドラの街を出発してから、早くも三週間が経過していた。
俺たち【ヴィンクルム】の面々は、漆黒の樹海「黒竜の森」での過酷な行軍、一万年前の古代防衛機構の制圧、そして伝説の神獣フェンリル親子との邂逅という、常人ならば一生かけても成し遂げられない偉業を終え、ついにエルドラの街の正門へと辿り着いた。
その胸元には、先日授与されたばかりの「金色のプレート」——Aランク冒険者の証が誇らしげに輝いている。
「やっと帰ってきたわね。でも、なんだか不思議な気分だわ」
アルシェラが苦笑いしながら、巨大な城壁を見上げて呟いた。
「ホンマやね。普通、三週間も魔境におったらボロボロになるはずやのに、ヨシテルのせいで街におる時より贅沢やった気がするわ」
イシュタルが同意する。
それもそのはず、俺が作成した魔法の冷蔵庫と空間拡張テント、そして絶対防御の結界のおかげで、彼女たちは毎日温かい風呂に入り、キンキンに冷えた美酒と美食を堪能していたのだ。
だが、門を守る衛兵たちの反応は、彼女たちのリラックスした雰囲気とは裏腹に、戦慄そのものだった。
「お、おい……何だ、あの集団は……!」
衛兵たちが槍を構え、震える声で叫ぶ。
彼らの視線の先には、俺たち六人と、その背後に泰然と付き従う四匹の巨獣——カエルム、ルーナ、そして子フェンリルのテラとアウラがいた。
一般的に、フェンリルは神話や伝承の中にしか存在しない伝説の神獣だ。
この街の人間で本物を見たことがある者など一人もいない。彼らの目には、俺たちが「見たこともない、凄まじい威圧感を放つ巨大な狼の魔物」を平然と連れ歩いている異常事態にしか見えなかった。
俺たちが門を潜り、大通りへと足を踏み入れると、街は一瞬で静まり返り、次の瞬間には蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「ひ、避難しろ! 魔物が街に入ってきたぞ!」
「馬鹿言え、あの金色のタグを見ろ! Aランク冒険者が連れてるんだぞ!」
「あんな巨大な狼、聞いたこともないぞ……。一噛みで家が壊されそうだ!」
騒然とする群衆を余所に、俺たちは目的地の冒険者ギルドへと直行した。
背後ではカエルムたちが、周囲の喧騒などどこ吹く風で、威風堂々と石畳を鳴らしている。
ギルドの扉を開けると、そこには絶叫に近い衝撃が待ち受けていた。
「い、いらっしゃいま……ひぃぃぃぃぃっ!?」
受付嬢のリーファが、俺たちの後ろに控えるルーナと目が合った瞬間、椅子から転げ落ちた。
「ヨ、ヨシテルさん!? その……後ろの、山のような生き物は一体……っ!」
「ああ、道中で拾ったんだ。獣魔登録(テイム登録)をお願いします」
俺が淡々と告げると、奥の執務室のドアが「バゴォォン!」と凄まじい音を立てて吹き飛んだ。
「何事だッ!! ギルド内で魔力の暴走か……ぶべっ!?」
飛んできたのは、ギルドマスターのガゼルだった。
彼は勢いよくロビーに飛び出してきたが、カエルムの眼前に着地してしまい、その圧倒的な存在感に気圧されて文字通り腰を抜かした。
「が、ガゼルさん。落ち着いてください」俺が声をかける。
「お、お、落ち着いていられるかぁぁぁ!! ヨシテル! お前、黒竜の森の中間地点を調査してくると言っておきながら、何を持ち帰ってきやがった! これ、どう見てもフェンリルじゃねえか!!」
「え、フェンリルって分かったの?」
「伝承の挿絵とクリソツだろうが! しかも四匹!? 家族かよ!!」
ガゼルの絶叫がギルド中に響き渡る。
俺は構わず、クオーレにまとめさせた「中間地点の調査報告書」と、証拠品の「アトランティア・コア」を受付に置いた。
報告を受けたガゼルの顔が、見る間に青から白、そして土気色へと変わっていった。
「……中間地点に古代の防衛タワー? 守護機兵を単独で撃破? さらにフェンリル親子を救出……。おい、リーファ。これを今すぐ『ギルド本部』に、緊急最優先の魔導通信で飛ばせ」
ガゼルは震える手で報告書を握りしめ、天を仰いだ。
「ダメだ。俺一人の手に負える話じゃねえ……。Aランクどころか、これはもう世界のパワーバランスに関わる案件だ」
ギルド側は頭を抱え、即座にギルド本部の幹部、および本部の総ギルドマスターへ連絡を取ることを決定した。
これほどの事態、もはやエルドラ一都市のギルドの範疇を超えている。
「ヨシテル、悪いが本部から調査団と幹部が来るまで、数日待ってくれ。それと……頼むからその『神獣様』たちをギルド内に入れないでくれ。職員の心臓が持たん」
「分かりました。じゃあ、街の外でキャンプして待ってますよ」
俺たちは騒ぎが収まらないギルドを後にし、エルドラの城壁のすぐ外、昨日まで使っていた快適な「ミスティック・パレス・グランド」を再び設営した。
市民たちは遠巻きにその豪華なテントとフェンリルたちを眺めていたが、俺たちはまったりと酒を飲み、本部の到着を待った。
数日後。
ギルド本部から、重々しい紋章の付いた馬車が数台、エルドラの街へ到着した。乗っていたのは、ギルド本部の幹部数名と、大陸全体の冒険者を束ねる「総ギルドマスター」その人であった。
彼らは街に入るなり、城壁の外で優雅にくつろぐ【ヴィンクルム】と、その傍らで昼寝をする四匹のフェンリルを見て絶句したが、すぐにギルドの奥座敷へと籠もった。
そこには、エルドラのガゼル、そして証人として呼ばれたエルドラ公爵の姿もあった。
ヴィンクルムのメンバーは、あえてこの席には呼ばれていない。
これは彼らの「処遇」を決める、政治と実力の審議だ。
「……信じがたいが、提出された『魔導核』は本物だ。鑑定の結果、一万年前の魔力波形と完全に一致した」
本部幹部が、震える声で切り出した。
「問題は、彼らの実力だ。Aランクに昇格して一ヶ月足らずで、人類未踏の黒竜の森中間地点を『ピクニック気分』で踏破し、あろうことかフェンリルを従えて帰ってきた。これを認めれば、大陸の秩序が変わる」
「認めざるを得ないだろう。現に、彼らが動かなければあのガーディアンは今も森を彷徨い、近づく者を皆殺しにしていたのだからな」
公爵が強い口調で後押しする。
「総ギルドマスター、貴殿の判断は?」
白髪の老人である総ギルドマスターは、長い沈黙の末、重々しく口を開いた。
「……彼らをこれ以上『Aランク』という枠に縛り付けておくことは、逆にギルドの権威を失墜させる。彼らの力は、一国家の軍隊に匹敵……いや、凌駕している。審議の必要すらない。……全会一致で、パーティー【ヴィンクルム】を史上最短と史上最年少の『Sランク』へと昇格させる」
会議室には、沈黙と、そして新たな伝説が生まれることへの畏怖が満ちていた。
一方で、当のヨシテルたちは——。
「あ、野菜足りなくなった。冷蔵庫から取ってきて」
「ヨシテル、冷えたワインもう一本!」
絶対安全な結界の中で、世界を揺るがす審議が行われていることなど露知らず、平和な宴を楽しんでいたのである。