ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
黒竜の森、行軍五日目。
昨日、精霊女王リフィたちが放った極大魔法によって広大な更地となった場所から、俺たちヴィンクルムは再び歩みを進めていた。
しかし、一万年の眠りを守らんとする森の防衛本能は、昨日以上の執執を見せ始めていた。
巨樹の陰からは、人の背丈を優に超える鎌を持った『デス・マンティス』や、不定形の魔力を撒き散らす『ボイド・スライム』といったSランク級の魔物が、呼吸をするように次々と湧き出してくる。
「……さすがに、少し効率が悪すぎるな」
俺は絶え間なく続く魔物の襲来に小さく溜息をついた。
一匹一匹は大した脅威ではないが、足を止める回数が増えるのは本意ではない。
「ヨシテル、また右から来るわよ! ライラ、お願い!」
アルシェラが槍を構え、雷の精霊ライラが放電で牽制する。
「ウチもそろそろ魔力弾がもったいない気がしてきたわ。キリがないで、これ」
イシュタルが双銃を回しながら、呆れたように笑う。
俺は右手に魔力を纏い、氷の結晶が次第に集まってきた右手を地面にかざした。
「皆、少し下がっていてくれ。……少し『道』を作り替える」
俺はクオーレに最適化と中間地点のまでの距離と方角の位置を情報分析を命じて、膨大な魔力を一点に集束させた。
「『極大氷魔術:グラキエス・ヴィア(氷華の道)』」
刹那、俺の足元から中間地点のタワーがある北の方向へ向かって、一直線に純白の氷の道が伸びていった。
鬱蒼とした巨樹を根こそぎ凍らせ、粉砕しながら突き進むその威力は、まさに天災。
だが、これだけでは終わらない。
「不純物は外へ押し出す。『超極大氷魔術:エテルナ・グラキアス・パレイス(永劫の氷回廊)』!!」
俺が両手を広げると、一直線に伸びた道の左右から、高さ数十メートルに及ぶ巨大な氷の壁がせり上がった。
それはただの壁ではない。外側からの侵入を概念レベルで拒絶する、透明度の高い美しき「氷の回路」が出来た。
「な……これ、タワーまで続いてるのかよ!?」
バルトが呆然と氷の壁を見上げる。
壁の外側では、追い出された魔物たちが怒り狂って氷を叩き、あるいは爪で引き裂こうとしていた。
しかし、その瞬間に氷の壁から漏れ出す絶対零度の冷気が魔物を侵食し、触れた先から順に、魔物たちは音もなく「氷の彫像」へと変わり、砕け散っていく。
「これなら邪魔は入らない。……カエルム、皆。走るぞ」
俺たちは魔物の咆哮を「壁一枚」隔てたBGMにしながら、静寂に包まれた氷の回廊を優雅に進み始めた。
その日の夕刻。
氷の回廊の中、絶対安全な領域を確保した俺たちは、いつものように『ミスティック・パレス・グランド』を展開した。
「今日は俺が料理を作るよ。皆、少し待っていてくれ」
俺はスキル『料理』をフル稼働させ、アイテムボックスから厳選した食材を取り出した。
せっかく『アエテルナ・パントリー』で何でも手に入るのだ。
今日はこの世界の味付けではなく、俺の故郷――日本の料理を振る舞おうと思った。
キッチンから漂ってくるのは、醤油と出汁の香ばしい匂い。
「……くんくん、旦那様、これ何の匂いたい? 今までに嗅いだことなか、でも凄く美味しそうばい!」
カグヤが尻尾をパタパタさせながら覗き込んでくる。
テーブルに並べられたのは、炊き立ての白米、味噌汁、そして『和牛のすき焼き』に『天ぷら』、さらにはカエルムたちのために特別に用意した『和牛肉の盛り合わせ』だ。
「さあ、食べてくれ」
「いただきます!」
アルシェラが恐る恐る肉を口に運び、目を見開いた。
「……何これ! 甘じょっぱくて、お肉が口の中で溶けるわ……!」
「この白い豆のスープ(味噌汁)、落ち着く味やなぁ……。ヨシテル、あんた実は料理の神様なん?」
イシュタルが夢中で箸(俺が魔力で作って教えた)を使いこなそうと奮闘している。
バルトとアレスも、天ぷらのサクサクした食感に感動しながら、冷えた日本酒を煽っていた。
「この酒、キレがあって最高だぜ……!」
「ああ……、ヨシテルの故郷は、これほど豊かな文化を持っていたのか」
カエルム、ルーナ、テラ、アウラの四匹も、皿に盛られた新鮮な肉を満足げに食し、精霊たちは俺の頭の上で、小さな手でおにぎりを一生懸命頬張っていた。
静かなる遊戯の夜
食後は、昨日俺が作ったチェスや花札を取り出した。
氷の壁の向こうでは、時折魔物が死に絶える微かな音が響くが、結界の内部は温かく、笑い声が絶えない。
「こいこい! 月見で一杯たい!」
カグヤが花札の札を力強く叩きつける。
「あちゃー、また負けたわ! カグヤ、あんた運強すぎやろ!」
イシュタルが悔しそうに頭を抱える。
チェス盤を挟んだアルシェラは、真剣な眼差しで俺に挑んでいた。
「ヨシテル、次でチェックメイトよ」
「うん、筋がいいね。だが……こうだ」
そんな穏やかな時間が過ぎていく。
俺は窓から外の氷の回廊を見つめた。白銀に輝く壁は、月光を反射して幻想的に揺らめいている。
「明日、あるいは明後日には中間地点だ。……一万年の眠りを起こす準備は、心もお腹も整ったようだな」
俺の呟きに、バルトが杯を掲げて笑う。
「ああ。どんな化け物が出てこようが、この『家族』の敵じゃねえよ」
五日目の夜。
絆を深めたヴィンクルムは、郷愁の味を胸に、静かな眠りについた。
一万年の扉まで、あとわずか。