ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
俺たちが作り出した絶対零度の「氷の回路」を抜けて二日。
黒竜の森、行軍七日目。
目の前に広がったのは、三週間前。
俺が『極大氷魔術:ネニア・グラキアリス・エテルニタティス』を叩き込んだ戦場跡だった。
周囲一キロメートルを飲み込んだ死の氷原は、未だその威力を保ち、透明な青い氷の中に閉じ込められた魔物や金属兵士(ゴーレム)たちが、当時の絶望的なポーズのまま静止している。
「……やっと、此処に着いたな。まだ凍ってるね」
俺は白銀のタワー——『古代エルドラ第1ゲート・コントロール・タワー』を見上げた。
フェンリル親子、カエルムたちは初めて目にする古代アトランティアの遺物に、警戒の唸り声を漏らす。
「大丈夫だ、カエルム。ここの番人はもう俺が片付けた」
俺がそう言うと、カエルムは落ち着きを取り戻し、巨大な氷の彫刻の間を悠々と歩き始めた。
俺たちヴィンクルムは、氷に閉ざされた広場の中央にそびえ立つタワーの周囲へと集まった。
「さて、ここに入り口があるはずなんだが……。皆、手分けして調べてくれ。不審な凹凸や、魔力に反応する場所がないか」
俺の指示で、仲間たちが動き出す。
アルシェラと雷の精霊ライラはタワーの正面を、バルトとアレスは左右の石畳を。カグヤとイシュタルは後方の調査へと向かった。
一万年前の英知。
俺たちが手に入れた『古代の魔導核』は、このタワーの鍵であることは間違いない。
だが、それを挿入するスロットが表面には見当たらないのだ。
「ヨシテル! こっち、タワーの裏手に何やら文字のようなものがあるわ!」
アルシェラの呼ぶ声に、俺たちはタワーの背面へと回った。
そこには、氷の層の下、白銀の金属板に緻密な、しかし不自然なほど歪な紋様が刻まれていた。
「……これは、古代文字か。いや、源素魔法の記述式に近いな」
俺は右手をかざし、表面の氷を微かな熱で溶かした。
現れたのは、複雑に絡み合う幾何学模様と、見たこともない文字の羅列だった。
《解析開始:古代エルドラ公用語・高密度魔法言語。……マスター、この記述は単なる説明文ではありません。一つの『思考迷路(ロジック・メイズ)』として機能しており、外部からの解析を遮断するプロテクトが掛かっています》
クオーレが、これまでになく慎重な警告を発する。
「解読にどれくらいかかる?」
《現在の全知全能の演算能力を最大限に使用しても、完全なデコードには最低十時間は必要です》
「……よし。なら、今日はここで夜営だ。無理に進んで罠を踏むよりは、腰を据えて解析した方がいい」
俺はタワーのすぐ側に『ミスティック・パレス・グランド』を展開した。
広域結界『ドムス・インウィオラビリス』が、氷の庭園を包み込む。
夕食は、昨日の和食の残り香を感じつつも、今日はスタミナを蓄えるための『厚切りステーキとガーリックライス』
魔法の冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えた黒ビールが、喉を心地よく刺激する。
「いよいよやな、ヨシテル。この文字が解けたら、ホンマに地下に行けるん?」
イシュタルが、チェスの駒を弄りながら聞いてくる。
「ああ、クオーレの解析によれば、この文字自体がゲートを呼び出す『鍵穴』の一部だそうだ」
「ワクワクするばいね。一万年前の人たちは、どんな暮らしをしとったっちゃろうか」
カグヤが星の弓を手入れしながら、目を輝かせている。
食後、俺は解析をクオーレに任せつつ、仲間たちと談笑して過ごした。
バルトとアレスは、カエルムたちの毛並みをブラッシングしながら、互いの武勇伝に華を咲かせている。
テラとアウラは、精霊たちとトランプの『神経衰弱』に興じていたが、フェンリルの知能の高さに精霊たちが苦戦している姿は見ていて飽きなかった。
「……よし、そろそろ寝るか。解析が終わる頃には夜明けだ」
俺たちは明日への期待と、僅かな緊張を抱きながら、豪華なベッドへと潜り込んだ。
翌朝。
クオーレの声で、俺は目を覚ました。
《マスター、解読完了。……記述式の最終コードを承認。起動シークエンスに入ります》
俺たちはテントを畳み、タワーの裏手へと集まった。
昨日の文字が、淡い蒼白の光を放ち始めている。
「……行くぞ」
俺が懐から『古代の魔導核』を取り出し、文字の中心へと近づけると、金属の表面が波紋のように震え、魔導核が吸い込まれるようにタワーの内部へと収まった。
『——システム再起動。第1ゲート・アンロック。深淵への道を提示——』
タワーの天辺から、一点の強烈な光が放たれた。
その光は空へと昇るのではなく、地表を這うようにして、黒竜の森のさらに北――これまでの森とは明らかに空気が違う、真の「深部」へと一直線に伸びていった。
「……光が道を指し示しているわ。あっちが、本当の入り口なのね」
アルシェラが、光の先を見つめて呟く。
「歩き甲斐がありそうだ。行こう、皆。……歴史の扉を叩きに」
俺は愛刀の感触を確かめ、先頭に立って歩き出した。
光の導く先には、未だ地図にすら記されていない、黒竜の森の最深部が待ち受けている。
白銀のタワーを背に俺たちヴィンクルムと八柱の精霊、そして四匹の神獣。
その最強の布陣が、ついに地下遺跡への「一歩」を刻むために、未知の樹海へと踏み込んだ。