ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福―   作:煌人

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63話め


第六十三話:凍てつく鎮魂と、継承される記憶

 

 

絶望の王が遺した手記を握りしめ、俺たちは一度、大聖堂の地上階へと戻ってきた。

地下深くで見た、数万の魂を抜かれた肉体。

そして、愛する民を兵器に変えてしまった王の無念。

そのあまりにも重すぎる「真実」が、俺たちの胸に深くのしかかっていた。

聖堂の中は、浄化の余韻で未だに淡い光の粒が舞っている。俺たちは言葉少なに、それぞれが自分なりの「覚悟」を整えていた。

 

「……ヨシテル。本当に、これでいいのよね?」

 

アルシェラが、テラとアウラの頭を愛おしそうに撫でながら、静かに問いかけてきた。

その瞳には、人族とエルフ族のハーフとして長く生きてきた彼女ゆえの、文明の終焉に対する深い悲しみが宿っていた。

 

「ああ。魂は空へ還した。あそこに残っているのは、狂ったシステムと、戻る場所のない器だけだ。これ以上、彼らの肉体を一万年前の過ちに縛り付けておく必要はない」

 

「せやな。……せめて最後くらいは、誰にも邪魔されんと眠らせてあげたいわ。ウチらが終わらせることが、きっとこの街への一番の供養になるんやろな」

イシュタルが双銃の火薬の匂いを振り払うように空を仰ぐ。

 

「旦那様、ウチ……忘れたくなかと。ここで何があったか、どんな人たちが生きとったか。一万年も続いた悲劇ば、無かったことにはしたくなかとよ」

カグヤが星の弓を抱きしめ、声を震わせる。

 

俺は頷き、全員に向き直った。

 

「カグヤの言う通りだ。だから、消し去るのではなく『保存』する。……アレス、バルト。聖堂にある書物、記録媒体、歴史資料……持ち出せるものは全て回収してくれ。一万年前、彼らが確かにここに存在した証を、俺たちが未来へ持っていくんだ」

 

「おう! 任せとけ、ヨシテル。死んじまった奴らの記憶まで凍らせるわけにはいかねえからな」

 

「了解した。……影の眷属も動員して、一枚の紙片すら逃さず回収する」

 

バルトとアレスが動き出す。

俺たちは聖堂の図書室や保管庫を巡り、劣化一つない保存状態を保った書物を、次々とアイテムボックスへ放り込んでいった。

アイテムボックスは自動でこれらを分類し、安全な空間へと格納していく。

 

資料の回収を終えた俺たちは、最後にもう一度、古代エルドラの興亡が描かれたあの壁画の前に立った。

反映、絶頂、汚染、そして地下への逃避。

 

「皮肉なもんだな。豊かさを求めた魔法の力が、結局自分たちの居場所を奪ったなんてよ」

バルトが重々しく口を開く。

 

「……明日は我が身かもなぁ。ウチらも今の文明に甘えてるけど、いつか同じことしてまうんちゃうかなって思うわ」

イシュタルが寂しそうに笑う。

 

「だからこそ、この記録が必要なんだ。……さあ、行こうか。……クオーレ、各セクションの機能を完全凍結するための最短ルートを算出。術式の並列起動準備をしてくれ」

 

《了解、マスター。……魔導都市エルドラ・メインプログラム、全シャットダウン・シークエンスの最終承認を待機中。……これより、不可逆的な停止プロセスを開始します》

 

俺たちは再び螺旋階段を下り、数万のポッドが並ぶ地下大空廊へと戻った。

静まり返った空間に、俺の足音だけが虚しく響く。

 

「……皆、下がっていてくれ。……リザーナ、アクア、力を貸してくれか」

 

氷の精霊リザーナと、水の精霊アクアが俺の左右に寄り添う。

俺は右手を高く掲げ、掌にこの地下空間の全てを呑み込むほどの絶大な冷気を集束させた。

1万年の孤独を、悲しみを、そして届かなかった王の懺悔を。全てを「静寂」という名の永遠に閉じ込めるために。

 

「幾星霜、溶けることなき静寂を。……『超極大氷魔術:エテルナ・グラキアス・セパルクルム(永劫なる氷の墓標)』!!」

 

俺の手から放たれた絶対零度の奔流が、一瞬で床を、天井を、そして数万のポッドを飲み込んでいった。

氷は結晶を咲かせながら、音もなく全てを美しく透き通った青い世界へと変えていく。

ポッドの中で眠っていた人々は、苦しむこともなく、ただ永遠の平穏を得たかのように氷の中で宝石となった。

巨大な魔導計算機が、停止を拒むように激しい魔力の火花を散らしたが、俺の魔力はそれを力技で圧し潰し、回路の奥深くまで凍てつかせた。

 

「……これで、地下層は完全に眠りについた」

 

俺たちは凍りついた回廊を歩き、地上へと戻っていく。

1段、また1段と階段を上るたび、俺は背後から順に階段そのものを、そして壁を凍らせていった。

聖堂のホールに戻った時、俺は最後に女神像と、あの壮大なステンドグラスを見上げた。

 

 

「……さらばだ、エルドラ。……凍れ」

 

 

俺が足元を強く踏み鳴らすと、聖堂の床から氷の蔦が猛烈な勢いで伸び上がり、純白の柱を、黄金の装飾を、そして高い天井までを覆い尽くしていった。

外に出ると、大通りの先までが俺の魔力によって白銀の世界へと変容していた。

太陽の代わりに魔導結晶が照らしていた黄金の街は、今や月光を映す鏡のような氷の都と化している。

 

「……綺麗ね。本当に、ただ眠っているみたい」

 

アルシェラが、氷に包まれた大聖堂を見上げて、小さく息を吐いた。その吐息すら、今は白く凍っている。

 

「ガウッ!」

 

カエルムが、俺の隣で低く吠えた。それは弔いのようでもあり、決意のようでもあった。

 

「よし、地上へ戻るぞ。……俺たちの手の中には、一万年前の英知と後悔が詰まっている。これをどう活かすかは、これからの俺たち次第だ」

 

俺たちは氷に閉ざされたエルドラを背にし、再び長い螺旋階段を上り、黒竜の森の地上へと向かって歩み始めた。

背後で、完全に機能を停止した都市が、微かな軋みを上げて深い眠りへと沈んでいくのを感じながら。

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