ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
漆黒の樹海に永遠の眠りを与える氷の神殿を築いてから、俺たちは再び地上を歩んでいた。
中間地点の白銀のタワーから一週間。
そして、かつては人類未踏の絶望と呼ばれた黒竜の森の入り口を抜けてから数日。
目の前には、出発の時と変わらぬ巨大な城壁を持つ「エルドラの街」が姿を現していた。
だが、変わっていないのは街の外観だけであり、俺たちが持ち帰った「真実」は、この世界の根幹を揺るがしかねない火種となっていた。
街の正門が見えてくると、門番の衛兵たちがこちらを指差して叫び声を上げた。
「お、おい! あれを見ろ! フェンリルと……あの6人は……【ヴィンクルム】だ! 帰ってきたぞ、本当にあの森から戻ってきやがった!」
「だ、誰か公爵邸に至急伝令を出せ。公爵様にお伝えするんだ」
門番の衛兵に冒険者プレートを見せて門を潜ると、そこは既に祭りのような騒ぎになっていた。
1ヶ月前、一度は凱旋した俺たちだったが、今回は「深部踏査」というギルド本部の最優先依頼を完遂しての帰還だ。
しかも、全員が掠り傷一つ負わず、まるでお散歩にでも行っていたかのような涼しい顔をしている。
「ヨシテル! 凄いわ、この人だかり。Aランクに昇格した時以上の熱気ね」
アルシェラが苦笑いしながら、首に下げたプレートをマントの内側に隠した。
「そらそうやわ。誰一人として生きて帰れんかった黒竜の森の『一番奥』まで行って、こうしてピンピンしてるんやもん。市民の人からしたら、ウチらは生ける伝説みたいなもんなんよ」
イシュタルが上機嫌に手を振り、群衆の歓声に応える。
「旦那様、見らんね! みんな腰ば抜かしとうよ。カエルムたちが威風堂々としとるもんやけん、余計に凄かとよ!」
カグヤが星の弓を肩に担ぎ、楽しそうに笑う。
俺たちはそのまま、喧騒を突き抜けて冒険者ギルドへと直行した。
ギルドの扉を開けると、そこには言葉を失ったギルドマスター・ガゼルと、椅子から転げ落ちそうになっているリーファさんがいた。
「よお、ガゼルさん。戻ったぞ。依頼の報告良いですか?」
俺がそう言ってカウンターに「中間地点以降の踏査報告書」と、証拠品として持ち帰ったいくつかの古代魔導パーツとSSランクの魔物の素材、そして魔物と機械の融合した素材を置くと、ガゼルは驚愕とSSランクの素材に震える手でそれを取り上げた。
「……ヨシテル。お前……まさか、本当に『最深部』まで辿り着いたのか?」
「ああ。地下1000メートルに眠る1万年前の魔導都市エルドラ。そこで起きた厄災の真実、そして……都市の完全停止を確認した。もう黒竜の森から古代の兵器が溢れ出すことはない」
俺が淡々と告げると、ギルド内は水を打ったような静寂に包まれた。
「地下都市……。1万年前の文明が、そのまま残っていたというのか……?」
「ガゼルさん、これ以上は奥の執務室で話そう。ここは耳が多すぎる」
俺の提案で、俺たち六人とガゼル、そして急遽駆けつけたエルドラ公爵は大聖堂の隠し通路から発見した内容について話し合った。
だが、俺たちはある「重要機密」については口を閉ざすことに決めていた。
それは、俺がアイテムボックスに格納した膨大な「古代資料」――特に『源素魔法(オリジナル・マジック)』の詳細な記述についてだ。
「……いいか、皆。地下で見た壁画と手記を思い出してくれ」
ギルドの執務室に入る直前、俺は仲間の足を止め、真剣な眼差しで言い含めていた。
「あの強大すぎる力、源素魔法は、一万年前にエルドラを滅ぼした毒でもある。今の世界にこれをそのまま公開すれば、間違いなく悲劇が繰り返される。この資料は【ヴィンクルム】だけの重要機密だ。俺たち以外には、絶対に、何があっても見せない。いいな?」
「分かってるわ、ヨシテル。あれは……人が制御できる域を超えた知恵だったものね」
アルシェラが深く頷く。
「ウチも文句ないわ。欲ボケした連中にあんなもん持たせたら、明日には世界ボロボロになってるんちゃうか」
「がはは! 俺も難しいことは分からねえが、ヨシテルがそう言うならそれが正解だ」
バルト、アレス、カグヤ、イシュタル。
全員が俺の言葉に同意し、固い沈黙の誓いを交わした。
だが、俺たちが「何か」を持ち帰ったという事実は、隠し通せるものではなかった。
最強のSランクパーティーが、人類未踏の地から帰還したのだ。
その情報の価値は、金貨数百万枚にも匹敵する。
ギルドを出て、俺たちの拠点である『ミスティック・パレス』へと向かう道中、アレスが足を止め、俺の耳元で囁いた。
「ヨシテル、気づいているか? 街に入った瞬間から、俺たちをつける『ネズミ』が急増した。それも、ただの野次馬じゃない。洗練された隠密スキル、殺気の殺し方……周辺諸国のスパイ共だ」
「ああ、クオーレも感知している。……北の帝国の隠密、南の教国の密偵、西の連合国の工作員、それに商船連合の息がかかった暗殺者までいるようだな」
俺たちは冷静を装い、いつものように会話を続けながら歩く。
「旦那様、えらいことになったばい。ウチらが持ち帰った資料ば狙っとるとよね?」
「だろうな。特に公爵から『遺跡探索全権委任』を受けている以上、俺たちの持つ情報は一国の軍事バランスを容易にひっくり返す。政治的な嵐が、すぐそこまで来ているぞ」
その日の夜、エルドラ公爵の屋敷には、既に数カ国からの「親善大使」を名乗る使者が、夜闇に紛れて到着していた。彼らの要求は一つ。「【ヴィンクルム】が得た情報の共有」と「古代遺物の提供」だ。
ミスティック・パレスの居間。
俺は窓の外を眺め、暗闇の中に潜む無数の視線を感じていた。
「……やれやれ、地下の死霊より生きてる人間の方が厄介だな」
俺が呟くと、後ろでチェスを並べていたアルシェラがふふ、と笑った。
「それが『Sランク』の宿命ってやつじゃないかしら? でも、心配はしていないわ。私たちには、この絆(ヴィンクルム)があるもの」
「がはは! ヨシテル、明日から忙しくなりそうだな! どいつから叩き出してやるか、今のうちに決めておこうぜ!」
バルトが大きな拳を合わせ、好戦的な笑みを浮かべる。
俺たちは知っていた。
黒竜の森を攻略したことが終わりではなく、これが世界を巡る「一万年の真実を探す旅」の本当の幕開けに過ぎないことを。
他国のスパイ、国家間の謀略、そして源素魔法を巡る暗闘。あらゆる逆風を、俺たちはその圧倒的な実力と絆で切り裂いていく。
「……来るなら来い。エルドラの王が危惧した悲劇、俺たちが二度と起こさせはしない」
俺の手の中にある磨いていた刀が、月光を反射して静かに輝いていた。