ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
エルドラの街の喧騒から少し離れた平原に鎮座する、移動要塞テント『ミスティック・パレス・グランド』。
外観は質素なテントに見えるが、内部は現代日本の高級マンションを彷彿とさせる贅沢な空間が広がっている。
リビングの大型テーブルには、魔導都市エルドラから持ち帰った膨大な古代資料が広げられていた。
「……なるほど。この術式の記述、現代の魔導理論とは根本的な『定義』が違うな。クオーレ、ここを重点的に解析してくれ」
《了解しました、マスター。既存の属性魔法の枠組みを超えた『源素魔法』の基盤回路、順次特定中です》
俺――ヨシテルと、アルシェ、カグヤ、イシュタルの四人は、持ち帰った知恵の山を前に、真剣な面持ちで分析作業に没頭していた。
「旦那様、この記述ば見てみんしゃい。光魔法の極大術式が、重力干渉の式と複雑に絡み合っとるばい。一万年前の人たちは、光をただの輝きじゃなく、『質量を持った干渉体』として扱っとったっちゃね……。たまがったばい」
カグヤが天狐族の鋭い感性で資料を読み解き、驚きの声を上げる。
「ほんまそれ。ウチの火属性の術式も、これ応用したらいかついことなりそうやん。解析、もっと爆速でいかれへんの?」
イシュタルがワクワクした様子で身を乗り出す。
「無理を言わないで、イシュタル。情報の密度が濃すぎて、一文字間違えるだけで大変なことになるわ。慎重に行きましょう、ヨシテル」
アルシェが落ち着いた口調でたしなめる。
そんな知的な空気の中、暇を持て余した二人がいた。
「……おいアレス。これ、俺たちの出番当分なさそうだな?」
バルトロスが大きな欠伸をしながら、退屈そうに首を回す。
「……同感だ。俺もこの手の細かい解析は専門外だ。ヨシテル、悪いが少し街のギルドまで行ってきてもいいか? 魔物の動きが活発になってるらしいし、小遣い稼ぎに討伐依頼でも探してくる」
「ああ、いいよ。カエルムたちも連れて行ってやってくれないか。あいつらもテントの中じゃ窮屈だろうからね」
「おう! 助かるぜ。よし、行くかアレス!」
エルドラ冒険者ギルド
俺たちが黒竜の森の深部を制圧した反動か、森の周辺では追い出された魔物たちの動きが活発化していた。
エルドラの街のギルドは、朝から防衛と討伐の依頼でごった返している。
「あ、バルトさんにアレスさん! お疲れ様です!」
受付嬢のリーファが、二人と背後に控える銀色の神獣四匹を見て、パッと表情を明るくした。
「よう、リーファちゃん。なんか骨のある依頼はあるか? ヨシテルたちが資料の解析で引き籠もっててよ、俺たちは暇なんだ」
バルトがカウンターに身を乗り出す。
「もう、バルトさん! 『骨のある』なんて、またSランク級を探してるんですか? ……今はオークの集団暴走や、森の外縁部でのワイバーン目撃情報が溜まってますけど……」
リーファが依頼書を整理している最中、ギルドの空気が一瞬で凍りついた。
ガシャガシャと金属鎧を鳴らし、不遜な態度で近づいてくる集団が現れたからだ。
「おい、そこのデカブツ。お前らが噂の【ヴィンクルム】のメンバーか?」
声をかけてきたのは、豪華な装飾が施された全身鎧を纏う男だ。
その背後には、同じく質の良い装備に身を包んだ、いかにも「選民意識」の強そうな騎士たちが十数人控えている。
「あぁん? 誰だ、お前。俺は今、リーファちゃんと大事な相談中なんだよ」
バルトが不機嫌そうに振り返る。
「無礼な! こちらをどなたと心得る! 我が国最高峰の軍事国家、『ヴォルガノス帝国』の特使、エドモンド卿であらせられるぞ!」
後ろの取り巻きが叫ぶ。
アレスが冷めた瞳で彼らを見やった。
「ヴォルガノス帝国の特使様が、何の用だ。俺たちは忙しいんだ。勧誘なら他を当たれ。」
「ほう、随分と鼻が高いな。……だが、貴様らのような有能な『道具』を、このような辺境の街で腐らせておくのは世界の損失だ。どうだ、我が帝国に来い。望むだけの金と女、そして爵位を用意してやろう」
エドモンドと呼ばれた男が、勝ち誇ったように笑う。
「……金と女、か。悪いが、俺たちの仲間……いや、家族のヨシテルは、お前らの皇帝よりよっぽどいいもん食わせてくれるし、隣にいる女の子たちは帝国の姫様よりずっと綺麗だ。これ以上しつこくすると、カエルムたちが怒るぜ?」
バルトが鼻で笑う。
「……っ、貴様! たかが傭兵風情が、帝国の慈悲を無下にするとか!」
エドモンドが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「いい加減にしろ。街の冒険者たちが迷惑してる。……どけ」
アレスが一歩前に出る。
その瞬間、彼から漏れ出た殺気が、エドモンドたちの心臓を直接掴むかのように圧迫した。
「ひ、ひぃっ……! な、何だ!コ、コイツらは……! おい、貴様ら! この無礼者を捕らえろ!」
エドモンドの号令で、帝国の騎士たちが剣を抜こうとした――が、それより先にバルトの大きな手が、エドモンドの首根っこを掴み上げていた。
「勧誘ってのはなぁ、相手への敬意を持ってやるもんだ。お前らのはただの『押し売り』なんだよ!バカ共」
バルトはそのまま、エドモンドを軽々と持ち上げると、ギルドの入り口に向かって豪快に放り投げた。
「ほらよ! 飛んでけ!」
「ぎゃあああああっ!?」
エドモンドは空中で見事な放物線を描き、ギルドの外の噴水へとダイブした。
「貴様らぁぁっ!」
襲いかかろうとした残りの騎士たちも、アレスの目にも止まらぬ足払いと、裏拳の一撃で次々と床に転がされる。
「おい、お前らも連れを追えよ。邪魔だ」
アレスが冷淡に言い放つと、騎士たちは這々の体で、噴水で溺れる上司を回収しに逃げ出していった。
ギルド内に、一瞬の沈黙の後、爆笑が巻き起こった。
「わははは! 見たかよ、今の飛びっぷり!」
「帝国のエリート騎士様が、ただの案山子みたいだったな!」
「全く……バルトさん、アレスさん。ギルド内での暴力は困りますって言ってるじゃないですか」
リーファが溜息をつきながらも、その口元は少し笑っていた。
奥の部屋から顔を出したギルドマスターのガゼルも、呆れたように頭を掻いた。
「……やれやれ。バルト、アレス。勧誘を断るのは勝手だが、もう少し手心を加えてやれ。掃除が大変なんだよ。……ヴォルガノスのバカどもには俺からも厳重に抗議しておく。あいつら、ここを自国の練兵場と勘違いしてやがるからな」
「わりぃな、ガゼル。次はもっと遠くに飛ばしてやるよ」
バルトがガハハと笑う。
「さて……リーファ、さっきの依頼、受けるよ。ヨシテルたちが煮詰まる前に、少し血祭りにあげてくる」
アレスが報酬の依頼書をひったくり、カエルムたちと共にギルドを後にした。
その背中を見送りながら、ギルドの冒険者たちは確信していた。
【ヴィンクルム】――このパーティーに喧嘩を売る愚か者は、世界中どこを探しても無事では済まないのだと。