ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
エルドラの街の夕闇が迫る頃、魔物討伐の依頼を片付けたバルトとアレスが、カエルムたちを連れて移動要塞テント『ミスティック・パレス・グランド』へと帰還した。
「ただいま戻ったぜ! ヨシテル、聞いてくれよ、今日の傑作な出来事をさ!」
バルトの豪快な笑い声がリビングに響き渡る。
資料の解析で目をしばたたかせていた俺とアルシェラ、カグヤ、イシュタルが顔を上げると、そこには大量の魔石と素材をアイテムボックスに詰め込んだ満足げな二人の姿があった。
バルトは今日、ギルドでヴォルガノス帝国の特使エドモンドを噴水に投げ飛ばした経緯を身振り手振りで話した。
「……ははは! あのえらそうにしいの帝国騎士が噴水にやて? ほんま見たかったわー!」
イシュタルが腹を抱えて笑い、カグヤも笑っている。
「そらもう、ちかっぱ傑作やったろうもん! 帝国の騎士様が水浸しとか、想像しただけでまじおかしゅうてたまらんけん!」
アルシェもクスクスと笑いながら、「でもバルト、やりすぎは禁物よ」と優しくたしなめるが、その瞳は楽しげだ。
俺も笑いながら椅子に深くもたれかかり、仲間たちの談笑を眺めながら告げた。
「いい骨休めになったみたいだな。根を詰めすぎても効率が落ちるだけだ。資料の解析も一区切りついた。……よし、明日は一日休みにしよう。好きに過ごしてくれ」
「本当!? やったぁ、ヨシテル大好き!」
アルシェが少女のように喜び、イシュタルがニヤリと笑う。
「よっしゃー! ほな明日は街でめっちゃ豪遊したるわ! ずっと気になってた服屋と化粧品屋、ぎょうさん回ったる!」
「ばり賛成! 旦那様、明日はみんなで買い物行こうや!」
カグヤも賛成する。
結局、バルトとアレスは今日獲った素材の換金に行かなければならないため、女性陣もそれに同行し、バルトたちを「荷物持ち」としてこき使うことに決まったようだ。
「……おいアレス、俺たちの明日の運命が決まったみたいだぜ」
「……ああ。魔物を狩るより、彼女たちの買い物を待つ方が体力を使いそうだな」
苦笑いする二人を見て、リビングは再び笑いに包まれた。
翌朝、快晴のエルドラの街。バルトたちは予定通りギルドへと向かった。
カウンターに山のように積まれた魔物の素材――その中にはSSランクの希少部位まで混ざっており、受付の職員たちは顔を真っ青にして算盤を叩いている。
「あ、あの……バルトさん、これだけの量だと査定に一日以上かかります……換金は後日でもよろしいでしょうか……?」
涙目で訴える職員に、バルトが肩をすくめる。
「ああ、構わねえよ。リーファちゃんに預けておく。俺たちはこれから『地獄の買い物ツアー』に行かなきゃならねえからな」
女性陣が「早く行くわよ!」とギルドの出口で急かしている。
バルトたちが外に出ようとした、その時だった。
「――お待ちください。神の祝福を授かりし聖なる血統の巫女よ」
不自然なほど白い神官服に身を包んだ一団が、入り口を塞ぐように現れた。
中央に立つのは、傲慢さを隠そうともしない、南の教国『聖ドミヌス教国』の特使、レオポルドだった。
彼はカグヤの前に跪き、仰々しく手を広げた。
「その類まれなる光の魔力、そして気高き天狐の姿。まさに我が国の聖典に記された『神の使い』に相応しい。どうでしょう、汚らわしい冒険者など辞め、我が教国へお越しください。貴女には聖女の座と、何者にも侵されぬ権威を約束しましょう」
カグヤは無機質な表情で一瞥し、そのまま横を通り抜けようとした。
「興味なかと。どかんね」
「お、お待ちを! 貴女は選ばれた存在なのです! このような粗野な男たちと共にいるのは罪深いことだ。さあ、我らと共に――」
レオポルドがしつこくカグヤの腕を掴もうとした瞬間、バルトの巨大な影が彼を覆った。
「おい、教国のバカ神官。昨日、ヴォルガノスのバカがどうなったか聞いてねえのか?」
「な、なんだ貴様は! 聖なる勧誘を邪魔するとは不敬極まりない――」
「不敬だか何だか知らねえがな……俺たちの家族にベタベタ触んじゃねえよ!」
バルトは一切の容赦なく、レオポルドの襟首を掴んで持ち上げた。
「昨日の噴水、まだ水が余ってたよな! 行ってこい!!」
「ぎゃああああああああっ!?」
昨日と全く同じ放物線を描き、教国の特使はギルド前の噴水へと吸い込まれていった。
「ふん、どいつもこいつもバカばっかりだな。……カグヤ、行こうぜ。服屋が閉まっちまう」
アレスが冷めた目で教国の取り巻きを追い散らし、一行は意気揚々と買い出しへ向かった。
ギルド内では、昨日以上の爆笑が巻き起こっていた。
その頃。
俺は一人、結界内で静かに刀の手入れをしていた。
リフィたちが結界の外で戯れている以外は、至極平和な時間だ。
しかし、その静寂は不快な雑音によって破られた。
結界の境界線ギリギリまで馬車を寄せ、拡声魔法を使って喚き散らす一団がいた。
「聞こえているか、ヨシテル! 我ら西の連合国と商船連合の代表である! 貴殿が持ち帰った情報の独占は国際法に抵触する! 速やかに資料を差し出し、我らの管理下に置くことを要求する!」
連合国の特使と、商船連合の役人――どちらも腹の出た、金と権力にしか興味のない男たちだ。
彼らは俺が一人であることを知り、強気に出ているようだった。
「……クオーレ、聞こえるか?」
《はい、マスター。結界外五百メートルの位置で拡声魔法を使用しています。……無視しますか?》
「いや、あまりにうるさい。一度警告したはずなんだが、理解力が足りないらしいな」
俺は手入れを終えた刀を鞘に納め、ゆっくりと結界の縁まで歩いていった。
俺が近づいてくると、男たちは「ようやく交渉に応じる気になったか!」と下卑た笑みを浮かべて煽り立てる。
「おい若造! 分かればいいのだ。貴様のような身元不明の男が、一万年前の英知を抱えるなど不相応なのだよ。さあ、今すぐこちらへ――」
俺は結界の外へ一歩踏み出した。
その瞬間、周囲の気温が急激に下がり始める。
「……前に警告はしたはずだ。『俺たちに喧嘩を売るなら、喜んで買ってやる』とな」
俺の口調は冷静沈着。
だが、その瞳は深淵のように冷たく、誰にも見せたことのない冷酷な光を宿していた。
「ひ……っ!? な、なんだ、その目は……」
「言葉で分からないなら、体に刻んでやるよ。……死に誘う氷の痛みだ。存分に味わえ」
俺が指を向けると、男たちの足元から黒い氷の結晶が這い上がった。
「ぎ、ぎゃああああっ!? 痛い、痛い! 足が、足が焼けるように――!」
超極大氷魔術の派生――『凍死への葬送歌(レクイエム・フロスト)』
ただ凍らせるのではない。
神経に極限の激痛を走らせながら、細胞一つ一つをゆっくりと破壊し、徐々に命を奪う。
男たちは地面をのたうち回り、命乞いをするが、俺はそれを氷のような無表情で眺めていた。
一分、二分。
やがて男たちは、苦悶の表情を浮かべたまま、完全な氷の彫像へと変わった。
俺は無造作に指を鳴らす。
「パキン」と乾燥した音が響くと、二体の氷像は粉々に砕け散り、そこには塵一つ残らなかった。
「リフィ、あとは頼む」
「なのです! お掃除なのです!」
俺の肩にいた風の精霊女王リフィが小さな手を振ると、激しい旋風が巻き起こり、砕け散った氷の破片を周囲の平原へと散らしていった。
「……さて。邪魔者は消えたな」
俺は何事もなかったかのようにパレスへと戻り、再び静寂の中、次の冒険の準備に取り掛かった。
最強の力を持ち、世界の法に縛られない俺たち。
その本質を理解せぬ愚か者たちが、また一人、また一人とこの世界から消えていく。