ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
「……全七十階層、か。なかなかの規模だな」
エルドラ冒険者ギルドの奥、ガゼルの執務室で俺は渡された資料を捲っていた。
ギルドマスターのガゼルは、煙草を燻らしながら神妙な面持ちで頷く。
「ああ。通称『原初の揺籃』。この近辺では最高難度のAランクダンジョンだ。だがな、ヨシテル。これだけ巨大でありながら、現在冒険者が到達し、マッピングが完了しているのは32階層までだ」
「32? 半分も行ってないじゃない。そんなに厄介な仕掛けでもあるの?」
アルシェが不思議そうに首を傾げる。
「仕掛けもそうだが、階層ごとに生態系が完全に独立してやがるのさ。10階層ごとに主(ボス)が居座り、そこを越えるたびに難易度が跳ね上がる。……王国の騎士団ですら、30階層の調査で手痛い損害を出して撤退したほどだ」
ガゼルの説明に、バルトが「がはは!」と豪快に拳を打ち鳴らした。
「いいじゃねえか! 騎士団が逃げ出すような場所、俺たちが喰い破ってやるぜ!」
そんな時、執務室のドアがノックされ、一団の男女が入ってきた。
「失礼するよ、ガゼル。依頼の報告に……おや?」
先頭に立つ聖騎士――ベルナールが、俺たちを見て目を見開いた。
その後ろには賢者リーヴ、拳神ジン、斥候フィーア、僧侶イーリス。
かつて俺がこの街に来たばかりの頃に出会ったAランクパーティー『雷光の剣』の面々だ。
「ヨシテル君! それに【ヴィンクルム】の皆じゃないか! 無事だったんだね!」
ベルナールが顔を綻ばせ、歩み寄ってくる。
「ええ、ベルナールさん。久しぶりですね。ベルナールさんたちも相変わらずのようで何よりです」
「相変わらず、なんて……君たちの噂は聞いているよ。黒竜の森の深部を制圧したんだろう? 街中その話題で持ちきりだ。……正直、僕たちとはもう次元が違うんだろうな」
ベルナールが苦笑しながら、俺の首に下がる白金のプレートを眩しそうに見つめた。
「次元が違うなんて、ちゃうちゃう。ウチらはただ、やりたいようにやってるだけやし。」
イシュタルが陽気に答えると、リーヴが資料を覗き込んできた。
「……まさか、次は『原初の揺籃』に挑むつもり? あそこはAランクと言っても、実質的にはSに近い迷宮よ。特に30階層以降の魔力濃度は異常だわ」
「ええ、資料の解析の合間に少し体を動かしたくなりましてね」
「……体を動かす、でAランクダンジョン……」
リーヴが呆れたように溜息をついた。
ジンは無口にコクりと頷き、フィーアとイーリスも苦笑している。
「ベルナールさん、雷光の剣はどこまで潜ったんですか?」
「僕たちは25階層が限界だった。あそこの主は、騎士団を壊滅させた30階層の主とは比べものにならないほど凶悪なのが控えていると聞く。……君たちなら、あるいは最深部まで行けるかもしれない。期待しているよ」
「……はい、期待していてください」
ヨシテル達は笑顔で答えた。
『雷光の剣』と別れ、俺たちは必要な備蓄品をアイテムボックスに詰め込み、街の北西に位置する巨大な崖の底へ向かった。
ダンジョンの入り口は、巨大な竜の口のような洞窟だった。
足を踏み入れた瞬間、大気の質が変わる。
「クオーレ、マッピングを開始してくれるか。全階層、漏らさずに頼む」
《了解しました、マスター。広域ソナー展開。地形データ及び魔力反応を順次記録します》
「さあ、行こうか。……バルト、アレス、前を頼む。ただし、力は二割程度に抑えておけ。目立ちすぎると後が面倒だ」
「分かってるって! 二割もありゃ十分だ。……ほらよっ!」
バルトがジェネシス級の戦斧『セクリウス・レクス』を一振りする。
それだけで、襲いかかってきたBランクの魔物『エルダー・オーガ』が三体まとめて吹き飛んだ。
「……これでも二割か。加減ってのは難しいね」
アレスが苦笑しながら、影の中に潜み、斥候として先行する。
1階層から10階層までは、広大な地下草原が広がっていた。
天井からは疑似太陽のような発光石が降り注ぎ、ダンジョンとは思えないほど豊かな自然がある。
だが、そこに潜むのはAランク相当の凶悪な捕食者たちだ。
「……雷龍の吐息、なんてね。『極小雷魔法:サンダー・ニードル』!」
アルシェが指先から放つ一筋の雷が、空を舞う巨大な怪鳥の核を正確に貫く。
「すごっ、アルシェラ! あれだけでイチコロやん。ウチかて負けてられへんわ。『闇火魔弾』!」
イシュタルの双銃が火を噴き、物陰から飛び出した捕食植物を黒炎で焼き尽くす。
俺たちは圧倒的な速度で下層へと突き進んだ。
10階層、20階層……。地形は草原から、巨大な菌類が蔓延る密林、そして結晶が突き出す洞窟へと目まぐるしく変わっていく。
カエルムたちフェンリル親子も、久々の広い空間に活き活きと走り回り、俺たちの周辺に近づく魔物を文字通り「噛み砕いて」いた。
「……旦那様、なんか変じゃなか? 空気が、急に重うなったと……」
カグヤが眉をひそめ、星の弓を構える。
現在、20階層。
本来なら、ここは少し強力な中ボスがいるはずの階層だ。
だが、目の前の広場に漂うプレッシャーは、それまでの階層とは明らかに異質だった。
「クオーレ、前方の熱源反応を確認してくれ」
《警告:前方に高エネルギー反応を確認。個体識別――『30階層フロアボス:剛嵐のキマイラ』。……異常事態です。ガゼルの資料では、この個体は30階層に固定されているはずのダンジョンボスです》
「何だと……? 本来30階層にいるはずのボスが、20階層に現れたっていうのか?」
広場の奥から、轟音と共に姿を現したのは、三つの頭を持つ巨獣だった。
全身を硬質な嵐の鎧で覆い、翼の一振りで空間を切り裂く、かつて王国の騎士団を全滅に追い込んだという絶望の化身。
「グルルゥッ!!」
「……なるほどな。どうやら、このダンジョンも『エルドラ』の影響を受けて変質し始めてるらしい」
俺は鞘の中の『姫鶴一文字』の柄に手をかけた。
「皆、二割制限は解除だ。……バルト、正面を受け止めろ! アルシェ、カグヤ、遠距離から封じ込めるぞ!」
「おうよ! 騎士団を泣かせたって化け物、どれだけ硬いか試してやるぜ!」
バルトが黄金の盾『アイギス・アエテルナ』を叩きつけ、咆哮を上げる。
本来の攻略順序を無視して現れた、階層を越えしフロアボス。
その眼光が、俺たち【ヴィンクルム】を「敵」として明確に認識した。
「……少し早いが、本格的な『準備運動』になりそうだな」
俺は冷徹な笑みを浮かべ、一気に間合いを詰めた。