ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
エルドラの街に朝が訪れたが、そこには活気よりも静まり返った恐怖が支配していた。
街の北西に鎮座する『原初の揺籃』の奥深くに突如として現れた巨大な「垂直の空洞」。
ギルドマスターのガゼルと公爵は、夜通しで穴の周囲の封鎖と調査を指揮していた。
「……信じられん。魔道具を吊るして深度を測らせたが、三千メートルを超えても底に届かないとは」
ガゼルが、焦げ茶色の報告書を握りしめながら天を仰いだ。
「ガゼル、これほどの大穴を開ける魔法など、歴史上存在するのか?」
公爵の問いに、ガゼルは首を横に振った。
「あり得ません。地形を削り取ることはできても、複数の階層を貫き、岩盤を硝子状に融解させるなど……。もしこれがヨシテルたちの仕業だとしたら、もはや彼らは人の域を超えたパーティーです。……ですが、まだ確証はありません」
地上の人々が、自分たちの「恩人」が引き起こした未曾有の事態に困惑している頃。
その『人の域を超えた』本人たちは、遥か地下七十階層の砂海で、別の問題に直面していた。
「あっつい……。もう、砂が小袖に入りそうで嫌になっちゃうわ」
アルシェラが、打掛を少し持ち上げながら不満げに呟く。
ジェネシス級の装束には自動清潔機能があるため実際には汚れないのだが、生理的な不快感までは完全に消せない。
「ちかっぱ暑かねぇ……。水属性の魔力ば練っても、すぐ蒸発しそうったい」
カグヤが扇を使いながら、九つの尻尾を力なく垂らしている。
俺たちは砂漠の中央で立ち止まった。
視界を遮る砂嵐と、蜃気楼のように揺れる黄金の丘。
「マッピングを地道に進めるには、この階層は広すぎるな。……アレス、クオーレ、ボス部屋の位置を特定できるか?」
俺の問いに、アレスが静かに応じる。
「……やってみるよ。眷属召喚――『影の密偵(シャドウ・スカウト)』」
アレスが影から魔力の狼を数十体生み出し、四方八方へと放つ。同時に俺の脳内AI、クオーレも意識を加速させる。
《了解、マスター。広域魔力スキャンを開始……。アレスの眷属との情報統合を行います》
数分後、アレスが特定の方向を指差した。
「見つけた。西北西、約十キロ地点に異常に濃密な魔力の『澱み』がある。あそこが神殿……ボス部屋だろうね」
《マスター、アレスの報告を確認。座標固定完了。最短ルートを算出し、ナビゲーションを開始します》
「よし、方角は分かった。バルト、カグヤ、土台を頼む」
「おう! 任せろ! グラディ、行くぜ!」
「うちも手伝うばい!」
バルトと土の精霊グラディ、そしてカグヤが魔力を合わせ、流動する砂を固めて一本の強固な道を瞬時に作り上げていく。
「仕上げだ。『極大氷魔術:グラキエス・ヴィア(氷華の道)』!!」
俺が和装の袖を振りかざすと、バルトたちが作った土の道の上に、厚さ一メートルを超える巨大な氷の壁と床が結晶化した。
氷の壁は周囲の熱を遮断し、冷気を逃さない。
俺たちは灼熱の砂漠の中、快適な「氷のトンネル」を通って、最短距離でボス部屋へと突き進んだ。
「これなら楽勝やな! ヨシテル、あんたほんまに便利やわぁ」
イシュタルが笑いながら俺の背中を叩く。
十分ほど歩き続けた先。氷のトンネルの出口に現れたのは、砂に半分埋もれた、荘厳かつ禍々しい巨大な古代神殿だった。
神殿の巨大な黒石の扉。
それを俺たちが押し開くと、中には冷ややかな静寂と、死の香りが充満していた。
広大なホールの突き当たり。一段高い玉座に、それは鎮座していた。
豪華な法衣を纏い、黄金の冠を戴いた骸骨の王。
その眼窩には、紅蓮の魔力が灯っている。
SSランク――『ノーライフキング』。
「グルルルル……」
カエルムとルーナが、これまでにない警戒心を見せて身を低くする。
精霊たちも主の周囲に集まり、魔力を高めた。
「招かれざる客よ……。我がニ百年の眠りを妨げたのは、汝らか……」
死の王が、枯れ木のような指を動かす。
瞬間、神殿の影から無数のデスナイトとデスマジシャンが這い出してきた。
「二百年も寝てたなら、そろそろ永眠の時間だろ」
俺は二刀を抜き放った。
「がはは! さあ、新調した鎧の本当の出番だぜ!」
バルトが盾を構え、ヘイトを稼ぐ咆哮を上げる。
「骸骨、ウチの火遊びに付き合ってもらうで!」
イシュタルの双銃が火を吹き、アルシェラの雷が神殿の天井を裂いた。
「皆、行くぞ! この階層で死の連鎖を断ち切る!」
「「「「おおおっ!!!」」」」
【ヴィンクルム】、神獣、精霊。
その総力を持って、死の頂点に立つ王への挑戦が始まった。