ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福―   作:煌人

89 / 97
第八十九話:砂漠の月と、遠き日の記憶

 

 

地下七十階層、ノーライフキングが支配していた古代神殿の入り口。

死の王の気配が霧散したその場所は、今や月光が振り注ぐ静かな夜の砂漠へと繋がっていた。

俺は神殿の巨大な門の前に立ち、右手を軽く掲げる。

 

「氷結魔術――『クリスタル・ドーム』」

 

パキパキと音を立て、視界を遮らないほど極限まで透明度を高めた薄い氷の壁が、周囲五百メートルを包み込む。

外では絶え間なく吹き荒れる砂嵐が氷の壁に当たり、さらさらと流れて落ちていく。

その内側には、外の灼熱が嘘のような涼やかな風が吹き、俺たちの移動要塞『パレス』がその優雅な姿を現していた。

 

「あぁ……やっと一息つけるわね。あの骸骨の王様、意外としぶとかったし」

 

アルシェラが、雷花文様和装の打掛を脱ぎ、寝巻き用の黒い小袖に着替えてリビングから出てきた。

褐色肌の彼女の肩には、雷の精霊ライラが心地よさそうに羽織っている。

 

「がはは! だがこれで最終階層も完全攻略だ。今日は盛大に祝杯をあげようぜ、ヨシテル!」

 

バルトが土の精霊グラディと共に、パントリーからキンキンに冷えた酒瓶を抱えてやってくる。

 

「旦那様、見てんしゃい! パントリーからバリすごかお肉が出てきたばい! 今日はこれば焼くとね?」

 

カグヤが白と椿の小袖を揺らしながら、サシの入った最高級の肉を高く掲げた。

 

「ああ、今日も贅沢にいこう。砂漠の月を見ながらBBQだ」

 

俺たちはパレスの入り口前にテーブルと椅子を並べ、バーベキューコンロに魔力で火を灯した。

氷の壁越しに見える空には、ダンジョンの天井に開けた大穴から、本物の月光が砂漠へと降り注いでいる。

黄金に輝く砂丘が青白い光に照らされ、幻想的な風景を作り出していた。

 

「なのです! お肉なのです! 早く焼くのです!」

 

リフィが空中で跳ね回り、カエルムたちフェンリル親子も、自分の属性刺繍が入った大型クッションの上で、肉が焼ける香りに鼻をひくつかせている。

ジューッという心地よい音と共に、脂の甘い香りが立ち昇る。

俺はジョッキにビールを注ぎ、仲間たちへ手渡した。

 

「よし、最終階層突破と……俺たちの新しい装備に。乾杯」

 

「「「「「乾杯!!!」」」」」

 

喉を鳴らしてビールを流し込む。この瞬間のために生きていると言っても過言ではない。

イシュタルは赤い百合の小袖の袖をまくり、手際よく肉を焼きながら大阪弁で笑う。

 

「ほんま、ヨシテルの作るもんは食いもんから服まで全部反則やわ。アトランティアに来てまだ数カ月や言うのに、あんた一体何者なん?」

 

その言葉に、皆の視線が俺に集まった。

 

夜風が氷の壁に守られた空間を優しく吹き抜け、焚き火の爆ぜる音だけが響く。

 

「……何者、か。俺はただの日本人だよ。こっちに来る前は、日本っていう国の大学に通いながら、生活費を稼ぐためにバイトに明け暮れる……どこにでもいる学生だったんだ」

「ダイガク? バイト?」

 

アルシェラが不思議そうに首をかしげる。

彼女たち召喚されたメンバーにとって、俺の故郷の概念は未知のものだ。

 

「大学は、魔法はないけど学問を学ぶための大きな学校みたいなものだ。バイトは……そうだな、他人の仕事を手伝って報酬をもらう、臨時の仕事のことだ。俺はコンビニっていう、一日中開いている店で品物を並べたり、レジを打ったりしていた」

 

「ヨシテルが、店番……? 想像できへんわぁ。あんな神速の剣振るう人が、大人しく店番してたん?」

 

イシュタルがクスクスと笑う。

 

「ああ。毎日決まった時間に起きて、電車っていう鉄の箱に揺られて学校へ行き、夜まで働いて、帰って寝る。そこには魔物もいなけりゃ、命のやり取りもなかった。空は青くて、夜になれば街中が電気の光で溢れている。……そんな、退屈で平和な世界だ」

 

俺は遠く、氷の壁の向こうに見える青い月を見つめた。

 

この世界に来てから、まだ数カ月。

 

だが、あの平穏な日々が、まるで何千年も前の出来事のように感じられる。

 

「旦那様は、その……ニホンに帰りたかとは?」

 

カグヤが少し不安そうに、俺の小袖の袖をそっと掴んだ。

 

「……どうだろうな。あっちには家族も友達もいた。でも、あっちにいた頃の俺は、今の俺みたいに『生きてる』っていう実感が薄かった気がするんだ。……何より、あっちにはお前たちがいないからな」

 

俺が笑ってそう言うと、カグヤはパッと表情を明るくして

 

「アタシも、旦那様がおらんならどこにも行きたくなか!」と抱きついてきた。

 

「俺もそうさ。アレス、お前はどうだ?」

バルトが酒を煽りながらアレスに振る。

 

「……僕は、前の世界では影の中でしか生きられなかった。でも、ここでは君たちという家族がいる。ヨシテル、君の故郷の話は興味深いけれど……今のこの生活が、僕は一番気に入っているよ」

アレスは焚き火の光を受けながら穏やかに微笑んだ。

 

「そうね。私たち、みんな故郷がない者同士。でも、ヨシテルが私たちを呼び寄せて、こうして名前と場所をくれた」

アルシェラが美しい褐色肌を月光に晒しながら、優しく俺を見つめる。

 

「……重い話になっちまったな。ほら、肉が焼けたぞ。最高級の和牛だ」

 

俺は焼き上がった肉を皆の皿に分けた。

 

パントリーの魔法で完璧な状態で保存された肉は、口の中でとろけるような甘みを放つ。

 

「旨ぁーい! ほんま、この肉があれば何もいらんわ!」

イシュタルが幸せそうに頬を膨らませる。

 

「旦那様、アタシ、旦那様の世界のお話ばもっと聞きたいたい! 『デンシャ』とか『コンビニ』とか、バリ面白そうやもん!」

 

「いいぞ。一晩じゃ語りきれないくらいあるからな」

 

月は高く昇り、砂漠の静寂を青く染めていく。

透明な氷の壁の中、黄金の砂の上に展開された『パレス』からは、絶えることのない笑い声と、家族の温かな魔力が漏れ出していた。

俺はビールを飲み干し、横たわって大穴の向こうの星空を見上げた。

地球にいた頃の自分が見たら、今の状況を信じるだろうか。

神話級の武器を作り、絶世の美女たちや豪快な仲間、それから神獣たちに囲まれて、ダンジョンの底でBBQをしている自分を。

 

「……本当に悪くないな」

 

俺は小さく呟き、隣で楽しそうにしゃべる仲間たちの声を聞きながら、心地よい酔いの中に身を委ねた。

最終階層までの道のりは険しかったが、本当の旅は、きっとここから始まるのだ。

俺は明日、この砂漠のどこかに眠るという「一万年前の真実」を求めて進む決意を、静かに固めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。