ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福―   作:煌人

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第九十一話:凱旋の宴と、響き渡る異世界の旋律

 

 

エルドラの街の北西、険しい崖の下に口を開けるAランクダンジョン『原初の揺籃』。

そこから突如として出現した「出口専用の門」から、俺たちヴィンクルムが地上へ帰還したというニュースは、瞬く間に街中を駆け巡った。

何十年もの間、二十五階層より下は「生者が立ち入れば二度と戻れぬ死の国」と恐れられ、攻略が停滞していた場所だ。そこを完全踏破し、あまつさえ伝説の神獣フェンリル親子を連れて、見たこともない「美しい和装」を纏って戻ってきた俺たちの姿は、エルドラの住人たちの目にどう映っただろうか。

 

俺たちがまず向かったのは、エルドラでの定宿に近い馴染みの酒場兼食堂だ。

切り盛りしているのは気のいい老夫婦と、その息子夫婦。

 

「おい、冗談だろ……? ヨシテルさんにアルシェラさん、みんな揃って……!」

 

店に入った瞬間、仕込みをしていた息子夫婦が固まり、奥から出てきた老夫婦が震える声で叫んだ。

 

「二十五階層より下は死の国だって言われてたのに……。よく、よく無事で戻ってきてくれたねぇ!」

 

老女将は涙を浮かべて俺の腕を掴み、何度も無事を確認する。

 

「ただいま、おばちゃん。ちょっと長くなったけど、約束通り戻ったよ」

 

「がはは! 心配かけたな! 腹が減って死にそうなんだ、最高の料理を出してくれ!」

 

バルトが豪快に笑うと、店の中の空気が一気に和らいだ。

店内にさすがに入り切れないカエルムたちフェンリル親子には、店の前の広場に特大の肉料理とスープが運び出された。俺たちは、エルドラの「いつもの味」と、パントリーの最高級酒とはまた違う、人情の籠もったエールで再会を祝した。

その夜、俺たちは街の外の定位置に『パレス』を設営し、一日の疲れを癒やすために深い眠りについた。

 

翌朝。

 

俺たちはガゼルに呼び出され、冒険者ギルドへと向かった。

昨日、俺たちの帰還後に遅れて到着したガゼルや公爵一行は、徹夜で情報の整理に追われていたらしい。

 

「……さて。ヨシテル、単刀直入に聞く」

 

ギルドマスター室。ガゼルが隈のひどい目で俺を凝視する。その机の上には、俺が提出した『七十階層全域のマッピング資料』と、一部のドロップ素材が置かれていた。

 

「この資料、本気か? 六十五階層に広大な闘技場、七十階層は砂漠だと?」

 

「ええ。嘘をついてもしょうがないですし。それにこれ、持ち帰った素材の目録ですよ。量が多いから現物はまだアイテムボックスの中ですけど」

 

俺が目録を渡すと、ガゼルはそれを読み進めるうちに顔色が土色に変わっていった。

 

「『神龍の不滅骨』……『王冠の破片』……『死導師の魔導核』が十個以上……? おい、ヨシテル。お前、ノーライフキングを何度も狩ったのか?」

 

「リポップしますからね。素材の安定供給源としては最高でしたよ」

 

「安定供給……っ! お前なぁ、これ全部正規の価格で買い取ってみろ。エルドラのギルド支部どころか、国営の冒険者ギルド連合の予算が数年分吹き飛ぶぞ! 財政破綻させる気か!」

 

ガゼルの悲鳴のような叫びに、イシュタルがクスクスと笑う。

 

「えらいパニックやなぁ。まあ、小出しに売っていったらええんちゃう?」

 

「そんな次元じゃない! これだけの魔導素材が市場に出回ったら、武器や防具の相場そのものが崩壊するんだよ!」

 

ガゼルは頭を抱えて机に伏してしまった。

結局、高ランクの素材は公爵家と国が直接買い取る形になり、残りはギルドが分割で引き受けるという、異例の契約が交わされることになった。

 

午後からは、公爵邸に招かれた。

出迎えられた広間には、最高級の料理が並び、美しいドレスや正装を纏った貴族たちが俺たちを畏敬の念で見つめていた。

だが、何より注目を集めたのは、俺たちが纏っている「和装」だった。

 

「ヨシテル殿、その装束……なんと美しい。エルドラの仕立屋たちが、皆あなたの和装を模そうと騒ぎ始めておりますぞ」

 

公爵が、俺の『瞬神の桜花文様和装』を興味深げに眺める。ダークエルフのアルシェラの褐色肌に映える漆黒と白銀のコントラスト、カグヤの巫女風の装い、イシュタルの活動的な和装……。

これらはすぐに街の新たな流行となる予感があった。

 

「ところで……六十五階層のあの『大穴』についてだが。報告にあった『水蒸気爆発』という現象の結果、という認識で良いのかね?」

 

公爵が真剣な面持ちで尋ねる。俺はワインを一口飲み、頷いた。

 

「ええ。超極大の水魔術と火魔法をぶつけたら、ああなりました。まあ、心配いりませんよ。ダンジョンはコアを媒介に生きていますから、あの程度の穴なら数ヶ月もすれば自然に塞がります」

 

「す、数ヶ月……。じゃないと、あの大穴を通って高ランクの魔物が地上に溢れ出してしまうからね」

 

俺が冗談めかして笑うと、公爵と騎士団長は揃って引きつった笑いを浮かべた。

 

「……笑えんな。ヨシテル殿の『加減』が、我々の想像を絶していることだけは理解した」

 

屋敷での宴を終え、夜。俺たちは『パレス』のリビングに集まっていた。

やはり、ここが一番落ち着く。

 

「ふぅ……地上に戻ると、急に色んなことに巻き込まれるわね」

 

アルシェラがソファに深く腰掛け、足を伸ばす。

 

「旦那様、次はどうすると? またどっかのダンジョンば攻略しにいくね?」

 

カグヤが俺の肩に頭を預けて聞いてくる。

 

「いや、次は王都を目指そうかと思ってる。クオーレの解析によれば、この国の中心部にも一万年前の遺構の反応があるみたいだしな」

 

「王都かぁ。おもろそうやん. またあんな堅苦しい貴族に囲まれるんは勘弁やけどな」

 

イシュタルが笑う。

その時、俺はふと思いついた。

 

「……そうだ。お前たちに、俺の世界の『娯楽』を一つ作ってやるよ」

 

俺はアルティメットスキルを起動し、ジェネシス級の木材と魔導回路を組み合わせて、一つの大きな箱を作り上げた。

 

「……何、それ?」

アレスが珍しそうに覗き込む。

 

「『Jukebox-Origin(ジュークボックス-オリジン)』だ。俺の記憶にある音楽を、魔力で再現して再生する魔道具だよ」

 

俺が装置に触れると、中から静かなジャズの旋律が流れ出した。

サックスの艶やかな音がリビングを満たしていく。

 

「……っ。何、この音……。弦楽器でも打楽器でもない、不思議な響き……」

 

アルシェラが目を見開く。

 

俺は曲を切り替えた。今度はアップテンポな邦楽、そして荘厳なクラシック、心躍る洋楽へと。

 

「ばり凄か……! 旦那様の世界には、こんなに綺麗な音がたくさんあったとね?」

 

カグヤがリズムに合わせて尻尾を揺らす。

 

「これええなぁ! お酒が進むわ」

 

イシュタルが新しいビール瓶を開け、音楽に身を任せて体を揺らす。

俺たちは異世界の音楽を肴に、再び酒を酌み交わした。

 

「王都へ行くって決めたけど、もし王様が俺たちの力を利用しようとしたり、文句を言ってきたらどうするの?」

 

アルシェラが少し茶化すように尋ねた。

 

「その時は……さっきガゼルが白目剥いたみたいに、ノーライフキングの素材を一気に売りつけて、王国の予算をパンクさせてやればいいだろ」

 

俺が笑いながら言うと、リビングは爆笑に包まれた。

 

「がはは! さすがヨシテルだ! 暴力じゃなく経済で国を滅ぼす気かよ!」

 

「冗談だよ。……まあ、何が来ても俺たちが揃っていれば問題ないさ」

 

夜の静寂の中、『パレス』からは現代日本のジャズが流れ、仲間たちの笑い声がいつまでも響いていた。

【ヴィンクルム】の旅は、ここエルドラを旅立ち、王都という次なるステージへと向かおうとしていた。

俺はグラスを傾けながら、次はどんな曲を聴かせてやろうかと考え、静かに目を閉じた。

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