ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福―   作:煌人

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第九十二話:不穏な影と、魔導の韋駄天

 

 

Aランクダンジョン『原初の揺籃』の完全踏破。

その衝撃が冷めやらぬ中、俺たち【ヴィンクルム】はエルドラの街を発つ準備を整えていた。

持ち帰った規格外の素材とマッピング情報は、ガゼルと公爵が「国がひっくり返るぞ」と半泣きになりながら引き受けてくれた。

出発の朝、冒険者ギルドにはガゼルやリーファをはじめ、多くの職員や顔馴染みの冒険者たちが集まっていた。

 

「ヨシテル、王都でもあんまり無茶すんなよ。お前らが暴れると、予算的な意味で死人が出るんだからな」

 

ガゼルが、激励なのか忠告なのか分からない言葉をかけながら右手を差し出してきた。

 

「分かってますよ。素材を売る時は小出しにするよう気をつけます」

 

俺が握り返すと、隣のアルシェラがくすくすと笑う。

リーファも寂しげに手を振ってくれた。

 

「ヨシテルさん、皆さんも、お元気で。王都での活躍、楽しみにしてますね!」

 

その後、公爵邸に寄り、公爵夫妻にも最後のお別れを告げた。

 

「ヨシテル殿、君たちの歩む先が常に光に満ちていることを願っている。何かあればいつでも連絡をくれ」

 

公爵の温かい言葉を背に受けながら、俺たちはエルドラの門を潜った。

 

王都リベリオンまでは、通常の歩みならかなりの時間を要する。

俺たちの速度なら短縮は可能だが、今回の旅はあえて急がず、街道の景色を楽しむことに決めていた。

 

「いいわね、こういうのも。ダンジョンの中は同じ景色が多かったしね」

 

アルシェラが伸びをしながら、緑豊かな街道を歩く。

 

「ゆっくり進むのも旅の醍醐味たい。旦那様、あそこのお花、バリ綺麗よ!」

 

カグヤが道端の草花を指差してはしゃぎ、その後ろをフェンリル親子が悠然とついていく。

 

「がはは! 酒も肉もたっぷりあるし、これなら一ヶ月と言わず一年かけてもいいぜ!」

 

バルトが背負った野太刀を揺らし、イシュタルも「うちは王都のお好み焼きが今から楽しみやわぁ」と、あるかどうかも分からない粉物を夢見て笑っていた。

しかし、平和な時間は二日目の昼下がりに唐突に遮られた。

 

「……ヨシテル、止まってくれ」

 

アレスが、鋭い視線を街道の先にある林へと向けた。

 

「前方に不審な集団だ。武装した騎士が二十名ほど。それに、身のこなしからして手練れのスパイらしき影が数名……。アウリア王国の者じゃないな」

 

俺は立ち止まり、はぁと大きな溜息を吐いた。

 

「……折角の休日気分が台詞無しだ。どこの国だ?」

 

「さあ、紋章は見慣れないものだね。ただ、かなりの自信家たちのようだ」

 

林の中から、磨き抜かれた重厚な甲冑を纏った一団が現れた。

その先頭に立つ男が、俺たちを見下ろすように声を張り上げる。

 

「止まれ! 我らは西の果て、バルティア王国の王立騎士団である! 聞けばこの地に、死の国から戻った不遜な者たちがいるという。貴様らが【ヴィンクルム】か?」

 

「バルティア……? 知らんなそんな国。ヴォルガノス帝国とは別の国か?」

 

俺の問いに、バルティアの騎士は顔を真っ赤にして憤慨した。

 

「無知な男め! 我がバルティアは大陸西部に覇を唱える強国であるぞ!」

 

俺は頭を掻き、呆れたように周囲を見回した。

 

「……アレス、アウリアの防衛はどうなってるんだ? こんな連中が簡単に入って来れるなんて、国境はザルか何かか?」

「……恐らく、工作員の手引きだろうね。バルティアは野心的な国として有名らしいよ」

 

俺のイラつきは限界に達しつつあった。

 

「いいか、バルティアだかバニラだか知らんが。今は気分がいいんだ。余りにしつこいと、ここで全員殲滅するぞ」

 

だが、空気が読めない騎士は、鼻で笑って俺を指差した。

 

「はっ! 噂に尾ひれがついたただの人族の小童が、大言壮語を! 見ろ、女ばかりを侍らせ、薄気味悪い狼を連れて……。貴様のような軟弱な男がSランクとは、冒険者ギルドも地に落ちたものだな!」

 

その言葉が、俺の仲間たちの「鱗」に触れた。

 

「……ヨシテル、今、この男なんて言った?」

 

アルシェラの声から、温度が消えた。

 

「軟弱やて? ヨシテルの凄さも知らん、ただの缶詰が吠えよるわ……」

 

イシュタルの目が、獲物を定める猛禽のそれに変わる。

 

カグヤの九つの尻尾が静かに逆立ち、アレスが警告するように言った。

 

「やめておけ。これ以上彼を貶すなら、僕たちは君たちを『障害物』として排除する」

 

「黙れ、従者共! まずはその男を捕らえ、尋問して――」

 

騎士が言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。

ヨシテル以外が同時に、そして一切の手加減なしに動いたからだ。

アルシェラの雷が空を焦がし、バルトの盾が衝撃波を撒き散らし、イシュタルの魔弾が爆炎を上げ、アレスの糸が虚空を舞う。カグヤの浄化の光が全てを包み込み――。

 

 

数秒後。

 

 

街道には、バルティア王国の騎士だった「何か」すら残っていなかった。

武具の残骸さえ、分子レベルで消滅している。

 

「……あーあ。跡形もなくなっちまったな」

 

俺は虚空を見つめ、再び深い溜息を吐いた。

 

「……さて。またこんなのが来たら面倒だし、歩くのも少し疲れてきたな」

 

俺は気を取り直すように手を叩いた。

 

「ヨシテル、何か閃いたの?」

 

アルシェラが雷の余韻を消しながら尋ねる。

 

「ああ。魔力で動く、二階建てのキャンピングバスでも作るか」

 

「「「……は?」」」

 

俺はアルティメットスキルを起動。

脳内のクオーレに、地球の大型長距離バスの構造と、現代的なキャンピングカーの機能を統合した設計図を展開させた。

 

「構造再定義。外装はアダマンタイト合金、内装は空間拡張……。よし、来い!」

 

眩い光と共に、街道に巨大な「鉄の箱」が現れた。

 

洗練された流線型のフォルム。二階部分は屋根をオープンにでき、雨が降れば透明シールドが自動で展開される。

中に入ると、外見からは分からないがバス二つ分の空間が広がっていた。

 

「わぁ……! これ、パレスと同じばい!」

 

カグヤが車内のふかふかのソファに飛び込む。

車内は十人がゆったり過ごせるリビング、キッチン、およびカエルムたちが寛げる専用の広いスペースが設けられている。

パレスに比べればかなり狭いが、移動手段としてはこれ以上ない贅沢だ。

 

「がはは! これに乗りながら移動するのか? まさに動く城だな!」

 

バルトが運転席の隣に座り、感心したようにハンドル周りを触る。

俺は運転席に座り、魔力を流し込んだ。

 

「よし、オーディオ起動。……ジュークボックスと連動させてくれ」

 

車内に配置された高性能スピーカーから、アップテンポな邦楽のイントロが流れ出す。

 

「行こうか。王都リベリオンへ」

 

俺がペダルを踏み込むと、魔導キャンピングバスは音もなく街道を滑り出した。

窓の外を流れる景色。カーステレオから流れる異世界の旋律。

俺たちは最高級のシートに身を預け、新たな旅の形を楽しみながら、大陸の中心へと向かって走り出した。

バルティアの騎士が言っていた言葉など、もはや誰も覚えていなかった。

あるのは、心地よいリズムと、これから始まる王都での騒動への、ほんの少しの期待だけだった。

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