ギフト『全知全能』 絆の系譜 ―神獣と精霊の祝福― 作:煌人
エルドラの街を旅立ち、王都リベリオンへと続く整備された街道。
そこには、この世界の住人なら誰もが目を疑う光景があった。
漆黒の流線型ボディに、鈍く光る金縁の桜模様。
全長十二メートルを超える巨大な「鉄の箱」が、馬車など比較にならない速度で滑るように走っている。
俺が地球の知識とアルティメットスキルを注ぎ込んで創造した『魔導キャンピングバス』だ。
「……なぁ、皆。ちょっと気になったんだが」
俺は高級車の本革シートのような感触の運転席に座り、ハンドルを握りながら後部座席のリビングに声をかけた。
車内は空間拡張魔法により、外見以上に広々としている。
「どうしたの、ヨシテル? 何かトラブル?」
アルシェラが、二階のオープンデッキへと続く階段に寄りかかりながら小首をかしげた。
彼女は今、ジュークボックスから流れるジャズを聴きながら、パントリーから出した白ワインを楽しんでいたところだ。
「いや、トラブルじゃないんだが……このバス、音がしなさすぎないか?」
そう、このバスは魔力駆動であり、タイヤの摩擦音や風切り音も魔法で極限まで軽減されている。
時速六十キロで走行しているにもかかわらず、車内は図書館のように静かだ。
「音がしないのがこの乗り物の良いところじゃないのか? 音楽も綺麗に聞こえるしな」
バルトが、親友のアレスとチェスを楽しみながら応じる。
「それはそうなんだが……街道には歩行者も馬車もいるだろ? 音もなく背後に巨大な鉄の塊が迫ってくるって、歩いてる側からしたら恐怖以外の何物でもない気がしてな。エンジン音とかマフラーの排気音……いや、音をあえて出した方が安全なんじゃないかと思って」
俺の懸念に、イシュタルがソファに寝そべったままクスクスと笑った。
「あはは! ヨシテル、あんた考えすぎやわ。こんなド派手な箱が走ってたら、音があろうとなかろうと皆ひっくり返って驚くに決まってるやん」
「旦那様、アタシもイシュタルと同意見ばい! ほら、窓の外見てんしゃい」
カグヤに促されてミラーと窓に目を向けると、そこには案の定、地獄絵図が広がっていた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 黒い魔物が迫ってくるぞー!」
「なんだあの速さは!? 逃げろ、馬を隠せぇ!」
追い抜いていった行商人たちが、腰を抜かして荷馬車ごと道端に突っ込み、祈りを捧げている。
彼らにとって、無音で高速移動する漆黒の巨大構造物は、天災か上級の金属生命体にしか見えないのだろう。
「……のです! 追い越したおじさん、お口がポカーンって開いてたのです!」
リフィが楽しそうに窓の外を指差している。
カエルムたちフェンリル親子も、専用の広々としたスペースで、流れる景色を退屈そうに眺めていた。
「やっぱり……音、つけるか。クオーレ、V8気筒エンジンの重低音を魔力合成で再現できるか?」
《了解、マスター。排気音・吸気音の音響モデルを構築……。外部拡声魔導回路に出力します》
直後、ドォォォォォ……という腹に響くような野太い重低音が街道に鳴り響いた。
「おお, これだ。これだよ。これなら『何かが来る』ってわかるだろ」
「……余計に怖くなった気がするわよ、ヨシテル」
アルシェラが苦笑いを浮かべた。
門前の騒動と「順番厳守」
夕刻。本日の目的地である宿場町『トトス』の巨大な城門が見えてきた。
「よし、あそこらへんで降りるか。さすがにこのまま突っ込んだら衛兵が気絶する」
俺は門から少し離れた林の陰にバスを止め、皆を下ろした。そして、全長十二メートルの巨体を一瞬でアイテムボックスへと収納する。
「ふぅ。やっぱり地面を歩くのも悪くないわね」
「さぁ、美味しいご飯とお風呂のために、並ぶばい!」
俺たちは、街に入ろうとする行商人や旅人たちが作る行列の最後尾に大人しく並んだ。
Sランクパーティー【ヴィンクルム】、および伝説のフェンリルを四頭も連れた一団が、無言で順番を待つ姿は、それだけで異様な威圧感を放っていた。
「……おい、あの一行を見ろ。あの神獣……フェンリルじゃないか?」
「後ろのあの男、あの美貌の女たち……もしやエルドラで噂の……」
周囲のひそひそ話が聞こえてくるが、俺たちは気にせず待つ。
順番は守る。それが俺のモットーだ。
ようやく俺たちの番が来た。衛兵はフェンリル親子を見てガタガタと震えながらも、俺たちの首に掛かった黒光りするSランクの冒険者プレートを確認した瞬間、直立不動で敬礼した。
「ヴィ、ヴィンクルムの皆様ですね! お通りください! 公爵閣下からの通達は受けております!」
「ああ、お疲れ様です。……みんな、行くぞ」
酒場の喧騒と一日の終わりに
街で一番の高級宿『黄金の麦わら亭』にチェックインを済ませた俺たちは、併設されている広大な酒場へと繰り出した。
「今日は一日座ってただけやけど、腹は減るもんやね!」
イシュタルが席に着くなり、店員を呼んでエールを注文する。
「がはは! さあ、トトスの名物料理を全部持ってきてくれ!」
バルトの注文に、店中が活気づく。
運ばれてきたのは、大猪の岩塩焼き、森のキノコのクリーム煮、および焼きたての厚切りパン。
俺たちは、ジュークボックスの音楽とは違う、酒場の喧騒と吟遊詩人の竪琴の音を背景に、ジョッキを合わせた。
「「「「「乾杯!!!」」」」」
「ぷはぁー! やっぱり、働いた後の……いや、移動した後の酒は格別だな」
「ヨシテル、さっきの鉄の箱での旅だけど……案外、悪くなかったわよ。景色が飛ぶように変わっていくのが新鮮だった」
アルシェラが、エールの泡を唇につけながら微笑む。
「旦那様、明日はどんな音楽ば聴かせてくれると? アタシ、さっきの『ジャズ』ってやつ、バリ好きになったっちゃん!」
「そうか。じゃあ明日はもう少し明るい、ポップスでも流すか」
アレスは静かに串焼きを頬張りながら、バルトと今日の旅程を振り返っている。
フェンリル親子は店の一角、特別に用意させた大型の肉皿を前に、行儀よく食事を楽しんでいた。
それを見る周りの冒険者たちは、恐怖を通り越して拝むような目で見ていたが。
「王都まで、あとどれくらいかな」
俺の呟きに、クオーレが答える。
《現在の移動速度を維持すれば、あと十日ほどで到達可能です。マスター、進路上にいくつかの高エネルギー反応を確認。今後の旅程にご注意を》
「……ま、何が来ても、このメンバーなら退屈はしなさそうだな」
俺は二杯目のエールを注文し、賑やかな仲間の輪の中に戻った。
アトランティアの夜は更けていくが、俺たちの旅路を照らす灯火は、かつて地球で感じていたどんな光よりも明るく、および温かかった。